第22話 お宝の鑑定
ロザリィの街に着き、冒険者ギルドに説明を聞きに来ただけなのに、冒険者と決闘をしなくてはならなくなったワタル達。
つくづく、忙しい奴らである。
もう陽も傾き始めているというのに、今夜の宿も決まっていない状態だ。
今回の決闘を含めたトラブルを仕切っていたギルド職員の女性は、ルレインという人間族だ。
スタイルも良く、とても美しい女性だ。
20代の後半くらいの年齢だろう。
そして、身のこなしが素人ではない。
元、高ランクの冒険者ではないかと思われていて、彼女に憧れている冒険者も多いのだという。
ルレインは、決闘の後の処理もテキパキとこなし、死んだ冒険者3人の持ち物と装備を全て回収した。
決闘によって生じる法的な手続きも全て、冒険者ギルドがやってくれるそうだ。
ワタル達とギルドの取り分の分配は、全ての手続きが終わってからになるそうだ。
もちろん、ワタル達に異存はない。
「あなた方の明日の冒険者試験は、ちょっと考えないといけませんね。これ程アッサリとランクC冒険者を倒してしまうパーティーメンバーとなると、試験官が倒されかねないですからね」
ルレインは、頭を悩ませているようだ。
さて、ワタル達はようやく冒険者ギルドを後にする。
日暮れまでに、当座必要な買い物と宿を決めなくてはならない。
先ほど、ルレインにお勧めの宿を聞いておいたので、まずはそこへ向かう。
安くて評判の良い宿をリクエストしておいたがどうだろう。
目抜通りから道を一本外れたところにその宿があった。
「夕暮れ荘」
という、微妙な名前の宿である。
昭和の時代のアパートみたいな名前だ。
それでも人気のある宿らしく、名前に似合わず活気がある。
食堂や酒場も兼ねているようで、もう夕食を食べている人や、酒を飲んでいる人もいる。
2人部屋を2つ頼む。
隣り合う部屋が空いていた。
「1人一泊銀貨2枚だ。食事付きだと銀貨3枚になるがどうする?夕食はここの食堂で日暮れまでだ。朝食は弁当にしても、ここで食べてもオッケーだ。それから厩舎は、馬一頭につき銀貨1枚だな」
気さくな感じで、頭の禿げたオヤジが応対している。
「では、食事付きで5泊頼むわ。馬は2頭よ」
ラナリアが答える。
「うちは宿泊費は前払いだ。泊まらなかった分は後から返却する。帰って来ない場合は返さないぞ。えー、4人で5日分……食事付きで……えー、それから馬が……」
「銀貨70枚、金貨でお釣りあるかな」
ワタルが金貨を出すと、オヤジは驚いた顔をして、計算速いな、と言っている。
この異世界では、計算が得意な人は少ない。
ワタルも別に得意ではないが、それは日本のレベルでの話である。
九九がないので、かけ算割り算が特に遅い。
簡単な計算でも、結構待たされるのは平常運転だ。
もちろん、電卓もレジもない。
高価な魔法アイテムとして、計算をしてくれる道具があるそうだが、一般のお店には出回っていない。
大商店や冒険者ギルドなどには置いてあるのだろうが。
金貨1枚を払って、お釣りを銀貨30枚もらう。
チルシュの貧民街にいた時では、考えられないほどの贅沢だといえる。
旅の途中で、盗賊を討伐したり、襲ってきた冒険者を返り討ちにしたりしたので懐は暖かいが、まだ冒険者として仕事をしているわけではない。
宿屋に泊まって生活するのは見切り発車ではあるのだが、ワタル達は、何とかなるような気がしていた。
もし駄目なら貧民街に潜り込めばいいだけだ、という開き直りもある。
元、貧乏人はメンタルが強いのだ。
宿屋の部屋で一息ついたら買い物だ。
明日の試験に備えて、服や防具なども用意した方が良いだろう。
ラナリアとシルコは楽しそうだ。
シルコはピョンピョン跳ねながら、ラナリアの隣で前を歩いている。
ワタルとエスエスは付いて行ってるだけだ。
異世界でも、買い物は女性の為のものらしい。
まずは、手持ちの武器や防具の鑑定だ。
武器屋に入り鑑定を依頼する。
鑑定料は、武器1つにつき銀貨1枚だ。
「良い武器をお持ちですね」
武器屋の主人の熊の半獣人は言う。
鑑定結果は……
洞窟で襲ってきたランクB冒険者のハマルが使っていた剣が「風の剣」。
剣の重さが軽くなり、魔力を込めて振ると風の衝撃波が出るらしい。
思ったよりもずっと良い物だった。
ハマルは実力を発揮する前に倒されてしまったのだ。
それから、覆面男ドーレンの双剣は「疾風の双剣」。
やはり剣の重さを軽減して、剣速を上げる効果が付いていた。
剣速がかなり上がるので、返って扱いが難しく、それなりの技量がないと扱えないそうだ。
シルコはもう使ってるけどね。
それから、ランクB冒険者のジャレイトの杖は「吸精の杖」といい、かなりのレア物だそうだ。
熊の主人は、どこで手に入れたのか聞きたがっていたが、教えられる訳がない。
杖に闇の魔力が込められていて、発動するとターゲットの体力を奪い取るのだ。
ドレインという闇魔法だそうだ。
もしあの時、この魔法が発動していたら、勝負の行方は分からなかった。
やはり、あの時の戦いは、相手が油断している隙を突いて、実力を見せられる前に倒せたのが良かったのだろう。
結構ギリギリの戦いだったのだ。
しかし、そういう戦いをくぐり抜けることによって、メンバーは強くなっているのだ。
さて、防具の類いは、取り立てて特別な効果のあるものは無かった。
ハマルの付けていた革の防具を、ワタルが使うことにしたくらいである。
ラナリア、シルコ、エスエスは、思い切ってここで防具を買うことにした。
オーダーメイドで作ってもらった方が良い物が出来るそうだが、明日の試験に間に合わない。
店にある物を、簡単に合わせてもらう。
エスエスはサイズが合うものが無い。
身体が小さすぎるのだ。
店主が店の奥を探して、以前に貴族の子供が狩りに出かける時にしつらえて使わなかったデッドストックを持ち出してきた。
良い革を使っているが、革を加工して施された模様が派手である。
いかにも格好だけ、という感じで冒険者っぽく無い。
しかし、エスエスの端正な顔には似合ってしまうから不思議である。
それに、狩りに出かける用に作っただけあって、射手用にカットされたデザインで、矢を射る動きを妨げない造りになっている。
「ボクはこれ気に入ったんですけど、おかしいですかね」
エスエスは不安そうに尋ねるが、ワタルはピーターパンみたいだと思っていた。
店主の熊は、褒めちぎっている。
売りたいんだろうね、不良在庫を。
シルコは、素早い動きを邪魔しない防具が良い。
やはり革製のものが良いだろう。
胸当て、籠手、脛当てをチョイス。
ワタルは、シルコが胸当てを装備しているところを見ていただけなのだが、死ぬほど睨まれていた。
やはり、普段の行いが悪いからだろう。
ラナリアも攻撃を受けないとは限らない。
ローブの下に、防具を装備した方が良い。
シルコと同様の革の防具だ。
ラナリアが防具を合わせているのを見て、ワタルが話しかける。
「ラナリア、胸が大きくなってないか?」
「え?そ、そうかな」
「なってるな。俺の目は誤魔化せないぞ。なんか最近、顔色も良くなってるし、肉付きが良くなってるな」
「魔法で消耗しなくなってるからだと思う」
ラナリアの顔が真っ赤になっている。
「なるほどな。非常に良い傾向である。ラナリアは実はオッパイが大きかったんだな」
ラナリアは下を向いてしまっている。
シルコは怒って、ワナワナと震えているぞ。
「よし、俺の権限でラナリアには『隠れ巨乳のラナちゃん』の称号を与えよう。今後も精進するように」
「おらぁぁぁっ」
我慢の限界を超えたシルコの猫パンチが炸裂。
ワタルは宙を舞うことになった。
なんだかんだで、防具を3人分購入。
シルコとラナリアの防具はそれぞれ銀貨30枚、エスエスの防具は銀貨50枚。
エスエスの防具は、元々金貨でも買えないくらいの品物だという。
まあ、それでも買い手が付かなくちゃ仕方ないのだ。
鑑定料も全て込みで、全部で金貨1枚に負けてもらった。
次はアイテムショップだ。
国境でキャベチ領の貴族から拝借した袋の中には、結構な数のアイテムが入っていた。
盗賊と冒険者も、用途不明のアイテムを幾つか持っていたので、それも鑑定してもらう。
もし、明日の試験で役に立ちそうな物があれば装備しておきたい。
武器屋のすぐ近くのアイテム屋に入る。
熊の半獣人の女性がやっているお店のようだ。
店主の女性はニコニコしている。
「毎度どうも」
先程の武器屋とは夫婦だそうである。
早速鑑定をしてもらう。
剛力の指輪 装備した者の力を強くする
身代わりの指輪 装備した者が受けた即死攻撃を一度だけキャンセルする
太陽の指輪 装備した者の魔法の効果を増大する
俊敏の腕輪 装備した者の動きが速くなる
などなど、使えるアイテムがかなりあった。
更に、このお店では鑑定出来ないアイテムも幾つかあったので、これは今後のお楽しみだ。
ハマルが逃げようとした時に使おうとしたアイテムも鑑別不能だった。
転移系のアイテムらしいのだが、転移先などは、転移魔法の使い手じゃないと分からないそうだ。
これもどこで手に入れたのか知りたがっていたが、教えられない。
いつの間にか、さっきの熊の武器屋まで参加して、アイテムを見たりしている。
「ボク達、明日ギルドで冒険者試験を受けるんですよ。そのための準備なんです。絶対合格したいんです」
エスエスが店主夫婦に話しかける。
「冗談言うなよ。こんな装備を持ってる新人がいる訳ないだろ。属性武器なんて、高ランク冒険者だって持ってる奴は少ないんだぞ」
熊店主夫が応える。
「ホントに試験なんだけどなぁ」
エスエスは呟く。
「エスエスは合格間違い無しよ。心配しないで」
ラナリアがエスエスを元気づける。
エスエスの弓は、今やかなりの腕前のはずなのだが、自信が持てないようだ。
弱虫のヘタレで生きて来た習慣は、簡単には覆らない。
勝利と成功を積み重ねて、少しづつ変えて行くしかないのだろう。
さて、あとは服である。
これまで、ほとんど着替えもせずに旅して来た。
ワタルもいつまでも、異世界のサバイバルジャケットを着ている訳にもいかないだろう。
目立ちたくないのだから、ランドの服を着るべきだ。
やはり、服を買うのは嬉しいのだろう。
ラナリアとシルコは張り切って服屋に向かう。
女性向けの服を主に展示している店に、女性陣が突撃した。
2人で話しながら、楽しそうに服を選んでいる。
資金には余裕がある訳だし、好きなものを選べば良いだろう。
ワタルとエスエスは、店内で服選びが終わるまでお人形になって待っている。
たまに、試着した服を着て
「どう?」
などと聞かれているが、肯定する意見以外を口にする勇気はない。
ラナリアとシルコは、防具の下に着る冒険用の服と、宿屋で着る部屋着のような服、そしてお出かけ用なのだろう、女の子らしいワンピースなどを購入した。
結構な金額になっていたが、2人は満足しているようだ。
男性陣も服を購入したが、女性陣と違ってアッサリとしたものだ。
冒険者としては、魔物など皮を素材とした防御力の高い服をしつらえたいところだが、今回は動きやすくて丈夫な服なら良いと判断した。
とにかく明日が試験なので時間がない。
ちゃんと冒険者になってから、状況に合わせて服を考えて行けば良いだろう。
それから、必要な生活用品などを買い揃えて宿に戻った。
もう、日暮れ間近である。
食堂でしっかり食べて、部屋に戻った。
本当は、風呂にでも入って寝たいところだが、ワタルは明日の試験に備えて、ちょっと試したいことがあった。
「半刻だけ付き合ってくれ」
風の剣を持ち、シルコに声をかける。
シルコもワタルの試験が心配だったのか、二つ返事で了解した。
宿の裏庭で、それぞれ剣を持ちワタルとシルコが対峙する。
裏庭は、まだ宿の明かりがついていて少し明るい。
何とかやれるだろう。
結局、ラナリアとエスエスも様子を見に来ていた。
やっぱり心配だったのだ。
「俺は、純粋な剣術だと全くダメだからな。それで、明日の試験用に戦い方を考えてみたんだ。シルコ、ちょっと打って来てくれ」
「ワタル、大丈夫なの?」
シルコは不安そうである。
ワタルに怪我をさせてしまいそうだ。
「まあ、大丈夫だろ。あ、でもあんまり本気でやるなよ。まだ死にたくない」
「分かってるわよ。じゃあいくわよ」
シルコがワタルに斬りかかる。
ワタルは剣を構えて
「はあぁぁぁっ」
と気合を入れている……
数分後……地面に四つん這いになって、荒い息をしているのはシルコの方だ。
ワタルは立ったまま、剣を担いで肩の上でトントンとリズムをとっている。
シルコは顔を上げてワタルを睨んだ。
「何てことするのよ。これじゃ勝てる訳ないじゃない。心配して損したわ」
「いやあ、でもこれ神経使うし、結構大変なんだぜ」
「全く、ワタルは訳わかんないわ」
ラナリアも口を開く。
「それにしてもホントに規格外ね。真面目に剣術に取り組んでる人に謝って欲しいわ。ついでに魔法使いにもね」
エスエスも意見があるようだ。
「でもこれ、遠距離からの弓矢の攻撃は防げないかもしれませんね。油断は禁物ですよ」
「なるほど、確かにな。明日の試験では大丈夫だろうけど、考えておくよ」
こうしてワタル達の試験の準備は終わり、当日の朝を迎えるのであった。
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