第14話 雷魔法の秘密

 夕方と言うには少し早い、まだ陽の高いうちにワタル達を乗せたバギー商店の馬車はラルソンの町に到着した。


 上半身をグルグルに縛り上げた、盗賊らしき男達を5人も連れての登場に、町を警護している警備隊が駆け寄って来る。


 ラルソンの町は、チルシュの街に比べると規模は小さいが活気のある町だ。

 人も多いし、街並みも綺麗である。


 このラルソンの町から、南に馬車で1日くらいのところに、今回、バギー商店の馬車が目的地とするザラスの街がある。

 ザラスはチルシュと同等の大きな街である。

 ラルソンは、深淵の森とザラスの街の間にあり、更にノク領と行き交う人も利用する町で、人の出入りの多い町なのだ。


 宿屋や食堂はもちろん、装備やアイテムなども手に入るし、規模は小さいが警備隊も在住している。

 盗賊の引き取りも大丈夫なのだ。


 代表者のドバジと警備隊が話をしている。

 ワタル達は成り行きを見守っているが、何やら揉めているように見える。

 交渉事ならラナリアとシルコの出番だ。


 エスエスは役に立たない。

 ワタルはもっと役に立たない。

 世情に疎い男性陣はお人形と化している。


 しかし、どうやら揉めているのではないらしい。

 ワタル達が倒した盗賊が意外と大物だったようだ。

 警備隊としては、実際に盗賊を倒した者に感謝と共に事情を聴きたいらしい。


 ワタル達が倒したのは、この辺りを荒らし回っていた盗賊団のボスだった。

 戦闘力が高く狡猾なので、ずいぶん手を焼いていたらしく、近く討伐のための騎士団が派遣される予定だったとか。

 そのボスが今や、涎を垂らしてアバアバいっているのだ。

 事情を聴きたくもなるのだろう。


 ワタルの隠密スキルは、相手の強さはあまり問題にならない、という特殊なものだ。


「面倒だな」


 ワタルが呟く。ラナリアも


「そうね。今、目立つのは得策じゃないわね」


 と言っている。


「ノク領に入るまでは、派手な行動はとれないわ」


 まだこの町はキャベチ領内である。

 どこからエスエスの事が貴族に知られるか分からない。

 それに、ワタルの能力を公開することもしたくない。


「これはスミフさんに頼むしかないわね。アタシも一緒に説明してくるわ。任せて」


 こういう時のラナリアは、すごく頼りになるのだ。


 結局、盗賊は、ラナリアが魔法で援護しながらスミフが倒したことになった。

 ボスや猫の獣人があんな状態なのは不明のまま。

 打ち所が悪かったのだろう、ということになった。


 盗賊討伐の報酬は、かなりの額になった。

 盗賊のボスの首の賞金は、金貨10枚。

 猫の獣人の首は、金貨3枚だった。

 驚いたことに、射手の2人にも賞金が付いていて、金貨1枚づつだった。


 これだけで、金貨15枚である。

 その他に、盗賊の討伐自体に対する報酬もある。

 本人達の証言と、この盗賊団の他の目撃情報を加味して、盗賊が8人いたことは認められた。

 金貨1枚の8人分で、討伐報酬は金貨8枚。

 全部で金貨23枚になった。

 スミフに約束の取り分として金貨4枚と銀貨60枚を渡して、ワタル達の報酬は金貨18枚と銀貨40枚となった。


 日本円で約184万円である。

 ラナリア達の生活水準を考えると、数年間、遊んで暮らせることになる。


 このお金は、メンバー4人で山分けした。


 そして、この他に盗賊達が持っていたアイテムや宝石、お金もある。

 これらは、使えるものは使うことにして、要らないものは売り払う。

 そのお金は、パーティーの活動資金としてラナリアが管理することになった。


 ワタル達のパーティーは、急にお金に余裕のある状態になったのだ。


「気を抜いたらダメよ」


 ラナリアはメンバー達に釘を刺す。

 エスエスを狙っているトルーレ伯爵、その黒幕のキャベチ公爵の動向も掴めていないのだ。

 奴らとの問題が解決しない限り、安息の日はあり得ない。


「分かってるわよ」


 シルコが答える。

 エスエスとワタルも頷いている。


 いま、メンバーが話をしているのは、宿屋の部屋である。

 ワタルとエスエスの部屋だ。

 ラナリアとシルコは隣の部屋を取ってある。


 ドバジは、今回の盗賊撃退のお礼にと夕食を豪勢に奮発し、宿屋も高級とまではいかないが、そこそこのグレードの宿屋を用意してくれたのだ。


「当然ですよ。あなた方を乗せていなかったら、私の命は無かったでしょうからね」


 ラルソンの町では高級な部類に入る食堂で、すっかり酔っ払い上機嫌のドバジが嬉しそうに語っていた。

 ワタル達も上等な料理に舌鼓を打ち、大いに楽しんだ。

 グルメ大国日本の出身であるワタルにしても、本当に美味しいと思えるような上等な食事だった。


 異世界の料理は、ワタルにとって物足りないと感じる事が多かった。

 やはり、調味料や調理方法が遅れていて、味のバラエティーが少ないのだ。

 しかし、素材は新鮮で、シンプルな料理としては十分に満足いくものだった。

 都会育ちのワタルにしてみれば、旅行先の地方で、新鮮な地元の食材を食べたような感覚であった。


 貧民街の住人のラナリアとシルコ、森の奥地の村出身のエスエスにとっては、この時の食事は、生まれて初めて食べるほどの美味しい料理で涙が出そうだった。


「悪いけど、盗賊に感謝したくなっちゃうわ」


 とシルコは言っていた。

 不謹慎極まりない発言である。


 宿の部屋も、ワタルにとっては民宿かロッジに泊まるような感じだが、他の3人にとっては夢のような場所だ。

 貧民街の家では、木箱に布を敷いて寝ていたのだ。

 柔らかいベッドで眠るなど、正に夢のようである。


 さて、ワタル達一行は、この町でバギー商店の馬車とは別れるつもりだ。

 一刻も早くキャベチ領を脱出したいので、ガランの街に行くために南下するのは遠回りになる。

 このラルソンの町から深淵の森に沿って東に進み、ノク領に入った方が早いのだ。


 当初は、ガランの街まで馬車に乗せてもらうつもりだったのだが、盗賊退治で馬が手に入ってしまった。

 自分達で馬を駆って移動した方が断然早いだろう。


 ドバジにはとても残念がられたが仕方がない。


 スミフは、良い回復薬を使ったのか元気になっている。

 ラルソンからガランまでの道は、人の行き来が多く魔物も盗賊もほとんどいない。

 護衛は、怪我が治ったばかりのスミフでも十分過ぎるくらいだ。


 せっかく仲良くなった商人ドバジと冒険者スミフだが、夜が明けたらお別れである。

 夕食の席が思いの外盛り上がったのは、食事が美味しかっただけでなく、何となく寂しさを紛らわす為だったかも知れない。


 さて、宿屋の部屋にいる4人のメンバーは、明日からの予定を話し合っているのだが……


「盗賊を倒した時に何をしたのか、話してくれてもいいわよね」


 ラナリアがワタルに迫る。


「ああ、もちろん」


 ワタルが答える。


「ボクも不思議に思いました。あの盗賊のボスは、かなりの強さでしたからね。あれを一瞬であんな風にするなんて、魔法ですか?」


 エスエスにも理解できなかったようだ。

 この異世界には、スタンガンどころか電気も使われていないのだから当然である。


「あれは電気ショックだよ。思ったより強く出過ぎちゃって、体力がヤバかったけどね」


 ワタルが答えるが、反応は鈍い。


「デンキショック?何それ?」


「聞いたことも無いですよ」


 シルコとエスエスは全く理解しない。

 ラナリアも同じだ。

 むしろ、疑いの目で睨んでる。


「えーと、敵の首筋に強い電流を流して、意識を失わせたんだ。俺のいた世界にそういう武器があったんだよ。スタンガンって言うんだけど、それをイメージして魔法にしてみたんだ」


 ワタルは必死に説明する。


「その、デンキとかデンリュウって言ってるのが分からないわ」


 ラナリアも困っている。


「そうか、この世界には電気の概念が無いのか……だったら、雷みたいなもんだよ」


「!!!」


 ワタルの言葉に3人は絶句する。

 そして、ラナリアが恐る恐る口を開く。


「雷って、雷属性の魔法を使ったって言うの?それって光魔法の最上級で伝説級の魔法よ。使える者は神話の世界にしかいないわ」


「そうなの?」


 ワタルがシルコに目を向けると、


「文献に記録があるだけね。魔道書も存在しているかどうか分からないわ。何たって神々の魔法だもんね」


「雷を自由に操れる者は、世界を支配できると言われています」


 エスエスまでこんなことを言っている。

 ワタルは慌てて付け加える。


「雷も電気で出来てるけど、出力が全く違うんだよ。俺のいた世界では、電気エネルギーを普通に使っていたんだ。人の身体だって、科学的には電気で動いてるんだよ」


「何言ってんの?生き物は魂が動かしているに決まってるでしょ」


 と、シルコに言われる。

 ラナリアとエスエスも頷いている。


 こりゃ説明が難しいぞ、どうするか……


 と、悩むワタルだったが、


「エスエスにあげた着火ライターも、電気で火をつけているんだぞ」


 と言って、エスエスにライターを出してもらう。


「この火がつく所を良く見ててよ」


 そう言って


 カチッ


 火をつける。


「火が出る瞬間に、この先っちょの所がチラッと光っただろう。これが電気なんだよ。雷の凄く小さなものなんだ」


 カチッ


 もう一度見せる。


「確かに、小さな糸みたいな光が見えるわね」


 ラナリアが言う。


「確かに雷に見えなくもないわ」


「そうだろう。だから俺がやったこの着火の魔法は、火魔法だけど火をつけるきっかけは雷魔法、ということになる」


「カチッ」


 ワタルは、今度は指先に火を灯す。

 指先には、チラッと電気のスパークが見える。


「ラナリアはカチッとやるのが出来るんだから、既に雷魔法を使っていたことになるんだよ。ちょっとやってみてよ」


「分かったわ」


 ラナリアは指先に火を灯してみる。


「カチッ」


 ラナリアの指先にも、小さなスパークが見えて火がついた。


「ホントだわ」


「だろ。この小さなスパークは、雷と同じものなんだ。そりゃ落雷を自在に扱うのは神様の仕業かも知れないけど、もっと規模の小さいものなら俺たちにも出来るんだよ」


「なんか、ワタルと話してると、今まで自分が使って来た魔法が間違っているような気になるわ」


 ラナリアはちょっと凹んで下を向いている。


「でも、ラナリアの魔法が強力になってるのは本当だろ。この世界の魔法は、ちょっとしたイメージの違いでかなり変化するみたいだし、今までの知識に囚われる必要はないんじゃないかな」


「そうね。前向きに考えるわ」


 ラナリアは顔を上げた。

 実際にラナリアは、火魔法で盗賊を撃退しているし、魔法による体力消耗もほとんどなくなっている。

 それに加えて、栄養状態が良くなってきたからか、顔色が良くなり、病気のおばさんみたいではなくなって来ている。


 ラナリアの中でワタルに対する信頼のようなものが徐々に大きくなってきているのだった。


 その横で、シルコがまた


「カチッ、カチッ」


 と、頑張っているが、スパークも出ないし火もつかない。

 可哀相である。

 本来半獣人のシルコは、魔法が使えても不思議ではない。

 しかし、胸の奴隷紋の影響なのか、どうしても魔法が発動しないようだ。

 重ねて可哀相である。


 そこで、突然エスエスが口を開く。


「えー、一つお願いがあります。ボクに盗賊の弓を譲って欲しいです。頑張って弓の名手になります」


「へぇ、いいんじゃないかな。エスエスは道具が好きだしな」


 ワタルが応える。


「あの盗賊の射手は手強かったじゃないですか。気配は全然強そうじゃなかったのに弓矢は凄かった。ボクもみんなの役に立ちたいんです。元々は、ボクのためにこんな事になったんですし、ボクも戦いたいんです」


 普段は大人しいエスエスだか、かなりの気迫で話している。

 エスエスの決意の程が伝わって来る。


 盗賊の弓は、かなり良い品物だった。

 賞金首になるだけのことはある。

 みんなは、売り払うつもりでいたのだが、エスエスが使うのならちょうど良かった。


 すると、シルコも声をあげる。


「私もやるわ。ちょうど弓も2つあるしね。エスエスと一緒に練習する」


「シルコ、一緒に頑張りましょう」


 この後からエスエスとシルコは弓の猛練習を始めるのである。


 さて、夜明けと共にワタル達はラルソンの町を出発した。

 二日酔いのドバジと冒険者のスミフに別れを告げ、東に向かって馬を進める。

 2頭の馬に二人乗りの割には、馬はしっかり進んでくれる。


 体重の関係で、ワタルとエスエス、ラナリアとシルコがペアになっている。


 ワタルは馬には乗れないので、エスエスが馬を操っている。

 だが、親が子供を前に乗せて馬を操っている様にしか見えない。

 実際は、前に乗っている子供のような人が、巧みに馬を操作している。

 後ろの人間は、落ちないように必死に馬を脚で挟んでいるだけなのだ。

 シュールである。


 目指すはノク領とキャベチ領の領境。

 実質的には国境と言ってもいい場所である。

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