第56話:本心/気付いた
軋む身体を無理矢理動かせて整備場へ向かう。
保険の先生にはいけるいける、とジャンプしたりしてどうにか説得させた。正直、身体中が悲鳴を上げたが思い過ごしだ。実際、身体は動いた。
そんな事よりも、大事なのはこれからだ。マルクとの決闘がある以上、どうにかして勝つ手段を模索しなければならない。現状の戦力では勝つ見込みはない。残念だが、俺の技術も機体も、何一つ奴に勝てる要素はない。
だから、まずは相談だ。事態を聞いた遠見や優衣、アイとカエデちゃんになら相談できる。
「――瞬ッ!?」
「ん、よぉ。作戦会議しに来た」
「ちょ、ちょっとあんた!」
よろめいた俺に、遠見が焦って俺の肩を貸してくれた。まったく、寝不足も祟ってきたか。
どうにかして皆が集まるスペースに辿り着き、椅子に座る。皆が不安そうに見てくるが、そこまで深刻じゃない。
「……先生は?」
「マルクを探しに出てる。交代で、アイちゃんが今は休憩中」
「そうか」
「瞬、なんで来たの?」
?
鮮やかな茜色のコアスーツを身に纏ったアイが、不思議そうに俺に言った。
何もなんでも、俺がいなければ話が始まらないからだ。マルクと戦う俺が保健室で惰眠を貪るわけにはいかない。
「マルクとやり合うには、一番は相棒の強化だ。その場合、俺がいるだろ?」
「待って。兄貴、今の身体じゃ――」
「大丈夫だ。身体全身が痛いだけで動く」
その俺の一言に皆が曇った表情を見せる。どうしてそんな顔をするんだろうか。
まぁ確かに万全ではないし、最高でもない。だが最悪じゃないんだ。身体が動くならどうにでもなる。
「さぁ、話し合いだ。マルクを
「……瞬」
「兄ちゃん……」
「なんだよ。整備組がちゃんとしてくれないと困る。頼む」
なんだか今日は暗いな。そりゃ、ソフィアが攫われたんだ。マルクという厄介な敵も現れた。この最悪な状況に沈むのは解る。
だが、それを打破しないといけない。そのためにここに来たんだ。マルクを殺すために。
「瞬」
「なんだよ、アイまで」
「今から殴ります。よーく反省するように」
「はっ――?」
明らかに不機嫌な表情のアイが、見た事がない鬼の形相をしながら殴りかかってきた。その拳の軌道がハッキリと見える。――見える?
どうして見える? ゆっくりと動くその拳。どこか冷めたような思考。冷静に、避ける事ができると判断する――が、同時に避けてはいけないという心が騒ぐ。
騒いだ心は、俺の左頬に拳をめり込ませる結果を産んだ。痛みを感じつつも椅子から転げ落ち、頭を強く打つ。
「いっつー……アイッ!!」
「初めて人を殴ったのであしからず。私、優等生だったもので」
「なんで――」
「なんで? あなたが人を殺すと言ったからですよ」
そのアイの表情を見て、俺は次に出る悪態を忘れてしまう。
殴った手を左手で握りしめながら、涙目で俺を睨んでいたからだ。それは俺を殴ったのが喜ばしいわけではなく、悲しく泣いているように見えた。
「瞬。私はあなたが優しい人だと知ってます。でも、今の瞬は瞬じゃない。私の知る瞬は、誰かを殺すだなんて言いません!」
「――お前の何が解るんだよッ!」
俺の怒声にアイがびくっと震えた。自分が悪い事は解っている。親父との約束も破ってる。
でも、でも――感情が止まらない。
「目の前で守ると誓った子が攫われて! 俺は結局何もできなかったッ!! ソフィアが折角打ち解けてくれたのに、俺はあいつに誓った言葉を守れなかった!」
「……それは」
「だからやるんだよッ。この手で、ギアスーツで! マルクさえいなくなれば、ソフィアは――ッ!!」
「ソフィアは、悲しむよ、たぶん」
言いよどむアイに感情をぶつける中、妹の優衣が俯いたまま呟いた。表情をは見せない。見せないけど、あの仕草はいつも涙を隠す時だ。
「かな、しむ?」
「私は、お兄ちゃんとソフィアがどんな話をしたかなんて知らない! でも、誰かを、手にかけた人を、ソフィアは喜ぶ、かな? 絶対にない。ソフィアはそんな子じゃないもん!」
「――っ」
嗚咽交じりの優衣の言葉は、たどたどしいが確かに聞こえた。
そうだ。俺の知るソフィアは、そんな奴、許せるほど愚かなやつじゃない。むしろ、怖がる。怖がって、また別の誰かを求めて逃げる。
「瞬。人を殺すという事はね、これまでの自分を殺す事なの。一度やってしまったら戻れない。私の父がそうであったように」
「先生が?」
「うん。あの人は、その過ちを知っている」
カエデちゃんが真剣な表情を向けてくる。俺達が慕う先生は、俺がやろうとする事をやってしまった人なのだ。傭兵――先生はかつて、それであったという。
何度も人死にを見てきただろうし、この手にかけてきただろう。あの銃の話の時も、先生は言っていた。奪うという行為は、人間が制御すべき本能だと。あの人は、命を奪ってきたからこそ、あの言葉を俺達に伝えたんだ。
俺達に、人殺しをさせないために。
「……私は何も言わないわよ」
遠見はそう言ってそっぽを向く。しかし、ただ、と言葉は続いた。
「私は瞬が戦う事には同意する。でも、間違わないで。私は、あなたが瞬だから同意するの」
「俺が、俺だから?」
「そうよ。山口 瞬。私の幼馴染でハッキリ言うとバカ。喧嘩っ早くて、でも優しい一面もある。あなたが喧嘩をした後に後悔していたのを知っている。だから」
遠見は力強い笑みを浮かべて、倒れた俺に手を差し伸べる。
あの、深夜で語り合ったアイと同じように。
「マルクを倒しましょう。殺すんじゃなくて倒す。コテンパンにのしてやって、ソフィアが笑顔で帰ってくるようにすればいいのよ。一緒にね!」
その言葉は俺の頭と心にガツンと来た。
あー、くそ。頭のどっかがイカれてたのか。今のでハッキリしたよ。いいパンチだ。心に来る嗚咽だ。頭に響く説教だ。眩しすぎる笑顔だ――どれもこれも、俺が持つべきものだ。
山口 瞬は、無知で、無謀で無鉄砲で、だからこそ山口 瞬だ。そこに、殺意はいらない。必要なのは優しさと、手を伸ばすという実行力だ。
「……瞬」
「先生……」
そこに携帯端末を持って急いで戻ってきたのであろう、黒いコアスーツ姿の先生が現れる。
俺は遠見の手を借りて、思い出した痛みを身体に刻み込みながら立ち上がって、やってきた先生に相対する。俺達の慕う先生。マルクが情けないと評した大人。幾度ともなく人を殺した来た傭兵。
不思議とよかったと思う。先程の姿を見せられたものじゃない。でも、今は――
「俺、戦います。マルクが待ってる」
「だが、身体は傷だらけだ」
「傷だらけでも、行かないといけない。ソフィアが待ってる」
「彼女は俺達の手で救い出す。だから、」
「これは、俺とマルクの、男の戦いなんです」
遠見とアイ、優衣とカエデちゃんが俺の後ろに行く。ありがたい。ここからは、この人を説得しないといけない。
あぁ、そうだ。説得だ。ギアスーツに乗ってなくても、俺にならできる!
「マルクは俺と同じだ。感情で人に暴力を振るう。だからこそ、相手は俺が適任です」
「答えになってない」
「ソフィアと約束した。いや、約束は破っちまったけど、それでも約束した。お前を守ると」
「一度破ってしまったお前が、ソフィアを救えるのか?」
「救う。助ける。俺は弱い男です。けど、そんな俺をソフィアは優しいと言ってくれた」
「…………」
「だからこそ、俺は必ずソフィアを助けるために、マルクを
言った。言ってやった。
正直、根性論剥き出しだが言ってやったぞ。説得性ない気もするけど、これが俺だ。山口 瞬の説得は、俺の感情からなる。
しばらくの沈黙。俺と先生の睨み合いが続く。皆が固唾を飲む中、先生はゆっくりと口を開いた。
「要は――ソフィアが好きなんだな」
「……はいッ」
その何のデリカシーのない暴言に、顔を赤らめながらも逃げずに肯定する。だって、それは、気づいた俺の本心なんだから。
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