第26話:夢遊/異常なる

 遠見の部屋に関しては、特に明記するほどではない普通の部屋であった。壁には何もかけれていない、むしろ殺風景にも思える部屋であったが、スパナやレンチなどの女性の趣味としては一般的ではない物を飾っているカエデよりはマシだろう。

 遠見の部屋で、俺と生徒達で暇潰しをする。とはいえ、できるだけ音を立てたらアイにも気づかれてしまうので、小声でトランプをしていた。大富豪、だったか。各地でルールが違うため、学生時代にキノナリ達とやった時は揉めた記憶がある。


「先生、強いですね」

「まぁな」


 優衣が、カードを捨てきった俺を見て羨ましそうに呟く。年期が違うのだ、年期が。

 とはいえ、遠見も喰い付いてくるから面白い。先程から二番手に甘んじているが、少しでも気を抜けば負けてしまう可能性も否定できないのだ。

 ソフィアは黙々と平民で落ち着いており、優衣は貧民で四苦八苦している中、


「先生。はい」

「おぅ。んじゃ、これを」


 瞬が渋々とジョーカーとハートの二を渡してくる。瞬は引きはいいんだが、いかんせん立ち位置が仇となっているせいで革命を起こしても勝率がさして高くないのがネックになっており、万年大貧民だ

 代わりに渡すのはスペードの三と、ダイアの五。瞬が何か言いたげに俺を見つめてくるが無視する。大富豪のルールなのだ。勝者に敗者が手にある良きカードを与えて、勝者は敗者に弱きカードを与える。


「アイが動くのは一時ぐらいなんだな?」

「はい。動く時に扉の音が聞こえますし」

「そうか……」


 俺が三枚同時にカードを出しながら、情報の確認を行う。苦い顔を出すのはいつも瞬だ。許してくれよ、瞬。これも勝負だ。勝負は非情にならないとな。

 そういうやりとりをしばらく続けて、俺達は例の時間に到達する。電気を消して皆が静まる中、俺はゆっくりと部屋の扉を開けた。やはり廊下は暗闇で塗れていたが、俺にとってはあまり関係ない。

 息を潜めていると、ぎぎぃ、と扉が開く音がする。一同に緊張感が走る中、俺は確かに見たのだ。アイが虚ろな目を浮かべながら、口を呆けたように開けて、ゆっくりとその姿を現したのを。その姿は女性が着る薄桃色のネグリジェであり、アイの高貴な雰囲気が増しているように見える。


「きまし――――」

「シッ……慎重に行くぞ」


 遠見が報告しようとするが、悪いけれど遮らせてもらう。隠密行動は苦手だからこそ、できるだけ念を入れて行動した方がいい。

 アイが首を振り周りを見渡す。一瞬、不安に感じたが、向こうは夜目が慣れていないようでこちらに気づく事無く、ゆっくりと壁に手を当てて歩き始める。

 夢遊病……にしては違和感のある動作だ。夢遊病は、夢を見ていて、その通りに身体が勝手に動く現象ではなかっただろうか。いや、専門的な知識は持ち合わせていないため、確証はないが、俺の知っている限りは、あのような現実的な動きをする必要はないはずなのだ。

 違和感を覚えつつもアイはゆっくりと進んでいく。確かに、向かっているのは学寮のコンピューター室だ。しかし、あそこはメンテナンスという理由で入れないようにしているはずだ。


「……?」


 だが、コンピューター室に差し掛かると、アイは何の気苦労もなくその部屋に入ってしまったのだ。瞬達が放課後に入った時とは状況が違う。今回は、俺達で意図的に鍵を閉めたのだ。

 だというのに、開いていた。壊したわけでもなかろう。あの後、誰かが開けたのか。いや、今回の鍵の一件は、学寮長にもお願いをして行っている事だ。だから、開けられるのは鍵を持っている俺だけになる。


「…………」


 皆が不思議そうにアイによって閉じられた扉を見つめる。繰り返し見てもおかしな点はない。鍵が壊されたわけでもなく、単純に開いていた。

 俺は後ろにいる四人の困惑した表情を見つめつつ、扉に手をかける。彼女が何をしているかは解らないが、真実は知るべきだ。

 扉の窓越しに、ぼぉっと光が見える。恐らく、報告にあったアイがコンピューターを起動したのだろう。中にアニドールがいるというのに。


「ひらけ――――」


 そう口に出そうとした瞬間、俺は気配を感じて咄嗟に後ろを振り向く。皆が、いやソフィアだけは反応している中、後ろで現れたのは赤い二つの目だ。


「伏せろッ!」


 夜中の廊下に俺の声が響く中、遅れて機械の摩擦による音が響き渡った。

 蹴り飛ばした。俺が、回し蹴りをして、だ。優衣や遠見が短い悲鳴を上げる中、俺の右足は彼らの頭上を通り過ぎて、先端部分がその赤い目の主の胴体にクリーンヒットする。

 俺は踵を返し、すぐさまにコンピューター室の扉を開いた。そして見える視界の中、俺はその部屋の電気のスイッチを点ける。


「アイッ!」

「…………」


 俺の声に光に照らされたアイはこちらに目を向けた。生気を失ったような瞳には、光が少しずつ戻っていき、遂には完全にこちらを認識したように首を傾げる。


「え……あ、れ……?」


 状況を理解していない、そんな彼女の姿がそこにあった。



     ◇◇Skip◇◇



『――――から、ヒューマの言っている夢遊病は違うの』

「そうなのか?」


 翌日。俺は閉鎖されたコンピューター室の中を漁りながらも、妻であり生物学者でもあるツバキに、携帯端末で連絡を取っていた。

 かの夢遊病についてである。


『一般的には、夢を見ていてその通りに身体が動く、なんて言われているけれど、それ間違い。厳密にはノンレム催眠のサイクルの間に――――』

「ツバキ。簡潔に」


 ツバキの悪い癖である、説明する時に冗長になってしまいがちな部分を指摘し、ツバキは小さく溜め息を吐いた。張り合いがないと感じたからだろう。頭の悪い夫ですまない。


『夢遊病はね、夢を見ないの。実際は目が覚めている状態なんだけど、本人がそれを自覚できていないだけ』

「寝ているのにか?」

『そう。だから、アイちゃんは自意識を持たないまま動き出した。だけど、脳は暗闇を認識しても見えないわけだから、壁に手をやったのよ』

「ほぉ……」


 これでまた一つ賢くなったわね、と学生時代に言っていた言葉を言ってくる。余計なお世話である。最近は言ってこなかったのに、また変に調子に乗らせてしまった。

 だが、ツバキは声音でも解るように、不思議そうに呟いてくる。


『でも、それはそれでおかしいのよねぇ。彼女って、習慣的にコンピューター室に行っていたわけではないのでしょう?』

「そうだな。監視カメラでも、彼女が日中にコンピューター室に行っていた形跡は残っていなかった」

『こんなに繰り返しで行くっていうのはおかしいのよねぇ。夢遊病……睡眠時遊行症は、普段の行動を身体が再現しているだけなんだし』


 確かに、おかしな点である。ツバキの言葉を全面に信頼するならば、アイのあの症状は異常だ。

 夢遊病ではないのかもしれない。しかし、ツバキをしても難しいと、答えられた。


『とにかく、そっちで変な事があるのは理解したわ。何かあったら、また連絡頂戴』

「解った」


 通話を切り、俺は部屋を見る。昨日、襲いかかってきた物の正体は、学寮の警備を担当しているアニドールだった。だが、普通は不審な者に対して忠告をするだけのアニドールが、何も言わずに迫ってくることはありえない。

 学寮長、果てには学校長にもこのことは伝えられて、アイは一時的だが用意された別の個室で監視される事になった。この事について、関係者以外には秘匿されている。

 イギリスのアニドールが調整室に運ばれて、コンピューターしか残っていない部屋で、俺はいよいよ面倒な事になるかもしれない、と自分の状況に大きな溜め息を吐いた。

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