第18話:由来/願い込められた

 ひとまず優衣とソフィア達との合流が先決、と結論付けた私達は一度ギアーズ・オブ・アーサーが置かれていた場所から離れる。わざわざ保管室から持ってきたのだから、何かしらはするのだろう。たぶん。

 しばらく歩くと、白と赤のミスティアと呼ばれるギアスーツを眺めている優衣を発見する。薄い桃色の作業服に着替えており、その目は真剣そのものだ。優衣の真面目な表情は初めて見た気がする。彼女には悪いけど、基本的に瞬を殴っているイメージしかないので、こういう優衣を見るのは貴重だ。


「お疲れー!」

「お疲れ。今、軽い起動実験中だよ」


 元気よく手を挙げる遠見ちゃんに、優衣がいつもの脱力気味な返事をする。これが私のよく知っている優衣だ。脱力気味なのに瞬に対して非常に厳しい。何をしでかすか解らない、猫のような子。

 優衣の隣のミスティアは、エネルギーラインが光り、ヘルメットのバイザーにはツインアイが映し出されている。確かに起動実験中のようだ。


「誰が乗っているの?」

「ソフィア。この機体は貸出の」

「あぁー」


 優衣の短い説明で納得する。ソフィアとマルクはギアスーツ乗りだが、何かしらの要因で未だに自分の機体が来ていないらしい。なので、ゼミなどでは基本的に見学をしていたのだが、遂にソフィアもギアスーツに乗ってゼミに参加する気になったらしい。

 ミスティアは一世代前の世界共通量産機。世界共通と言うのは、まだ世界機構だけがギアスーツの開発をしていた頃に造られていたギアスーツという事だ。逆に言えば、最後に世界的に広がったギアスーツという事になる。

 エネルギー装甲を初めて取り入れられた機体で、性能面も申し分なし。一世代前と言われているけど、技術的完成度はミスティアの方が断然凄い。国の機体ではなく、あえてこちらを使い続ける人も多いと聞いた事がある。


「今は起動シークエンスの設定と、ボディへの負担とかの計測かな」

「ギアスーツ、人によって変わるからねぇ。前に使用していた人の癖を抜かないといけないし」

「へぇー」


 このミスティアは日本の国旗のカラーリングを投影させた色合いになっているけど、武蔵島のギアスーツ養成学校の貸出品だ。自分でギアスーツを持てない人達にも使えるように用意されている物で、使用感を除けば普通に使えるとか。

 私には縁のない物だけど、意外とそう言うところはキチンとしているんだなぁ、と感心を覚える。

 癖というのは、単純に前回のプログラミングが残っている事だ。人によって重心や体格などが違うから、それをギアスーツ側のプログラミングを弄る事によって調整されている。でも、貸出なのだから設定を初期化せずに癖が残っている機体もある。ソフィアの使用感を介して、優衣が先程からパッドを触っているのはそれのためだ。


「マルクは?」

「自分の機体が来るまでいいって。なんなら、うちの伊弉諾いざなぎを貸し出しても良かったのに」

「変にプライドが高いからねぇ。伊弉諾も十分に最新機のはずなんだけど」

「イザナギって?」

「あぁ、これこれ」


 話に置いてかれそうになって遠見ちゃんに質問をすると、彼女はソフィアの乗るミスティアの奥にある、またまた赤と白のギアスーツを指さした。カラーリングこそ同じだけど、形状は全然違う。

 巨大な角が二本生えている兜にスラっとした体躯、腰には武器を装着できるジョイントがある。その各所にYの文字があるのは、これの所有者が優衣達の家の山口モデルスだからなのだろう。


「JGS-01 伊弉諾。一応目されるなら、高機動型近接特化機なんだけど、そこはまぁ、使用者によって変わるかな」

「ギアスーツはカスタマイズが自由ですからね」

「よねぇ。一応、二振りのヒートブレイドとガトリングガン、シールドがこの機体の標準兵装。ついでに頭の大きな角は飾り」


 飾りなんだ、と馬鹿に仕掛けるけど相手に威圧感を与えるなら効果はあるだろう。金色にその部分は塗られているけど、これだけでも目を惹き、一瞬驚く。決闘なら微妙だけど、実戦なら意外と効果がありそうな気がする。

 一応エネルギーラインも引かれているらしく、至る所に赤い線がある。


「仰々しい名前だけどね。そういう意味ではアイちゃんと同じだけど」

「アーサーと?」

「そ。伊弉諾って名前も日本の神話の神様の名前だからね。願掛けなんでしょう」


 日本の神話については詳しくないから、その神様がどういう神様かは知らないけれど、名前に偉人の名前を使うのは間違いではないと思う。遠見ちゃんも言ったけれど願掛けだ。その人の様になりたいって、そういう希望を抱くための名前。

 それは私も同じ。私のギアーズ・オブ・アーサーもアーサー王伝説のアーサーがモデルとなっているのだから。私も、アーサーの様に強いギアスーツ乗りになりたい。


「ふむ。終わり」


 伊弉諾の説明をされていると、優衣の満足げな声が聞こえてくる。彼女の元へ戻ってくると、起動を停止したようにミスティアのエネルギーラインから光が失われ、最後にヘルメットのバイザーの光も失われる。そして、ミスティアの両手はヘルメットをゆっくりとだが外した。

 ふわっと金色の細い髪が舞う。ヘルメットの中で蒸れてしまった空気を逃がすように彼女は首を横に振り、解放された空気を感じるように息を小さく吸う。ソフィア・ユオン。寡黙でクール、基本的に無口な少女だ。


「……悪くないわ」

「まぁ、ロシアにでもありそうな機体だからねぇ。ミスティアのワールドワイドな部分はそう言う意味では感心できる」

「貴女達もいたのね」


 と、彼女の視線が私を見つめる。じーっと見られてどうすればいいのだろう。と、とりあえず引き攣りかけた笑みを浮かべて小さく手を振る。彼女はそれに対し、小さく手を振りかえしてくれた。

 なんだろう。この優衣にも通じる小さな小動物感は。一応、背丈は私の方が負けているのだけれど。クールだからこそ、たまに見せる可愛い仕草に感動を覚えてしまうのだろう。


「次はアイだね」

「え、私ですか!?」

「そそ。起動実験。とは言っても、あくまで私がデータが欲しいだけなんだけどね」


 技術者へのデータ提供は重要だと思う。ギアスーツは人が使うから真価を発揮する。だからこそ、私がいないとGOAの運用データが取れないのだ。

 結局、ギアスーツ関連の話になってしまったけれど、これはこれでもいいかと感じる。ソフィアがミスティアを脱いでいる中、私と遠見ちゃんは早速コアスーツを受け取りに走る事となった。

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