届かないけど繋がっている 3/7 ~横田さんのゴミ出し~
今日はゴミ回収日だ。ノロウイルス騒動でサボっていたため、悠の家にはゴミ袋二つ分のゴミが溜まっている。悠はゴミ袋を持ってドアを押し開けると、通路に置いて扉を閉め、鍵をかけた。たったこれだけの動作でもう汗が出てきた。朝からこの調子だと、今日も相当暑くなりそうだ。
ゴミ袋を指定場所に置いてネットをかけ、息をついてグッと伸びをする。気になっていたゴミも出したし、これでノロウイルス騒動から身も心も解放された。
悠がアパートに戻ってくると、二号室の扉が開いた。横田さんだ。同じくゴミを出すために家から出てきたようだ。
「あ、横田さん、おはようございます」
「ん? あ、はい。おはようございます」
横田さんはお辞儀をしてくれたが、悠は衝撃のあまり固まってしまった。横田さんは悠以上にゴミをため込んで、三つもゴミ袋を持っていたのだが、そんな事はどうでもよい。
以前は凛とした表情で背筋もピンと伸び、身のこなしも軽やかで、それでいて力強かったのだが、今、目の前にいる横田さんの顔は、筋肉が全て引き下がり、背筋も曲がり、動きも意志の弱い感じで頼りない。一気に十年分歳をとったようだ。
悠も詩織も、大家さんに様子を見るよう頼まれていたのに、ほったらかしにしていた。それどころか、「放っておいても大丈夫」とまで思っていた。なんて無責任だったんだろう。
見るからに憔悴してしまっている横田さんをこのままにはしておけない。
「横田さん、手伝います」
悠がゴミ袋に手を伸ばそうとすると、横田さんは顔を横に振った。
「いやいや、大丈夫ですよ。ありがとうね」
断られて引きさがりそうになった悠だが、心を奮い立たせてもう一度言った。
「あの、御迷惑でなければお手伝いさせてください」
横田さんは悠に笑顔を向けてくれた。
「そう…。じゃあお願いします」
悠が二つ、横田さんが一つ、ゴミ袋を持ち、ゴミ出しに向かう。
「今日は暑くなりそうですね」
「ああ、そうですね。俺はここんとこ、一日中エアコンつけて家にいたから、よく分からないけど」
「…あの、お買いものとか、お食事とか…どうなさってるんですか?」
「食事はもう、コンビニ弁当とか冷凍食品とか、そんなものばっかりですよ。買い物も、昼間は熱いから、夜になってからだし」
ゴミ袋にネットをかけ、アパートへと戻る。自分にできる事は他にないだろうか。悠は必死に頭を回転させて、アイディアをひねりだした。
「横田さん、あの、今度ジャン坊の散歩、私達にもご一緒させてもらえませんか?」
今考えたにしては上出来だ。ジャン坊の散歩はアパートの住人が交代で行っていて、横田さんも普段からやっている。家にお邪魔するわけでもないし、あまり無理なお願いではないはずだ。散歩に行っている間にもっと色々話をして、自分達ができる事を探せばいい。
「ああ…でもあなた、お仕事あるでしょ? 俺、平日の夕方に散歩してるからね」
「あ、えっと…夜九時半には帰ってくるんですけど、それからは無理ですか?」
「いやあ、俺七時には寝ちゃうからな。またの機会にね」
もう二号室は目と鼻の先だ。このままでは横田さんは行ってしまう。悠は頭をフル回転させた。
「じゃあ、私達が散歩する時に一緒に行きませんか? 水曜日は私お休みで、ジャン坊の散歩してるんです」
これを断られたら、ひとまず打つ手は無くなってしまう。
「水曜か……うん。私はもう予定なんか何もないから、せっかくだし一緒に行かせてもらいますよ」
「じゃあ水曜日のお昼すぎに、お訪ねしますね。楽しみにしてます」
悠は横田さんと笑顔であいさつを交わし、家へと戻ってきた。扉が閉まる「ガチャン」という音を聞き、頭をフル回転させていた血が体に戻ってきた。横田さんと話をする機会も作れて、あとはいつも通り準備して岡本食堂に出勤すればいいのだが、何か胸に引っかかるものがある。吐き気ではない。
横田さんの憔悴した姿にショックを受けているからだという事は分かるが、それだけとは思えない。なぜこんなに胸がつまるのだろう。
少し考えると、理由はすぐに分かった。横田さんの姿が、日頃意識にのぼらない、けれども絶対に忘れられない悠の過去の罪の記憶と重なったのだ。
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