第五話 街灯の下のヒーロー
街灯の下のヒーロー 1/5 ~いとこの思い出~
土曜日、夜更かし気味の亮太を寝かしつけて、そろそろ自分も眠ろうかと思っていた悠の所に詩織から連絡が入った。どうしても今相談に乗って欲しい事があるらしい。
また大学の事か何かで落ち込んでいるのかもしれない。この前のように元気づけてやるか、と悠が詩織の家のインターホンを押すと、詩織はドアの前で待っていたように一瞬でドアを開いた。詩織は憂鬱な浮かない顔というより、かなり追いつめられたこわばった顔をしている。
「……お待たせ……どうしたの?」
悠がそう言って様子を伺うと、詩織は小さな声で「入って」とつぶやいて、悠を家に招き入れた。
「ごめんね。夜中に急に呼びつけて」
「いいよそんな事気にしなくて。何かあったんでしょ?」
「明日と明後日のさ……菅山神社のお祭りさ…」
菅山神社はアパートから自転車で二十分ほどの所にある、割と歴史のある神社だ。毎年やる夏祭りでは境内に露店が並び、盆踊りや花火で大賑わいになる。
亮太はそれを楽しみにしていて、明日は悠と詩織と三人で行く約束をしていた。
「ひょっとして行けなくなった?」
「ううん、そうじゃなくてさ。埼玉に住んでる私の従兄……啓一って言うんだけど、菅山神社のお祭りに来るって言ってるの」
詩織の家族もほとんどの親族も、埼玉の川口に住んでいる。電車で一時間以上かかる所からわざわざお祭りに来る理由は何なのだろう。それが分からなかった悠が「ん?」と眉間にしわを寄せると、詩織はうなずいた。
「そう。おかしいんだよ。自分ちの近くだっていくらでもお祭りやってるのにさ。でね、あの子の両親……私の叔父と叔母ね。何か他の理由があるんじゃないかって心配して、さっき私に電話くれたの」
「本人には聞けないの?」
「反抗期なんだよ。高二の男子。もう親が何言っても『うるっせぇな!』みたいな感じでさ、何も教えてくれないんだって。でも、私は小さいころから仲良くしてて、私になら何か話すかもって、叔父さん達思ったみたい」
一人っ子の悠には、反抗期の男の子がどんな風かあまり想像がつかない。自分が高校生の時のクラスの男子はみんなガキんちょだった。その扱いが難しいとは思えなかったが、詩織は見た事がないほど深刻な顔をしている。
「啓ちゃんさ……もうさ、不良っていうかさ、ヤンキーなんだよ。で、啓ちゃんの友達グループの一人がこの前、ヤバイ事やって警察に捕まって……」
「何やったの?」
「覚醒剤だって」
「え、マジ?! そりゃ親御さん心配するわ……」
「うん。今回の事がもしそれがらみだったらって思うと……私もさ……」
詩織の目から一気に涙があふれ出てきた。詩織が悠の前で泣く事は前にもあったが、少し泣き方が違う。前は息を吸いながらゆっくり穏やかに泣いていたが、今、悠の目の前の詩織は、一回一回息を絞りつくすように背中に力を込めて泣いている。
少しすると鼻声の詩織が続きを話し始めた。
「もし……啓ちゃんも覚醒剤やってたら、どうしようって。……どうしたらいいのか全然分かんなくて……」
悠はすぐに返事をした。
「大丈夫。私が協力するから。取りあえず明日、できるだけ早く私にも会わせて」
詩織は鼻をすすってうなずいた。
「さっき本人とも連絡とって、明日の朝からここに来るって事になってるから」
*
詩織と悠は二人で食べ物の買い出しに向かった。買うのはお菓子やスープだけだ。二人は口数少なくコンビニで買い物を済ませると、悠の家へと帰った。亮太を起こさないように細心の注意を払いながら、隣の部屋で話をする。明日会う前に悠に少しでも啓一の事を教えておくために、詩織は思い出話を話して聞かせた。
啓一は、小さい頃からちょろちょろと走り回っては迷子になり、親や詩織が心配していると、妙な方角から帰って来たりと言うように、手におえないヤンチャ坊主だった。詩織のうちに遊びにくると必ず、詩織を「ブス」とか「ホネ子」とか言って挑発し、詩織に家中追い掛け回されていた。
「詩織の事好きだったんじゃないの?」
悠はニヤニヤ笑っている。詩織には啓一が自分をどう思っていたかよく分からないが、「そうかも」なんて返すのは恥ずかしすぎる。
「違うよ。ただ遊んでほしかったんだよきっと。だってさ、昔、付き合ってた彼女に会った事あるけど、全然私と違うタイプだったもん。そういえばあの彼女、悠にちょっと似てたかも。明日会ったら悠、惚れられちゃうよきっと」
「私ヤンキーの高校生なんて無理。ていうか、小さい時の話でしょ? 続き話してよ」
詩織はその後、啓一が詩織の友達を殴った事や、正月に詩織よりお年玉が少なくて一日中駄々をこねたりした事、小学校の高学年になるにつれ、だんだん詩織に気を使うようになっていった事、中学一年の夏休みに茶髪にし、眉毛を剃って詩織の前に現れ、一瞬誰だか分からなかった事、昔からの友達と遊ばなくなり、ヤンキーの先輩達とつるむようになった事、万引きやカツアゲを始め、夜遅くになっても家に帰らず、詩織の家にも啓一の両親から電話がかかってくるようになっていった事を悠にノンストップで聞かせた。
いつの間にか、詩織はまた泣いていた。でも、息づかいに余裕があって、穏やかな泣き方だ。
悠に「今日はもう寝た方がいい」と言われて、詩織は一足早く眠りについた。
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