第139話 俺、今、女子会議中
中原武蔵。今日の午前に偶然駅前で会った男性。その人は、実は——いくら奥手の稲田初美先生でも初恋の人……ではさすがにないようだが——大学時代に密かに密かな恋心を寄せていたクラスメイトであるらしい。
その話を聞いて、俺は、やった、これで任務完了。先生の結婚相手を見つけてストレスフルなアラサー生活から解放される。と、小躍りしそうなくらいの気持ちになったのだったが……。なんとその当人はもう結婚してしまっていると、そのあとすぐさまに聞かされるというオチが待っていたのだった。
ねえ、先生。なんだよ。なんであの人に決めとかなかったんだよ。さっき会った時の感じだと、正直、相手もまんざらでもなさそうだったよ。好きだったのなら、学生時代に決めとけば、こんなあちこちからのプレッシャーに押しつぶされてしまいそうな状態で三十路を目前にすることもなかった。——ならば入れ替わった俺もこんな辛い目に会わないで済んだのに。
と、まあ、俺は先生を糾弾したい気持ちで一杯で会ったが……。
しかし、なあ、稲田先生だからな。そんな簡単に、恋愛が成立するわけもない。
聞けば、仲の良い友達で終わったといっても、学生時代の稲田先生と武蔵さんの二人は、それ以上で何か未満な、だいぶ良い感じではあったようだ。
クラスの飲み会でも自然に隣になったり、休みに一緒に観光に出かける仲良しグループの一員であったし、二人きりで買い物やカフェで会話とかのデートまがい——まあ、傍目にはデートだよな——をしょっちゅうしてたとのこと。
周りも、こりゃ二人はもうカップルだよな、あるいはもうすぐそうなるよなって思って、冷やかしてみたり、後押しの言葉を出してみたり……。先生的にも悪い感じじゃないなって思っていたようで、告白してくれないかなって思って、いろいろとモーションもかけていた(自己申告)と言うのだが、——結局は稲田先生だからな。
稲田初美は、稲田初美だから、稲田初美で、稲田初美であるところのものだからして、稲田初美なのだ。
決定的な言葉を両方ともに出さないまま学生時代が終わった先生と武蔵さんは、就職してからも学生時代の仲間で集合したりで何度か会ったりしていたようだが、仕事が忙しくなったり、武蔵さんの地方への転勤があったり、——次第に疎遠になっているうちに、ある日、気づけば想い人は、知らない誰かと結婚していた。……という話を元級友の女友達から聞くハメになったという稲田初美なのであった。
——それが稲田先生なのであった。
ああ、いかにも、良い人だが決定力に欠ける(欠けすぎる)先生らしい事の顛末である。もしかしたら一生に一度のチャンスであったかもしれない、そんな好機を逃してしまった先生の胸中は察するに余りあるのであるが……。
起きてしまった事は取り返しがつかない。
ここはすっぱり諦めよう。
そして先生には別の男を……。
——と思ったのだが、
「……で、なんでその人と先生じゃダメなわけ?」
「だから、相手が結婚してるって……」
「
なんか変なこと、俺、言った? いや、言ってないだろと思った俺は、
「だって結婚してるんだぜ? だめだろ」
と、常識的な意見を繰り返しいうのだが、
「確かに難易度はあがるけど……しょうがないじゃない、もしどうしようもないなら。好きなら」
あいつは納得できないようなので、
「いや、難易度でなくだめだろ。常識的に考えて」
一般常識を盾にさらに反論をするが、
「そうかしら? 幸せは……奪い取らないと手に入らないこともあるのでは?」
片瀬セリナもあいつと同意見のようで、多勢に無勢。俺の意見は劣勢となる。
いやいや——。でもなあ……、もちろん、二人の言うような場合もあるとは思うが、やっぱりねえ、常識的にというか無難に考えれば、
「それは違うのでは……」
「いえ、違いません!」
なんか、キャラに似合わずやたらと言葉に、力入ってる片瀬セリナ。
で、
「——もちろん、それは
彼女の勢いに押されて、
「……そうかな?」
ちょっと心が揺らぐ俺。
「
「……」
なんか、これだけは絶対譲れないとでも言うような様子のセリナ。その勢いに押されて黙り込んでしまう俺。
しかし、そんな俺を見て、少し強く言いすぎたと思ったのか、
「とはいえ……」
少し語気を弱めて、セリナが言う。
「それは、あくまで
どうやら、言いたいことを言ったあと、いったん落ち着いたセリナは現実論を考え始めたようだ。
「そうよね、それで先生が幸せになるかは疑問。稲田先生だと……、奪ったことずっと後悔して生きていってしまいそう。そんなの幸せじゃないよね」
喜多見美亜あいつも現実的に考えて稲田先生に略奪婚なんて無理だろって意見のようだ。
そして、
「それに、本当に略奪で——とかになったら慰謝料なんかも問題になってくるし。先生が不倫で寝とったとして、男のほうが原因だと、元の奥さんに毎月お金払わないといけなくなる。結婚しようというのにその経済負担はきついわよね」
「そうだね。先生も公務員で収入はあるといっても、——やっぱり家族を作るとなったら相手の収入も大事だからね」
今度はいきなり、ロマンもへったくれもない現実的な金の話になる二人。一瞬前は宇宙規模のロマンスの話をしていたと思うのだが……、この女の子の振れ幅ってほんとよくわからない。
でも、そんな事を指摘してもどうせ二人ががりで反論されて俺がボロボロにされる未来しか見えてこないのでまあほうっておいて、
「……ともかく、じゃあ、武蔵さんの件は無しということで良いかな。結婚している相手との不倫、略奪愛なんてろくな未来がない可能性が高……」
「ちょと待って」
「ん?」
さっさと結論を出そうと思った俺に片瀬セリナからすかさず物言いが入る。
「だから勇くんは急ぎ過ぎなのよ。ともかく、複雑そうな状況だから、どその武蔵さんという人には関わらずにスルーしたい……そんなふうに思ってるんでしょ」
図星である。この案件は関わると面倒臭そうなので、華麗にスルーしてもっと別の男と先生をくっつけることに注力したい。俺はそう思っていたのだった。
だが、
「なんか違和感あるの」
「あ、私も」
女子二人は
——でも、違和感って何が?
「その、先生の昔話に聞く武蔵という人のパーソナリティと、今朝の連絡先を聞くやり取り……」
「確かになんか引っかかるね」
だから何が?
「ここからは完全にカンですが」
「うん、女のカンだね」
カン? 俺にはさっぱりピンと来ないのだが……。どうやら、直感的に、何かに気づいたらしき二人は互いに頷きあい、
「「その男の人、今、結婚してないかもよ」」
と同時に言うのであった。
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