第111話 俺、今、女子夜徘徊中
夜の聖都。現実での仲間たちと酒場で酒を飲んだあと、俺は街をざっと流してから帰ろうと、繁華街をそのままぶらぶらすることにした。一応、今日確かめようと思っていたことは連中に確かめられたし、街中うろついても、これ以上新情報は得られないんじゃないかなと思ってはいたものの、まだあんまり眠くならないし、——飲んで結構良い気分だったので、このままあっさり帰ってしまうのは勿体無い感じがしてしまったのだった。
いや、本当に良い気分だった。
俺は、高校生で酒を飲んで良い気分になっているという自分に、少し罪の意識を感じながらも、酔いがその罪を忘れさせてくれることが、なんだかとても気持ちよく感じながら、深夜となった聖都の繁華街を歩きはじめていた。
いや、
が、——ここは異世界だからな。成人も十五歳なので俺もこの世界ではもうそれも超えていて自己責任で飲酒でもなんでもできるし、そもそもここでは酒なんて子供の頃から飲んでいるのだから少しの深酒くらいで前後不覚になったりはしない。
なので、俺は、今、ビビる必要などまるでなく、ただ大人として思うままこの繁華街をほろ酔いで闊歩すればよい。
で、そういしている。——というわけなのだった。
しなしなあ……。ここは、中世ヨーロッパ風異世界ではあるが、どうにも、現代日本の繁華街を歩いているような気がしてしまう場所であった。まるで、俺の地元駅前が、人も街も中世コスプレしているだけのような感じだ。どうにも、これ、親しみがわいて、というか安心できて居心地は良いのだが、ちょっと偽物っぽい雰囲気を通りに与えている。まあ、俺の世界から見ればここは
「さあ、おねえさんどう? 今なら生一杯目半額だよ!」
いや、酒場の呼び込みが日本の居酒屋そのものなんですけど。生、……本当に生ビール売ってるからな。いや、生エールだって言ってたか。でもビールとエールってなんか違うのか? 似たようなしゅわしゅわに見えるけど? ゲームとかラノベとかの中世風世界では、ビールじゃなくてエール飲んでる描写がよく出てくるが、その時代ビールってなかったのか? なんかでビールは古代メソポタミアとかそういうあたりですでにできてたみたいなこと聞いたことあるけど……。
「いえ、もう帰るところですから」
俺が通り過ぎるのにのについてきてまで店の売り込みをする、ちょっとしつこい呼び込みを断りながら、ビールとエールの違いについて考える。
でも、ここに俺スマホとか持ち込んでなんでも調べられるチートとかじゃないんだよね。考えても、知らなないことはこれ以上何もわからない。
いくら、現代日本っぽい偽物中世風世界でも、流石にスマホやパソコンがあってググることができるわけじゃないからな。まあ、似たような検索魔法とかが、この世界にもあったりしないとは言えないが、少なくとも
さっきまで酒場で一緒だったルンもヒューもログアウトしてしまった。
「ああ、聖騎士のおねえさん、次はよろしくね」
とうわけで、エールの正体について思いをはせながら呼び込みを振り切った俺は、
一人を振り切っても、次々に声をかけてくる酒場の呼び込み。猫耳と犬耳の若者同士が隣同士の店で競って客引き合戦。手でメニューをくるくる回したり、頭の上に掲げて「飲み放題」とか叫んでいたり……。たぶんだけど、ヨーロッパの中世って絶対こんなんじゃないよね? まあよくは知らないので、焼き鳥屋と串焼き屋が隣同士で値引き合戦をするような中世もあったのかも? いや、……ないか。他も、パスタ屋って看板がでている店からどう考えても豚骨の匂いが漂ってくるし、カレーの店なんて香辛料が高くて中世ヨーロッパではないだろ? とかとか——。
俺は、ツッコミどころしかないこの街中を、心の中で思いっきり突っ込みながら歩いているうちに、いつのまにか少し雰囲気の変わってきた通りの様子に気づく。
まだまだ街は喧騒につつまれているが、その質が少し変わった感じであった。
なんとなく、怪しく、いかがわしい。
呼び込みもさっきまでの元気のよいにいちゃんといった連中から、少し強面のおじさんや、露出度の高い衣装のお姉さんに変わっていく。気づけば俺がいるのは、淫靡で、怪しい町並みの中だった。
ここは、——あれだな。
悪場所。現代日本でいうところの性風俗街だ。
俺は、周りが、娼館やそれに類した際どい酒場が列をなす一角となっていることに気づいた。
ちょっと灯りもくらめになって、店の方もちょっと遠慮がちな感じで看板が出ていて……。
——聖都にもこんなとこあるんだな。
今俺が聖騎士としているこの街は、この世界の神を祀る教会の総本山や聖騎士の本部がある、光の
でも……、そういた、こういう大きな宗教施設があるまわりには艶街が発達するって、前にきいたことがあるな。日本でもお参りとか参拝で有名な神社仏閣のまわりに悪場所がよくできてたって……。
——ああ、こういうのはググる必要なくよく知ってるな、って俺は自分で自分に感心するやら、ちょっと呆れるやらしながら、
「へっくしょん!」
くしゃみををしながら、夜風で自分の体が少し冷えてしまっているにきづく。
ああ、ここ、ゲームの中では一応ヨーロッパくらいの緯度の設定で時間軸も俺の世界と同じなら、九月始めで、もう結構夜は寒くなるよな。いままで、酔いで体が暖まっていたから気づかなかったのかもしれないが、このまま歩いていたら、風邪を引いちゃうかも? まあ、この世界に風邪のウィルスがいるかどうかは知らないが、体が冷えて良いことはないだろう。風邪ひいいたからって休ませてくれそうもないし、熱とか出たまま、この後の聖騎士としての戦いをするのはいやだよな。
ならば、このまま体を冷やしているのはとても良くないから、
「もう少し飲んでいくか……」
と、俺はこのままさっさと帰るのではなく、もう一度体を温めるべく、——もうちょっと飲んでくのはどうかな? とか、良からぬことを考えるのであった。
といっても、さすがに、こんな怪しげな一帯の店に入る気はしない。ここいらも、全部娼館ということでなく、娼館目当てできた客に酒や食事を出すような店もあるように看板からは見受けられるが、そもそも俺は今は女(まあ元の世界でも女——
なので、このままもとの繁華街に帰って、適当なところによろうかな? と、俺は考えた。ああ、途中で看板が目についた立ち飲みのもつ焼き屋(これも中世にないよね)あたりで軽く一杯だけ飲むか、それともチェーンの牛丼屋(これも絶対中世にはない)でビールをちょっと、……じゃなくてエール飲むのも良いかもな。
——とかとか。
この時、俺は、初めて知った飲酒の悪徳にあっさりと身をそのまま身を任せてしまいそうになっていたのだった。
いや、もし、この時、そのまま飲みに行っていたら、後にそんな場面がこの世界でも、戻った
だが、——とはいえ、実は、この日に限れば、その方がずっと良かったのであった。
なぜなら、
「キャアー! 助けて!」
助けを求める悲鳴を聞いた。俺は、怪しげな娼館の立ち並ぶ魔窟から、賑やかな繁華街に戻ろうと振り返った自分の真ん前に、今にも暗闇に連れ去られそうになっている幼女の姿を見たのであった。
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