第72話 俺、今、女子テント設営中

 で、ついに到着した野外パーティ会場だった。

 すでにイベントは始まっているのか、公園の入り口まで響いてくる重低音。

 駐車場に車を止め、そのまま歩いてすぐのパーティ会場のゲートで、前売り券をまとめて買って置いてくれたよし子さんが全員分を出して俺たちは、多分元は地味な山の中の公園が、様変わりした中に入る。

 派手な服装に身を包んだ人々。極彩色のパーティの飾り。CMとかで見たことのある酒造メーカーの出店の周りで始まっている乾杯の声。少し遠くに見えるステージの上のDJに向かっておくられている歓声がこの入り口まで聞こえてくる。

 ——うわ。来たんだ。

 俺はなんとなく実感がわかないままに到着した野外パーティ。思ったよりずっと大きな場所で行われている大規模な様子、そこに集まった人々の興奮した様子。非日常なこの場所。安全安心な自分の世界を越えて、賽を投げて、渡っては行けないかもしれないルビコン川を通り過ぎた。

 そんな、ワクワクするような、でも怖くて、すっと背中に悪寒が走るような、そんな期待とも恐怖ともつかない感情が自分の心に去来する。

 で、ちょっと足がすくんで、立ち止まってしまうのだが、

「さあ、さっさと騒ぎ始めたいのはわかるけど、まずは寝る場所の準備よ」

 よし子さんに背中を叩かれて言われれば、今の自分は、こんな場所にはしょっちゅう来て、慣れっこなはずの、筋金入りのパーティーピーポーの経堂萌夏であったことを思い出す。萌さんが、入り口でビビって立ち止まったりするわけはない。

 足のもつれにきずかれないように、そそくさと、さっさと、夕暮れの、自分の知らない世界トワイライト・ゾーンの中に入っていくのだった。


 しかし……みんなで分担して持っていたテントやら食料やらをまずは指定のキャンプエリアまで運ぶ。

 そして設営——。

 となれば、緊張もちょっと拍子抜け。

 記念すべき初野外パーティの始まりは、まるでキャンプにでも来たみたいな感覚だった。

 二泊する男一人女五人。テントも二張り、三日分の食料や飲み物も用意して、テーブルや椅子。寝袋や空気で膨らますシート。

 他にライトや充電用の太陽電池。適当な木があったら吊るそうとハンモックなんかも持って来ていて。結構な大荷物。

 アウトドアが趣味というよし子さんのお父さんから借りて来たキャンプ用品を広げるには結構な時間も手間もかかりそうな感じであった。

 でも、そんな大仕事も、野外イベントに慣れているはずの萌さんであれば、

「萌そっち持って……」

「……え?」

 テキパキと準備ができるはずであったが——今中身は俺だからな。

 そっちと言われてもどこのことなのかさっぱり検討もつかずにぼうっとしてしまう俺の前に割り込んで、

「……私がやるわ」

 今は喜多見美亜あいつの体の中にいる萌さんがテントの端を手慣れた様子で持ちながら言う。

 すると、

「あ、美亜さん、ありがと。……なんか萌え今日察し悪い感じたね。やっぱり具合悪いのかな。私は、美亜さんとテント組み立ててるから、あなたは他の子たちを手伝って」

 アウトドアなんて野蛮な娯楽にはくみしない、高貴なるインドア派の俺様は早々に戦力外告知となってしまう。

 そりゃそうだ。キャンプなんて、小学生の低学年の時に、父さんがたまたまホームセンターで見かけて血迷って買って来た、安いテントを使わなければもったいないと、社畜共働きの両親のスケジュールを調整に調整を重ね、二ヶ月がかりでやっと実現した時くらいしか行ったことがない。

 そのテントはその後は二度と使われずに、今も俺のうちの野外物置の中に埋もれたままとなっているはずであるが……。ともかく、俺にテントの組み立てなんて手伝えるわけもなく、ならば、俺は、よし子さんに言われるままに、テント設営部隊から椅子やテーブルの組み立てをしている女性陣の手伝いにさりげなくジョブチェンジする。

「萌夏さん」

 と、俺(インザ萌さん)が近くなり、和泉珠琴が話しかけてきた。

「……?」

「こんな素適なイベントに連れて来てもらって本当にありがとうございます」

「あ……はい」

 素敵も何も、まだ会場入ってテント立ててるだけだ。ちょっと前にどこぞの高校の登山部との合コンでデイキャンプしたのと変わらないじゃないか。

 相変わらず、この女は底が浅い発言ばかりだなと俺は、ちょっとあきれ顔になっていたかもしれないが、

「今日は、本当に、ありがとうございます。自分たちだけではなかなかこういうとこ来ようと思わないですが……とても楽しみにしていました」

 そんな様子には全く気付かずに目がキラキラの和泉珠琴と、

「私からも礼を言わせていただきます。貴重な体験をさせてもらって……」

 いつもどおりのクールな感じながらもやっぱり嬉しそうな生田緑だが、

「ほんと。萌夏さんみたいなかっこいい人と一緒にこんな所に来れて本当に嬉しいです!」

 ああ、そう言うことなんだろうな。

 萌夏さんみたいなかっこいい年上の女の人に、こいつら二人は憧れてロールモデルにしていて——その仲間になっていることに興奮している。そして他の高校生があまりこないだろうこんな場所に来た自分たちは、もう萌夏さんの仲間なんだろうと。

 「こんなとこ」に来たのが嬉しいんじゃなくて、「こんなとこ」に来るかっこいい萌香さんと自分が同一視できるのが嬉しんだろうな。

 俺は、それよりも「こんなとこ」に小さな子供二人連れて来て楽しそうに全員でお茶飲んでる隣のテントのもっさりした感じの夫婦のほうに憧れるけどな。ああ言う自然体の方がずっとかっこいい……。

 そうだな。もし俺がこの後、体が元に戻ったら、大学に行って、地道に勉強して堅実な就職をして、 結婚なんかして、子供ができたなら、こういうパーティに家族で来るなんてのも良いかもな。とか、ふと、自分の心の奥から湧き上がる、ささやかな幸せを望む気持ちに気づき、そして、その時に横にいてほしい女性の顔が……。

 ——あれ?


「水汲んで来たよ!」


「……うわっ!」


 心に浮かんだ女性が……なぜかありえない奴の顔であったことに驚いたそのときに、タイミングよく帰って来た喜多見美亜あいつを見て、ひどく驚いてしまった俺。必要以上に大げさなリアクションをしてしまって、


「「「……?」」」


 三人に怪訝な顔で見られてしまう。

 だが、

「——勇くん、ありがとう、じゃあテントもあらかた組み上がったし、まずは食事でもしようか」

 と、ちょうど声をかけて来たよし子さんのおかげで、いつの間にか真っ赤になってしまっていた顔には誰にも気づかれないまま、俺たちは、記念すべき野外イベント最初の夕餉にとりかかるのだった。

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