第68話 俺、今、女子エキストラ
そして、
「こっち来たのは初めてだな」
青山と言っても原宿から表参道、渋谷よりのエリアしか行ったことがなかった俺は、地下鉄の外苑前の駅で降りたあと、地上に出て、右も左もわからないここいらの様子になんだか混乱してしまう。
道幅の広い青山通り周りには綺麗なビルが立ち並び、一階にはおしゃれそうな服屋とか、飲食店とか、高そうな車売ってるディーラーだとか……でも表参道から渋谷側の青山みたいに、いろんな店が連なっていると言うよりはもう少し間延びした感じ。人通りもそっちより少ないし、普通の会社が入ってそうなビルや、緑も多く、街が密集してない感じが歩いていて好ましくもあるが、でもここにみんな何しに来るんだろうと、きらびやかな格好で通りを歩いている人を見て思う。
野球場やラクビー場。あとオリンピックにむけての建て替えで取り壊し中の国立競技場。スポーツしに来る人や、見に来る人なんかならわかるが、どう見てもそうは思えない着飾った人が多いしな。俺にとっては、なんと言うか、ここは、わざわざ来ていったい何をするところなのだろう感がすごい場所だ。歩いてる人たちが何を目的にここにいるのかさっぱり想像がつかないのだった。
もう少し涼しい季節なら、散歩してたら気持ち良さそうだし、ジョギング競技場まわりは東京のジョギングの聖地の一つだと言うから走ってみるのもわるくないが、この真夏の日差しに焦がされながら、萌さんの太陽に弱そうな体でそんなことをするのは自殺行為だな。特に何かしたいこともないこの街は素通りして、指定のスタジオに着いて涼みたいところだが、
「なんだかわかりにくいな……」
SNSのメッセに貼り付けてで送られて来たマップ通りに俺は歩いているはずだけど、なかなか目的地につかない。と言うか、地図的にはもう着いてるはずなのにスタジオなんてさっぱりみつからないんだけど?
と、俺があたりをキョロキョロしていると……、
「萌夏さん!」
俺(が今その中にいる)萌さんを呼ぶ声に振り向けば、
「え……」
俺がいま通り過ぎたばかりの廃墟みたいな建物のドアが開いて、なかからメガネをかけたジャージ姿の若い男性が声をかけてきた。
「なに通りすぎているんですか。気づかないふりしてツッコミ待ちですか?」
「いえ……」
どうやら今日の目的地はこのボロボロの家のようだ。確かに地図ではそう出ていたが、看板もないし、さすがにこれは違うだろうと俺は通り過ぎてしまっていたのだが、
「あれ、やっときた!」
入り口から出て来て手を振っているのは俺——
「ここ、わかりくかったかな?」
さらに中から出て来たのは喜多見美亜の体——萌さんであった。
「とてもスタジオに見えないもんね。看板も小さいし」
彼女の目線の方向を見れば、立木の伸びっぱなしの枝に半ば隠れるように今日の目的地として教えてもらったスタジオの名前が書かれた木の表札が門に貼り付けられていた。やはり、ここで間違いないらしい。
なので、
「ともかく入った、入った。他の人は準備できてるから」
俺は言われるまま、その建物の中に入るのだった。
*
「よし子ちゃんは?」
スタッフの指示のままに更衣室に行って衣装に着替えて(下着姿になるところから当然俺の記憶は消えている)、照明にさんさんと輝くスタジオに戻って来てそうそう萌さんから言われたのがその言葉だった。
「それは……」
俺はちょっと、口ごもる。
よし子さんは、今日はどこも行く予定はなかったのだが、明日の夜には渋谷で友達のDJのパーティがあると言うことで、今日はまだ萌さんのマンションに泊まって行く予定となっていたのだった。だがこの用事が入ったので、一人置いて来た……と言うわけではなく、
「ああ、あっち行ったかな?」
俺は、たぶん「そういうこと」だと思って軽く頷く。
「私とばっか遊んでて……おそろかにしちゃ逃げられちゃうかもしれないからね」
「……」
「でも、それなら安心。一人にしちゃって、よし子ちゃんに悪いかと思ってたのよね」
よし子さんは、今晩は彼氏の家に行くとのことであった。『たまにはちゃんとご奉仕してあげないと、他の女に走られちゃうとまずかからね』と、童貞男子の妄想をくすぐるような言葉を残して、地下鉄の途中で別れた彼女であった。
「じゃあ、気兼ねなく今日はこっちに集中してもらって……」
「萌ちゃん……」
「「はい!」」
「……?」
声をかけられて、思わず俺と萌さん、両方が返事をしてしまったのを不審そうに見つめる今日のプロモーションビデオ撮影の監督らしき人。
「……いえ、萌さんはこちらです」
「……?」
萌さんが、俺が中にいる自分の体を指し示す。たぶん監督(らしき人)と萌さんは知り合いっぽいから、体入れ替わりの事情を知らないと意味不明の言動その人の顔はさらに混乱してしまうが、
「監督準備できました!」
さっきのジャージの若い人の声に、ハッとしたような顔になって振り返って、
「オッケー! じゃあ、時間も無いしさっさと始めるぞ!」
撮影が始まるのであった。
それは、正直、名前も聞いたこともないバンドの撮影であった。なんだか可愛らしい感じの女性五人組が演奏する後ろで、日常を過ごす若者が、セットの中を歩いたり、椅子に座ってコーヒー飲まされたり、別に呼ばれたエキストラの人と話をしていたり。こんなのでいいのかと言うくらいなんの演技も要求されずに、唯一最後に全員が集合して踊るシーンで、手をリズムに合わせて横横前に動かすだけの簡単な振り付けが指導されたくらい。
「
撮影が終わり、スタジオ内に拍手が鳴り響く中、横の萌さんから耳打ちされる。そもそも、節約はスタジオ代だけでなく、予算が無いからモデル事務所から人を派遣してもらうわけにもいかず、心づけ程度でやって来てくれる知り合いで今回のビデオのエキストラをあつめたようなのだが、
「監督に、私の出演の他、だれか手伝ってくれる人いないか頼まれてたの、すっかり忘れてたけど……君らと知り合ってよかった。ほら監督、すごいご機嫌よ」
俺のところにやってくる髭面の中年男性。
「よかったよ! 今日。萌ちゃん、ありがとう。こんな可愛い子たち連れて来てもらっちゃって……これならビデオ大成功だよ。バンド売れたなら、何倍にもして恩を返すからって彼女らのマネージャーも言ってたよ」
すごく嬉しそうな様子の監督。その後ろで、頷く、スーツ姿のマネージャーらしき人。で、その人は一歩前に出て、
「いや、ほんと君たち全員……うちと契約してもらいたいくらい……」
特に俺……と言うか今俺が中にいる萌さんへの熱烈なスカウトが始まるのだが、萌さんが断れと目線を送ってくるので、しどろもどになりながらもなんとか勧誘を断って逃げるようにスタジオを出て、日の長い夏とはいえ、もうすっかり夜の青山の街。
「……あのバンド売れるといいね」
「ん? それはなんかお礼もらえるかもしれないから?」
「んん、それもあるけど、彼女らなんか気に入ったわ。曲もよかったし、みんないい人達だったし。それに……」
「それに……?」
「あの人達とは、この後もなんか深く関わるような気がするのよね」
と言う言葉。それはしばらく後で、本当になるのだが。グルーヴィン・トラップ。今日参加したプロモのバンドとは今のところこれ以上の関わりはないままに、俺たちは暗闇に光る建物のあかりも綺麗な青山の瀟洒な街並みを気分良く表参道まで歩いて地下鉄に乗る。
みんなで、一つのものを作り上げた。なんとなく、とても充実して高揚感のある一日を過ごせてそのまま一人、多摩川を越えて帰る二人と別れて乗り換えた私鉄の途中の駅で降りるのだが……。
その時はまだ知らなかった。その後、萌さんの従兄、
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