第65話 俺、今、女子シャワー中
突然の
が、熟睡しすぎてまだまだ寝ぼけてしまっている俺。睡眠を妨げた着信に怒って出るはずの言葉は、喉元で詰まり、淀み、混乱して、
「はい。なんでございましょうか?」
逆に妙に丁寧なものになってしまってしまう。
ならば、
「なにそれ? そのへんな言葉遣い」
確かに、
「いや……」
何か言おうと思っても、まだ頭が朦朧として、舌もさっぱり回らない——となると、なんだかあっという間に文句を言う気力も衰えて、
「……なんでもない。気にしないで」
俺は矛を出す前からあっさりと納めるのであった。
すると、そんな寝ぼけた様子を電話越しにもさっしたのか、
「……? まあ、いいわ……いえ、起こして悪かったけど。でも、さあ……」
「今日はちょうど良い昼のパーティが無いから、どこにも行かないで夏休みの宿題でもするつもりだったんだけど。萌夏さんがやっぱり何もないと暇だって言うから考えたんだけど」
ああどっか連れて行かれるパターンだなこれ。
「今日はよく考えたら踊ってみたの仲間がやるアニクラがあったのよ……集合は三時でお願いね!」
でも、
「……今日は休みにしないか」
俺は、さすがに今日は少し抵抗を試みる。
「えっ……」
断られると思ってなかったのか。意外そうな声のあいつ。
「昨日は……あの後に夜もパーティに行って、正直疲れているし……また今晩も別のパーティが……もうちょっと寝ていたいんだけど」
俺は、どんと体に溜まった疲労から、とても今日はまだ動けないことを訴えるが、
「まあ。大丈夫、大丈夫。萌夏さんが、自分の体はパーティに行ってる限りは壊れないって言ってたわよ……動き出せば疲れも取れるって……」
なんだその理論。疲れが取れるんじゃなくて忘れるだけだろ。俺は、そんな人たちとは違うんだよ。パーティで疲れをあっさり忘れられるような人種とは違う。インドア派で頭脳派のヒッキーオタクなんだよ。俺はもっとゆっくりしていたいんだよ。
でも、
「……それに、もし来ないって言ったらどうなるか分かってるのよね?」
「……?」
「ハードディスク……」
「大至急準備して駆けつけさせていただきます!」
で、電話の騒ぎで、よし子さんこと
「……随分冷や汗かいてるようだけど何?」
俺、と言うか萌さんの顔がびっしょりと汗をかいているのを見て不思議がられるのだった。
最初に体入れ替わりが起きた直後、
体の入れ替わった時に動転してしまい、オロオロと何もできなかった俺と違い——女は強い。というか
——とまあ、今更悔やんでいてもしょうがない。
それよりも、今日はまたすぐにイベントに参加することになったので、さっさと準備をして出発しないといけないのだが、
「へえ。それ面白そう。たまにはそう言うの良いよね」
今日の午後の予定を告げたら、よし子さんは意外にもずいぶんと乗り気になる。でも、なんで突然アニソンのクラブイベントなんて行こうと思ったのかって言われて、あいつのことを伝えるのだが、
「へえ、この頃知り合ったって言う高校生の子達の紹介なの? なんでそんな子達と知り合ったの」
それは、
「——泥酔したときに入れちがった? え? トイレで入れちがう時に落としたスマホを拾ってもらって届けてもらって……へえ、そんなこともあるのね」
さすがにそれだけで仲良くなるのかと、社交的で能天気な
「……ともかく。行くなら急がないと。帰って来てすぐ寝たから……シャワーも浴びたいし」
どっちにしても、もう時間がないので、それを言い訳に俺は話をうやむやにしようとすると、
「あっ——そうね。三時に集合ならあんまり時間もないし……ぎりぎりね……じゃあ……」
「…………?」
高校生と仲良くなった経緯はもうどうでも良いようだが、かわりにちょっと色っぽい目になったよし子さんは、
「一緒にお風呂入っちゃうか!」
と嬉しそうに言うと、
「え……」
「ほら、じゃあ早速入るわよ……」
キョトンとした様子で立ちすくむ俺の手を引いて浴室の前の板間まで連れて行く。
そして、
「あ……」
俺は、目の前でさっとワンピース脱いでキャミソールとショーツ姿になったよし子さんの姿に、その場で凍りついたように固まってしまう。
——ああ、そう言えば、まだあまりよし子さんの容姿について語っていなかったが、実は……なんというか大変な体の持ち主である。
体入れ替わり以来、なんだか随分と女の子の知り合いが多くなった俺であるが、周りにいるのはなぜかみんな、どちからかと言うと可愛い系やモデル系……スタイルは良いがドカンと言うからだの持ち主はいない。いや、下北沢花奈の事件の時に知り合った代々木お姉様は胸とかも大きくて随分と妖艶な大人な感じではあったがどこか儚げと言うか線画細いと言うか……このよし子さんこと
ダンサー体型というのだろうか。腹回りとかはちょっと太いかなと思いきや、それは踊るための筋肉がその下にあるためで、じつは贅肉なんてあんまりない。手足は結構細いが強靭な筋肉がその下にあることを感じさせる躍動感を持ってしなやかなに伸び……そして、なんと言っても尻。
引き締まったその後ろ姿は、俺の男としての衝動を極限まで高め——危なかった。俺が今女の体にいなければ。これはなんか限界突破……いや天元突破! 俺のドリルは……いや、やめとこ。
「ん、どうしたの。じっとしちゃって?」
俺のドギマギに気づかずに、キャミソールに手をかけて腹を半分だしながら、振り返り言うよし子さん。どどど……童貞じゃなくて……どちらかと言うと地味な、女子銀行員や役所事務とかにいそうな顔のよし子さんが、ポニーテールの髪をぷるんと言わせながら、その強烈なボディをくねらせれば、その落差がなんだかとてもエッチな感じで、
「…………」
俺の心の中で悪魔と天使が争っていた。
体入れ替わりのことなどしらないよし子さんを良いことに、このまま何も言わずにこの人が服を脱ぐのをじっと見ていることもできる。
いや、そんなことはしてはいけない。何かの折にこの時萌さんの中にいたのが俺であったことがバレたとき、だまっていた俺は軽蔑されるのだぞ。あるいはそのことが俺の知り合いに言いふらされたら、俺は周りの連中からも軽蔑されるかもしれない。
でも、
なら、
「ん、ほんとどうしたの? なんかおかしいかな?」
でも、小首をちょと傾げたらぐっとねじれてさらにくいっと上がる尻の様子を見てしまうと、おれの決心はぐらぐらと揺れる。このまま。このままちょっとだけで良い。惰性に身を任せれば。怠惰にあれば——桃源郷ははっとする。
と思えば、迷う俺は、ごくりと唾を飲みながら、何も選択しないことで、実のところ悪魔の方に心を任せてしまっていたのだが、
「ああ、何。もしかして服脱ぐの恥ずかしがっているの? そんな何度も一緒に温泉に行った仲じゃない」
「…………」
よし子さんはなんだかエロい目つきになると、
「大丈夫だって。恥ずかしいなら脱がしてあげる」
「いや……」
お構いなく。脱ぐとあれなんだよね。よし子さんの至宝を前にして俺の意識が飛んじゃうんだよね。
だから、くねくねと指をウネらせながら俺のシャツの襟口に近づくよし子さんの手を少し拒否するように、体を横にするが、
「ふふ……そっちかと思った?」
「……?」
「こっちでした!」
そう言いながらさっとスカートに手をかけて凄まじい早業でショーツごとに引き摺り下ろす、その瞬間に感じた頼りなさ。そして、すぐにやってくる羞恥の念の中……。
この体の入れ替わりの倫理規程——俺は萌さんの乙女の秘密を認識する前に……いつものようにあっという間に意識が飛んで行ってしまうのであった。
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