第54話 俺、今、女子コミケ中

 で、あっという間に時は過ぎる。

 夏休みであればなおさらだけど。

 気がつけば、もう、夏コミ当日であった。

 俺と喜多見美亜あいつは、——まあどうせ乗りかかった舟。斎藤フラメンコの売り子となって当時の頒布を手伝うためビックッサイトまでやってきていたのだった。

 が、

「おまえ、それ……」

「えっ、熱中症対策にこれ必須だったんじゃなかったの?」

 会場で集合するなり、めんつゆの1リットルペットボトルを三本もとりだして、みんなを驚愕させるあいつであった。斎藤フラメンコ誕生秘話。夏コミで熱中症になった下北沢花奈を麺つゆをのませて救った例の話で、それが必須のアイテムと勘違いした? そんな、

「いえ、いえ、……昔の花奈みたいなのがもしかして大量に現れたらめんつゆいっぱいつかうかもしれないし……」

 天然ちゃんあいつに気を使ってフォローしてくれる代々木さんだったが、

「でも、そんなことより、君……そういう人だったの……」

 赤坂さんが、あれ? といった顔であらためて見直して、

「ああ、そうそう……麺つゆで一瞬混乱したけど……あなた、その格好と言うか……化粧……」 

 麺つゆのインパクトで一瞬忘れてしまっていたようだが、——あいつ、と言うか、俺の体の女装コスプレ姿に、驚愕の表情で固まってしまうお姉様がた二人だった。

 ——ちなみに、それは、最近、もともとの酷薄ホムンクルス少女から正統派魔法少女にジョブチェンジを果たした、某作品の幼女の服装。この間、誘導尋問の結果、こいつが、今、見ていることが判明した例のアニメの主人公イ○アのコスプレ。

 ——もうひとつ、ちなみに、後で休憩中に聞いたのだが、前に秋葉でコスプレ衣装の高さに躊躇していたあいつは、今回の斎藤フラメンコのゴタゴタをへて『そうよ、私も、外の世界に向けて、自分の人生を正直に生きなきゃいけないのよ』とか言って、ついに決心してコスプレ衣装を買ったようだった。いや、その正直に生きさせられているの俺の体だけどな。

 そして、そんな俺の体、普通に男の格好している時の「俺」しか知らないお姉様がたは、初めて見たその格好に戸惑った様子で言う。

「なんと言うか——ついにうちのサークルにコスプレ売り子が現れたのは嬉しいけど、あなただったとは……」

「びっくりしたな……」

 そう下北沢花奈以外の二人は喜多見美亜あいつの女装姿は初めてみつことになる。

 でも、

「いきなりで驚いたけどだけど……」

「これは、ありだよね」

「素敵だわ……」

 むしろ感心したように喜多見美亜あいつと言うか、俺の女装姿をじろじろと、舐めるようにみる二人なのであった。

 特に、代々木さんの方。このひとショタ厨で年下男子好きじゃなかったのかとか思ってたが、年下の女装も好きなのか、目が明らかにエロくなってるいて、——あいつもまんざらじゃなさそう? どうにもこの二人の組み合わせ、俺は自分の「体」の貞操の危機を感じてしまうのだが、

「まあまあ、公子きみさんも、りっさんも、落ち着いてくださいよ。向ヶ丘君は女装男子なのは言ってませんでしたけど、実は彼は、動画投稿サイトの踊って見たでは相当の有名人なんですよ。売り子するって情報を流しただけでも相当集客が見込めるくらいで……」

 喜多見美亜あいつの作り上げた「ゆうゆう」と言う女装キャラクターの解説を始めた下北沢花奈の話に、

「なるほど、実はそんなネットの有名人が助っ人が来てくていたと言うのは嬉しいごさんだわ」

 実利が頭に浮かんだ代々木さんは冷静になり、

「なんだ、私、この子、もしかして花奈にちょっかいかけようって思ってる、生意気な高校生かと思って警戒してたら……そっちの人なら安心か」

 花奈ラブが強いらしい赤坂さんの向ヶ丘勇への認識が、ちょっと事実と別方向にずれているのは気になるのだが、

「よし、ともかく、強力な助っ人も現れたことだし、斎藤フラメンコ最新作完売目指して気合い入れていくわ! おおおーっ!」


「「「「おおおーっ!」」」」


 と、俺たちはこれから始まる戦いに向けて気合いをいれて一致団結をするのだった。


 ——でも、みんなで大声あげて気分をあげたあとに、

「……それにしても」

 ふと思い出したように、ちょっと寂しい顔になる代々木お姉さん。

「残念よね——喜多見さんだっけ、あの美人ちゃん……」

「はい」

「今日は、これないんだよね」

「はい」

 俺は、その問いにちょっとどきりとしながら答える。

「……用事があるんだよね。あの子にはマンガ修羅場も、別の修羅場も一緒にいて——いろいろ世話になったので、ここ一緒に盛り上がって、一体感を味わいたかったんだけど」

「——まあ、法事じゃしょうがないよね。夏コミってお盆にやるから、結構そういうの結構あたるのかもね」

「は、はい……まあ……」

 喜多見美亜(の体)の不在を残念がり、もっと色々聞きたそうなお姉様がたの追及に、俺は言葉を濁しながら下を向く。

 いや、あまりその辺の事情を追求して欲しくないのだが、——お姉様がたはもっと聞く気満々。喜多見美亜がこないでやってきた、「俺」のことをジロジロと見ながら、もっといろいろ聞き出そうと、口をひらきかけるのだが……・

「あっ、……そろそろゲート開きますよ。美亜さんとは打ち上げでもするとして、今日はかわりに来てくれたさんに感謝しましょうよ」

 今の「俺」の「事情」を知る下北沢花奈のナイスフォロー。

 そして——。

 俺にだけ見えるようにこっそりとしてきた、下北沢花奈のウィンク。

 ……を合図に。

 そうだこの機に一気に、こっちがしゃべくるペースにしてしまえと、

「はい、こちらこそ……いえ、自己紹介遅れてすみません」

 軽く一礼をしながら皆んなを見つめ、

「私は、美亜の友人で、今回ピンチヒッターを努めさせていただきます……」

 俺は、いっきに、言うのだった。

「生田緑と申します」

 クラスのリア中の頂点である、女帝生田緑の声で——!

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