第51話 俺、今、女子場面転換中

 と言うわけで……

 下北沢花奈が、お姉様がた二人と一緒の同人活動を始めたのは、コミケで脱水症状で倒れる寸前、ふらふらになっていたところを助けられたことがきっかけであった。

 もちろん、それまで、誰かと一緒に同人誌作った経験どころか、人に自分の描いた絵を見せたことももろくにない下北沢花奈である。自分の描くマンガがどんなレベルにあるのかなんで、何もわからずに、とりあえず、優しいお姉さまがた二人の勧めにしたがって、描き始めた。

 ……と言う、生まれて初めての同人活動をする下北沢花奈を含め、三人になったサークルの、共同ペンネームが斉藤フラメンコであった。代々木さんのお母さんの旧姓が斉藤、赤坂さんのお父さんの趣味がフラメンコギター。その脈絡もない単語の組み合わせで決まったのがその名前であったが、それは赤坂さんのお母さんの旧姓の小鳥遊たかなし、代々木さんのおばあさんの趣味の詩吟だとか、今お姉さまがたがはまっているお菓子の名前だとか、初恋の男子の名前だとか……。

 ——他の脈略のない単語を色々出した上で組み合わせた。

 そのうち、聞いてインパクトがあるのを選ぶ。その役目は下北沢花奈が受け持った。そして間抜け風味ではあるが、なんとなくかっこいい! そんなコメントとともに、満面の笑みで選んだ……これが後の人気同人作家、斉藤フラメンコの誕生なのであった。


 それからはあっという間であった。

 次の冬コミで注目を受けた彼女らは、次の夏コミの落選を嘆くファンのツイッター上での暴れっぷりがネットで今も語りつがれるほどの人気を、その時には、もうすでに得ていたのだった。

 新進気鋭。超新星。同人界のスターダムに、一気にのし上がった、斉藤フラメンコ。彼女らは今後の飛躍がさらに期待される、若手の最注目株と見られ、商業誌からもコンタクトが始まるような状態までなっていたのだった。

 しかし、その頃には、彼女らのサークルの内訳は、実は、少しいびつな感じになってしまっていた。

 と言うのは、下北沢花奈が才能を開花させていたのだった。

 それはもう、圧倒的なほどまでに。

 残酷なほど。

 そして、その才能が、サークルのありかたを歪めてしまっていたのだった。

 二人三脚で助け合いながら始めた仲良しサークルはあっと言うまに、実質、下北沢花奈のワンマンサークルとなってしまっていたのだった。


 いや、代々木と赤坂の両お姉さまも決して才能が無かったわけじゃなかったと思うよ。それは彼女らが、この今日の騒ぎを終えた後、またマンガを書き始めたら、同人界隈でそれなりの人気を得て行ったことからも証明されたと言えるだろう。

 ——後から思えばだが。

 しかし、その差は、昔、サークルを始めたばかりの頃であれば、初心者に毛の生えた三人の間では、あまりにもあからさまで、可哀想なくらいであったと言う。

 その時だって、お姉さまがた二人も、実際、もし客観的に誰かが見てくれたなら、絵もどんどんうまくなって、読者が面白く思ってくれるようなストーリーも作れるようになってきていたのだけれど……。

 あまりの才能の差が、そんな小さな努力は叩き潰す。

 描けば描くほどに、物語が湧いて出て、物語が思いつけばそのシーンの絵が細部まですでに頭の中にある。そんな下北沢花奈に、二人は次第についていけなくなっていたのだった。

 最初はそれぞれがキャラクターをかき分けたり、話によって描画担当を変えたりとか、絵がばらついてしまってちぐはぐになる、——完成度そっちのけで、サークルとしての楽しさを優先したりもした彼女らだが……。

 サークルの人気が高まって、期待も高まったら、迂闊なこともできない様な気分になる。なにしろ、人気が出てきたのは、絵も、物語も、下北沢花奈が作っている部分であることは彼女ら全員分かってはいた。

 特にお姉様がた二人は、自分たちがあまりでしゃばれば、サークルの発展の足を引っ張りかねないと思えば、次第にメインは下北沢花奈となる。残りの二人は、背景や、効果などアシスタント的な役割となり、それも細部まで異常に完成度にこだわる下北沢花奈一人が仕上げたページの鬼気迫る出来上がりをみせられたら……?

 代々木さんも赤坂さんも、心を挫かれて、絵を描くのをやめてしまい、その役割は即売会での売り子、印刷納品とかのサークルの事務的な処理……他はマンガを描いている途中の下北沢花奈の横で酒を飲んでくだを巻いているだけ。普段はサークルとしての程をなさない。そんな状態になってしまっていたのだった。

 それでも、かろうじて、三人がサークルを解散することはなかった。いつかは二人もまたマンガを書き始めて、和気藹々と同人誌をみんなで作り上げた最初の頃に戻れると信じていた下北沢花奈。そして、その思いに気づいてか、彼女を一人にして逃げることはしない。ーー彼女の心大きなの問題を引き起こす。

 歴史にイフは無いというが、このサークル設立の初期の段階で、もしかしてお姉さまがた二人が斉藤フラメンコと言うものに関わるのをやめてしまう。下北沢花奈のもとからから去ってしまっていたら、どうなっていたんだろう? 俺はそんなことを夢想しないでもない。

 それは、一見、邪魔ものに過ぎない二人が逃げ出した。に過ぎないように見える。サークルの庶務やら即売会の売り子なんかが少し困るかもしれないけど、そんなのもう売れっ子の軌道に乗って、更に天に飛び立とうとしている、第二宇宙速度に達するのも間近であった当時の斉藤フラメンコならば、いくらでも手伝いたい人は見つかっただろう。

 そんな程度の影響だと。

 何しろ、斉藤フラメンコとして物語作りや背景や効果まで、マンガ制作のすべてを受け持っているのが下北沢花奈だったのだから、残りの二人が抜けたところで、大した影響はないだろうと、思えただろう。

 しかし、それは違う。

 今、俺は、それを強く確信しながら、

「僕は……卑怯です」

 みんなが俺——が中にいる下北沢花奈の顔——に注目。シンと静まった部屋に向かって、その衝撃的な一言を言うのだった。


 すると、ピンとした緊張が部屋の中に走った。

 突然の、場面変換だった。

 今日は斉藤フラメンコをめぐるいろんなことに決着をつける。そう思ってこの部屋に集まったはずの俺達のはずであった。しかし、なんとなく、いつものように、この人たちが「ずっと間違った」ように、なんとなく、問題の本質から微妙に逃げたまま、なあなあのまま終わってしまいたい。そんな様子がお姉さまがたに見られたのも事実である。

 その、もやっとした雰囲気が、一瞬で変わった。まるで別の部屋に移動したかのようにさえ思えた。

「……でも、二人も卑怯です」

 ならば、この状況を打破できるのは、その部外者なのに、当人である俺。

 下北沢花奈と体が入れ替わった、俺だけなのであった。

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