4-3


 ゆんゆんが上位に入れなかった事以外、特に変わった出来事もなく学校が終わり、ゆんゆんと帰る途中。

 相談があると言ったままずっと黙っていたゆんゆんが、ようやく口を開いた。


「……ねえめぐみん。友達、ってさ。一体、どんな関係の事を言うのかな……?」


 予想していたよりもずっと重かった相談に、私は思わず目頭を押さえて足を止めた。


「ちょ、ちょっとめぐみん、どうしたの!? ね、ねえ、私、なにかめぐみんが泣くような事言った!? ねえったら!」


「いえ、ゆんゆんがぼっちをこじらせていたのは知っていましたが、まさか友達がどんなものかすら知らないレベルだとは思っていなかったもので……」


「知ってるよ! 一応は知ってるから! 一緒に買い物に行ったりだとか、遊びに行ったりだとか! そういう事じゃあなくって!」


 ゆんゆんはひとしきり怒った後、ちょっと沈んだ様子で。


「あのさ、めぐみんは私によくたかってはくるけど、お金をたかる事ってないじゃない?奢って欲しそうに目で訴えたりだとか、食事の時間になると、ご飯を分けて欲しそうに目の前をウロウロしたりだとかはするけど」


「当たり前です。そこら辺の、越えてはいけない一線はわきまえてますよ。お金をたかりだしたら、代価として私の体を要求されても嫌とは言えなくなりますし」


「要求しないわよそんな物、私をなんだと思ってるの!? っていうか、私も友達って、お金のやり取りはするもんじゃないって思ってたんだ。でも……。あのさ、こないだ相談されたんだけど……。ふにふらさんの弟が、重い病を患ってるらしくってさ……」


 ふにふらの家庭の事はあまり知らないけれど、確か、ふにふらが溺愛している年の離れた弟がいるのは知っている。


「それでね、薬を買うお金が必要らしいんだけど、こういう時って、お金を渡しても失礼にならないのかな、って……。友達が困ってる時は、助けてあげるのが当然だって思うんだけど、お金を渡して嫌われたりしないかなって思って……」


「ふにふらから直に、お金を貸して欲しいと言われたのですか?」


 私の問いに、ゆんゆんは慌てて手を振り、


「あ、ち、違うよ? 薬のお金に困ってるって言ってただけで。でもどどんこさんが、じゃあカンパしてあげるって言い出して。で、私もカンパした方がいいのかな、って……」


 まったくこの子は、相変わらずなんというチョロさだろう。

 ここ最近の流れでピンと来てしまった。

 普段からあまり良い噂を聞かないあの二人が、突然ゆんゆんに親しくしてきたのは不思議に思っていたのだ。

 そして、どどんこがゆんゆんの目の前でわざとらしくカンパする。

 なんというか、友達なら出すよねといった雰囲気が出来てしまう。

 私に相談してくる以上、ゆんゆんも心の奥では気づいているのだろう。

 でも友達がいないこの子は、嫌われるのが嫌で、流されそうになっているのではないか。


「私ならば、お金ではなく別の方法で助けますね。というか、お金がないという根本的な問題がありますから」


「……別の方法?」


「そうです。……たとえば、顔を隠して友達と一緒に薬屋を襲撃するとか」


「ねえ、それってお金貸してあげた方がいいんじゃないの!?」


 私はゆんゆんに小さく指を振ると。


「友達だと言うのなら、ただ与えるのではなくて、一緒に苦しんであげる事も友情ですよ?なにかを一方的にあげる事なら誰でもできます。でも、困難な事に付き合ってあげるのは、とても大変な事ですよ?」


「つまりめぐみんがお腹を空かせてたら、お弁当をあげるんじゃなくて一緒に我慢してた方がいいって事?」


「…………いいえ、それはそれ、これはこれです。……でもまあ、ゆんゆんの納得がいくようにすればいいと思いますよ? 友達なんてものはお金で買うものではありませんが、友達が本当にどうしようもなく困っているのなら、友達のために大切なお金を投げ出すのも有りだとは思います。私は年中本当に困っていますが」


「今、さり気なく自分をアピールしたわね。……でも、分かったわ。ありがとう、好きな様にやってみるね」


 ゆんゆんはそう言ってはにかんだ。

 ……お人好しのこの子の事、どうする気なのかぐらいすぐ分かる。

 胡散臭いと気づいていても、きっと放っては置けないだろう。

 お金を渡すとしたら、明日の朝か放課後だろうか。

 本来なら私には関係のない話だけど、明日は――


 と、話が一段落し、それ以上話す事もなく歩いているとぶっころりーに出くわした。


「あっ、ぶっころりーさん、ど、どうも!」


「おやぶっころりー、こんな所でなにをしているのですか? そけっとにフラれて引き籠もっていじけていると聞いたのですが」


「めぐみん! シーッ!」


「いや、シーって気を使われる方が傷つくよ! それに、告白なんてしていないからまだ振られていない、ノーカンだ!」


 見苦しい事を言うぶっころりーが、ふと真面目な顔で。


「というか、気が付いたんだ。世界が俺の力の覚醒を待っているのに、色恋にかまけている場合じゃない、って……。ただでさえ最近、邪神の下僕だとかいうモンスターがあちこちで目撃されているからね。また俺の力が必要とされるかもしれないから、自主的に里を巡回しているんだよ」


 要訳すると、失恋から立ち直ったニートが暇を持て余して散歩をしていたようだ。


「聞きましたよ。なんでも、里で昼間からフラフラしているニート仲間を集めて、自警団みたいなものを作ったとか」


「自警団はやめてくれよ。ちゃんと名前があるんだ。『対魔王軍遊撃部隊』(ルビ:レッドアイ・デッドスレイヤー)っていう立派な名前がね」


 この里には魔王軍も怖がって近づかないのに、一体なにを遊撃するつもりなのだろうか。

 ただの自警団に、名前だけは大仰なのを付けるところが紅魔族らしい。


「というか、里の大人達は例のモンスターに随分と手こずっていますね。先生が、明日強引に再封印をするとか言ってましたが。わざわざそんな面倒な事をせず、もういっそ、邪神とやらの封印を解いて里の人間総出で討伐してしまえばいいのでは?」


 ここ、紅魔の里は超一流のアークウィザード達がたむろする集落だ。

 近隣の国々ですらもこの里には干渉してこない。

 この里の人達が集まれば、邪神だって倒せない事はないと思うのだが……。


「いや、一応そんな声も上がったんだけどね。でも、里の外れに邪神が封印されているのは、俺達のご先祖様がよその土地に奉じられていた邪神を、わざわざここまで連れてきて封印したのが発端らしいからね」


「ええ!? 私、初耳なんだけど! なんで!? なんでご先祖様達は、なんの意味もない上にそんなはた迷惑な事をしたの!?」


 叫ぶゆんゆんに、ぶっころりーがキョトンとした表情を浮かべた。


「だって、邪神が封印されている土地だなんて、なんだか格好良いだろ? ……まあ、という訳で今回も封印しとこうって事になったんだよ。邪神なんて、天然記念物もいいところな希少な存在だしね。この地には他にも、持ち出すと世界を滅ぼしかねない禁断の兵器だとか、信者が一人もいなくなったために、その名も忘れ去られた傀儡と復讐の女神だとか、物騒な代物がたくさん封じられているからね」


「実に迷惑な話ですが、禁断の兵器とやらには私も少し興味がありますね。里の人達の気持ちは分からなくもないです」


「分かるの!? ていうか、私の方がおかしいの!? 私の感性の方がズレてるの!?」


「「ズレてる」」


「ッ!?」

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