2-8


 校庭で、担任教師がマントをなびかせながら声を張り上げた。


「よし、全員揃ったな! 武器を持っている者は自分のを使っていいぞ。武器を持っていない者は、モンスターにトドメを刺すのにこれを使え!」


 言いながら、地面に置かれている物を指す。

 それは様々な武器の山。特筆すべきは多くの武器が……、


「せ、先生! 武器が大き過ぎてどれも持てそうにないんですが……」


 そう、どれもこれもがえらく大きかった。

 長身のあるえの身の丈をも超える大剣や、私の体よりも大きな刃を持つ斧。

 オーガですら振り回せそうもない巨大な鉄球がついたモーニングスターなど……。

 と、担任が私達の目の前で巨大な大剣を軽々と持ち上げた。

 細身な体格のクセに、担任は顔色一つ変えずに片手で持ち……!


「コツは、自らの体に宿る魔力を肉体の隅々まで行き渡らせる事だ。それにより、我々紅魔族は一時的に肉体を強化させる事ができる。今日までの授業を通して、実はお前達にその基礎を叩き込んできた。意識さえすれば、自然とその力が使えるはずだ!」


 担任のその言葉に、あるえが一歩前に出る。

 そして……。


「……我が魔力よ、我が血脈を通り我が四肢に力を与えよ!」


 あるえは一声叫ぶと、身の丈以上もある大剣を片手で持ち上げた!


「「「おおっ!」」」


「えっ!? す、凄い……! 凄いけど、今のセリフは必要だったの!?」


 一人ツッコんでいるゆんゆんを尻目に、他の生徒達も次々と武器の前に群がった。


「この子、私の持てる全ての魔力を注いでも壊れないだなんて……! さあ、あなたには名前をあげる! そう、今日からあなたの名前は……!」


 巨大なハルバードを両手で抱きかかえ、武器に名前をつける者。


「フッ!! ……へえ、今の素振りにも耐えるなんて、なかなかの業物ね。いいわ、これなら私の命を預けられる……!」


 片刃の長剣を何度も素振りし、不敵な笑みを浮かべる者。

 それらを横目にしながら、私も巨大な斧を手にした。

 私の魔力ならば、これぐらいいけるはず……!


「……くっ、まだ魔力が足りない様ですね……! 我が魔力よ燃え上がれ……! さあ、その力を、その恩恵を我に……!」


 私は斧を手にして、ふらつきながらも持ち上げた。

 まだだ。まだ魔力が足りない!

 私は紅魔族において随一の天才! 私ならこれくらいは……!

 歯を食い縛りながら斧を持ち上げる私の横で、ゆんゆんが。


「せ、先生、これ全部ハリボテじゃないですか……。木に金属メッキがされてるだけで、どれもこれも凄く軽いんですけど……」


「ゆんゆん、減点五だ」


「ええっ!? ちょ、先生っ!」


 私は重い斧を放り出し、一番小さい木剣を拾い上げた。


 ――里の外に広がる森の中。

 担任の前に並んだ私達は、各自思い思いの武器を手にしていた。

 皆が刃のない武器を携える中、ゆんゆんだけが本物の武器を握っている。

 先日鍛冶屋で買った、銀色の短剣だ。


「よし! いいかお前ら、よく聞けよ。先ほども言ったが、先日、この周辺の強力なモンスターは軒並み狩った。なので、残っているのは弱いモンスターばかりだ。そいつらも念には念を入れて、俺が片っ端から魔法で身動きを取れなくする。お前達は、動けなくなったモンスター達にトドメを刺せ」


 担任が巨大なハリボテの剣を手にしたまま言ってきた。


「問題ないとは思うが、もし何かあったら大声を出すように。では、解散!」


 担任はノリノリでそう告げると、どこへともなく走って行った。

 それに伴い、クラスメイト達があちこちに散らばっていく。

 ――と、その時。


「『フリーズ・バインド』!」


 担任が去っていった方向から、そんな声が聞こえてくる。

 私とあるえがそちらに向かうと、そこには……。


「「おお……」」


 流石は、腐っても紅魔族で魔法を教える教師。

 恐らく担任がやったのだろう、そこには首から下を氷漬けにされた、小さく呻く大トカゲがいた。


「『フリーズ・バインド』ー!」


 またも遠くから聞こえる担任の声。

 嬉々として付近のモンスターを無力化させている様だ。

 私はあるえと顔を見合わせ。


「お先にいいかい?」


 あるえの呟きに私はコクリと頷いた。

 あるえがハリボテの大剣を両手で構えて振りかぶる。


「その生命を以て、我が力の糧となるがいいっ!」


 大剣がトカゲの頭に振り下ろされ、首から下を氷漬けにされたトカゲはキュッと鳴いた後、クタッと動かなくなった。

 あるえは自分の冒険者カードを見ると、満足そうに一つ頷く。

 レベルが一つ、上がったらしい。

 私が爆裂魔法を覚えるのに必要なスキルポイントは、残り4ポイント。

 ここで狩りまくれば、今日中に魔法を習得するのも不可能ではない!


 経験値の元を探して辺りを見回すと、首から下を氷漬けにされた角の生えた大きな兎を前に、何やら騒いでいるグループがいた。

 角持ちの兎に銀の短剣を構えたまま動かないゆんゆんだ。

 悲しげな目で命乞いをするかの様にキューキュー鳴く兎を目にして、トドメを刺せずに固まっているらしい。


「ゆ、ゆんゆん、早く殺りなよ! 早く狩って、次に行かないとさ!」


「そ、そうそう、成績二番手の優等生なんだから、まずはゆんゆんがお手本見せてよ!」


 短剣を手にしたまま戸惑っているゆんゆんに、グループを組んだ二人が急かしていた。


「ご、ごめん、この子と目が合っちゃって……! ごめん、無理!」


 涙目で首を振り、短剣をしまって二人に差し出すゆんゆんに、二人はそれを受け取らず。


「今からそんな事言っててどーすんの! あたし達紅魔族は、そんな甘っちょろい種族じゃないっしょ? そんなんじゃ舐められるから!」


「そそ、そうそう、動かないんだから簡単よ、クラス二番手の実力を見せてよ! それでサクッと……!」


「では、サクッといってみましょうか」


 私はゆんゆんを煽っていた内の一人、どどんこの背後に立つと、その背中をグイグイ押して、


「えっ!? ちょっ!」


 ゆんゆんから短剣を奪うと、慌てた声を出すどどんこの手にそれを強引に握らせた。

 驚くどどんこを後ろから抱きかかえるように、短剣をしっかり握らせ、腰の前に構えさせる。そして……。


「さあどどんこ! 殺るのです! このつぶらな瞳をした哀れな兎を、あなたの経験値の足しにするのです!」


「待って! ねえ待って! めぐみん待ってお願い許して!」


「何を遠慮しているのですか、この無垢な兎を汝の力の生け贄に……! さあ、成績二番手のゆんゆんではなく、主席の私が直々に指導を……!」


「待ってえっ! やめて、ほんとやめて! それ以上押したら刃が刺さる! キューって鳴いてる! この子、キューって鳴いてるっ!」


「ちょ、めぐみんやめっ! どどんこ泣いてっから! やめ、おいやめろってば!」


 ふにふらとどどんこが騒ぐ中。


「……おい君達。なにか、ヤバイのがいるんだけど」


 あるえが森の方を指さして呟いた。

 言われるままに視線をやると、そこには一体のモンスター。

 両手に鋭い爪を持ち、漆黒の毛皮に覆われ、コウモリの翼を生やした人型の悪魔。

 爬虫類の顔にクチバシがついたその頭が、辺りをせわしなく見回している。

 強そうだとか色々あるが、一番の問題点はそいつが氷漬けにされていない事。


 ここは、そっと離れて担任を……。


 ――と、そいつの視線が、コソコソと逃げようとしていた私に真っ直ぐ向けられた。

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