第二章 「紅魔族の孤高の少女《ロンリーマスター》」
2-1
「めぐみん! 分かってるわね、今日も勝負よ!」
どこかの教師が行なった天候操作の儀式の反動により、透き通る様に晴れた朝のこと。
私が教室に入ると、待ち構えていたゆんゆんに絡まれた。
今日はなんだか、妙に機嫌が良さそうだ。
――と、機嫌が良い理由に気がついた。
ゆんゆんの腰の後ろには、先日買った銀色の短剣がぶら下がっている。
それを、こちらに見えるように幾度となく手で位置を変えてくるのが鬱陶しい。
似合っているとでも言って欲しいのだろうか。
私はゆんゆんの彼氏でもないので、そんな面倒臭い乙女心にはつき合いたくない。
「いいでしょう、受けて立ちます。でも、賭け金代わりのスキルアップポーションを持っていないのですがどうします?」
「賭け金……。そ、それじゃあ、私が勝ったらめぐみんは、なにか一つ、私の言う事を聞くって事で……」
「いいですよ。特別に、勝負方法はゆんゆんに有利なものにしてあげます。その、腰にぶら下がっている格好良い短剣を使った勝負です。どうですか?」
「この短剣を? いいわ、どんな勝負か分からないけど受けて立つわ!」
自信満々なゆんゆんを連れて自分の席につくと、私は机の上に手のひらを広げて置いた。
「では、その短剣を使って私の指の間を連続で突いて下さい。十数える間に全ての指の間を突けなければゆんゆんの負けです。簡単でしょう?」
「待って! 待ってよ! 無理無理、そんなの無理!」
「大丈夫ですよ、ゆんゆんの腕を信じてますから。もし刺さっても我慢します。では、よーいどん! いーち、にーい……」
「もういいから! 今日も私の負けでいいからっ!」
今日も、そんないつも通りの朝だった――
「……ふう。ごちそうさまでした。今日も美味しかったですよ」
「うう……。たまにはまともな勝負をして欲しいんだけど……」
私が差し出した弁当箱を受け取りながらゆんゆんが涙ぐむ。
「……そう言えばゆんゆんは、後何ポイントで上級魔法を覚えられるのですか?」
「ポイント? あと……。3ポイント。3ポイントで上級魔法を覚えられるわ。そうしたら、その……。ここを卒業しちゃう事になるんだけど……。めぐみんは、後何ポイントで魔法を覚えられるの?」
紅魔族の学校は、魔法さえ覚えればいつでも卒業が可能となる。
ゆんゆんの言葉に自分の冒険者カードを見ると、そこに表示されているスキルポイントは46。
そして、習得可能スキルと書かれた欄には、《上級魔法》習得スキルポイント30という文字が光っていた。
でも私が覚えたいのは爆裂魔法だ。爆裂魔法の習得にはあと……。
「あと4ポイントですね。ということは、順当にいくと私よりもゆんゆんの方が先に卒業という事になりそうです」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って、成績はいつもめぐみんの方がいいのに、どうして私よりもポイントが少ないの? ていうか、あれっ!? 私一人で卒業……!?」
ゆんゆんがワタワタしている中、担任がやって来た。
ざわめいていた教室内が静かになり、教壇に立った担任教師が、名簿を片手に名前を呼ぶ。
「よーし、出席を取るぞー」
担任に名前を呼ばれ、次々に生徒が返事をしていく。
「……どどんこ! ねりまき! ふにふら!」
生徒数が十一人しかいない小さな教室では、すぐに私の順番が回ってくる。
「めぐみん! …………あとゆんゆん!」
「は、はいっ! ……先生、今の間はなんですか? 『あと』って言いましたか? また忘れそうになっていませんでしたか?」
「よし、では授業を始める! ……と、言いたいところだが。実は近頃、里の周辺のモンスターが妙に活発化していてな。俺も校長に頼まれ、里のニート……、ではなく、手の空いている者達を率いてモンスター狩りをする事になった。お前達は昼を過ぎたら帰ればいい。それまでは、図書室にて各自自習をしている様に。以上!」
質問を無視されたゆんゆんが涙目になる中、担任はそう告げると教室を出て行った。
――ここは魔王軍ですら恐れる紅魔の里。
そんなところでモンスターが活発化とは珍しい。
周辺のモンスター達は里に近づく事すらしないというのに……。
そんな事を考えながら、図書室の中をウロウロして本を探す。
先日読んだ、あの妙な本の続きが読みたい。
『暴れん坊ロード二巻』、『暴れん坊ロード二巻』……。
――見つけた。
「ゆんゆん、あなたが手にしているその本を探していたのですが。何冊かいろんな本を手にしていますが、すぐ読まないのなら先に読ませてはもらえませんか?」
ゆんゆんが、数冊の本と一緒に『暴れん坊ロード』の二巻を手にしていた。
「えっと……。いいけど、めぐみんもこんなの読むの? じゃあ、はい」
そう言って手渡された本は『ゴブリンだって会話ができる』『モンスターと友達になろう』。
「誰がこんなもん見せろと言いましたか! そうではなく『暴れん坊ロード』の方です!」
「えっ、めぐみんもこれ好きなの!? 面白いよね、私、もう何回も読んじゃって! 二巻の『ニセ君主一行現る!』のラストなんて、まさかご老公が偽物のお供の二人と旅に出ちゃう超展開になるだなんて……」
「ネタバレはやめて下さい! ……っていうか、なんなんですかその他の本のチョイスは。タイトルが酷すぎますよ。酷すぎ…………。……これは酷い」
「やめてよめぐみん、どうしてそんな同情する目で私を見るの!? これ見てよ、サボテンにだって心はあるんだってさ! つまり、植物と友達にも……!」
……この子は一体どうしたものか。
「まったく。そんなに友達が欲しいと言うのなら、私へのライバル宣言を取り消せば……」
「――ちょっとゆんゆん。あんた、またそんなもん読んでんの? そんなに友達が欲しいのなら、あたしがなってあげよっか?」
横合いからの突然の声に振り向くと、そこには以前ゆんゆんに声を掛けてきたクラスメイトの……。
クラスメイト……の……。
「ふにくらではないですか。友達なんてものは、なってあげるものではないですよ。自然となっているものです」
「ふにふらよ! あんた、クラスメイトの名前ぐらいちゃんと覚えなさいよ!」
いきり立つふにふらに、ゆんゆんがガッと迫った。
「今なんて? その、今なんて言ったの!?」
「ちょっ、ゆんゆん近い、顔近いって! と、友達になろっかって言っただけで……!」
真剣な顔で迫るゆんゆんに、軽く引きながらふにふらが慌てて言う。
それを聞いてゆんゆんが、顔を赤らめながら何度もコクコクと頷いた。
おお……万年ぼっちのゆんゆんに、とうとう友達が!
勝手ながらゆんゆんの将来を心配していたけれど、これで少しは安心できる……!
「ふっ……、不束者ですが、これからよろしくお願いします!」
「ねえゆんゆん、あんた友達ってなにか分かってる!? 分かってるんだよね!?」
……安心できる……だろう……。
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