凛と伊織の場合Ⅲ

 駅ビル ── と言ってもそんなに大きくはなく飲食店や服飾店なんかが少し入ってる程度のもの ── の中のカフェに場所を移す。

 凛はアイスコーヒーを伊織はアイスカフェモカをそれぞれ注文し、喫煙席に腰を下ろした。


 「喫煙席で大丈夫?臭い付いちゃうよ?」

 少し心配そうに凛は伊織に尋ねた。伊織も以前は喫煙者だったが、結婚を機に止めたのだった。

 「大丈夫、うち旦那も吸うし。気にしないで。笑」

 アイスカフェモカを美味しそうに飲みながら伊織は笑って言った。


 そういえば、6人の内喫煙者も2人だけになったのか。元から吸わない子もいるけれど・・結婚を機に止めた子ばかりだな、なんて思いながら凛はタバコに火をつけた。


 「最近はどう?旦那さんは元気?」

 伊織は凛に聞いて欲しい事が山ほどあったが、ひとまず凛の状況を尋ねてみる事にした。

 「うん、相変わらずだよ。元気だし、家にいない事が多いのも相変わらずかな。」

 凛の旦那には数回会った程度だ。凛は結婚式もあげていないので、向こうの友人関係や仕事関係もよく分からない。会った印象はなんというか、ぬぼーっとしたもさっとした人だな、である。

 凛もあまり自分の事を話す方ではない為、未だに謎の多い旦那だ。

 「毎日暇にしてるよー。最近は携帯がお友達。笑」

 と言って、凛は最近ハマっているという携帯アプリのゲーム ── パズルゲームのようなものだった ── を見せてくれた。

 携帯のゲームをやる時間もなく興味もない伊織は曖昧に笑ってみせた。

 それに気付いたのか

 「伊織は?どう?最近。葵ちゃんもかなり大きくなったんだろうなあ。」

 凛が話をふってきた。


 「うん、もう3歳になるからねー。いっちょまえに喋るようになったよ。」

 「わあ、かわいいね。そのくらいの歳の子って本当にかわいいよねぇ。葵ちゃんは特に美人さんになってるんだろうなぁ。」

 葵は伊織に似てキリッとした綺麗な顔をしていた。まだ2歳かそこらの時に会った時でさえ、伊織の目にそっくりな美しいつり目をしていたのを覚えている。


 「葵は元気なんだけど・・。」

 少し言い淀みながら伊織はアイスカフェモカに視線を落とした。

 きっと、ご主人の事だな、凛は察した。

 

 伊織のご主人とは何度も会った事がある。伊織とご主人は大学生の頃からの付き合いなので、何度も皆んなで遊びに行った。

 今時の格好をした、随分とテンションの高い人だった。(伊織や凛達よりも年上なのだけど。)

 一見チャラチャラとした軽い印象を持つが、言葉の節々や態度のひとつひとつから伊織への好意がとても伝わってきて、見た目で判断してはいけないな、と当時他の皆んなと話したものである。


 そのご主人がひとつの仕事に定着しない、というのは以前も伊織から聞いていた。


 「もしかして雄大ゆうだいさん・・?」

 凛の言葉に少しだけビクっとしながらもその何倍も安心した表情で、伊織はこくんと頷いた。


 「実はこの前また仕事辞めて・・もう5回目だよ・・。」

 うんざり、という顔で伊織は話し始めた。


 今回辞めたのは、上司とソリが合わなかったかららしい。

 「そんな理由で辞めるなんて。皆んな我慢して家族の為に頑張ってるのに。私の収入があるから大丈夫だろって思ってるのよ。そんなに多くないし余裕なんて全くないのに・・。葵だってこれから小学校になるし・・いつまでこうなんだろ・・。」

 一旦話し始めたら、堰を切ったようにどんどん不満を口にしていた。


 「あっ」という顔で伊織は凛の顔を見て

 「ごめん、こんな愚痴ばかり言って・・久しぶりに会ったのに・・。」

 と申し訳なさそうにつぶやいた。

 「いいよいいよ、気にしないで。私でよかったらいくらでも聞くから。」

 凛はアイスコーヒーに口をつけながら微笑んだ。


 昔からそうだ。凛はなんでもないようにこうして人の話を聞く。けれど、自分の事は何も言わない。

 本心は分からない。本当は見下されているのかもしれないし、本当に心配してくれているのかもしれない。

 もはやどちらでも良かった。本心がわかりようがないのなら、それに甘えようと思った。それくらい、今の伊織には不満を口に出せる相手がいなかった。

 

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