7-6 魔神城陥落 その6
「さあ、ここからが本番だ」
剣をかまえて不敵に笑ってみせたものの、緊張のために手にはじっとりと汗がにじんでいた。愛憎度システムの導入によって変貌を遂げた31周目の世界。火の精霊石の回収まではかろうじて保っていた過去シナリオとの整合性も、浮遊要塞が魔神城に激突するというまさかの展開で、ラスボスである魔王がラストダンジョンの魔神城から逃げだして完全崩壊。婚約者たちの手前、勇者に与えられた特別な知識として王女救出の秘策を自信たっぷりに披露していたものの、内心では同じ方法が本当に通用するのかビクビクしていたのだ。
安堵の吐息と共に様子をうかがうと、アリシア姫は白馬の王子さま然としたセシアの腕のなかで安らかな寝息をたてている。白い仮面の下からあらわれた蒼ざめた顔はやつれてはいるものの、いままでの周回となんら変わることなく西洋の騎士物語に出てくるお姫さまそのもの。細く光沢のある銀髪も、長いまつ毛も、絵画のように整った面差しも俺の記憶にある王女のままであった。
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『 アリシア・ペンドラゴン 』
リンカーン王国の王女。
「魔神の心臓」の魔力に心を支配され、魔人と化していた。
【種 族】
【クラス】 王女
【称 号】
【レベル】 1(F級)
【愛憎度】 -/-/-/-/-/-/- (-級)
【装 備】 双蛇の杖(B級)
闇の衣(B級) 闇のサンダル(B級)
【スキル】 短剣(E級) 槍(E級) 杖(D級)
聖魔法(D級) 時空魔法(E級)
交渉(E級) 水泳(E級) 宮廷作法(C級)
高潔なる献身(D級) 竜の魂(F級)
封印されし魔王の記憶
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ステータス画面にも違和感はない。愛憎度が追加されているのは予測の範疇。スキルの最後尾「魔王の記憶」に「封印されし」の前置きが追加されたのは、王女奪還後もグランイマジニカが継続するための辻褄合わせにちがいない、とあえて楽観を決めこむことにする。
まずは王女の救出というファーストミッションはクリアした。この次こそが本番。カオスドラゴンを討伐することなく「勇気の結晶」に封印する。ひょっとすると、すでにカオスドラゴンの討伐はエンディング条件、つまり、この周回が終わり、次の周回が始まるキーではなくなっている可能性はあるものの、あえてフラグを確認するのはリスクが高すぎる冒険だ。
俺はとっくにいまのグランイマジニカに骨をうずめる覚悟ができている。逆に、もしも新しい周回が始まってしまったら、そこから立ちなおる自信はない。俺のことを憶えていないセシア、ネネ、ユズハ、スクルドともう一度スタディな関係性を築きあげられるかどうか。そもそも勇者のキャスティングが俺ではなく、キリヒトに取って替わられている可能性すらあるのだ。
だから、この31周目の始まりと共に誓ったカオスドラゴンの封印は、俺が俺でありつづけるための絶対条件。失敗は許されない。
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『 カオスドラゴン 』
始原の神が天地に分かれ、さらに地が4つに引き裂かれて生まれた
あらゆるものから魔力を吸いとり、幾万年もの永きにわたり災いを振りまいてきた。かつて龍王に屈服し、使役されていたが、はじまりの勇者が龍王を倒したことで宝玉に封じられ、以来、リンカーン王国の至宝として厳重に保管されてきた。
カオスドラゴンを手に入れたものは、魔物を統べる「魔王」の力を得るという。
魔法はすべて吸収し、実体化していない間は物理攻撃が効かない。
【等 級】 S級(魔神級)
【タイプ】 ドラゴン
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見慣れたカオスドラゴンの姿。魔法吸収、一定時間ごとの物理攻撃無効という初見殺しの特性をもっているものの、かつての周回では俺はこいつをソロプレイで幾度となく狩っている。あらかじめ
「――グガアアアアアアア!!!」
カオスドラゴンの
「カオスドラゴンに多勢は不利。みんな、距離を置いたまま、回復と援護を頼む!」
姿勢をわずかにさげて、俺は巨大なドラゴンにむかって駆けだした。シロツメクサが敷きつめられた草原は土が柔らかく、地面を蹴りつける力で容易に足がめりこんでしまう。だから歩幅をせまく、一足ごとの踏みこみは軽く、回転速度をあげる。
「――ガアルルルルル!!!」
周回するたびに聞いた懐かしの威嚇音。カオスドラゴンの巨大な頭が前方から突っこんできて、草地をめくりあげながら俺を呑みこもうとする。
真っ赤な口腔にいならぶ牙。1本1本が馬上槍の穂先よりも太く、しかも鋭い。
鼻息がかかる寸前で、俺は横にとびのいた。カオスドラゴンの速度は皮膚感覚にまで叩きこまれている。十分に対処できるはずであった。
だが、足場は草地。いままでの周回のように石の床ではない。
ジュルッと草をすりつぶす音がして、天馬の靴が滑る。
まずい。
半身をそらせて聖鞘エクスカリバーで牙に対峙しようとしたとき、鎧の
「我、魔の探究者たるネネ・ガンダウルフは、変化と断絶を司る風の精霊に問う。
我が右手の先に汝の力の結集たる風壁はあるか。
我の愛しき者に翼を与えよ! ウインドウォール!」
振りむいた視界の先でネネの黒ローブが盛大にはためき、白い裸身が丸見えとなる。小振りな胸から小さなお尻にかけてのなだらかなライン。下腹部の淡い繁み。
ウインドウォールを水平に展開したことによる台風並みの風圧を受けて、俺の身体は横に吹きとばされ、ガキン! と嚙み合わされる牙の断頭台から脱することができた。間髪入れずにそのまま地面を蹴りつけて方向転換し、噛みつきから続く五指の爪による斬撃が振りおろされるよりも早く、剣を上腕の内側にねじこみ、カオスドラゴンの
「――シャアアアアァァア!!!」
怒りのためか縦長の紅い瞳孔が拡がり、カオスドラゴンが太くて長い尾を振りあげた。地鳴りを響かせて叩きつけられる龍の尾。そのまま広範囲を薙ぎはらうように横ざまに振りぬく。
俺は天馬の靴で草地を一蹴りすると、空高く舞いあがり、ブルドーザーのような蹂躙を回避した。
カオスドラゴンの紅い眼が空中にある俺に据えられる。
尾による横なぎからインターバルを挟むことなく、すぐさま伸びあがるように首を斜め上方に突きだしての噛みつき攻撃。だが、これも想定の範囲内。俺は一瞬だけ目を閉じると、先ほどまぶたに焼きつけておいたネネのローブ下の裸体を脳裏に鮮明に再生する。
「必殺! カガトスラッシュ・エレクション!!」
たぎった性欲に反応し、白銀の刀身が瞬時に極大まで伸びきった。剣の切っ先がカオスドラゴンの真っ赤な口腔にとびこみ、ねめりとした咽頭をえぐる。
「――ァァア!!!」
声にならない咆哮をあげて、のたうつ巨躯。聖剣エロスカリバーが元の長さにもどり、俺が天馬の靴の効果でゆったりと地表に降りたつと、カオスドラゴンの巨体が俊敏な動作で右から回りこんできた。尻尾を高々とあげて、渾身の振りおろし。
冷静に距離を見極めて、これもサイドステップで難なく避ける。直撃はしないものの、風圧で地表ごとクローバーが巻きあげられ、砂礫が散弾銃のように俺の全身に打ちつけられた。続いて土砂の煙幕の中からあらわれる日本刀のように鋭い五指の爪。
「――我が右手の先に汝の力の結集たる水壁はあるか。
我に仇なす者の行く手を遮れ! アクアウォール!」
ネネの詠唱と共に目の前にいきおいよく水柱がそそりたつ。水圧に腕をはじかれたカオスドラゴンが首をめぐらせて水壁の脇から角をのぞかせたところで、
「必殺! カガトスラッシュ!」
あごから目にかけて赤い霧が噴きだし、カオスドラゴンの姿がぼやけてくる。
初回の霧状化だ。赤黒い霧になっているあいだはダメージはとおらない。けれど、背後をとられるわけにはいかないから、周囲をぐるぐると駆けまわりながら牽制のための斬撃はやめられない。
そして数分のうちに再度の実体化。変わり映えのしない攻防の末に2度目、3度目の霧状化を繰りかえす。ずっと全力で駆けとおしてであるものの、俺の息はまだあがっていない。ここがイチャイチャラブラブのハーレムを築くことができるかどうかの正念場。その緊張感が脳内にアドレナリンを湧きたたせ、疲労を意識の外へと押し流しているのだろう。
「――ガアルルルルル!!!」
ついに3度目の実体化。体力は残り4分の1を切っているはずだ。
俺はカオスドラゴンの尻尾による範囲攻撃と呪い付与のカースブレスを避けながら用心深く距離をとり、カガトスラッシュによる遠距離攻撃を繰りかえす。必殺技は繰りだすたびに
「必殺! カガトスラッシュ!」
あとは確実な回避で翻弄し、ダメージを蓄積させていけば、
「――ギギギガガガガガ!!!」
よし。カオスドラゴンが奥の手「カオス・ノヴァ」の体勢にはいった。カオス・ノヴァは黒い球体の内部で高威力の爆発を連続して起こす攻撃で、球体自体の移動スピードは遅いものの、追尾効果があり、中に取りこまれると体力が全快の状態でも一撃で瀕死となる。だが、溜めのあいだ、1分間以上カオスドラゴンは防御に徹することになり、俺にとってのボーナスタイムが到来する。
「体力を削りすぎて、うっかり倒してしまわないようにしないとな」
躊躇することなくカオスドラゴンの懐へと飛びこみ、俺は聖剣エロスカリバーを赤黒い首筋にむかって突きたてた。連続して、一撃、二撃、三撃、四撃、五撃、六撃、七撃。
ああ、懐かしい。30周目ラストの自分自身の姿と重なる。あのときは1人だったものが、いまはセシア、ネネ、ユズハ、スクルドといっしょだ。アリシア姫をこのまま無事に王都に連れかえり、セシアとの約束を成就させた暁には、念願のハーレムライフはすぐ目の前にある。
ボゴッという濁った音とともに、黒い球体がカオスドラゴンの分厚い胸から湧きだしてきた。いままでの周回では球体表面を撫で切りにして自壊させていたが、いまの俺にはカガトスラッシュという強力な飛び道具がある。パーティーメンバーを傷つけさせないためにも、充分に距離をとってから三連続で斬撃を飛ばし、ドドドドドッン!!と難なくカオス・ノヴァを崩壊させた。
「――ガアルルルルル!!!」
奥の手をつぶされて、再び繰りかえされる単調なカオスドラゴンの噛みつき攻撃。いくらスピードが速かろうが、初動の瞬間に身体が勝手に反応してくれる。華麗なステップで身をかわし、すれちがいざまに赫々とかがやく龍の眼に聖剣エロスカリバーの刺突をつきいれた。
「――シャアアアアァァア!!!」
鎌首をもたげて、カオスドラゴンがのけぞる。
そろそろ頃合いだろう。これ以上ダメージを負わせて倒してしまうと、すべての努力が水の泡。俺はダメージ蓄積量を頭で計算しつつ、アイテムボックスから取りだした「勇気の結晶」を空高くかかげた。
「勇者リク! そして、世界を改変し、名を世界に奪われた先人たち、勇者ああああ、勇者いいいい、勇者うううう、勇者ええええ、勇者おおおおよ! 7番目の勇者である俺に力を貸してくれ!」
狙いすまして、カオスドラゴンの胴体へと投げつけた聖魔結晶が、着弾の瞬間、まばゆいばかりの純白の光を解き放つ。赤黒く巨大な龍が白い光のなかで、歪んだ鏡に映った虚像のようにひしゃげ、ぐるぐると回りながら縮んでいくのが見えた。
「――ギヤオオオオオオオオ!!!」
断末魔の叫び声すら吸いこまれ、音を喪ったかような静寂だけが残される。
踏み荒らされて地肌が剥きだしになった地面に、真紅に染まった勇気の結晶があたかも脈動するように紅い輝きを放っていた。
「……光の守護は発動しない、な。とりあえず、エンディングに一直線ということにはならなそうだ」
緊張が解けると、全身の筋肉が一斉に悲鳴をあげはじめた。俺がよろよろと勇気の結晶にむかって草原を踏みしめていくと、
――キイィィ―――ン。
遥か彼方から耳鳴りのような甲高い音と共に
俺はこれを知っている。これは「煙幕の矢」だ。勇者パーティーの仲間候補、
ここにきてギムレットがなぜ? と美少女と見まごう中性的なエルフ少年の紅顔を想いうかべた刹那、飛来する矢は数百にも達し、音響と白煙がまたたくまに草原を覆いつくした。
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