6-23 過去と未来 その1

 裏通りを徘徊するカバ頭ゴーレムたちの動きは単純だ。目の前に自分の背丈以上の障害物があれば火を浴びせ、目標が燃えくずれれば踏みつぶして前進する。進路をはばむ物が自分の背丈以下なら頭突きで破壊し、それでも踏みこえられなければ立ち止まって火炎放射の挙動を繰りかえす。単純な条件設定ではあるものの、人形遣いパペットマスターとして横で付きっきりで指示する必要がなく、あらかじめ数十体に同じ命令を設定しておけば、猫人ケットを追いこむ勢子せことしての役割は十分にこなしてくれる。これでレッドスコーピオン騎士団は戦力を分散させることなく、大通りに集められた猫人を一網打尽にできるという策戦だ。


「見えたで! そこや!!」


 スクルドの裂帛れっぱくの気合とともにカバ頭ゴーレムの右脚が爆砕する。自重に耐えきれなくなった巨体がおおきく右にかしぎ、地響きをたてて黒焦げた地面に沈みこむと、遠巻きに俺たちの戦闘を見守っていた猫人たちから拍手喝采が湧きおこった。


「嬢ちゃん、すごいにゃ! 回復魔法で俺たちの傷をあっというまに治してくれたとおもったら、次はこぶしだけでデカいゴーレムを倒しちまうんだからにゃ」

「いやいや、勇者のほうが一枚上手にゃ。嬢ちゃんに攻撃がいかないように、石つぶてをはじくだけでゴーレムの注意を引きつけていたからにゃ」

「おっちゃんたち、怪我はあらへんか?」


 聖者のローブをふとももまで大胆にたくしあげたスクルドが水色の三つ編みを揺らして振りかえる。拳には鋼色のナックルがはまっていて、いましがたゴーレムの右脚を打ちぬいたのも火の出るような右のストレートだった。

 ギャラリーの猫人たちが笑顔で自分たちの無事を告げると、スクルドもホッと一息ついてから、拳に残るインパクトの余韻を味わうように左右のワン・ツーでくうを切り裂く。


「このゴーレム退治で、だいぶコツがつかめてきたで。お父ちゃんがよく言ってた『石にも生きものにも等しくきょじつがある。相手の呼吸を見極め、その実を避け、その虚を突けば、砕けぬものはない』いうのんが、うっすらとわかってきた気がする」


 スクルドが危なくなれば、いつでも援護にはいる準備は整えていたものの、まったくの杞憂だったらしい。戦闘センスでいえば、俺はもとよりセシアをも圧倒する天賦の才。スクルド・グレイホースはまさに麒麟児であった。

 幼さの残る笑顔で無邪気にVサインをきめる彼女が婚約者であることが誇らしく、同時に、セシアをめぐるライバルであることがそら恐ろしくもある。


「二人ともお疲れにゃ! これで街に放たれたゴーレムは残らず仕留めたにゃ」


 上空の朱雀からユズハが声を落としてきた。俺は結盟の腕輪でユズハのMP残量を確認しつつ、腕を振りあげて左右におおきく振る。


「そろそろ魔力が尽きるんじゃないか? セシアとネネのほうも心配だし、総督府前で落ち合おう!」

「わかったにゃ! カガトも建物が崩れるかもしれないから用心するにゃ!」

 

 まだ黒煙の立ちのぼる裏通りのバラックに短く黙祷を捧げると、俺はスクルドをともなってきびすを返した。

 自分たちの手を汚すことなく裏町の猫人たちを追い立て、不穏分子を一掃するというレッドスコーピオンの怠惰な策戦は、焼けだされた猫人ケットの群衆による総督府の逆包囲という形でいまや完全な裏目に出てしまっている。本来の計画であれば、城門をおさえるバルダー分隊長以下100名がゴーレムをも動員した武威で圧倒し、そこにダメ押しの本隊900名が総督府から出撃して、「槌と金床」戦術で猫人ケットの戦意を根こそぎ刈りとるというものだった。と、捕虜にしたバルダー分隊長が聞いてもいないのにペラペラと白状したわけだが、突如としてあらわれた俺たち勇者パーティーによって城門の衛兵がまたたくまに制圧されたあげく、最後の手段であった絶対防衛システム、百目巨人アルゴスまでもが跡形もなく葬りさられたため、総督府の本隊は動くきっかけをなくして籠城を余儀なくされた。

 この展開を受けて、セシア、ネネ、ユズハとの濃密な空中散策を満喫して地上に帰還した俺は、捕虜にしたバルダー分隊長以下100名を総督府前に連行。猫人たちの中から体格の良い男女を選びだしてレッドスコーピオンから奪った武装を与え、リンカーン王国の正統を体現する聖騎士セシアと、複合魔法の威力を遺憾なく発揮してみせた魔導士ネネを正面に据えて、総督府への重石おもしとしたのであった。

 レッドスコーピオンの動きを封じたところで、俺とスクルドはいまだ裏通りで暴れまわるカバ頭ゴーレム「タウエレト」の掃討戦を開始し、朱雀に乗ったユズハに上空からナビゲーションしてもらいながら、怒涛の勢いで各個撃破し、いまにいたるというわけである。

 おおきく旋回しながら総督府前の広場へと下降してきた朱雀の威容に、ひしめく猫人たちは押しあいながらも空間をあける。オレンジの火の粉と砂塵を周囲に吹き散らしながら、紅蓮をまとう朱雀が翼をたたんでこうべを垂れると、その背中からユズハが軽やかに飛びおりた。


「ユズハ・ケットシー様!」

「我ら猫人の王!」


 群衆からの歓声を浴びて、ユズハが気恥ずかしそうに耳をピクピクと動かして手を振りかえしていたところに、ちょうど俺とスクルドが人波をかきわけて合流を果たした。そのままバルダー分隊長以下、捕虜が二人一組で後ろ手に縛られている隊列のわきを通って、セシアとネネがレッドスコーピオンの本隊とにらみあう緊迫した総督府前へと歩みでる。

 町の中心部にたたずむ領主府は黄土色のレンガを積みあげた古式ゆかしい2階建てで、清廉な泉の湧きでる緑豊かな中庭をぐるりと取りかこむように広いバルコニーの開放的な建物がコの字型に配されていた。

 レッドスコーピオン騎士団は閉ざされた総督府の入口(といっても色とりどりの薔薇が巻きついたガーデンアーチの鉄扉であるが)にゲートキーパー右王うおう左王さおうの大型ゴーレム2体を配し、南国庭園風の中庭に場違いな大楯と弓で武装した部隊を展開して、総督府の周囲を分厚くとりかこむ猫人たちを威嚇していた。バルダー分隊長とよく似た赤ターバンのモジャ髭が総督府の門扉前に立ち、文字どおり左右にひかえる右王と左王の巨体に支えられるようにして、毅然とした姿勢を崩さないセシアとネネにどうにか対抗していた。

 髭モジャ2号から姿に似合わない甲高い声がほとばしる。


「残念だが、この場に居並ぶ者はすべてイシス団の仲間、すなわち、リンカーン王国に叛旗をひるがえす反逆者と証明された! おとなしく包囲を解いて、その身を司法の判断に委ねるのであれば、寛大な処置をとるよう我らレッドスコーピオンが口添えしようではないか!」

「あなたたちこそ武装を解除して投降してください。私は聖王陛下直属の龍爪りゅうそうの騎士団員として、国民を虐げる暴挙を看過することはできません!」


 一歩も引かないセシアの力強い言葉に、モジャ髭2号が頬を引きつらせながらも高圧的にたたみかける。


「この猫人ケットどもがリンカーン王国の国民だと? 住民登録もせず、税金も納めていない不法滞在者が国民なわけなかろう! 我らは親切にも、こいつらをまとめて面倒みてやろうとしているのだ。感謝こそされ、非難されるいわれはない!」

「あなたたちがやろうとしているのは奴隷化でしょう!」

余所者よそものにこのプタマラーザの何がわかるというのだ! こいつらは日ごろから盗み、誘拐、殺しで生計を立てているような悪党だぞ! 真っ当に生活している無辜の民が普段どれほどの被害にあっているか。我らレッドスコーピオンは街の治安を維持するために最善と信じる方法をとるだけだ!」


 レッドスコーピオンの横暴な物言いに、領主府を取りかこむ猫人たちから一斉に罵声が浴びせられた。


「ここには大勢の子どもと女性も含まれています。あなたたちが街をよくしたいのならば、彼らを犯罪に押しやるのではなく、教育と生業を与えて、仲間として迎えいれる努力をすべきではありませんか!?」

猫人ケットは愚鈍だからな。いくら教えても、まともな商売の役になど立つものか。娼婦か男娼になればマシなほう、捨ておけば盗賊になるしかないゴミのような存在だ!」

「その偏見が争いを生んでいると、なぜ気づかないのですか!?」

「……話の通じる相手じゃないよ、セシア」


 盾をかまえ、抜身の剣をさげたまま、髭モジャ2号をにらみすえるセシア。

 そこへ後方から喧騒がひろがってきた。俺が振りかえると、群衆を押しのけながら進んでくるのは青いターバンを巻き、口もとを布で覆ったイシス団の面々。ようやく追いついてきたらしい。


「虐げられし同朋よ! 立ちあがるのにゃ! いまこそ人間ノーマくびきから解放される絶好の好機! レッドスコーピオンどもを全員血祭にあげて、この地に猫人の王国ミャアジャムを復活させるのにゃ!!」


 髭モジャ2号の顔にあきらかな怯えがはしり、総督府内のレッドスコーピオンたちも一斉に弓を引きしぼる。

 ユズハが背後を振りかえり、周囲の猫人たちに向けて声を張りあげた。


「みんな落ち着くにゃ! もう勝負はついてる。ここで戦っても、余計な憎しみを振りまくだけにゃ!」

「ユズハ様、我らと人間ノーマは並び立つことができぬ存在。今日ここで決着をつけなければ、後日きっとレッドスコーピオンは報復のための猫人狩りを再開します!」


 イシス団団長カズサ・カラカルの扇動に釣られて、捕虜をとりかこむ猫人たちの顔つきも剣呑となり、石畳に座らされたレッドスコーピオンたちは生きた心地もせず歯の根が合わぬほど震えはじめる。

 カズサの背後にはいつのまにか青いターバンを巻いたイシス団の団員たちが幽鬼のごとく立ちならび、手には抜身のシャムシールが握られていた。


「願わくば、ユズハ様。決死隊たる我らイシス団に王としてお命じください。新たな王国のいしずえとなれ、と。さすれば、我らは総督府へと突撃し、ひとりでも多くのレッドスコーピオンを道連れとし、このプタマラーザから人間ノーマをひとり残らず排除してみせますにゃ」


 ユズハの尻尾がピンと逆立ち、握りしめた拳を振りおろした。


「黙るのにゃ! カズサ・カラカル! アタシが王として命じるのは、みんなを守れということだけにゃ! イシス団も、そうじゃない者も、簡単に死ぬことなんて許さないにゃ! 猫人ケット人間ノーマも分け隔てなく生きられる方法を、アタシが、カガトといっしょに見つけだすから。絶対にここで戦ってはダメなのにゃ!」

「ユズハ様! 現実はそんなに甘いものではないですにゃ! 理想を振りかざして民を惑わすのは止めていただきたい! 猫人の命を守るためには、レッドスコーピオンは殺すしかないのにゃ!」


 強行突破しようとするカズサたちイシス団を、俺が身体を張って食いとめる。


「邪魔をするなら、貴様も敵にゃ! 勇者!」


 カズサの鋭く尖った耳がすばやく左右に動き、分身したかのような高速ステップを踏む。次の瞬間、青いターバンが目の前から掻き消えて、足もとの死角から俺のふくらはぎを狙った曲刀の一撃が繰りだされる。

 だが、暗殺者としての厳しい訓練を積んだカズサの動きをもってしても、30周にわたる実戦経験を重ねた俺の予測の範疇を逸脱するものではない。

 瞬時に身体が反応し、足を後ろに下げて、そのまま前のめりに倒れこむように、突進してきたカズサを上から組み伏せた。

 右手が胸を揉んでいるのは、多分、偶然だ。カズサの動きと連携して、左右から走り抜けようとしたイシス団の団員たちは、セシアとスクルドによって地面に叩きつけられた。その他のイシス団も機先をがれて、睨みあったまま動けずにいる。

 いつまでも胸に手を置いているとセシアに見つかりそうなので、俺は組み伏せたままのカズサの腕を背中にひねりあげた。

 切れ長の目に苦痛と怨嗟えんさの色が浮かぶ。


「ユズハ様! いまこそ千載一遇のチャンスなのです。レッドスコーピオンをここで討ち果たせねば、きっと後悔するにゃ! 我らイシス団の同胞はもとより、無関係な猫人の血がいままでどれほど流されてきたことか! 憎しみを雪ぐには血をもってするしか方法はないのですにゃ!」


 血を吐くような懇請にもユズハは怯まず、地に這いつくばったカズサに視線を落とし、おごそかに宣言した。


猫人ケットの王、ユズハ・ケットシーの名において命ずる。

 イシス団は武器を捨て、アタシに従うのにゃ。人間が猫人を虐げるのなら、アタシは全力で抗うことを約束する。けれど、猫人が人間を虐げるのなら、アタシはそれにも全力で抗う。過去は捨てよ! 未来をアタシと共につかむのにゃ!」


 猫人の守護者たる朱雀の復活、無情な赤い城壁と百目巨人アルゴスの完全破壊、ユズハがもたらした数々の奇跡をのあたりにしてきた猫人たちが次々にひざまずき、ユズハに向かって頭を垂れた。

 群衆の海のなかで孤立した青いターバンのイシス団たちはうろたえて、なすすべもなく幾人かの手から武器が滑り落ちる。


「女王はまだ未熟にゃ! みな、耳を貸すな! 吾らがこの日のためにどれほどの忍耐を重ねてきたか。いまはまだ勝利は我らの掌中にある。このまま民と共に領主府になだれこめば、レッドスコーピオンを壊滅することができる!」


 カズサの苛烈な言葉に、ユズハは悲しげに首を振った。


「それで何人死ぬのにゃ。それこそ巻きこまれて無関係な人も死ぬにゃ。誰かが死ねば、怨みは残る。どちらかが全滅するまで、憎しみが雪だるま式に増えていくだけなのがどうしてわからないのにゃ」


 門の内側ではレッドスコーピオンたちが一時の恐怖から立ちなおり、髭モジャ2号もいくぶん表情に余裕を取りもどしていた。


「これではっきりしただろう。イシス団がどれほど危険な存在か。放置しておけば、リンカーン王国全体の秩序を乱すことになる。この場で即刻、死刑だ!」

「黙るのにゃ! まず、はっきりとさせておかなければならないにゃ。おまえたちレッドスコーピオンは領主シャフリヤール・アスモデスが魔物に変貌していたことを知っていたにゃね? 知っていて、猫人の娘たちを人身御供にさしだしていた。それで間違いないにゃ!?」


 目のすわったユズハの問いかけに、髭モジャ2号は一歩後退して、ぶるぶると首を左右に振った。ユズハのまとった王の威厳に屈服したと見られたくないのか、ことさらに大声でわめきかえす。


「我らは魔王軍と戦うリンカーン王国の騎士団だぞ! なぜ魔物に与するような真似をする必要がある? だいたいシャフリヤール様はいまでも別邸で静養中だ! 変な言いがかりで我らの士気を乱そうなど無駄なこと!」


 ユズハがアイテムボックスから紅い宝玉を取りだした。

 落ちかけた西日を浴びて、血のように赤く輝くルビー。


「本当かにゃ。神器の力はすべての真実を暴くのにゃ」


 ユズハが「夢見るルビー」を髭モジャ2号に向けてかざすと、赤味を帯びてきた斜陽にルビーの赤が加わり、放たれた鮮烈な紅の光を浴びて、小太りな影が領主府の内庭に色濃く刻まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る