4-11 ダークストーカー


「相手はどんなやつだ!?」

「わからねえっス!」

「ああ!? わからねえなら、相手が魔物かどうかもわからねえだろ」

 

 いらだったグリゴリーの言葉に、


「そんなこと言ったって、現場に居合わせたやつの話では『黒い影のようなものが走り抜けていった』としか。やられたやつらはみんな、鋭利な刃物で背中からぶっ斬られてて、犯人の姿も見てねえっスよ。

 こんなこと、ドワーフにも、人間ノーマにもできやしません。だから、みんな、魔物のしわざだ、て」


 肩で息をしている年若いドワーフがうめくようにこたえた。


 間違いない。


 影のような姿。背後から襲う手口。

 ダークストーカーだ。

 俺の想定よりも早く動きだしている。いや、街の中心部にある「岩の館」の奥にある宝物庫を夜半に襲撃することから逆算すると、夕暮れに近いこの時間帯に外周部で出没してもおかしくはない。

 そういえば、炎帝えんていマサムネが発見される廃道はこの付近にあったはず。だとすれば、ダークストーカーもまだ目覚めたばかりで、この一報が最初の被害者ということかもしれない。

 グリゴリーがほとんどハンマーのような分厚ぶあつい斧を担いで立ちあがった。


「勇者さま。急ぎの旅であることは百も承知だが、加勢しちゃくれねえだろうか」


 まだ赤みは残っているものの、目がすわり、酔っぱらいの顔はすっかり醒めて戦士のそれになっていた。

 俺はアイテムボックスから心眼の兜をとりだし、頭にかぶる。


「頼まれなくても行くつもりだ」

「恩にきるぜ」


 ダークストーカーの発生フラグを立ててしまったのは、おそらく俺だ。

 イベントを回収するのは勇者の役目。


「カガトどの、背中は私が守ります」


 ピロピロリン♪ と愛憎度が上昇し、凛とした表情のセシアが同行を申しでた。もはや鎧を選びなおしている余裕はない。ラメラーアーマーの胸部を横に伸ばしてわずかでも露出をおさえようとするが、諦めたらしく剣と盾を装備した。

 すると、店主のタラスが棚から何かをつかみ、無造作に放り投げる。


「鎧のおまけだ」


 あわてて受けとったセシアの手にはキラリと輝く髪飾り。


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『 ミスリル銀の髪飾り 』

ミスリル銀の地金に、ガッダの地下道で唯一花をつける「フクロウ草」をモチーフにした意匠がほどこされた女性用の髪飾り。ミスリル銀は魔力の伝導性が高く、波紋彫りとよばれる技法でこまかな溝をつくることで、魔力を拡散させることができる。

【タイプ】 髪飾り

【防御力】 5(F級)

【効 果】 土耐性(F級) 水耐性(F級) 火耐性(F級) 風耐性(F級)

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「ありがたく使わせていただきます!」

「本来であればガッダの荒事はドワーフで片をつけるのがすじ。けどな、魔王があらわれてからというもの、魔物は凶暴になり、自警団の頭数も随分と減っちまった。人間ノーマに頼るのはしゃくだが、セオドア様のお嬢と勇者になら素直に頭を下げられる」


 タラスがくしゃくしゃの白髪をカウンターに押しつけた。


「どうか自警団の連中を助けてやってくれ」


 セシアは銀の髪飾りで金色の髪をまとめ、ピンと背筋を伸ばした。

 姿勢を良くすると、すでに限界近くまで細くなったラメラーアーマーがさらに引き延ばされ、豊満すぎる胸がこぼれ落ちそうになる。


「任せてください。

 父の名に恥じぬよう、騎士の務めを果たしてまいります!」


 俺は、ようやく呼吸が落ち着いてきた年若いドワーフを振りかえり、被害のあった場所を確認する。

 名前は、そういえば、聞いていなかったな。そんな表情を読み取ったのか、まだ髭も薄い青年ドワーフは勇者である俺に尊敬のまなざしを向けて、


「エフレムっス。場所は、ここから南東にすこし歩いたところにある坑道の入り口っス。ついてきてください!」

「いや、場所さえわかれば、俺とセシアだけで」

「いえ、そういうわけにはいかねえっス。俺も自警団の一員っスから」


 相手がダークストーカーなら、正直に言ってドワーフたちは足手まといだ。

 被害が増える可能性があるから置いていきたかったのだが、エフレムもグリゴリーも頑固さはドワーフのイメージそのままであった。

 押しきられる形でエフレムが先に店の外に出る。


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『 エフレム・エゴロフ 』

彫金士を目指し、工房「石の薔薇」で見習いをしている。ガッダの自警団「藍銅鉱アズライト隊」にも加入し、戦士としての道を歩きはじめた。

【種 族】 ドワーフ

【クラス】 戦士

【称 号】 早駆け

【レベル】 6(F級)

【愛憎度】 ☆/-/-/-/-/-/- (勇者さまっスか!?)

【装 備】 水晶のナイフ(E級) 鉄の小盾(E級)

      革鎧(E級) はちがね(E級) 鉄の脚甲(E級)

【スキル】 小剣(E級) 斧(F級) 格闘(F級) 盾(F級)

      採掘(F級) 彫金(F級)

      勇猛果敢ゆうもうかかん(F級)

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 エフレムの先導で、俺、セシア、自警団のグリゴリーの4人が商店街の裏通りを駆けぬける。地底のガッタは地上光を巧みに採り入れているため、夕暮れ時になると岩肌が赤く染まり、建物と建物の隙間にうずくまる影も長く濃くなっていく。

 いくつかの角を曲がり、岩肌の整備の行き届いていないごつごつとした通路を跳ねるように走り、やや天井が低い鉱夫たちの長屋がつらなる辺地が見えてきたところで、不意に血なまぐさい風が頬を撫で、


「被害のあった場所はこの先っ――」


 言い終わらないうちに、先頭のエフレムがぐらりと傾き、倒れた。

 突然の出来事にわずかに反応が遅れてしまったものの、すぐさまエフレムを抱き起こして壁際に寄せ、「ヒール」の詠唱にはいる。


「セシアは右を警戒! グリゴリーさんは左をお願いします」


 革鎧ごと左の脇腹がザックリと斬り裂かれ、なまあたたかい血が鼓動にあわせて噴きあがってくる。だが、幸い意識はあるらしく、苦悶の表情を浮かべながらも自らの左手で脇腹を押さえて荒い息で「……すんませんっス」と口にした。

 ヒールの効果がひろがるにつれて血が止まり、呼吸も穏やかになっていく。


「まだ立つなよ。傷口はふさがったが、血を流しすぎている」


 エフレムをそのまま地面に寝かせて、俺が中央、セシアが右、グリゴリーが左を向いて、それぞれ得物をかまえて周囲をうかがう。

 街のざわめきがかすかに届くものの、それ以外に生き物の気配はない。


「……ニオウ…ニオウゾ…。

 アア……マチガイヨウガナイ。マサムネノ…ニオイダ……」


 近くの長屋の影が長く延びて、夕暮れ時の赤い道に黒い影が立ちあがった。

 骨だけの体躯に黒ずんだ皮がへばりつき、赤黒い襤褸きれを身につけた怪人。眼窩がんかに紅い燈火ともしびが揺らめき、ただの穴となった鼻をスンスンと鳴らしている。


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『 ダークストーカー 』

生前戦いに明け暮れた者が死後も殺しの興奮を忘れられず、ただの影になり果てても殺戮を繰りかえす哀れな存在。そのなかには高名な剣士や戦場で名をはせた武将も混じっているという。

影に身を隠す特殊能力をもち、不意打ちを得意とする。

【等 級】 B級(魔将級)

【タイプ】 ゴースト

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 カタカタカタ、とグリゴリーが手に持つ斧が小刻みに震えた。


「こいつぁ、や、ヤバいな。チクショウ、武者震いが止まらねえや」


 ダークストーカーは身じろぎもせずただ突っ立っているだけだが、息苦しいほど濃密な殺気が対峙する俺たちに絡みつく。耐えきれなくなったグリゴリーが脂汗を垂らし、腰が抜けたのか両ひざを屈して地面にへたりこんだ。

 ダークストーカーの右手にさげた長剣が持ちあがり、剥きだしになった歯がガチガチと音をたてて笑った。


「い、行きます!!」


 先にプレッシャーに負けたセシアが韋駄天の脚甲で飛びだす。

 だが、柳のように揺らめくダークストーカーをとらえきることはできず、飛燕ひえんマサムネが二度にたび虚しくくうを切った。


「右に跳べ!」


 俺の警告にセシアが咄嗟とっさに身をよじるものの、ダークストーカーの長剣のほうがわずかに速く、ラメラーアーマーの左脇腹に浅い裂傷が生まれる。

 紅い眼がセシアの手にある飛燕マサムネに注がれている。黄色い歯がおおきく開き、ダークストーカーがきしる声で絶叫した。


「カエセ!!!

 オレノ、マサムネエエエエエ!!!」


 瞬時に間合いを詰めた骨と皮だけの手が飛燕マサムネの柄を強引につかみ、セシアの白い手の甲に黒く汚れた爪を突きたてる。

 セシアのくぐもった悲鳴。

 間に割って入った俺の剣はダークストーカーに届かなかったものの、飛燕マサムネから手を離して飛びのいた。

 鼓動が激しく乱打する。

 

 ヤバかった! あと一秒遅れていれば詰んでいた。


 ダークストーカーと何度も戦っているはずの俺でさえ、目で追うのがやっとの圧倒的なスピード。レベル差を甘く見ていた。

 ダークストーカーがマサムネの奪取を狙わず、まっさきに命を狩りにきていたら、いまのセシアのレベル、装備品では一撃死する可能性があった。それでも俺たちは「光の守護」が発動して復活できるからまだいい。だが、俺たちが王宮送りになった後、この場に残されるグリゴリーとエフレムは確実に殺されるだろう。

 俺は自分の想定の甘さに舌打ちをする。

 ダークストーカー戦を覚悟したときの「たとえ刺しちがえて王宮送りになったとしても」というのは、俺たち勇者パーティーだけの理屈だった。

 これは勝てればよいいくさではない。

 確実に勝たなければならないいくさだったのだ。

 飛びのいたダークストーカーはそのまま水に沈みこむように影に身を隠し、次はどこから斬撃が飛んでくるかわからない。周囲にはゴミなのか資材なのかよくわからないガラクタが点々と積みあげられ、隙間や影には事欠かない。この場所で戦闘を継続すれば、ドワーフたちを守りきることは難しいだろう。

 

「勇者さま、あ、ありゃアンデッドだよな? だったら、火に弱いんじゃねえか? あそこの坑道の奥に溶鉱炉にぶちこむ石炭を貯蔵している場所がある。おびきよせて火をつけりゃあ、いくら手強いアンデッドでも焼き殺せるんじゃないか?」


 グリゴリーが血の気のひいた顔で提案してくる。

 ダークストーカーの殺気にあてられてまだひざが震えて立てないでいるが、自警団としての気概は失っていないらしい。


「良いアイデアだ。見立てのとおり、あの魔物はゴースト系のアンデッド。魔将級の『ダークストーカー』だ」


 グリゴリーが「ま、魔将級!?」と目をむく。グランイマジニカにおける魔物の強さを一般の認識で示すと次のとおりとなる。

 

 魔神級(S級): 伝説上の存在。人がかなう相手ではない。

 魔王級(A級): 国の存亡を賭けた脅威。

 魔将級(B級): 天災並の脅威。騎士団の一個師団に匹敵する。

 上級魔(C級): 1体で村が壊滅する。対するには熟練した兵士の小隊が必要。

 中級魔(D級): 多数の死傷者が出る深刻な脅威。戦闘に習熟した者が必要。

 下級魔(E級): トラ、クマなどの猛獣と同じ。

 獣魔 (F級): イノシシ、シカなどの大型の獣と同じ。


「だから、ここから先は勇者である俺に任せてほしい」


 グリゴリーの視線が落ち着きなく、周囲の影、横たわったままのエフレム、俺の顔、と堂々巡りする。


「けどよ、いくら勇者さまだって魔将級の魔物といきなりってのは。他の仲間もいねえ状態で。

 そ、そうだ。ここはいったん退いて、ガガーリン王に応援を頼むっていうのは」


 うわずった声でつぶやくグリゴリーの肩にポンと手をのせた。


「俺は魔王を倒す勇者だ。それよりも格下の魔将級に負けるはずがないだろ?」


 余裕たっぷりに笑って見せる。

 もちろん、完全に強がりだ。だが、兵士をいくら動員しても、暗殺に特化したダークストーカー相手では無駄な死傷者を増やすだけ。それに、兵士の招集に時間をかければ、その隙に宝物庫が襲われ、シナリオ通り「炎帝マサムネ」が盗みだされるかもしれない。

 そうなってしまっては倒すのはさらに難しく、死傷者はいや増すことになる。打てる手は少ないが、それでも、いまここでやらなければならないのだ。


「エフレムを頼む」


 俺はグリゴリーに身動きのできないエフレムを託すと、セシアに視線を移し、


「ダークストーカーの狙いは飛燕マサムネだ。

 俺がカバーするから、刀を餌にやつを坑道まで誘導してほしい。危険な役目だが、セシア以外に頼めない。引き受けてくれるか?」


 蒼白となっていたセシアの頬に血の気がもどる。

 俺が飛燕マサムネを預かって囮となるのが一番被害が少ないのはわかっているが、ここでセシアを保護対象とみなす選択肢はおそらく間違っている。

 案の定、翡翠色の瞳に決意の輝きを宿したセシアは脇腹の傷を自らの「ヒール」で癒すと、飛燕マサムネを高々とかかげて、


「カガトどの、私を信頼していただき、ありがとうございます! 騎士として、もとより覚悟はできています!」

「最悪、本当に死ぬことになる。だが、『光の守護』が発動する前にダークストーカーはなんとしても倒す。これ以上の犠牲者は出させはしない」

「はい! 父が築いた友好を私に守らせてください!」


 決然と宣言し、ピロピロリン♪ と愛憎度が上昇音が鳴り響いた。


「よし! 走れ!」


 合図と共にセシアが韋駄天の脚甲で猛然と駆けだし、刹那、道の脇に積まれた木材の影からダークストーカーの凶刃が襲いかかる。

 目で追いきれないほどの速度。だが、狙いさえわかっていれば、


 ――ガキン!


 セシアに追走しつつ、あらかじめ構えていた聖鞘せいしょうエクスカリバーで、ダークストーカーの長剣をはじきかえした。

 まともに斬りむすぶことはできないが、攻撃範囲を予測して防御位置を微調整するだけならいまのレベルでもなんとか対応できる。俺のいまの称号が「神殺しの英雄」であることも一役買っているに違いない。相手のレベルに応じて全ての能力が上昇するこの称号は、強敵相手にこそ威力を発揮するのだから。


「……ジャマヲ、スルナアアア!!!」


 裂帛の気合と共にダークストーカーの攻撃対象が俺に移った。

 上から下から、鋭い連撃が繰りだされるが、身体に染みついた実戦経験がかろうじて攻撃を受け流させてくれる。


 ――ガッ! ギンッ! バクン!


 ダークストーカーの攻撃は8の字を描く。

 身体の急所をフェイントを交えながら的確に狙ってくるのだが、右頸動脈、心臓、左脇腹、左太もも、右太もも、右脇腹、心臓、左頸動脈と曲線は8の字を描くため、わかっていれば先行して盾を動かすことは可能だ。

 だが、動体視力も反射神経も追いついていない状況で、すべてをさばきつづけることは難しい。「妖精王の鎧」の防御力と「聖鞘せいしょうエクスカリバー」の体力回復効果のおかげで数発はどうにか耐えることができるが、ミスが続けば、あっという間に体力を削られて「光の守護」が発動してしまうだろう。

 強烈な斬撃に腕がしびれ、焦燥がチリチリと俺の胸を焼く。

 怒涛の連続攻撃を耐えきったところで、ダークストーカーの手が止まり、再び影に潜った。すぐさま俺が叫ぶ。


「セシア! 跳べ!」


 先行するセシアの横から黒い影が飛びだすのと、彼女が韋駄天の脚甲で前方に跳躍するのは同時だった。

 空振りしたダークストーカーに俺が斬りかかり、先ほどと同じことを繰りかえす。そうして俺が何度か時間稼ぎしている間にセシアが目的の坑道をひた走り、排気ガスのような臭いのたちこめる空洞にたどり着いた。空洞の奥には真っ黒な石炭が詰まった木箱が並べられている。

 ダークストーカーはまた影の中だ。

 空洞の中心部で「ライト」を3発、連続して天井に放つと、さほど広くもない貯蔵庫に白い光が満ちあふれる。

 追い払われた闇のなかで、影がひとつだけ取り残され、そこからダークストーカーがゆらりと剣を構えて立ちあがった。


「最後の手段は、石炭をこまかく砕いて聖魔結晶で吹きとばす粉塵爆破だ。この坑道内の魔物はダークストーカーでも生きていられないはずだが、俺たちも即死する。

 だが、その前にできることはすべて試す。セシア、協力してほしい」

「私は勇者を守る盾です。この命をカガトどのに預けます!」

「ありがとう。命も身体も預けてもらうぞ」


 できることはすべて試す。

 そう。新たに手に入れた未知の力を試すときだ。

 俺は称号を「性愛の神エロース」に切り替えた。

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