3-12 はじめての……
突然のキスに思考回路がショートする。
――!?
まさか、これが俺のファーストキス!?
いや、心のどこかで引っかかる。前に経験があるような、無いような。記憶が半分抜け落ちてしまった元の世界の出来事か、あるいは30周におよぶ周回のどこかか。だが、相手があるのなら、その断片すらも思い出せないのはいぶかしい。
もっとも、赤ん坊にチュッチュされてもノーカウントなわけで、スクルドの実年齢が幼児に近いと仮定すれば……は無理があるか。では、錯乱状態なのだから、野犬に噛まれたものと開きなおってしまえば――!!?
!!!!!
唇のあいだから舌が割りこんできて、俺の現実逃避はこなごなに打ち砕かれた。
かつて経験したことのない異次元の体験。これは味!? 舌触り!?
ねっとりと舌同士がからみあい、脳を直接揺さぶられるような快楽に身体が無意識に反応してしまう。妖精王の鎧を装備し、腰から大腿部にかけては金属片と鎖を編みこんだミスリル製の防刃スカートをつけているものの、機動性を確保するため前面は伸縮性の高い革ズボンが剥きだしのまま。つまり、股間の盛りあがりがダイレクトに形状変化につながる服装となっている。
いま、まさにスクルドが裸身をすりつけている部分が噴火直前のマグマ溜まりと化していた。
ダメだ! このままでは抑えることができない!
だが、獣欲をセシアの目の前で暴発させてしまったら、しかも未成年相手となれば、愛憎度のフリーフォールは宿屋でのハーレム宣言の比ではないだろう。せっかく☆をD級まで積みあげたというのに、一撃でイチャイチャラブラブハーレムの夢が霧散してしまう。
俺が危うく31周目の目標を失う寸前、
「スクルド! 正気に戻りなさい!」
ビシャッ! と冷たい水が、重なりあう俺とスクルドの顔面に打ちつけられた。
焦点の定まっていなかった瞳に光が浮かび、ようやく俺から唇を離したスクルドが呆然と、自分の兜をバケツのように抱えているセシアに顔を向けた。
「あれ? セシア姉さま、なんでそこにおるん」
凍りついた視線が落とされ、下敷きになった俺と目がかち合う。
「……い、い、イヤアアア!!!!!!」
両手で顔を覆い、さらに自分が裸のまま俺にまたがっていることに気づき、悲鳴が嗚咽にかわる。
あまりに痛々しく小刻みに震える身体をセシアがそっと抱きかかえて俺の上から降ろすと、草地に座らせて賢者のローブを羽織らせた。
「スクルド、生きていてくれてよかった」
「姉さま、うち、汚されてしもうた。はじめてのキス……本当はセシア姉さまにささげるつもりやったのに。こんな男に奪われてしまうやなんて」
セシアの表情からは「むしろ襲ったのはスクルドですよ」という諦観が読みとれるが、さすがに追い討ちをかける気はないらしく、
「あなたが命をとりとめたのは、カガトどのが『
「けど、うち、はじめてやったのに。もうセシア姉さまのお嫁に行けへん」
グスグス、と泣きつづける。
ここで「俺もはじめてのキスだった」と訴えても何の慰めにもならないだろう。
困った、という視線を投げかけてくるセシアに対して、俺はオホンと咳ばらいをすると、
「不可抗力とはいえ、俺がスクルドの唇を奪ってしまった責任は重い。
だから、けじめをつけるためにひとつ提案をしたい」
泣き腫らした目で、スクルドが俺を見あげる。
見た目は12、3歳くらい。利発さを感じさせるひろいおでこに透きとおった青い瞳。まだ幼さは残るものの、将来が楽しみな美少女だ。
俺は自分の提案を頭のなかで
「俺の嫁にならないか」
カラン、とセシアが持っていた兜が地面に落ちて、ころがった。
口が半開きになったスクルドからは、ブブー! ブブー! という警告音が激しく鳴り、次いで怒りに眉が吊りあがる。大きく息を吸いこみ「なにふざけたことを!」と侮蔑の速射砲が降りそそぐ前に、俺は言葉を継ぎ足した。
「俺は魔王からアリシア姫を救いだし、セシアを嫁に迎える。
そこでだ。スクルドが俺を夫にすれば、夫の嫁であるセシアを間接的に嫁にできる、とは考えられないか」
稲妻が脳幹をつらぬいたビジュアルが背後に浮かぶほど鮮やかにスクルドの表情が変わり、横にたたずむセシアをとっさに振りあおいだ。
「もちろん、いますぐにという話ではない。スクルドが結婚できる年齢になったら、ということで、それまでは婚約者ということでどうだろうか。
スクルドがセシアひとすじであることも承知している。だから、嫁というのは方便で、セシアを愛する者同士、ひとつ屋根の下、切磋琢磨するライバルのような関係でかまわない」
聖者のローブの裾で涙をぬぐい、スクルドがすっくと立ちあがった。
いままでの悲嘆はどこへやら、ピロピロピロピロピロピロピロピロリン♪ と好感度上昇のチャイムを長々と刻み、自信をみなぎらせた不敵な笑みを浮かべる。
「自分以外の人間をはじめて『天才かも』とおもうたわ」
「この提案に乗るんだな」
俺の差しだした手を、パシッと払いのけると、
「婚約者にはなったる! けど、馴れあうつもりはあらへん。
最後にセシア姉さまのハートを射止めるのは、うちやからな」
不死鳥のごとく蘇ったライバルを見つめ、俺の顔にも笑みがひろがる。
「いいだろう。俺も負けるつもりはない。
俺のイチャイチャラブラブのハーレムにセシアは絶対に欠かせない。誠心誠意、愛情をもって身も心もすべて融かしてみせるさ」
フフフ、とにらみあう俺とスクルド。
「ふたりともいい加減にしてください!」
顔を赤くしたセシアが叫ぶものの、スクルドはその手をとって指をからめると、
「これはうちと勇者との契約やから。姉さまでも止めることはできへんで。
まあ、セシア姉さまが勇者との婚約を破棄したら、もちろん、うちとの婚約も無しになるけどな。そうなったらなったで、うちは万々歳やけど、もし律儀な姉さまが勇者との約束にからめとられてしもうても、うちがきっと守るから。
どこまでもいっしょや。安心してな」
「そういうことではありません。結婚ということを軽々しく考えては――」
空いているほうの人差し指をセシアの柔らかな唇にあてる。
スクルドは年齢以上の大人びた仕草でセシアの唇にあてていた指を自分の唇へと移動させると、口紅を塗るように色っぽく自身の唇をなぞった。
「ウチはまだ11歳やけど、もうすぐ12歳の誕生日を迎える」
――じゅ、11歳だとぉ!!
おもっていたよりも低い年齢に衝撃を受ける俺をよそに、スクルドは続けて、
「姉さまも知ってるとおもうけど、人魚族の成人は12歳や。
結婚相手を選ぶのに早すぎることはないで」
グフッ!! 12歳で結婚!?
平衡感覚が保てず、膝から崩れ落ちる俺。
ここは異世界だし、種族も多様だ。
だが、精神的に錯乱したスクルドを落ち着かせ、この場をとりつくろうために緊急回避的に用意した球である。もちろん、5年後とか10年後に本当に嫁になってくれればありがたいという下心もあったが、これほど剛速球のピッチャーライナーが打ち返されてくるとは予想だにしていなかった。
俺の精神的ダメージを見透かしたようにスクルドが笑みを投げかけてくる。
「なあ、勇者。うちは婚約者を野放しにしたりせえへんで。
きっちりと監視したる。姉さまを泣かしたりせえへんように」
震える膝に手をおいて立ちあがると、俺はスクルドの青い瞳を見返して、
「これからは『カガト』と呼んでもらおう。
セシアも、ネネも、ユズハも、婚約者となったからには名前で呼び合うことにしているからな」
「わかった。うちはそれでええよ、カガト兄ちゃん」
ガハッ!! カガト兄ちゃん!?
妖艶にほほ笑む11歳児。
「兄ちゃん」のキラーワードで俺のマウントをとろうという策略か。
目のつけどころとしては悪くない。婚約者という関係性に、兄妹要素を微妙に加味して、精神的にも肉体的にもそこはかとなく距離をとる。俺自身はいまのスクルドに手をだす気はさらさら無いが、もし俺が男としての本性をさらけだした際の予防線として「妹」ポジションを前面に立てておく、と。
スクルドのしたたかさに内心冷や汗を流しつつ、俺は平然とした表情をよそおい、別の変化球を投げつけた。
「両者の合意は成立しているとしても、やはり、ご両親の了承を得ないと婚約は認められないだろう。
俺は魔王討伐の大任を受けている身。この旅が無事に終わったら、すぐにでもスクルドの両親のもとに出向き、婚姻を認めてくれるよう願いでることを約束する」
ザ・時間稼ぎ。そのあいだにスクルドも冷静になるかもしれない。
だが、少女は自信たっぷりにバットを振りかぶった。
「それやったら大丈夫。うちのお父ちゃん、グノスン・グレイホースはそろそろグラン大聖堂にもどってるころや。あんな感じやけど、ふところは海のように深いんやで。ふたりそろって頭を下げれば、きっと許してくれる」
「グノスン師匠が認めたとしても母親が納得するわけが――」
「あー、そっちはまったく心配いらへん。
うちのお母ちゃんの教育方針は『独立独歩』と『喧嘩上等』や。うちは7番目やけど、3番目をのぞいて他のお姉ちゃんたちは全員、親の許可もとらずに勝手に相手を見つけてくっつきおった。
お母ちゃんはいっさい相手の素性を聞かへん。鉄拳をふるうんは、嘘をついたときだけや」
さすがはグノスン師匠の愛妻、先の「
「ほら、どないしたん? お父ちゃんに婚約の許可をもらいに行くで。
それとも、うちを嫁にしてくれる言うたんは嘘やったんか、カガト兄ちゃん」
ドヤ顔で俺を見つめる青髪の美少女。
勝負は決した。
俺の完敗。いや、もともとが俺の提案だから、俺の勝利でもあるのか。考えようによっては、愛憎度を高めることでスクルドを攻略対象に加えることもできなくはない。もちろん、相応の年齢に達したらという前提付きだ。いくら
「スクルドを嫁に、という俺の言葉に偽りはない。
いいだろう。グノスン師匠には俺から話をとおす。婚約の
「本気ですか!? だって、スクルドはまだ――」
「うちはもうすぐ成人やで、セシア姉さま」
いまだ手を握られたままのセシアが、隣りのスクルドを困惑の表情で見つめる。不安げなその視線を受けとめきってなお揺らぐことのない自信みなぎる笑顔に、セシアも根負けしたらしく、あきらめの吐息をついた。
「言いだしたら聞かないのはあいかわらずですね」
「さすがセシア姉さまや。うちのこと、よくわかってくれとる。あのときかて――」
二人がまた高等学院時代の昔話に花を咲かせはじめたのを横目に、俺は放りだしたままになっていた鹿の死体を回収してきた。
グラン大聖堂にもどらなければならないという使命感と、グノスン師匠にどう説明したらよいかという圧迫感で思考が鈍くなっている。とりあえず気持ちを整理する時間がほしいと手を動かしつつ、
「せっかくだから、これはさばかせてくれ」
「早くしてな。あ、そうや。
うち、薬草集め用にかごとそりを持ってきとるから、とってくるわ」
セシアとの話を中断して、スクルドがトテトテと水辺を走りはじめる。
ふちに金糸の刺繡がほどこされた純白の聖者のローブが泉をわたる風にめくれあがり、スクルドの後ろ姿が白いお尻まで露わとなった。
「――あ、パンツ」
俺のつぶやきにセシアが振りかえり、気まずく視線がぶつかる。
スクルドが犬ぞりに使うような前方が湾曲した木製のそりを綱をひきずってもどってくると、
「カガト兄ちゃんが約束を果たしてくれるまで、うち、この格好のままでおるから」
なにげない口調でバズーカを叩きこんできた。
そのまま、俺が鹿の解体のために作業をしているすぐ近くの岩に腰かけ、足をぶらぶらしはじめる。ローブがひらひらと揺れるたびにチラリズムが危険水域に達し、厚手の布地のむこうに神秘的な闇が見え隠れする。
そこに目をやったら負けだと、鹿肉に全神経を集中しつつ、
「時間稼ぎをしているつもりはない。約束は守る。
だから、パンツは履いてくれないか」
「服と一緒に燃えたから無いねん。
でも、いまさら恥ずかしがる関係でもないしな。もううちの全部、カガト兄ちゃんに見られてもうてるし」
しれっとこたえて、あやしくほほ笑むスクルド。
これからの関係を見越して揺さぶりをかけているのは明白だ。ここで狼狽すれば、弱味を握られたことになりかねない。すでにセシアをめぐる暗闘は開始されているのだ。
俺は無表情のまま泉で両手の血を洗い落とすと、アイテムボックスから「黄金パンツ」バーガン・ルシフル侯爵から投げ渡された白いブーメランパンツを取りだした。
「これを貸してやろう」
「殺すで。社会的に」
即答の殺意が俺の頬を撫でる。
「だったら、セシアのパンツではどうだ!?」
「なぜ私のが出てくるのですか?」
「うぐっ、姉さまのだったら、すこしは考えても――」
「スクルドも考えなくていいです! 貸すわけないでしょう。そうしたら、私は」
俺がサッと白いブーメランパンツを差しだすと、グーで殴られた。
ピロリン♪ と音が鳴って、スクルドがクスクスと笑っている。
一筋縄ではいかないが、愛憎度が上昇する可能性を確認して、俺も覚悟を決めた。
4番目の仲間にして婚約者は「僧侶」スクルド・グレイホース。長い長い時間をかけて
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『 スクルド・グレイホース 』
勇者カガトの仲間にして婚約者(になる予定)。グラン大聖堂「導きの手」に所属する見習い修道士。
【種 族】
【クラス】 僧侶
【称 号】 大聖堂の
【レベル】 2(F級)
【愛憎度】 ●/-/-/-/-/-/- (F級 いたぶりがいがあるなあ)
【装 備】 聖者のローブ(A級) 焦げた修道士のサンダル(F級)
【スキル】 短剣(F級) 槌(E級) 杖(E級) 格闘(E級)
聖魔法(F級) アクアフォーム(F級)
交渉(E級) 薬草学(E級)
隠密(F級) 水泳(C級) 木登り(E級) 戦術(F級)
聖なる信仰(F級)
水中呼吸 早熟
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