3-10 首狩りカマキリ その1

 カマキリはすぐに見つかった。

 ホーリィの言っていた泉の近くではなく、ずいぶん手前の森の一画。俺の周回の記憶に照らしてもこのあたりで遭遇したことはない。だが、後ろを走っていたユズハが俺たちを呼びとめ、指さした先にカマキリの複眼があったのだ。

 木々がまばらになった明るい空き地で、牡鹿を両の鎌でかかえた巨大カマキリの逆三角の頭がこちらにむかって傾く。


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『 首狩りカマキリ 』

月見の森にときおり姿をあらわす凶暴な魔物。

普段は樹上に潜み、鹿や猪が近くを通りかかると飛び降りてきて、鉄のように硬く鋭い鎌で首を絶ち切る。不意打ちを得意とし、人が襲われることも。

【等 級】 E級(下級魔)

【タイプ】 ムシ

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「――シキィアアアアア!!!」


 血に濡れた牙をむきだし、はねをひろげて威嚇する。

 熊よりも大きい。両の鎌を振りあげると、鹿がゴトリと地面に落ちて、皮一枚でつながっていた頭部がころがった。


「よし、まずは――」

「初手は私に!」


 俺の指示を待たずにセシアが飛びだした。

 素早さはパーティーのなかではネネに次いで低いはずだが、「韋駄天の脚甲」の効果で初速は文字どおりぐんを抜いている。ひとりだけパーティーからおおきく先行し、その勢いのまま首狩りカマキリに斬りかかった。

 飛燕マサムネが下からすくいあげるように、一閃いっせん

 またたくまにひるがえって、二閃にせん。鋭角の光の軌跡だけが宙にきらめく。

 首狩りカマキリは胸部から青い鮮血を噴きだしながらも、右の鎌を斜めに振りおろし、セシアの白銀の兜がにぶい音を立ててはねとんだ。


「セシア! 無事か!?」

「騎士にはこの程度なんでもありません!

 それよりも私が盾になりますから、その隙に攻撃を!」


 周囲の枝葉が、旋回するカマキリの鎌に舞いあげられて、視界が悪い。

 セシアは額から血を流しながらも、鎌を左右にいなして後退する。A級武器とはいえ、まだレベル3の攻撃力ではボスを一撃で仕留めることは難しい。だからこそ連携を重視し、俺とセシアで交互に攻撃を仕掛けながら的をしぼらせずにゆさぶりたかったのだが、実戦経験の浅さが出てしまったようだ。

 

「ネネ、ムシ系の弱点は火属性だ。できるか」

「……ファイアーボールだけなら」


 後ろにひかえるネネが緊張で震える手で杖を握りしめ、前にかまえる。


「よし。セシアが離れたときを狙って、撃ってくれ。

 ユズハは回りこんで、低い位置からカマキリの後ろ脚を攻撃してほしい」

「ちょ、待つにゃ。

 あんな大鎌で切りつけられたら、アタシなんてすぐに死んじゃうにゃ」


 怖じけづいて尻尾を丸めるユズハに、


「大丈夫だ。首狩りカマキリは左右の回転こそ速いが、横移動は遅い。

 それに、鎌を地面に突きたてることを恐れて、低い位置への攻撃を嫌がる。動作をよく見ていれば避けるのは難しくない」

 

 ユズハがへっぴり腰で移動を開始したのを見とどけて、俺はセシアのフォローへとむかった。しかし、カマキリが煙幕がわりに低木の枝葉をひっきりなしに刈りとばすからなかなか近づけず、鬱陶しいことこのうえない。

 セシアは金色の髪を振り乱し、「封魔の盾」で鎌の攻撃を跳ねかえしつつ反撃の構えをみせている。だが、


「きゃう!」


 可愛い叫び声をあげて、突然うしろにころげた。

 なにごとかと駆けよると、手をバタバタと振りまわしながら、「クモ、クモお!」と目に涙を浮かべて叫んでいる。

 長い髪の毛に葉っぱがからみついているから、おおかた首狩りカマキリに切り飛ばされた枝葉に蜘蛛が混ざって、鎧かどこかにくっついたのだろう。

 セシアのスキル欄には「蜘蛛恐怖症」がある。スキルと呼ぶにはあきらかにマイナス要素だが、あえてペナルティを加えることで初期装備のプラスを打ち消すというゲーム的なバランス調整なのかもしれない。

 ちなみに、セシアをパーティーに加入させた状態でエルフの王国のシナリオを進めると、サブシナリオ「恐怖の洞窟」が発生する。

 これは、エルフの女王から盗まれた秘宝「虹の竪琴」を取りもどすよう依頼を受け、犯人である猿賊たちの砦にむかうと、猿たちはすでに全滅、「虹の竪琴」も消えている。砦から点々とつづく血の跡をたどっていくと薄暗い洞窟があり、そのいりくんだ奥深くで「ウンゴリアント」という巨大な蜘蛛の魔物に遭遇するというシナリオだ。「蜘蛛恐怖症」をもつセシアは硬直し、攻撃することも防御することもままならず、パーティー全員でひたすら逃げまわることになる。

 30周におよぶ俺の周回の記憶に照らしても「ウンゴリアント」以上に強大な力をもつ蜘蛛は存在せず、サブシナリオ「恐怖の洞窟」にはちゃんと攻略法が用意されているため、「蜘蛛恐怖症」は決定的な弱点とはならないのだが。


「あとすこしの辛抱だ。すぐにカマキリを倒して、クモをとってやるからな」

「イヤアァ! クモ、クモ!!」


 俺の言葉も耳に入らないのか、セシアは半狂乱になって叫んでいる。

 ガチャガチャと鎧側面の留め金ををかきむしっているところを見ると、蜘蛛が中に侵入したらしい。フルプレートの「聖騎士の鎧」は、当然のごとく簡単に着脱できる代物ではない。


「んあ、ふぅ、イヤアアア!!」


 身悶えしながら地面をころげまわるセシア。早く蜘蛛をなんとかしてやりたいが、首狩りカマキリをネネとユズハだけに任せるのは危険だ。

 ここは俺が秒殺するしかない。


「シキィアアアアア!!!」


 首狩りカマキリがなおも激しく斬りつけてくるが、俺はこいつをすでに30回は倒している。攻撃パターンは熟知しているから、鎌の振りあげ方で次にどこを狙ってくるかもすぐにわかる。


「……カガト、すごい」

「カガトは最強にゃ!」


 ネネとユズハが援護を忘れて、俺の剣さばきに見惚れている。

 必死に練習したダンスを「初めてです」と偽って踊るようなインチキ臭さはあるが、俺が首狩りカマキリの攻撃をすべて見切っているのはまぎれもない事実だ。

 右鎌の振りおろしからの左鎌の横薙ぎを最小限のたいさばきでかわすと、カマキリの正面がガラ空きとなる。そこへ気負うことなく「龍王の剣」をまっすぐに伸ばすと、厚い外骨格をつらぬき、白刃が胸部に深々と突き刺さった。

 節の浮いた腹を足で蹴って、長剣を引き抜く。すると、カマキリの体躯から青い血飛沫が噴きあがり、ゆっくりとあおむけに倒れていった。

 地面に横たわり、両手の鎌がわずかに持ちあがるものの途中で力をうしない、そのまま動かなくなる。

 青い血溜まりが拡がるなかに、黒い小さな魔石がキラリと光った。


「セシア、大丈夫か」


 振りかえると、セシアが地面にころがったまま、ときおりビクンビクンと身体をのけぞらせて荒い息をついている。

 結局、自力で鎧を脱ぐことはできなかったらしい。苦闘のあとがむきだしなった太ももにあらわれていて、着くずれ感がものすごくエロい。


「蜘蛛はまだ中か?」


 うるんだ瞳で、セシアが力なくコクリとうなずく。

 もう言葉を発する元気も残っていないらしい。

 「鎧をはずすぞ」といちおう声をかけてから、鎧の留め金をはずしていく。俺もフルプレートアーマーは着慣れているから脱がせることはお手のものだ。

 「聖騎士の鎧」は左右それぞれに3ヶ所ずつある留め金を順番にはずさないと次に進めない構造になっている。セシアも普段であれば自分で脱着しているはずだが、頭に血がのぼってしまったのだろう。

 カラン、と胸甲部分を頭から抜きとると、セシアの魅惑的な身体の曲線がはっきりとわかる。キルト生地のタートルネックが汗でぴったりと肌に吸いつき、はちきれんばかりの胸が暴力的な存在感をはなっていた。


 そして、やはり、ノーブラ!!

 

 俺は、ゴクリ、と生唾をのみこんだ。

 セシアは上気した顔で、すがるように俺を見つめている。唇の端から垂れた涎と言葉にならないあえぎ声が、クモからまだ解放されていない苦悶を伝えてくる。


「毒蜘蛛かもしれない。

 ネネとユズハはさがっていてくれ」


 俺は心臓が高鳴るのを誤魔化して、二人を後ろにさがらせた。

 セシアのシャツの胸もとが不自然にもぞもぞと動いている。


 これは、あれか、つまり、そういうことなのか。

 蜘蛛のせいなのか。

 いいや、蜘蛛様のおかげなのか。


 セシアはぐったりとしている。

 俺はゆっくりとシャツの裾をつかむ。

 そろりそろりとめくっていくと、セシアの引き締まった白い腹筋が見えた。

 そのままおうかがいをたてるようにセシアの顔をのぞきこむと、冷や汗でべったりと貼りついた金髪の下、翡翠色の瞳がじっと俺を見返してくる。


「いくぞ」


 人は極限状態のとき、時間の流れが緩慢になるという。

 このときの俺がまさにそれだった。

 ほんの一瞬、1秒にも満たない時間だが、俺の右手がセシアのシャツをめくりあげると、締めつけられていた乳房がいっしょに跳ねあがり、スローモーションのように揺れるスーパービックサイズの双丘の谷間に、黒いクモが8つの足で必死にしがみついているのが知覚できた。

 一切無駄のない動きで左手を挿しいれ、肌に触れるか触れないかという精度でクモを優しくつかんで取り去ると、右手をそのまま引きさげ、破壊的なまでに美しいおっぱいの全景を封印する。

 俺の全身全霊がセシアのおっぱいの動きの一挙手一投足あますことなくとらえ、1コマ1コマ連続写真のように記憶に焼きつけ、すぐさまリフレインする。

 その柔らかさ、美しい曲線、初々しい桜色の先端までも。

 俺は生涯忘れないだろう。

 はつ、生おっぱいの感動を!!


「あ、ありがとうございます」 


 ピロピロリン♪ と愛憎度が上昇し、セシアが胸もとを隠すようにシャツを引き寄せて立ちあがる。顔は真っ赤に染まり、目尻にはまだ涙が残っている。


「大丈夫かにゃ?」

「……毒蜘蛛ではないみたい」


 ユズハとネネが近寄ってきて、俺の左手でもがく蜘蛛をのぞきこんだ。


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『 クロオオガネクモ 』

リンカーン王国に広く分布する蜘蛛。

体長10センチ前後。毒はなく、樹上に張った網で、小さな虫を捕食する。

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 俺は蜘蛛を右のてのひらに乗せてやると、


「巻きこんで悪かったな」


 近くの葉っぱにうつして、逃がしてやった。

 そして心の底からひっそりと叫んだ。

 

 蜘蛛よ、ありがとう!!


 いままでの周回ではこんな展開は起きなかった。

 やはり、望めば手に入るのだ! ハーレムが!!

 俺はわきあがる興奮をおさえるため、先ほどの戦闘であがったレベルを確認しようと自分のステータス画面をひらいた。

 

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『 カガト・シアキ 』

勇者リクの意志を継ぐもの。7人の嫁を求めて旅をしている。

【種 族】 人間ノーマ

【クラス】 勇者

【称 号】 ラッキースケベ

【レベル】 4(F級)

【装 備】 龍王の剣(S級) 聖鞘せいしょうエクスカリバー(S級)

      妖精王の鎧(S級) 心眼の兜(S級) 天馬の靴(S級)

【スキル】 長剣(E級) 短剣(F級) 斧(F級)

      格闘(F級) 盾(F級)

      交渉(F級)

      救世の大志(F級)

      周回の記憶

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 あれ?


 俺は目をこすり、もう一度ステータス画面に向きあう。


 なんだ、この称号。

 「ラッキースケベ」??


 いや、わかる。わかってはいるが、さっきのセシアのおっぱいのせいか。

 称号部分に意識を集中し、詳細な説明ウインドウを呼びだした。


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『 称号:ラッキースケベ 』

偶然に愛され、偶然を愛するものに贈られる称号。

ムフフなシーンに「偶然」遭遇してしまう。

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 まさか。こんなにおいしい称号が存在していたとは!?


 この称号を設定しておけば、ひょっとして次から次へとムフフなシーンが飛びこんできたりするのか。しかし、あまりにもムフフだと俺のナニがグフフで、約束を果たす前にセシアやネネやユズハにムフフやグフフを強要しかねない危険性がある。適度なムフフを維持するためには称号の使いどころを考えなければ、やはり風呂――


「先ほどは不覚にも戦闘中に取り乱し、騎士として恥ずべき失態を犯しました。

 軍法に則り、いかなる罰も受ける所存です!」


 横からセシアの大音量が叩きつけられ、妄想にひたっていた俺はビクッと背筋を伸ばした。

 聖騎士の鎧と兜を装備しなおしたセシアが深々と頭を下げている。

 俺はおそるおそるセシアのステータスも見てみることにした。おっぱいを見たときも、ブブー!とは鳴らず、蜘蛛を取り去ったとき、ピロピロリン♪と愛憎度はむしろ上がっているはずだが、果たして結果は、


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『 セシア・ライオンハート 』

勇者カガトの仲間にして婚約者。「龍爪りゅうそうの騎士団」に所属する騎士。

【種 族】 人間ノーマ

【クラス】 聖騎士

【称 号】 おつかい上手

【レベル】 3(F級)

【愛憎度】 ☆/☆/☆/-/-/-/- (D級 我、勇者の盾とならん)

【装 備】 飛燕ひえんマサムネ(A級) 封魔の盾(A級)

      聖騎士の鎧(B級) 聖騎士の兜(B級) 韋駄天いだてんの脚甲(A級)

【スキル】 長剣(E級) 大剣(F級) 槍(F級) 弓(F級)

      格闘(F級) 盾(F級)

      聖魔法(F級)

      乗馬(E級) 水泳(F級)

      裁縫(F級) 料理(F級)

      勇猛果敢ゆうもうかかん(D級) 聖なる信仰(D級) 騎士道(F級)

      蜘蛛恐怖症

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 おもわず小さくガッツポーズし、俺もセシアに負けじと深々とお辞儀した。


「俺のほうこそ謝罪すべきだろう。偶然のなりゆきとはいえ、セシアのおっぱいを見てしまったのだから。

 いずれ妻となれば、毎日じっくりと堪能させてもらいたいが、まだ婚約者という立場。あきらかにフライング。競技なら失格ものだ。

 けれど、はじめて生で見たおっぱいがセシアのおっぱいで本当によかった。あれほど美しいおっぱい、一生の記念になるだろう。そして俺の目標がまたひとつ明確になった。王女を救いだし、正式にセシアを嫁に迎え、至上のおっぱいを我がものとする。これこそ命を懸ける価値がある偉業だ」

「おっぱい、おっぱい、連呼しないでください!」


 セシアは分厚い胸甲の上から胸を両腕で覆い隠し、絶叫する。だが、ブブー! とは鳴らない。

 ネネとユズハの冷ややかな視線が俺にそそがれ、


「……カガトはおっぱいが好き……」

「セシアはもっと怒ったほうがいいにゃ。こういうことは最初が肝心にゃ。どちらが上かということをガツンと叩きつけてやるにゃ。

 ――にゅふふふ、おっぱいならアタシも自信があるにゃ。セシアがダメなら、カガトはきっとアタシに寄ってくるのにゃ。できるだけ焦らせて、お金もアイテムも貢がせるだけ貢がせてやるにゃ!」


 ネネは悲しげに自分の小さな胸を見つめ、ユズハは喜々としてあおりたてるが、セシアは顔を赤くしてうつむいている。


「きっかけは私ですから、カガトどのを怒るわけにはいきません。いえ、むしろ、クモを取ってもらって感謝してます。それに……カガトどの以外の男性だったら一生の恥ですが、婚約者ですし、いずれ妻になるなら……」

 

 いじらしい態度に俺はおもわずセシアの手をつかんで両手で包みこんだ。


「蜘蛛が出たら、いつでも呼んでほしい。すぐに駆けつける。

 着替え中でも、入浴中でも!」

「調子に乗らないでください!」


 真剣な俺の宣誓に、セシアは手を振りはらって、プイとそっぽを向いてしまった。けれど、ブブー!と警告音は発しない。やはり、愛憎度D級は友人以上、恋人のような扱い。ある程度のスキンシップまではOKということらしい。

 俺は首狩りカマキリの魔石を拾って、ついでに鹿の死体を引きずって近くの切り株に乗せた。

 なかなか立派なオス鹿だ。下草がぐっしょりと血で濡れている。

 

「このままここに放置しておいて他の魔物が寄ってきても厄介だ。

 みんなは先に大聖堂にもどって首狩りカマキリ討伐の報告を頼む。俺は泉でこいつをさばいてから帰還する」

「カガトはそんなこともできるのかにゃ」

「まあな。狩人かりうどに習った」


 あれは何周目だったろうか。

 世界地図を埋めることを目標に夢中で歩きまわっていたら、食料も水も尽きて行き倒れてしまった。地面に半死半生でころがっているところを通りすがりの魔物にあっさり殺され「光の守護」でリンカーン王宮に強制送還されたわけだが、あのまま餓死するまで何日も放置されていたらもっと悲惨な体験になっていただろう。

 ともかくも、サバイバル技術も必要だと思い知った俺は、狩人かりうどのエルフ、ギムレット・オーバーオールを仲間にした周回で、基礎的な技術を教えてもらうことにしたのだ。

 ギムレットはいかにもエルフという線の細い美少年だが、狩人のクラスは伊達ではない。大小さまざまな獲物の捕り方からさばき方、野草の知識、寝床の用意の仕方まで基本的なサバイバル技術を伝授してくれた。

 俺もその後、周回を重ねて、いまでは鹿の背中にナイフをさしこんで皮を剥ぎ、腹を割って内臓をとりだして血抜きもし、肉の部位ごとに切り分けるといった加工処理はできるようになっていた。


「私は勇者の盾として、カガトどのが魔物に襲われないよう警護します」


 セシアが宣言して俺の横に立った。

 ユズハがジト目で、


「二人きりでナニをするつもりにゃ?」

「不純な動機ではありません! 先ほどは一方的に守られてしまいましたから、今度は私が護衛を引き受けたい、と。借りをつくったままでは落ち着かないのです」


 赤くなったセシアが早口に言い立てると、ユズハは尻尾をぶらぶらさせながら、グラン大聖堂のほうへ向きなおった。


「まあ、いいにゃ。婚約者だからにゃ。

 アタシとネネは先に戻るから、イチャイチャするといいにゃ。けど、外でするのはオススメしないにゃ。誰に見られるかわかないし、またクモが出るかもしれないしにゃ。

 ――もし、セシアがカガトとナニしたら、アタシの正妻としての立場はまもれるのかにゃ? 対抗する? いやいや、アタシにはそこまでの覚悟はないにゃ。セシアがここまで積極的に出るなら、戦略を練りなおさなくてはならないにゃ!」

「……セシア、大胆」

「だから、違います!」


 ネネとユズハが聖堂にもどるのを見送ってから、俺はちぎれた鹿の頭部を拾いあげると、後ろ足を鎧の肩にかついで引きずり、泉へと足を向けた。

 周囲に目を配りながら、セシアもついてくる。

 首狩りカマキリの出現位置がいままでの周回と違いすぎるため、念のためホーリィが言っていた泉を確認しておきたかったわけだが、意図せずセシアとふたりきりになってしまった。

 称号は「ラッキースケベ」のまま。愛憎度D級のセシアとふたり森の中。ムフフがグフフになる危険をともないつつ、ここで称号を変えるべきか、変えざるべきか。

 手のひらがじっとりと汗ばんできた。

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