3.リンカーン王都~グラン大聖堂

3-1 パーティー結成

 次の日、俺はリンカーン王宮の謁見の間で仲間選定の儀式にのぞんでいた。

 昨晩は結局、王宮の外には出してもらえず、割りあてられた来賓用の一室で眠りについた。俺としては、はじまりの宿の主人に約束した手前、戻ってもう一泊したかったのだが、逃亡を警戒されたらしい。宿代は龍鱗の騎士団が立て替えてくれたという話だが、あとで忘れずに確認しておこう。


「カガトどの、昨日保留にしていた件、決めてもらえたであろうな。

 魔王軍の侵攻がいつ再開されるとも知れぬ。一刻も無駄にできぬゆえ、早速だが、旅のともを選んでもらいたい」


 明るい陽の光がさしこむ広間の中央で、腰が直角に曲がったボルトムント大臣が、ふさふさ眉毛の下から鋭い眼光を俺に向けた。大臣の後ろには仲間候補の6人が立ちならび、左右にはルルイエ大臣とバズ大臣が控えている。

 奥の玉座に聖王ウルス・ペンドラゴンの姿はない。主のいない玉座は黄金に縁どられていても空虚で、背もたれの緋色のビロードが枯れた光沢をみせていた。


「ボルトムント大臣、並びに列席の皆さま、昨日さくじつは私の願いを容れて面接の機会をいただき、まことにありがとうございました」


 俺はまず謝辞を述べてから、


「候補となった6名の方はどなたも高潔な人格と素晴らしい特技をもっており、この中から3人だけとなると甲乙つけがたく一晩中悩みました。

 できることならば6人全員と旅がしたい。けれど、王国の防衛のためには3人の方に残っていただかなければならない。苦渋の決断であったことをお察しください。

 私が選ばなかった方々もリンカーン王国の安寧に資するのですから、魔王討伐のあかつきには旅立つ者と同じ栄誉に浴するということを忘れないでいただきたい」


 芝居がかった調子で滔々とうとうと口上をうたいあげると、そこで言葉を置き、大臣、候補者、そして謁見の間に群れつどった貴族や高官たちを見わたした。

 本当は1ミリも悩んでいなかったが、そこは大人の演出である。俺がこれからこのグランイマジニカで地歩を固めるのであれば、八方美人でいられる場所ではみんなに良い顔をしておきたい。

 愛憎度という新たな要素が追加された以上、嫁候補以外のキャラクターであっても無駄に好感度を下げるべきではない、というのが俺の結論である。既知のイベントであっても関係するキャラクターの愛憎度によって進行が変わる、という事態も想定しておくべきだろう。ハーレム実現には細心の注意が必要だ。

 場が静まり、十分に注目が集まったところで、


「魔王討伐の仲間として、次の3人を指名させてください。

 聖騎士 セシア・ライオンハート。

 魔導士 ネネ・ガンダウルフ。

 シーフ ユズハ・ケットシー」


 ひとりひとりに視線を向けながら、ゆっくり、はっきりと名前を告げる。昨日の面接で確認はしておいたものの、やはり心臓が早鐘のように打ちつける。

 告白みたいな気分といえば良いか。いや、婚約者として同行してほしいと宣言しているのだから告白と同じだろう。これで断られたら俺はどうすればよいのか。

 いっそグノスン師匠とふたりで旅に出るか。

 俺の浮きたつ心をよそに、名前を呼ばれた3人はボルトムント大臣に意志を確認されると、あっさりと仲間になることを承諾した。

 大臣はそのまま3人を俺の前まで引きだし、


「では、カガトどの、最後の確認を。

 この3名を仲間とし、共に苦難の道を歩み、勝利したときも、敗北したときも、富めるときも、貧しいときも、互いに敬い、互いに慰め、互いに助けあい、その命ある限り、真心を尽くすことをここに誓うか」


 いままでの周回でさんざん聞かされてきたセリフだが、あらためて反芻はんすうしてみると、結婚式の誓いの言葉のようである。

 すべてはここからはじまるのだ、と俺は力強く胸をそらした。


「誓います!」


 セシア、ネネ、ユズハの3人も緊張した面持ちでそれぞれ宣誓する。

 

「誓います」

「……誓う」

「誓うにゃ」


 ボルトムント大臣は曲がった腰を片手でポンポンと叩いてから、帯紐おびひもにはさんであった白い杖を振りあげた。


「よろしい。では、これより『結盟けつめいの儀式』に移る。

 円陣となり、おのおの左手を前に重ねあわせよ」


 俺、セシア、ネネ、ユズハが四方に立ち、左手をひらいて重ねあわせる。


「我、魯鈍ろどんなる賢者ボルトムント・マンタートルは、全知無能のアーカイヴに問う。

 聖円の盟約に従い、我、ここに集いし勇敢なる者たちに、生命の連帯たる互助の絆を与え、結盟させることをあたうか。

 心と心、技と技、体と体を繋ぎ、見えざる円環と為せ、トゥユニオン!」


 ボルトムント大臣の杖から白い光がほとばしり、俺たち4人を囲うように床に二重の六芒星ろくぼうせいが浮かびあがる。

 「光の守護」の儀式と同じく、魔法陣の円周部分に刻まれた文字が回転をはじめ、浮きあがった「字」が足もとから這いあがり、それぞれの左手首まで長い列となって行進する。手首にとどまった「字」は幾重にも巻きつき、重ねあわせた俺、セシア、ネネ、ユズハの左手が文字による鎖で繋がれた。

 鎖は最初は淡い光をおび、それが明滅を繰りかえしながら徐々に輝きを増し、最後にひときわ強烈な銀の閃光をはなって消えさると、あとには、セシア、ネネ、ユズハの手首にも「結盟の腕輪」と似た銀色のリングが残されていた。

 

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『 従たる結盟の腕輪 』

「結盟の腕輪」の分身であり、勇者の仲間に与えられる腕輪。

従者はこの腕輪を通じて勇者の加護を受け、勇者はこの腕輪を通じて従者の心と技と体の状態を知ることができる。

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 「従者の腕輪」は見た目こそ「結盟の腕輪」と同じであるものの、本家とはやや性能が異なり、いわば子機のような扱いとなっている。他のメンバーの位置を把握する機能はなく、アイテムボックスも7個に制限される、という具合に。

 ちなみに、説明文に記されているように仲間の心(魔力)、技(ステータス)、体(体力)は、俺が「結盟の腕輪」に触れればいつでもウインドウに表示されるようになっている。これは本人と離れていても確認可能で、おまけにそのパーティーメンバーまでのおおよその距離と方角を矢印のアイコンで示してくれるため、迷うことなく合流することができる。まさにストーカー機能だ。

 いや、あくまで嫁候補である仲間の身の安全を守ることを第一に運用する予定で、決して、着替えをのぞいたり、水浴びをのぞいたりするつもりはない。たぶん。

 ボルトムント大臣は儀式が終わると、腰が曲がった低い姿勢のまま、朗々とした声で俺たち勇者一行を激励した。


「カガトどの、そして共にたつセシア、ネネ、ユズハよ。どうか魔王を倒し、この世界を滅亡の運命から救いあげてほしい。貴殿たちが最後の希望なのだ。

 ちなみに、聖王様がカガトどのにほどこした『光の守護』は、カガトどのの『結盟の腕輪』を媒介として『従たる結盟の腕輪』を身につけた者にも効力が及ぶ。パーティーメンバーの誰かひとりに死の危険が差し迫った場合、全員が光の結界で王宮まで運ばれてくることになるのだ。

 しかし、これに頼ることがないようにしてもらいたい。『光の守護』は時空魔法の最高位。発動するたびに術者の寿命が削られるという恐ろしいものなのだ」


 前に聞いたことをしつこく繰りかえしているのは、よほどこのチート機能を使ってほしくないからか。まあ、ゲームバランスが崩れるほどの反則技であるから、当然といえば当然かもしれないが。

 「光の守護」が発動すればどんなに凄惨せいさんな死に方であっても肉体の時間が巻きもどされて命が助かる、ということは俺も理解しているが、記憶が消されない以上、死の恐怖と苦痛から逃れられるものではない。

 過去の周回では俺も仲間も幾度となく死んだわけだが、仲間を戦力としてしか見ていなかった過去の俺にとって彼らの感情など計算の範囲外だった。だが、今回は婚約者をひきつれての行軍である。ひとりでも死なせようものなら当人はもとより他のメンバーからもブブー!の連打を浴びて愛憎度が暴落しかねない。ひとまずは安全運転に努め、低レベルで突っ走るような無謀プレイは控えたほうがよいだろう。

 ボルトムント大臣の言葉が終わると、大柄なバズ大臣が前方に進みでてきた。

 あいかわらずレスリング選手のようなムッチリとした体格で、重厚な聖騎士の鎧姿で目の前に立たれると絶壁がそそりたつような雄偉ゆういに圧倒される。


「カガトどの、無事に仲間選びも終わったところで、自分から最初の道を示そう。

 この王都から西に10キロほど行ったところにある月見つきみの森、その森の中の『グラン大聖堂』を目指すのだ。

 グラン大聖堂の大神官、ホーリィどのが勇者であるそなたに導きを授けてくれるだろう」

 

 俺にとっては耳タコなアドバイスであるが、素直にうなずいておく。


「グラン大聖堂までは『白西はくせいの街道』にそって進むとよい。

 王都から東西南北へとはしる青東せいとう白西はくせい赤南せきなん黒北こくほくの各街道は、魔物を追い払う聖魔法をほどこした魔道具を一定間隔ごとに設置し、龍翼の騎士団による巡回もあるゆえ魔物が少ない」

「でも、ちゃんと薬草は買っておきなさい。

 まったく魔物が出ないわけでもないからね」


 ルルイエ大臣が子供に言いふくめるように補足する。

 中央のボルトムント大臣が再び手をかかげると、見た目に反して朗々と伸びる声で音頭をとった。


「さあ、皆のもの、勇者一行の旅立ちだ。

 盛大に門出を祝おうではないか!」


 音楽隊が力強くラッパを吹き鳴らし、オープニングソング的な勇壮な演奏に背中を押されて、俺たちは王宮の正門から冒険の旅へと踏みだした。勇者一行の華々しい出立を一目見ようと集まった群衆に手を振りながら。

 ピロリン♪ ピロリン♪ と四方から好感度アップの効果音が聞こえてくるのは良いことだが、さて、この後ろに引き連れている3人にいつ「全員が婚約者である」という真実を告げるのか。

 俺の胃は魔王のことではなく一寸先の闇を想像してキリキリと痛むのであった。

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