2-9 勇者パーティー面接 その5 シーフ

 さて、日も傾きはじめたところで、ようやく最後の1人である。


-------------------------------------------------------------------------

◆ シーフ ユズハ・ケットシー

仲間のひとり。シーフは戦闘の主軸にはなりにくいが、宝箱の開錠やトラップ解除の特殊技能をもち、シーフがいなければ入手できないアイテムも存在する。

すばやい身のこなしを維持するため軽装備で、防御力は低く、攻撃力も高くない。その代わり回避力に優れ、敵の攻撃をかわしやすくなる「幻惑げんわくの服」を装備することで被弾が大幅に減少する。また、クリティカルの発生確率が高く、運が良ければ敵を一撃で屠ることがある。

-------------------------------------------------------------------------


 トントン。ノックの音とともに面接室の扉がひらき、王宮の衛士えいしがはいってきた。その後ろから、赤茶けた髪がてんでばらばらにカールした女の子があくびを噛み殺しながらついてくる。

 第一印象は、不良女子高校生だ。

 肌は小麦色に焼け、太もものあたりでたくしあげられた白い着衣からはつやを帯びた健康的な生足が惜しげもなくさらされている。

 顔は、前の世界の基準でいえばラテン系だろうか。すこし目つきが悪いものの、まだ全体的にあどけなさが残り、小悪魔的な可愛らしさをもっている。セシアほどではないものの十分に大きな胸、くびれた腰、むっちりとした太もも。実年齢よりも先に身体が成熟したようなちぐはぐな印象が逆にエロさを引き立てている。

 衛士がおもむろに少女の手錠をはずし、一礼して退出した。


-------------------------------------------------------------------------

『 ユズハ・ケットシー 』

リンカーン王国北部を根城とする盗賊団『オシリス団』の団員。

【種 族】 猫人ケット

【クラス】 シーフ

【称 号】 オシリス団の秘蔵っ子

【レベル】 1(F級)

【愛憎度】 ☆/-/-/-/-/-/- (F級 勇者なんてチョロイにゃ)

【装 備】 囚人の服(F級) ただのスリッパ(F級)

【スキル】 短剣(E級) 弓(F級) 投擲(F級)

      索敵(F級) 開錠(F級) 罠(F級) 追跡(F級)

      交渉(F級) サバイバル(F級) 薬草学(F級) 猫会話(E級)

      隠密(E級) 木登り(E級)

      裁縫(F級) 料理(F級)

      盗賊の心得こころえ(F級) 

      開心かいしんの呪縛  秘匿された血脈

-------------------------------------------------------------------------


「ん? ああ、これにゃ。

 アタシは盗賊団の一員だからにゃ」


 俺の視線に気がついて、手錠の痕がのこる右手をぶらぶらとさせる。装備も「囚人の服」であるから、ここに来るまでは牢屋につながれていたのかもしれない。

 しかし、少女は虜囚の悲哀など微塵もみせず、へらへらと笑いながら、


「よろしくにゃ、勇者。アタシは、ユズハ・ケットシー。

 正義の盗賊団、オシリス団の切り札にゃ」


 種族が猫人ケットとなっているとおり、人間の耳よりやや高い位置からふさふさとした獣耳けものみみが飛びだしている。猫人ケットは南方に多く住む種族で、猫耳と尻尾以外はほぼ人間ノーマと変わらない。

 俺が着席をうながすと、ユズハはシーフらしい軽い身のこなしで、するりと向かいの席に腰をおろした。

 椅子からはみだした赤茶色の尻尾が緩慢に左右に振られている。


「俺はカガト・シアキ。魔王討伐の任をおおせつかったのは知ってのとおりだ。

 これから勇者パーティーの面接をはじめるが、まずは君がこの危険な旅に同行を志願した理由を教えてもらおうか」


 俺が定番の質問を投げかけると、ユズハはなぜか得意げに、


「そんなの決まってるにゃ。勇者のパーティーでアタシがバシッと活躍すれば、捕まっている仲間をスパッと解放するとヨレヨレの大臣が約束したからにゃ」

「仲間というのは、オシリス団という盗賊団のメンバーか」

「そうにゃ。だけど、オシリス団はただの盗賊団じゃない。れっきとした義賊にゃ。

 貧しい人たちから税金をしぼりとる貴族や、食糧を買いためて値段をつりあげるごうつくばりの商人からだけ盗んで、庶民を襲ったことは一度もないにゃ。

 逆に、飢饉で苦しむ村に食料を届けたり、聖典教の孤児院に寄付したりしてるのにゃ」


 えっへん、と胸を張ると、豊かなおっぱいが強調される。セシアほどではないが、立派な谷間だ。この可愛い女の子が囚人としてどんな扱いを受けていたのかと想像するだけで、ごはん三杯はいけそうだが、いまはまだ妄想にひたるときではない。

 俺はユズハの能天気なドヤ顔を注視した。


「な、なんにゃ。アタシの顔に何かついているかにゃ?

 ま、まさか、さっきこっそり吸ってた花瓶の花の蜜かにゃ!?」


 あせって口元をぬぐっている。

 嘘をついているようには見えない。クラスもシーフとなっているし、盗賊団というのは事実なのだろう。

 「オシリス団」というのは、いままでの周回ではユズハのステータス画面でしか見たことのない固有名詞である。これもどうせ魔剣マサムネ同様、設定だけの話だろうと気にも留めていなかったが、この世界でハーレムを目指すと決めた以上、些細な情報でも集めておいたほうがよい。

 勇者の嫁が元盗賊団ということが、あとから問題となる可能性も十分にありえるのだから。

 

「君の仲間、オシリス団について詳しく教えてほしい」


 俺が両手を組みあわせて身を乗りだすと、ピロリン♪と音が鳴って、ユズハの猫耳がピクピクと動いた。


「にゅははは、オシリス団に興味をもつとは、勇者もなかなか見所があるにゃ。

 いいにゃ。特別に教えてやるにゃ」


 上機嫌にオシリス団について語りはじめた。

 まず、オシリス団は猫人ケットの集団であるということ。もともとは猫人ケットが多く住む南方の砂漠を根城にしていたらしいが、元になった部族集団の一派がリンカーン王国の北部にうつり、オシリス団を形成した。

 猫人ケットは商人が多く、各地にコミュニティを持っているため、オシリス団も盗賊が生業というよりも、商人の護衛や情報の流通といったことがおもな収入源らしい。

 中間層以下の町民とも良好な関係を築いていて、これまで騎士団による取り締まりがあっても、すぐに情報が寄せられ、事前に隠遁することができていた。

 しかし、魔王があらわれてから歯車が狂ってしまった、とユズハは目に涙を浮かべ、鼻をズズッとすすった。


「森や山には、どばーっと魔物が増えて、アタシたちの隠れ処にも次々とはいりこんできたのにゃ。みんな必死に防戦したけど、上級魔のタイガーベアやワーウルフまで混じってて、結局、逃げるしかなくなって。

 南の砂漠の同胞を頼ろうと家族もつれて移動をはじめたとき、七大貴族ロスト・ベルゲゴルの騎士団『グレイベア』が狙いすましたように襲ってきたにゃ。しかも、腕っぷしの強そうな団員は避けて、子どもや年寄りばっかり追いかけまわして」


 そのときの憤激がよみがえってきたのか壁の彼方をにらみつけ、


「あいつら、魔物の討伐もしないで、猫人ケットだけを狙ったのにゃ。不思議と魔物も騎士団を襲わなくて。まるで魔物とグルみたいだったにゃ!

 結局、団長も他のみんなも家族を人質にとられて投降したのにゃ」

 

 七大貴族という単語を聞いて、まず俺の頭に思い浮かぶのは「港町アザミ」の総督ナイラ・ベルゼブルだ。

 メインシナリオにおいて、ナイラは勇者である俺に、領海を荒らしまわっている海賊船の討伐を依頼してくる。だが、実際に海賊船に乗りこんでみると、相手はひげもじゃの海賊たち、ではなく、武器を手にしたうら若き人魚たち。いやおうなく戦闘となるものの、勝利して事情を聞けば、彼女たちはナイラが連れさった同胞を救出しにきたのだという。ナイラは悪事をあばかれると「深きもの」という魔物に変身し、俺がこれを倒して一件落着となる、というのがあらすじだ。

 魔人ではなく「深きもの」という半魚人のような魔物に変化したので、ナイラのケースは魔人ザザ・フェンリルとは事情が異なるのかもしれない。ナイラ自身が魔物に堕ちたのでなく、魔物が本物のナイラとすり替わっていた、とか。

 けれど、同じ七大貴族のロスト・ベルゲゴルも魔物との関係が疑われるとなれば、他の七大貴族の動向にも注意を払う必要が出てくるだろう。

 そんな懸念を肚におさめつつ、俺は目の前のユズハに意識をもどした。

 

「君が勇者パーティーで活躍をすれば、オシリス団の仲間が解放されるということだが、具体的には、魔王を討伐できれば、いうことだろうか」

「ヨレヨレ大臣とはそういう話になってるにゃ。

 もともと、ベルゲゴルに捕まったとき、アタシたちは公開処刑になるはずだったにゃ。でも、ヨレヨレ、あ、ボルトムントにゃ、大臣が、義賊として名のとおっているオシリス団を処刑すれば、ただでさえ魔物との戦いで不満がたまっている民衆を抑えきれなくなる、とかなんとか話をつけたらしいにゃ。

 で、ただで解放するわけにもいかないから、オシリス団の切り札で看板娘のアタシが活躍すれば、恩赦という口実をつけて助けてくれるらしいのにゃ。

 まあ、減刑されても国外追放にはなっちゃうみたいだけど」


 ユズハは気楽に国外追放というが、この猫耳娘をハーレムメンバーに予定している俺としては計画の軌道修正を余儀なくされてしまう。さて、どうするか。

 しばらく黙っていると、ユズハは俺が迷っていると勘違いしたらしく、あわてて、


「だから、アタシはがんばるにゃ!

 戦いはそんなに得意じゃないけど、鍵なんてパパッと開けちゃうし、扉も宝箱もイチコロにゃ。罠だって、バシッと見つけて、シュパッと解除するにゃ。

 仲間にするなら、すごーく、お買い得にゃ」


 必死に自分を売りこみ、不安げに尻尾を揺らしている。

 相手の弱味につけこむのは心苦しいが、ハーレムという最終目標のためには手段を選んではいられない。ここが勝負どころだ、と俺はわざと険しい表情をつくり、


「ひとつ確認しておきたいのだが、君はこの旅が終わってオシリス団のメンバーが解放されたら、また団員として戻るつもりだろうか」

「う、うん。そのつもりにゃ。アタシの家族だからにゃ」


 俺は眉間のしわを一層深くして考えこむ振りをする。


「なら、この条件は厳しいかもしれないな」

「にゃ、もったいつけちゃいかんにゃ。

 アタシはいまが絶賛、買い時にゃ。このチャンスを逃したら次はないかもしれないにゃ。諦めちゃダメにゃ」


 解放のチャンスを逃すまいとユズハが懸命にアピールしてくる。

 俺は半目でその様子を観察しつつ、


「そうか。では、仲間となる条件を言おう。

 それは、俺の婚約者になることだ」

「はにゃ?」


 セシア、ネネと続けてきた説明を三度みたびくりかえす。

 勇者パーティーに加入するためには2つの条件があること。すなわち、魔王討伐よりも人助けを優先すること、そして、俺と家族になる前提で婚約をすること。

 内心ビクビクしながらユズハの反応をうかがっていると、俺の言葉にまだ半信半疑のようで「うーん」とうなっている。

 ならば、たたみかけるのみだ。


「婚約者から正式に結婚となれば、当然、俺と一緒に暮らすことになる。

 だが、オシリス団の仲間たちと縁を切れ、などとは言わない。嫁の家族は俺にとっても親戚となる。できるかぎりの協力をするつもりだ」


 ユズハはじっと考えこんでいる。

 耳がピクピク動いている。


「恩赦といっても、国外追放ではいままでのような暮らしは続けられない。

 けれど、無事、魔王討伐を果たし、晴れてユズハが俺の嫁となれば、オシリス団の団員たちも救国の英雄の身内。住居から働き口まで、勇者である俺が全力でサポートしよう。たとえば――」

 

 このグランイマジニカの端から端まで歩いてきた俺である。数百人程度であれば、開拓民として植民できる場所の心当たりもあるし、猫人ケットたちの特性にあった仕事の目星もなくはない。あとは、いかにリンカーン王国中枢部にもぐりこみ、要人とのパイプを太くするかだが、これは人助けを重ねながら考えていくことにしよう。

 エロのためなら骨身を惜しまず、金も名声もすべてをハーレム実現へと注ぎこむ。

 俺の説得にユズハも心を動かされたらしく、大きくうなずいてくれた。


「勇者の言いたいことはわかったにゃ。

 それほどまでアタシに尽くしたいなら、婚約者になってあげても良いにゃ。

 ――アタシは罪な女にゃ。オシリス団のみんなはアタシのことをずっと子供扱いしてたけど、勇者もアタシの大人の魅力にメロメロにゃ。チョロイにゃ」


 後半の言葉は唇の動きが見えなかったものの、はっきりと聞こえた。

 独り言のつもりなのだろうか?


「でも、アタシにも条件があるにゃ。アタシは安い女じゃないからにゃ。

 まずは結納金が100万ゴールド!

 それまでは全部、お預けにゃ。

 ――シッシッシ。まずはお金を貢がせるだけ貢がせるにゃ。それからすこしずつ要求をあげていって、勇者を完全にアタシの財布にしてやるのにゃ」

 

 だだ洩れのユズハの本音を聞き流しつつ、俺は無言でアイテムボックスから大金塊を2つとりだすと、机のうえに無造作に並べた。

 黄金が、さしこむ夕陽を浴びてあやしく輝き、圧倒的な存在感をはなっている。


「100万ゴールド相当の金塊だ。

 これでいいか」


 ユズハの目が金塊に釘づけとなり、ギクシャクと首をまわして俺を見る。

 なにか言おうとしてモゴモゴし、深呼吸して、ようやく声が出た。

 

「さっきのは、じょ、冗談だにゃ。勇者も人が悪いにゃ。

 わかってるにゃ。勇者だからそれくらい持ってるだろうと予想していたにゃ。結婚にはまず相手の経済力が大事だからにゃ。そうにゃ。それを確かめるための軽いジョークのつもりだったのにゃ。

 もちろん、これくらいではアタシの結納には足りないにゃ。

 アタシはお金だけでついていく安い女ではないのにゃ。

 ――あー、ビックリしたにゃ。勇者こわいにゃ。こんな大金、ポンッと出してくるにゃんて頭おかしいんじゃないかにゃ?

 あ、でも、アタシの魅力がそれだけすごいということかにゃ?

 きっとそうなのにゃ!」

 

 自分のなかで納得したらしく、ひとつ咳ばらいをして、流し目をしてくる。

 囚人服から肩をすこし出し、胸もとをひろげて、精いっぱいの色気を演出しているのがわかる。

 

「にゅふふふ。そうだにゃ。本当の結納品は『夢見るルビー』にゃ。

 夢見るルビーを持ってきてくれたら、頭のてっぺんから足の爪の先まで、アタシは勇者のものになるのにゃ」


 不敵な笑みを浮かべるユズハを見つめ、首をかしげる。

 「夢見るルビー」の名は前の世界のゲーム知識では知っているが、このグランイマジニカでははじめて聞くアイテム名である。かぐや姫のように、ユズハが婚姻を回避するために無理難題をふっかけているとしたら。

 

「それは実在するモノなのか?」


 俺が疑念を投げかけると、ユズハは鼻を鳴らして、


「もちろんにゃ。猫人ケットなら誰でも知っている、猫人ケットの至宝にゃ。

 猫人ケットの王が代々、王位の継承と共に伝えてきたという三種の神器のうちのひとつ。こぶしほどもある楕円形のルビーで、中央に猫の瞳のような光彩があって、透かし見ると相手の隠された願いが映しだされるという魔道具にゃ」


 30周もしていて、いまさら聞いたこともないアイテムが存在するのだろうか?


「それはどこにある」

「知らないにゃ。かつて栄えた猫人の王国ミャアジャムと共に砂漠に消えた、というのが通説かにゃ。砂漠の王国と猫の王様の話はそこらへんの猫人ケットの子供でも知っている有名な昔話なのにゃ。嘘だと思うなら聞いてみるといいにゃ。

 『猫の王様と虹の竪琴』と言えばわかるにゃ。

 ――シッシッシ。伝説のアイテムなんて、いくら勇者でも簡単に見つからないのにゃ。もし見つかったら見つかったで他の言いわけを考えて、ずっと据え膳のまま勇者をこき使ってやるにゃ。アタシは悪い女だからにゃ」


 あいかわらず全部聞こえているのだが。天然なのか罠なのか。

 探るような俺の視線に気づいたらしく、ユズハが能天気にウィンクを返してくる。

 どうやら天然のほうらしい、と結論づけて、俺は、やれやれ、と首を振った。


「条件はわかった。

 ユズハ・ケットシー。旅の仲間として、そして婚約者として、君をパーティーに迎えたい。夢見るルビーは必ず見つけると約束する」

「よろしくにゃ、勇者。

 ――にゅははは、チョロイにゃ。これでオシリス団のみんなを助けだせるにゃ」


 ピロリン♪ とユズハの愛憎度が上昇する音がした。 

 天然だが、悪い娘ではない。ハーレムという目標の一里塚は、婚約者が条件であることを明言してパーティーメンバーに引きいれること。ユズハの思惑がどうであれ、確実に第一歩は踏みだしたのだ。あとは地道に愛憎度を高めていくだけ。

 以上で、仲間かつ嫁候補の面接がすべて完了し、俺の長い長い1日が終わりを告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る