2-7 勇者パーティー面接 その3 魔導士

 グノスン師匠との面接が盛りあがりすぎて時間を押してしまった。

 だが、愛憎度の理解は着実に進んだ。これはやはり相手の俺に対する好感度をあらわしているらしい。ピロリン♪が上昇で、ブブー!が下降。グノスン師匠との会話ではブブー!が皆無なため、愛憎度の「憎」に振れるところまでは検証しきれなかったが、ピロリン♪が溜まると、星が増えて等級があがることは確認できた。

 愛憎度の等級がどの程度の感情をあらわしているのかはまだ解明しきれていないものの、F級はほのかな好意、E級は友情に近いもの。C級までいくとグノスン師匠との交歓のように家族同然の親密さとなるわけだが、その一歩手前のD級が恋人だろうか。愛憎度D級を示していたルルイエ・スニークスネーク大臣の「色々と教えてあげる」というお誘いに乗ってみれば実証できるかもしれないが、危険な香りもする。

 ともかくもハーレム計画にむけて重要な指針ができたことはありがたい。俺の当面の目標はピロリン♪を稼いで愛憎度の等級を高めていくことになるだろう。

 昼食のために部屋に運んでもらった鯖サンドをつまみながら、次の嫁候補の分析を進めるべく俺は冒険の書のページをめくった。


-------------------------------------------------------------------------

魔導士まどうし ネネ・ガンダウルフ

仲間のひとり。魔導士は回復魔法こそ使えないものの、その他の高度な属性魔法を使いこなす。

金属や皮革の装備は魔力錬成と相性が悪いため、必然的にローブなど軽装備に限定される。防御力は6人中最弱だが、広範囲の属性魔法をあつかえるため、消費魔力半減の「賢者の杖」を装備すれば魔力残量を気にすることなく雑魚を一掃することができる。また、一部のダンジョンに施された魔力回路のギミックを操作することができ、隠しアイテムを取得するのに役立つ。

-------------------------------------------------------------------------


 俺自身の書きこみであるが、これを読んでみてもいまいちネネ・ガンダウルフの人物像を思い出せない。

 無口で、ひたすら無口で、あと、なんだっけ?

 そう。必ずパーティーの一番後ろを歩いていて、方向転換してもやはり一番後ろにおさまるような典型的な魔法使いポジションをとる女の子だったはずだ。

 予定の時間を過ぎてもいっこうにあらわれないので、侍従に呼びに行ってもらおうと面接室の扉を開けると、


「……えーと、君がネネ・ガンダウルフ?」


 廊下にちまっと立っていた黒い三角帽子と黒ローブの少女がビクッと身を震わせ、わずかにうなずく。つばのひろい帽子を目深まぶかにかぶり、しかも、つばの部分を押しさげているので、わずかに眼もとしか見えない。

 顔を確認しようと俺が覗きこむと、少女は恥ずかしげに帽子のつばを引っぱり、さらに顔を隠してしまう。負けじとさらに姿勢を低くしてようやく目を合わせると、子犬のようにぷるぷると震えていた。

 三角帽子の下は切りそろえられた前髪に肩までのショートヘア。漆黒の髪は光沢がおびとなり、長いまつ毛でかざられた切れ長の瞳と小さな薄桃色の唇が東洋的な清澄せいちょうな美しさをたたえている。

 背丈は女性にしても小柄で、いかにも魔法使い然とした無地の黒ローブからのぞく手足は細い。胸のふくらみも控えめだ。


「……じっと見られると、恥ずかしい」

「あ、と、違う。

 いや、違わないか」


 俺は視線を胸からはずし、わざとらしく咳ばらいした。


「面接はすでに始まっている。

 君がこの危険な旅に同行するのにふさわしい力を持っているか、まずは肉体が過酷な行程に耐えられるかを観察していたのだ」

 

 真面目な顔で適当なことを言ってみる。

 すると、ネネの白い肌にほんのりと朱がさし、ぶつかることを避けていた視線を俺に向けた。おもむろに右手の人差し指をあげると、黒板に板書するように宙に白く浮かびあがる文字を電光石火の勢いで書きはじめた。

  

『ボクは他のひとより体力は劣るかもしれないけど、魔法は負けないつもりだから。

 魔法はときに物理攻撃よりも有効で、たとえば人面蛾じんめんがやジャイアントスパイダーといったムシ系の魔物は火属性に弱いから、ボクならファイアーボールで一撃で仕留められる。火炎ムカデには水属性のアクアボール、スライム系の魔物には土属性のソイルランサー、キラーバットなど飛行する魔物には風属性のエアカッター。

 知識があれば、魔王討伐の旅をより安全に進めることができる。

 ボクは必ず勇者の役に立つから』


 最後の一文字をさっそうと書ききると、ふたたび帽子のつばを下げ、視線を落とし、震える声で言った。


「……だから、ボクを選んでください」


 光る文字は宙に浮いたまま。不思議なことに、この文字は一行書ききるごとに反転し、きちんと俺の側からも読めるようになっている。

 これも魔法だろうか。

 不思議な気持ちで見つめていると、文字は風に吹き散らされるように光の粒子となって消えた。この現象にどうコメントをつければ、ピロリン♪なのかを考えながら、しかし結局、あたりさわりなく、


「では、座ってもらおうか。

 まずは、勇者パーティーに志願した動機を聞かせてほしい」


 俺が着席をうながすと、ネネはちまっとした動きで椅子に腰かけた。


-------------------------------------------------------------------------

『 ネネ・ガンダウルフ 』

リンカーン王立魔導院に所属する二等魔導士。

【種 族】 巨人ティターン

【クラス】 魔導士

【称 号】 王立魔導院の俊才

【レベル】 1(F級)

【愛憎度】 ☆/-/-/-/-/-/- (F級 特になんともおもってない)

【装 備】 魔導院の正会員ローブ(E級) 黒の革靴(E級)

【スキル】 短剣(F級) 槌(F級) 杖(E級)

      土魔法(F級) 水魔法(F級) 火魔法(E級) 風魔法(F級)

      薬草学(E級) 魔道具作成(E級)

      魔導の探究(F級) 魔力操作(F級)

      あがり症

-------------------------------------------------------------------------


 ん? あれ?


 種族が「巨人ティターン」になっている。

 なにかの間違いではないかと目を凝らしてみても、やはり「巨人ティターン」のまま。

 いままでの周回でもそうだったのだろうか?

 印象が薄すぎて思い出せないが、このグランイマジニカに存在する7つの種族のうち、人間ノーマ山人ドワーフ森人エルフ竜人ドラグーン猫人ケット人魚マーメイドはシナリオに登場するが、巨人ティターンだけは「冒険の書」の中にも見当たらない。

 ゴーレムの製作者として、また、数ある遺跡の設計者として説明ウインドウではなじみのある種族なのだが、いままでの周回では設定だけの存在という認識だった。


 しかし、なぜ? このちんまりとした可愛い少女が巨人ティターンなのか。


 好奇心はくすぐられるが、この話題に触れるべきかどうか。ネネの愛憎度は「F級 特になんともおもってない」である。生い立ちの話題が地雷であれば、愛憎度が一挙に「憎」に傾いて、貴重な嫁候補を失うことになりかねない。


 やはり、ここはにんの一手だろう。


 巨人ティターンのことはひとまず頭の片隅に封印することにして、面接を続行することにした。

 正面に座ったネネは目をあげると、


「……ボク、ボクはどうしても……」


 小さな声がさらに小さくなって、ついに可聴域から消失する。

 困ったように口をもごもごさせるのを見かねた俺が、


「文字で説明してもらっても構わない」


 と提案すると、ホッとしたように人差し指をかかげて、光る文字による高速板書を開始した。


『ボクには、どうしても会わなければいけない人がいるから。

 あの人が棲むのは魔物たちが巣食う迷宮の奥深く、あるいは、天空の雲の彼方。ボクが捜しに行けるところには影も欠片もなかったけど、勇者と共に旅に出れば、必ず魔王へと至る道のどこかで相対あいたいすることになる。

 あの人の好奇心が異界からきた勇者を放っておくはずがないから』


 言葉は発せず、文字だけがネネの熱い想いをつたえて光っている。

 「会わなければいけない人」という一文を見たときから俺の頭にひらめくものがあったが、あえてたずねてみた。


「その会わなければならない相手の名を聞いてもいいか」


 ネネはこくっと小さくうなずき、今度は自分の声でささやいた。


「……ザザ・フェンリル」


 続きは宙に書きつらねる。


『ボクの父、魔導院学長アッシュ・ガンダウルフを殺したかたきで、歴代最年少で魔導院の指導教授となった天才。そして、ボクの兄』

煉獄れんごくの魔人ザザ・フェンリルか」


 ネネの唇が驚きにヒュッと息を吸いこみ、切れ長の瞳がするどく俺を突き刺した。


「どこでその名を!?

 魔人に堕ちた兄さんの二つ名は魔導院の禁忌。一部の教授たちの間でしか使われない符号ふごうのはずなのに!」


 はじめて聞く大きな声とともに、ダンッと机に両手をついて身を乗りだしてくる。ネネの黒ローブの胸もとがたるみ、白磁のように滑らかな肌と綺麗な鎖骨さこつ、そしてわずかに胸の谷間がのぞいた。

 小振りだが、やはり曲線はなまめかしい。


 いや、いかんいかん。


 心のなかで頭を振り、真剣モードに自分を固定する。


「これは極秘事項だから他言無用にしてもらいたいのだが、じつは異界から召喚された『勇者』には世界のことわりをこえた特別な祝福が与えられている。

 俺が受けとったのは、このグランイマジニカを30周は旅しなければ得ることのできない広範な知識と経験、さらには貴重な装備品がつまったアイテムボックスだ」


 殺意にも似たネネの強いまなざしに疑いの色が浮かんでいる。


「信じる信じないは君に任せる。俺が言っていることが本当かどうかは、いっしょに旅をすれば自然にわかることだしな」


 煉獄れんごくの魔人ザザ・フェンリルは、パーティーにネネを加入させていることで発生するシナリオ「堕ちた王女」のラスボスである。このシナリオをたどることで、魔王マーラが王女アリシア・ペンドラゴンの変わり果てた姿であり、「魔神の心臓」を破壊することによって元に戻る可能性があることが判明するのだ。

 ちなみに、魔人ザザ・フェンリルはA級(魔王級)の魔物で、魔王マーラに匹敵する実力を持っている。にもかかわらず、難敵のザザを倒しても「賢者の杖」が手に入るだけ。カオスドラゴンの出現条件とも無関係だ。

 ドロップアイテムの確認のため3度倒したが、シナリオの経過日数が長く、無駄に広大なダンジョンの攻略も必要になるため、以降の周回ではすべて無視してきた。


煉獄れんごくの魔人ザザ・フェンリルの居場所を教えてもいい。

 だが、魔王を倒すという目的だけなら、あえてザザを相手にする必要はない。もしザザが俺の前にあらわれても、無駄な戦いを避けて、逃げるという選択肢もある」


 ネネの顔が蒼ざめる。目を大きく見開き、動揺で言葉がうまく出てこない。

 ブブー! という警告音が鳴ったので、俺の言葉に反感をおぼえたのだろう。うっすらと涙を浮かべ、小さな声をしぼりだすように、


「……ダメだよ。勇者と行くしか方法がないんだ。それしか兄さんに会うことはできない。他の方法はもう全部試したから。

 どうして意地悪なことを言うの? ボクが弱そうだから?

 でも、必ず勇者の役に立つ。誓うから。兄さんに会うためなら、どんなことでもする。だから、ボクをパーティーに選んで。

 ……お願いします」


 最後はほとんど聞きとれないか細い声で、三角帽子が机にくっつくくらい深く頭を下げ、肩を震わせている。

 俺もこんな可愛いらしい少女をいたぶる趣味はない。さっそく「真の目的」である口説きにかかる。


「パーティーメンバーに俺が求める条件は2つある」


 俺はネネに対して、セシアにしたのと同じ説明をした。

 すなわち、魔王討伐より人助けを優先すること、ゆくゆくは俺と家族となるため婚約すること。


「俺のパーティーに加入し、婚約者となるなら、ザザに会わせると約束する」


 話の途中から三角帽子のつばをぐっと引き下げ、耳まで真っ赤にして聞いていたネネが、長く考える間もなく硬い声音でこたえた。


「……勇者の婚約者になる」


 それ以上の言葉はなく、光の板書の補足説明もない。

 沈黙に耐えて十二分に待ってから、さすがに気が引けて、


「交換条件で釣っておいていまさらだが、もしも他に心に決めた相手がいるなら無理強いはしない。魔王討伐の旅が終わってから、ザザに会えるように協力してもいい」


 ネネの顔があがって、黒い瞳と目があった。

 困ったようなほほえみが可愛らしい。

 人差し指がまた宙をなぞり、光る文字が躍る。


『勇者は強引なのか優柔不断なのか、わからないね。

 でも、ボクは魔導士だから。恋人とか結婚はもう諦めているから』

「ネネくらい可愛かったら、言い寄ってくる男もいるだろ」


 俺の素朴な疑問にネネは驚いた表情を浮かべ、それから、ピロリン♪ とはにかむような笑顔をわずかにのぞかせた。


「……勇者は当たり前のことは知らないんだ」


 小さな声でつぶやくと、まるで学校の先生のように「魔導士」と「魔力」と「魔法」の関係について光の板書で教えてくれた。

 それによると、「魔導士」とは、混沌たる「魔力」を火や水などの性質に導き、世界に顕現できるよう調整する者を指すらしい。

 「魔力」とは、いまだなにものでもない純然たる力そのもので、素の状態では世界に影響を与えることはできない。

 「魔法」とは、いまだ可能性でしかない魔力を、一定の法則に従って変換し、想定どおりの結果に導くための技法。たとえば、ファイアボールは魔力に火の属性を与えることによって空中に炎の玉を生じさせ、魔力の一部を推進力に変化させることによって対象にぶつける。魔導士の仕事としては魔法の研究はもちろんだが、むしろ大部分は魔力を利用した器具「魔道具」の開発にあるらしい。

 そういえば、このリンカーン王都でも他の小さな町でも、グランイマジニカでは蛇口をひねれば水が出るし、コンロのような調理器具のボタンを押せば火が出ていた。

 いままでの周回では便利な「設定」と割り切り一顧だにしてこなかったが、ネネの熱のこもった板書によると魔導士たちのたゆまぬ努力の結果であるらしい。さらに、それら魔道具への魔力供給用として魔物が落とす魔石が常に一定の価値をもって取引されている、というのが魔石とゴールドの交換が可能な理由だそうだ。


「ネネの説明は本当にわかりやすいな。

 もっと、この世界のことを教えてくれないか」


 俺が素直な賛辞をおくると、ピロリン♪ ピロリン♪ と音が鳴って、ネネが恥ずかしげに目をふせた。

 口は閉じたままだが、指先からさらに薀蓄うんちくがあふれだす。光る文字が次から次へと宙に浮かび、面接のための小部屋がまるで満天の星空であるかのように文字で埋めつくされた。


『魔力はグランイマジニカの生活になくてはならない動力源だけど、いまだなにものでもない純然たる力というのは、不安定で危うい状態。魔力の制御に失敗すると、自然の秩序に反した「魔物」が生まれる。この現象をボクたち魔導士は「堕ちる」と呼んで恐れている』

『魔物は、魔力が暴走して生まれた存在。自然の秩序からはずれて、食物連鎖の生態系に属さず、ただ魔力を吸いとることで存続する。堕ちるのは生きものに限った話ではなく、石や水といった無生物でも起こりうる。魔力に長期間さらされた岩石が「バクハツ岩」になったり、魔力がたまった水が「スライム」になったり』

『魔導士は、魔法や魔法具を研究するという職業柄、普段から魔力を浴びつづけているから「堕ちやすい」と言われている。実際、王立魔導院でも堕ちて「魔人」となった者が過去にも出ていて、魔導士がクラスチェンジして魔人になるという俗説もそれなりの信憑性をもって流布されている。だから、魔導士は結婚相手として候補にもならない。親族から魔人が出たら、その家は断絶を余儀なくされるから。

 魔導士同士の結婚はときどきあるけど、ほとんどは独身のまま生涯を終える』


 光る文字を目で追いながら、俺はなにげなくつぶやいた。


「ふーん。俺は気にしないけどな。

 魔人になっても元に戻す方法があるかもしれないし」


 少なくとも王女アリシア・ペンドラゴンは魔人から人間に戻った。

 特殊なケースかもしれないが、不可能ではないと思う。


「……勇者は、兄さんと同じようなことを言うんだね」


 ピロピロリン♪ と音がして、ネネがさびしそうにほほえんだ。

 すこし打ち解けてきたのか声のトーンも徐々にあがってきている。


『兄さんは、魔物から魔力を取りのぞいて堕ちる前の姿に戻す方法を研究していた。魔導院のみんなは兄さんの研究に期待していたんだ。魔物を元に戻せたら、自分たちへの偏見も変わるかもしれないから。

 特に父さんは、兄さんの一番の理解者で、全力で応援していた』


 たしかに、そんな設定だった気がする。

 ザザは魔物を元に戻す方法を研究していて行き詰まり、やがて、さまざまなものを魔物に堕とす実験に手を染めていく。そして、それが父のアッシュ・ガンダウルフの知るところとなり、王立魔導院から追放された。

 追放後も各地の拠点をうつろいながら禁忌の実験を繰りかえしたザザは、最後に自らをも魔人へと堕とし、王立魔導院を強襲。父であるアッシュを殺害する。そして、王女アリシア・ペンドラゴンを堕として魔王とし、世界に破滅をもたらしたのだ。

 俺が過去の周回でザザ・フェンリルに対峙たいじし、王女アリシアを魔王にした理由を問うと、あいつは真面目な顔で「実験だ」と答えていた。

 ある意味、こいつが真のラスボスという気がするが、ザザを倒したところでゲームクリアにはならず、魔王も健在。

 本当に、最後まで何がしたいのかわからないやつだった。


「……ボクはすこしだけ、兄さんの気持ちがわかる」


 ぽつりとつぶやくと、あとは光の文字を宙に浮かべる。


『魔力は万能の力を秘めている。魔力のもつ可能性を追求していくと、この世界の当たり前の法則すら自在にねじ曲げることができるような気がしてくる。まるで神さまにでもなったみたいに。

 できることがひとつ増えると、まだできないことに目が向いて、抑えようもなく、もっと魔力のことを知りたい気持ちが大きくなっていく。善悪をこえて、どうしても知りたくなる』


 三角帽子の下のネネの美しい切れ長の目が遠くを見つめていた。

 涙がしずかに頬をつたう。指だけが舞い、光の文字が躍る。


『父さんが殺されたのに、しばらく涙も出なかった。ボクは人に愛されたり、愛したりする人間じゃないのかもしれない。頭のなかは「どうして?」でいっぱいになって、とにかく知りたかった。兄さんはなぜ、そんなことをする必要があったのか。

 知らないと、先に進めない。兄さんが憎いのかどうかもわからない。兄さんに会ったら、ボクも堕ちてしまうのかもしれない。だけど、それでも、会いたい。聞きたい。知りたい。

 勇者には悪いけど、本当のことを知るまで、先のことなんて考えられない。勇者のお嫁さんになるとか、魔人になるとか、死ぬとか。全部。

 ボクは魔力に触れすぎて、きっと、どこかおかしいんだと思う』


 ピシャッ、と両手でネネの頬をはさむ。

 力はそれほど入れていないので痛くはないはずだ。

 ネネは涙でクシャクシャの瞳を俺に向けた。


「大丈夫だ。俺がザザのところまで案内する。

 その先のことも心配するな。進む道がわからなくなったら、わかるようになるまでじっくり考えて、こうして書いて、俺に教えてくれればいい。いつまでも付きあうから」

 

 ぷにぷにした頬をむぎゅっとつぶすと、ピロリン♪ ピロリン♪ ピロリン♪ と連続して効果音が鳴った。


「魔導士ネネ・ガンダウルフ。あらためて聞く。

 俺の旅の仲間、というより婚約者になってくれないか。

 ザザに会いたいというなら連れていこう。ザザに会った後、次の願いが生まれたら、それも付きあおう。その次も、その次も。家族になって、知りたいことの答えをいっしょにさがしにいこう」


 ピロリン♪ ピロリン♪

 ネネは頬を紅潮させて、こくんとうなずいた。


「……ボクはこんなだけど、いっしょに行かせてください」


 俺はネネと握手して、どさくさにまぎれてハグしようとしたが、意外な俊敏さでかわされた。


「……そういうのはまだ恥ずかしい」


 三角帽子のつばをいじりながら目をそらす。

 俺は空を切った両腕をもてあましつつ、しかし、ネネのステータス画面の愛憎度が「E級 勇者についていく」に上昇しているのを確認して、ほっと息をついた。


-------------------------------------------------------------------------

『 ネネ・ガンダウルフ 』

リンカーン王立魔導院に所属する二等魔導士。

【種 族】 巨人ティターン

【クラス】 魔導士

【称 号】 王立魔導院の俊才

【レベル】 1(F級)

【愛憎度】 ☆/☆/-/-/-/-/- (E級 勇者についていく)

【装 備】 魔導院の正会員ローブ(E級) 黒の革靴(E級)

【スキル】 短剣(F級) 槌(F級) 杖(E級)

      土魔法(F級) 水魔法(F級) 火魔法(E級) 風魔法(F級)

      薬草学(E級) 魔道具作成(E級)

      魔導の探究(F級) 魔力操作(F級)

      あがり症

-------------------------------------------------------------------------

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る