匣カラ出タ星 第2話

 私はどこから見ても、決して格好の良い父親ではない。気の利いたことも言えない。娘の悲しみを理解しきれていない気がする、無感動な父親だ。感情よりも、理性とやらの皮を被った理屈が先に行ってしまう。


「コンビニで何か買っていこうか」

「ううん、いらない」


 いつもなら喜ぶこの提案にも乗ってこない。私は「うん」と頷いて、目的地へ向き直る。不意に街灯が点灯した――そんな時間なのだ。通り過ぎる車のヘッドライトをいつも以上に眩しく感じた。


「ん?」


 あんな建物あったっけ?


 二車線の道路をまたぐ横断歩道のある角地に、立方体の建物があった。きっちりした立方体だ。確かここは先日まで建て替えか何かの工事をしていたはず。だとすれば、新築の家という事になって、記憶にあんまりないのも納得なのだが、それにしては薄汚れているような印象がある。何より、その奇怪な程に几帳面な立方体が、あまりにも風景に溶け込みすぎていた。まるで私たちがここで暮らし始める何年も、あるいは、何十年も以前まえからそこにあったかのようだ。


「なぁ、ここって工事してたよな」

「こうじ?」


 娘もうーんと唸っていた。彼女も何かの違和感を覚えるらしい。


「こうじしたら、そのあとにはおっきなおうちができるんだよね」

「……とも限らないけど、もうちょっとキレイな建物が」

「小さいだの汚いだのとは失礼な」


 え――?


 その刃の立った声に、私と娘は思わず硬直した。二人でギギギと振り返る。


 白衣の男が立っていた。細いフレームの眼鏡をかけた、三十代半ばの痩せた男だ。白衣のポケットに両手を突っ込み、やや不機嫌な表情で私を見ていた。その時、ふと、男の後ろにある玄関フードに視線が行った。薄汚れた赤い看板が目に入る。


「うさぎや?」


 上にまだ文字があったが、玄関フード内の電気が消えかけていてよく見えない。


「そこまで省略された上に読み間違えられたのは初めてだな」

「うさぎやさん?」


 娘がおずおずと尋ねる。白衣の男は肩を竦めた。


「間違ってもペットショップじゃない」

「店なのか?」

「店だ――多分」

「おみせ?」


 男は顎をしゃくった。着いて来いということか。私は娘と顔を見合わせた。娘は興味があるようだが、「知らない人にはついていってはいけない」という教えがあるために、対応に困っている。だが、好奇心はあるようだった。


 私は数秒間考えて、娘と視線を合わせた。


「行ってみようか」

「うん」


 不安げに、だが、どこか弾んだ様子で、娘は頷いた。

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