セイゼン眼球ケーブル 第2話

 男に導かれた先はだだっ広い空間だった。一般的には居間というのだろうが、それにしては広かった。外観とはアテにならないモノだ。


「何を驚く。別に不思議ではないだろう」


 男は部屋の一番奥のソファにどっかりと腰を下ろし、足を組んだ。ものすごく偉そうな態度ではあったが、私はヘラヘラと笑うことを選択した。なんて無難なサラリーマンだ──私はまた、そう分析した。誰にプレゼンするわけでもないが、こうして何となく分析する癖がついているようだった。


「不思議ですよ、だって」

「外で見た大きさと合わない?」

「はい」


 私は頷いた。男は肩を竦めて、右の眉を上げた。


「合わなくはない」

「だって、この建物は、立方体……」

「立方体?」


 男はアハハと声を立てて笑った。しかし、目は私をじぃと見つめたままだ。


「お前は正面からしかこのはこを見てないのに、何故なにゆえ立方体だとわかったのだ」


 ハッとした。そうだ、私はこの建物を正面からしか見ていない。なのに、立方体だと思った。思い込んだ。


 男は面白そうに私を見ていた。私は肩を落として俯いた。まるで上司に叱られた時のリアクションだ──再び、私はそう分析した。誰にプレゼンするわけでもないのに。きっとこれが私の在り様なのだろう。


「錯覚だ。お前らの感覚なんてのは、ただの錯覚に過ぎない。認識に整合性を与えようとする為の、ただの辻褄合わせだ。感覚とは、説明のつかない抽象的な概念であり、抽象的でないと困るのだ。感覚とは、異常な柔軟さが必要とされる調整役なのだからな」


 はて? この男は私に何の講釈をしようというのだろう。


「他人と自分の関係、他人による認識、他人への意識、それらとて、何一つ具体的ではないし、主観を切り替えることもできない。三人称の感覚、二人称の意識といったところで、それは一人称による計算の産物に過ぎん。つまり具体的な能力に関しては、一人称以上の二人称も、ましてや三人称も存在しない。そうさな、せいぜいあるのは上か下かという程度の重力程度に微弱で明確な認識だ」


「はぁ……」


「お前はそれを知っていた。だから、お前は自分以外の主体を否定した。お前は彼らにとっては変数としてさえ存在していない。しかし、お前はそれでは何かと困るから、彼らそれぞれに変数という認識の器を用意した。しかし」


「返り値は基本的にヌル


「そうだ」


 男は頷いた。そうだ、私はプログラマか何かだった気がする。いや、それはただの趣味の領域だっただろうか。


もっとも、会社の上司やらと折り合いをつけるために、ある程度の条件分岐は備えていたようだがな」


 男は左右の指を器用に組んだ。ソファの肘掛に肘を付け、鼻の前にその指を持ってくる。メガネのレンズが鋭利に光る。


「座ったらどうだ」


 男は私の右斜め前のソファを指差した。二人がけのソファで、大きな荷物が半分を占拠している。


「其処に座ったらどうだ」


 ソファの前に出て、私はぎょっとした。これは肉だ。しかも、解体された肉だ。血や臭いは無いが、中身がすっぽりと抜き取られた、人間の身体だ。


「こ、これ……」


 歯がぶつかりあって金属的な悲鳴を上げている。


「ああ、それは中身がまだ出来てないのだ」


 解体ではなく、組み立て中だったのか。しかし、不気味な事に変わりは無い。内臓がすっぽり、そして半分がパカッと開いた頭蓋骨の中身には何も無い。骨や眼球やらはあったが、それらはまるで新品のようであって、リアリティは感じなかった。最初にゾッとしたのは、リアルな人間のシルエットを想起させられたからだ。


 私は逡巡の末、その肉の隣に腰を下ろした。ちらりと横目で見ると、眼球の裏側には数本のカラフルなケーブルが伸びており、その先には接続端子コネクタのようなものが見えた。8ピンだろうか。これはリアルな人形なのか。


 そうだよ、人間の肉だとしたら、こんな常温で放置していては数時間と待たずに腐ってしまうはずだ。


 そう思うと、ただ不気味なだけで、嫌悪感は薄れた。


「論理的な根拠を見つけた安心感か?」


 男は揶揄するように言う。


「ケーブルやら何やらで、それは人間では無いということが判然わかったつもりになって安心したか」


 私は確かに、この非常識な状況を説明し得る理由を探していた。眼球にケーブルなんて、ある筈が無いじゃないか。


「だが、それが」


 男は傍にあった四角い手鏡を投げ渡してきた。


 私はそれを危うい所で受け取り、顔を覗き込んだ。


「お前の肉だったら?」


 私は悲鳴を上げた。

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