#002-セイゼン眼球ケーブル

セイゼン眼球ケーブル 第1話

 頭がクラクラする。意識が朦朧として、まるで蒟蒻の上を歩いているようだ。着ているものは草臥くたびれて、靴もいいだけ擦り切れていた。古びただけならまだ貫禄があるとも言えようが、実際我が身を振り返ってみれば、羽織っているコートのあちこちは破れ、まるで集団暴行でも受けた後のようだ。


 ──集団暴行。


 そうだ、集団暴行だ。


 突然後ろから押さえられ、暗いところに押し込まれた。誰がやったのか、何人がやったのか、それはわからない。覚えているのは、真っ暗だったこと、気がついたらゴミの山に埋まっていた事、それだけだ。得体の知れない虫が何匹も、服の内に外にとちょろちょろとしていた。


 全身が痛い。指先は擦り切れて、まるで紙ヤスリでもかけられたかのようだった。赤黒い擦り切れは、血が乾いた痕だろうか。髪の毛もバリバリとしていて、とても見せられたものではないだろう。顔もカサカサしていて、こするとまるで消しゴムのカスのようなものがボロボロと落ちた。


 幸い、今は夜中だ。極稀に車が通り過ぎていくが、誰も私なんかには関心を払わない。私がどんな格好をしていたとしても、誰も私なんかには興味を示さないだろう。そんなものだ。


 誰かが私を見ている、なんて思うのは妄想だ。誰も私なんか見てはいない。見たとしても数秒後には彼らの中の私の姿は、極わずかな特徴しか描かれていないカオナシになっている。それは私を基にしていたとしても、私なんかではないのだ。私なんて単なるきっかけにすぎない。


 ――はて?


 私は何でそんなことを考えたのだろう。そういえば、こうなる前の私は何をしていたんだっけ。至極普通のサラリーマンだったろうか。思い出せないが、スーツらしい服装からすると、その可能性はあるだろう。


 身体が重い。関節という関節がギコギシと音を立てているようだ。油が足りない。目に痛みがあって、まるで意思とは無関係に上下運動をしているようでもあった。私は足を止め、電柱に片手をついた。息をするたびに、キィキィという妙な音が混入する。


 そう言えば、私は何処に向かって歩いているんだ。目的地でもあるというのだろうか。


 今歩いてきた道を思い出してみると、確かに私は曲がったり横断歩道を渡ったりしてきている。無意識に何処かへ向かっているのだとしか思えない。身体が勝手にそちらへ歩いていくのだ。


 ふと視線を上げると、ギリギリ二車線の道路を渡った先に、奇妙なほど正確な立方体が見えた。普通の住宅街の中にある立方体。精緻な芸術とも言える立方体だったが、周囲との関係を考えると、大層不気味でもある。──その存在の意味がわからない。


 だが、私の身体はどうやら其処を目指していた。泥酔した幼児のように危うい均衡を保ちながら、私は道路を渡りきる。立方体に食い込んでいる玄関フードが、目の前にあった。玄関フードとは、普通は建物から張り出しているものだ。ということは建築の段階から、これをひっくるめてデザインしていたのだろう。

玄関フードの扉は開いていた。その奥にドアがあり、即ち玄関に通じている。ドアの傍らには、薄汚れた真っ赤な看板らしいものが置いてあった。その赤の中に、美・味・兎・屋という物騒な四文字が黒々と踊っている。


 ビミウサギヤと読むのだろうか?


 私は一秒から一分程度、その場で考えた。


「ミミトヤだ。入れ」


 一切の兆候無しにドアが開き、白衣にメガネといった装束の男が現れた。私は驚いて尻餅をついてしまった。傍から見れば、玄関のドアに弾き出されたように見えるだろう。


「大事に扱え、壊れたら面倒だ」


「あ、はい、すみません」


 反射的に謝る私。意味もわからないのに謝っていた。これが私という人物の性格なのだろう。卑屈だ。私はまるで他人事のように、私を分析した。

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