記録3 サブ流お・も・て・な・し

ガードマンの制服に着替えたサブは、麗子たちと一緒に外に出て、止めている車の所に向かう。

天候は、先ほどまで嵐だったが、今は嘘のように回復して穏やかになっていたが、しかし、辺りは真っ暗闇になっていた。

そお、夜を迎えたのだ。

「そうか、時計を見ていなかったが、この世界は私たちが住んでいた世界と時の流れが違うようだ」

龍行が腕時計を確認すると、まだ、午後五時の夕方だが、異世界の時計は夕方の六時くらいだったのだろう。

空には一面の星空が広がっていた。

「きれい・・・・・・・・」

一瞬、麗子がうっとりと輝く星の光にうっとりとしてしまう。

芽衣子も同じように、空を見上げて「本当」とつぶやくとサブは右手を額の前に持ってきて、何光年も先から届く星の光を見てこう言った。

「北斗七星見えないかな?ここがどこかわかるかもしれないのに・・・」

「サブ君、星の光で今どこにいるのか考えようとしていたの?」

「はい、前に本で読んだことがあるんですが、大昔の旅人たちがそれで自分たちの

今いる場所から目的地までの距離や日数を調べていたみたいです」

サブが言っているのは、俗に言うスターナビゲーションと言われるもので、大航海時代の船乗たちが使っていた方法だ。

科学技術が発達した現代は、そんな星の光を遮ってしまうくらい、地球の周りを世界各国の人工衛星が飛び交い、色々な情報を空から送ってくれている。

「しかし、本で読んだだけだから、完璧に計算できるわけじゃないですが・・・」

「確かに、専門の技術を学んだ人でないと、それはわからないからね・・・」

麗子の淡々としたツッコミに、サブは苦笑するしかなかった。

夜空が輝いているとは言え、辺りにはうっそうと密林が果てしなく続いている。

芽衣子が言っていた猛獣や猛毒を持った生物がどこに潜んでいるのかわからないので、夜が明けるのを待つことにした。

麗子たちは、サブの部屋で横になりタオルケットで体を冷やさないようにして休んだ。

「ママ、起きている?」

隣で寝ている芽衣子に声をかける。

「起きているわ」

芽衣子は返答する。

「どうして、こんなことになったのかしら・・・?いまだにわからないでいるの?」

「そうね。私もわからないわ。楽しいバカンスに行くはずが、気が付けばこんなわからない異世界だもんね・・・・」

「パパもだよ。神様は残酷な人だ。せっかく、久しぶりに家族でお出かけして、夢のような時間を過ごすはずだったのに、なんで、こんなわけもわからない世界に招待したのか、本当にわからない」

龍行も二人に自分の意見、いや、思いをぶつける。

飛行機に乗れていれば、今頃は日本を発って、翌朝には目的地に到着したら、甘く心地よい香水のような香りが、青い群青の海が、まぶしい太陽が麗子たちを歓迎してくれているはずだった。

しかし、いくら口にしたところで、今は叶わないことだ。

ここには、自分たちを守ってくれるものは何もない。いつも困っている時に助けてくれる麗子の頼りになる同僚も上司もいない、芽衣子も龍行も苦労をともにしてきた有能な仲間たちもいない。

便利な情報をくれる機械も道具もない。

不安な気持ちが三人を支配していた・・・・・・・。

サブは、横にした体で三人の気持ちをただ黙って聞いていた。

異世界は朝を迎えた。

麗子たちは、起き上がるとあることに気付いた。

「あれ、サブちゃんは?」

「うん、彼はそこで寝ていたのに、どこに行ったんだ?」

龍行の隣で寝ていたサブの姿がなかった。

「どこに行ったんだろう・・・?」

自身の部屋があるのに、一人だけ逃げるみたいな真似はしないだろうし、いったい、サブはどこに行ったのだろう。

「おはようございまする」

ドアを開けて、サブが元気よく入って来た。だが、その恰好に三人は驚いた。

「サブちゃん?」

「何なの・・・・?その恰好は?」

昨日、ガードマンをしていると聞いて、私服がなかったので仕事の制服を着ていたが、今の彼の恰好はさらに180度違うかった。

時代劇の殿様の家臣がしている裃の着物を身を包み、腰には小太刀と扇子を差している。その上、頭はちょんまげになっていた。

「何それ、侍?」

すると、ゆっくりと腰を下ろして正座をし、両手を前に置いて三角形を作って頭をその中に入れてこう言った。

「姫君、おはようございまする」

麗子は、一瞬「は?」となった。

さらに、侍に扮した彼は続けて言った。

「それがし、朝餉の支度が整いましたので、皆さまの前に参上つかまつりました」

「それがしって、何なの・・・」

「あの、サブくん」

「上様、奥方様もこちらに、只今、お持ちいたしまする」

三人は、まだ彼の行動が理解出来なかった。

やがて、侍のコスをしている彼はコッペパンと缶コーヒーを並べた。

「こちら、長崎の出島より南蛮より伝来しました。パンと申すものと豆より作られしお茶❝こーしー❞でございまする。遠山様がご推奨なさる飲み物でございまする」

こーしーと言うのは、江戸時代の頃の人々の呼び方だ。時代劇や歴史特番などを見ている人なら一度は聞いたことがあるはずだ。遠山とは、桜吹雪の刺青を悪党どもに見せつけて懲らしめる。正義のヒーロー❝遠山の金さん❞遠山金四郎のことだ。

サブは昨日の三人の話を聞いて彼なりの今出来るもので、おもてなしをしようと考えてくれたのだ。

「まあ、それじゃ、お言葉に甘えて、いただきます」

「ふふ、南蛮渡来の味を朝から堪能させていただくわよ。さぶ之心」

「坂ノ守、今度、長崎奉行の遠山様によろしく伝えてくれ」

家老に扮したサブは「はは」と頭を下げた。それが、なりきっているので、おかしく三人は爆笑した。

「そう言えば、パパの言っていた長崎奉行って、遠山の金さんは北町奉行とか言う役職でしょう。長崎でもお奉行様をしていたの?」

麗子がパンを頬張りながら、龍行に尋ねた。家族の中でかなりの物知りだからだ。

「金さんのお父さんだよ。彼は子供の頃は、今で言う放蕩息子みたいなことをしていたらしい、ドラマのような熱い正義感を持った熱血漢と言うのは本当だったらしいよ」

「へえ、だから、桜吹雪の刺青なんてしていたのね」

子供の頃から、麗子は分からないことや不思議に思ったことを調べてわからないことは龍行が優しく丁寧に教えてくれた。そのおかげで、彼女は探求心と学習能力が人一倍培われて育った。

「龍行様のおっしゃる通り、遠山様は長崎でこーしーの味や庶民の娯楽などを覚え、世の中の考えや気持ちを心身に身に付けたのです。ちなみに父上様に負けず劣らずの優秀なお方で、大岡越前の守様と同じく南町奉行も務めたのです」

それは、龍行も知らなかったので、驚いた。

「へえ、詳しいな」

「ちなみに、こーしーは遠山様以外のお方では、大黒屋の光太夫さんが露西亜国とやらで飲みもうしたと瓦版に乗っておりました」

ロシアに漂着し、女帝エカチェリーナ二世と謁見した船乗り大黒屋光太夫は、漂着先で現地人の人に飲ましてもらったらしいと逸話が残っている。

元の姿になったサブは、ちょんまげのかつらを外して、タオルで頭を拭きながらこう言った。

「昔は大変だったんですね」

「何が?」

麗子の問に、彼はしみじみと言う。

「こんな暑苦しいものを被って生活していたなんて、本当に大変です」

「それ、昔流行った有名人の歌にあった。その当時は地毛よ」

そんな懐かしいことをツッコミを入れる麗子は、クスっと笑った。























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