あの世のロビーへ

 マリは近日中に死ぬことが決まって、家に死の通知と案内書が届きました。案内書にはお迎えの日時などが記されています。


 当日、家の玄関でお迎えが来るのを待ちながら家族とお別れをしました。別れを惜しみながらもマリは割と死に前向きです。


 お別れに来てくれた少しの人に「ありがとう」「飼っている青虫たちをお願いね」「来世でも私はきっと絵を描くから、見つけてね」など伝えます。


 遅れて来たお母さんには「来世もお母さんの子どもがいいな」「でも、友達でも絶対たのしいよね」「お母さんより先に死ねてよかった」と伝え、少し泣いてしまいました。


 その内に、お迎えの女の子が来ました。黒いワンピースを着ていて、顔はよく見えませんでしたが、時々自分の顔に見えました。


 マリは急に名残惜しくなって、わざとモタついて、お手洗いへ行ったりして、出発を遅らせましたが、いつまでも待ってはくれません。お見送りの人たちに手を振りながら、いつの間にか現れたエレベーターに乗って上へ昇っていきます。


 ついた場所は、死を待つ人たちが集まる施設です。大人も子どももたくさんいます。「ここにいるとだんだん頭がボーッとして、どうでもいいことばかり頭に浮かんで、終いには何も考えられなくなるわ」とお迎えの女の子から説明を受けました。


 私は今生きているみんなより先に死ぬのだから、生まれ変わるのも早くて、次はみんなより年上になるのかしら。マリはロビーで次の手続きの順番を待ちながらそんなことを考えていました。


 待っていると案内の子が来て「現世の人に最後のメッセージを送れるがどうするか」と訊かれました。先ほど頭に浮かんだ疑問。兄なら答えられるかもしれないと思い、マリは『私が先に生まれ変わって、そうすると兄さんは来世で年下になるの?それとも兄さんは今度も私の兄さんなの』と紙に書いてメッセージの作成を係の子にお願いしましたが、文の最後に“?”を入れ忘れていることに気がつきました。追加で書いてほしいと頼みましたが、それはズルイから、と断られました。


 手続きを進めていく内に、意識がだんだん、自分のものではなくなりそうな感覚がありました。聞いたとおり、次々とどうでもいいことが頭に浮かび、心も頭もどうでもいいことに持っていかれてしまうのです。そして、思い出したいことがパチパチと、シャボン玉が弾けるように消えていき、このままでは空っぽになって自分が自分では無くなってしまうような感覚にマリは恐怖を感じました。


 しっかりしないと。まだ伝えたいことがある。隙をみてメールを、送らないと。愛している、と。


 ロビーのソファで必死で意識を保ちながら頭を抱えていると、クリムトの天井画『医学』『法学』『哲学』が飾られていることに気がつきました。ですがこの絵は焼失されてしまったはずです。不思議に思いましたが「ああ、あの世だからか」とわかりました。絵も死んでしまうとここに来るのでしょう。

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