誰にも見えない恋人

 マリには恋人がいました。けれど誰もその存在を知りません。彼はマリにしか見えない、幽霊の恋人なのです。他の誰にも見えなくてもマリはしあわせでした。


彼はわがままで傲慢でしたが、細くて長い手脚をしていて、優しく、美しい人でした。しかし彼は突然「君とはあと4日間しか一緒にいられない。私は魂の修行をして、みんなに求められる魂にならないといけないようだ。君にも私の姿は見えなくなる」とマリに伝えました。マリはとても悲しくなり、泣いてしまいそうになりました。そんなマリに彼は自分のイニシャルの入った指輪を贈りました。


 最後の4日間はふたりで旅行をすることにして、外国へ行きました。そこはフランスのような町並みで、かわいいお店や家がたくさん並んでいます。彼は誰にも見えない存在になった後はここに住むそうです。


ふたりは食事もできる小さな雑貨屋で昼食をとることにしました。そのお店では、新メニューの試食会をしていたので、マリたちも参加することに。マリはアボカドヨーグルトを食べたかったのですが、他のお客さんたちに全て食べられてしまいました。


 店員さんがそんなマリに気付き、アボカドヨーグルトを追加で作って持って来てくれました。マリがお礼を言って喜んで食べていると、突然、隣に居た彼が体調を崩してしまったので急いでお会計をして宿泊先に帰って休む事にしました。「お金の代わりに」と彼に渡されたアンティークのお洒落な瓶で食事代を支払いました。


 宿泊先に着く頃には彼の体調は増々悪くなっていました。消える時間が迫っているのでしょう。「心細くてたまらない。背中をさすってほしい」と彼が言ったので、マリは背中をさすりました。


 翌朝、部屋の掃除をし、帰国の支度を始めました。受付へ向かうときに利用したエレベーターの中で知らない男の人とマリと、見えない彼の3人で記念撮影をしました。この写真は彼が魂の修行へ行く際に持って行く写真です。


 帰国したのは夕方でした。「あと、どのくらいいられるの?」マリが訊くと彼は押し黙り、マリの背後に立ちました。そして彼はマリの背中を押し、日陰に入れました。マリが振り返ると彼は夕陽の光を浴びて消え始めました。「待って……」マリが言うと、彼はマリの首にナイフを向けて言いました。「いつも一緒にいるから、待っていて。」


 「マリ、帰っていたの?」後ろから声をかけたのはマリのお父さんとお母さんです。マリの帰宅を喜んで迎える家族の様子を見て微笑みながら、彼は夕陽の光とともに消えていきました。突然泣き出したマリを、両親は不思議がりました。

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