016 なかよし3人組 <04/03(水)AM 07:26>


 はじまりの街[スパデズ]西口方面から、北の『森の端』で素材収集をはじめ、北口から真北にのびている道までやって来たところで、そのまま道なりに はじまりの街[スパデズ]北口まで歩いて帰った。

 残念ながら北の森では、宝箱なども不確定アイテムも入手出来なかった。まぁ昨日散々拾いまくったし、やはり『ランダムPOP宝箱』は『辺境』や『秘境』みたいな場所に多いものだ。『青銅の長剣』が入手出来た幸運に感謝だ。

 『イルカモネ山猫』LV5にも出会わなかった。まぁLVだけで言えば俺はLV6だから、もうそこまで恐れるほどでは…あるな。『痛み』について、まだわかっていないのだ。今後のためにもそろそろ『ダメージを受けてみなければ』ならないだろう。


 「………」とはいうものの、とにもかくにもまずは朝飯にしよう。TJOは開拓精神フロンティアスピリットを評価する。それは理解しているのだが、何故か俺は「ミスターチキン」にやって来ていた。TJOは安定と停滞とマンネリを嫌う。わかってはいるのだ。


「おっさん、ササミカツ丼」

「ササミカツ丼だな、500Gだ」

 500Gをテーブルに置くと、前回と同じ量産型おっさんが「6」と書かれた木製の番号札を渡してくる。おっさんは手元に置いてある番号札を、適当に取り上げて客に渡しているだけだ。「朝早くから揚げ物はちょっと…」なのか客は俺達だけだった。

 「………」おっさんが何番の札を渡してくるか? でその日の運勢を占う『おっさん占い』とかもアリかもしれない。そうなると「3」番は『鉄の長剣』を拾ったから『大吉』だな。


「それを持って適当に空いてる席で待っててくれ、おい、ササミカツ丼1丁」

「あいよ」

 厨房から量産型おばちゃんらしき声が聞こえる。

 今日も店の奥のゲーム時代にに座ると、ミケネコがヒザの上に跳び乗って丸まった。重ねてあるコップを1つ取り、隣の水差しで水を注いでぐっと飲む。

 う~ん、今朝の宿屋の裏の井戸水と同じ…か? 飲料水は共通のアイテム扱い? なのだろうか。しかし俺は違いの男、利き水とかは出来ない。なんか旨い、なんか美味しい、好みに合わない、美味しくない…程度の舌だ。


 そうこうしていると量産型おっさんがササミカツ丼を持ってやってきた。「6」と書かれた木製の番号札を、量産型おっさんに渡しササミカツ丼を受け取る。そしてやってきたササミカツ丼をさっそく頂く。

 陶器らしきフタを開けると、卵と揚げ物の匂いがぷ~んと漂ってくる。いい匂いだ。そう言えば昨日の夕方、干し肉を一切れ食べたきりだったか? やはり空腹では無いのだが、この匂いを嗅いではたまらない、我慢出来ずにササミカツ丼にガッついた。

 …今朝も存分にササミカツ丼を堪能し、ミスターチキン[スパデズ]店を後にする。


 別段買うべきものなども無いので、宿屋裏のミスターチキンから、まっすぐ北口に向かう途中で、クリスタルの前を通過する際さっと触れて、LVが上がっていない事を確認しつつ、そのまま北口前の広場に着いた。

 視界の右下の方へ意識を向けると<04/03(水)AM 08:21>と表示されている。時間的にも「これから探索に出よう」というプレイヤーやパーティ達で広場前は活気にあふれていた。



 今日も広場の片隅のベンチが空いていたのでそこに座り、『インベントリ』からバリ好きーを取り出す。平然を装っているつもり? のミケネコさんだが、目の前でうろうろと落ち着きが無い。袋に手を入れ掌に小盛りにして、バリ好きーをミケネコの前に差し出す。


「宝箱の発見、大儀であった」

「やった♪」

 カリカリポリポリ、カリカリポリポリ…… さっそくミケネコがバリ好きーを噛み砕いていく。うん、俺の話なんか聞いちゃいないな。


 俺は掌の上のバリ好きーを、無心に食べているミケネコを見てから『北口前の広場』に視線を移す。朝9時前とあってパーティメンバーの募集が多い。


 「………」そう言えば、これもTJOの良い所の1つでもある。

 この『広場』が『各出口前にある』おかげで、クリスタル前ではなく出口前広場で募集をする。そのため希望するパーティが探しやすいのだ。

 これがクリスタル前だったら、『バルーンラビット狩り』とか、『シマブタ狩り』とかもたくさん混ざって、「大量の募集がある割に希望するパーティが探しづらい」、「LVUPチェックの邪魔」、…という状況になっただろうが、各出口前の広場に分散している事で、『その出口方面に関連する募集』ばかりになって探しやすいのである。

 特に『大陸に向かう出発口』でもある『西口前』は、高LV者の護衛を募集していたり、6人パーティを組んで、次の街まで強行突破しよう…といった募集が目立つ。

 ちなみにクリスタル前では『商売』や『交換希望』の募集などが盛んに行われている。



「イルカモネ山猫狩り一緒に行きませんか?」

「山の洞窟行きます。LV7以上の方~@2」

「トシマ山猫行きませんか~1回遭遇したら解散です@3」


 『@〇』というのは、「あと〇人」の意味だ。TJOでは『パーティは6人まで』である。

「@」は「アットマーク」という。それでアット2→あと2→あと2人…ネトゲネットゲーム用語? なのかな。つまり『@2』というのは「今4人居るのであと2人空きがあります。どうですか?」…という事だ。


「山の洞窟行きます。回復出来る方〔※1〕お願いします」


 「………」お? これは「渡りに船」…というやつか?

 今後の予定は昨晩や今朝と同じ事をしながら、『イルカモネ山猫に攻撃されてみる』つもりだったが、はっきり言って素材収集も山猫ズとの遭遇も、もはや『ボーナス経験値が得られない』ので美味しく無い。これがTJOの初回ボーナスの罠なのだ。しょせんは『給料の前借り』なのである。先に貰っておいて、その後の、たるや。


 しかし[山の洞窟]について行けばリスクが軽減でき、新たな土地、新たな敵に遭遇する事が出来る。TJOは挑戦を、開拓を求めている。安定と停滞とマンネリは悪なのだ。しかし俺には色々と制限がある、まずは話をしてみなければならないだろう。


 ん~? 『ささやき〔※2〕』って、どうすればいいんだ? ゲーム時代は 会話前にw、wisを付けるとか、チャットコマンドで指定出来たのだが。…ええい、迷ったらやってみる。ささやく、あのプレイヤーにささやく……


(ユウコへささやき)「すみません、パーティ組めないけどいいですか? 回復は出来ます」

 お? 先ほどのプレイヤーがキョロキョロしている。通じたかな?


(ユウコからのささやき)「えっと…これでいい、の、かな? 回復してもらえれば~」

(ユウコへささやき)「回復は大丈夫だと思います。あぁベンチで猫にエサやってる者です」

 先ほどのプレイヤーが、辺りを見回してから、こちらに気付いた様だ。少し頭をさげて会釈する。


(ユウコからのささやき)「あっわかりました」

(ユウコへささやき)「それで条件なのですが、こちらは『回復をするだけ』で。ドロップは全てそちらの方で分けて下さい」

(ユウコからのささやき)「えっ! いいんですか?」

(ユウコへささやき)「こちらも回復させてもらえれば経験値が入りますし、[山の洞窟]の見学がしてみたいだけなので」

(ユウコからのささやき)「えっと、ちょっと他のメンバーの意見を聞いてみますので、待っててください」

(ユウコへささやき)「はい、決まったら また声をかけて下さい」

 先ほどのプレイヤーがどこかへ向かって歩いていった。メンバーと相談するのだろう。


 掌の上のバリ好きーが無くなってからも、俺の掌をしばらく舐めていたミケネコさんは、いつもの様に顔を前足で洗い、その前足を舐めて毛づくろいをはじめている。うん、猫っぽい。


 …しばらくするとユウコさんと、メンバーらしき2人がやってきた。

「『みならい戦士』です。よろしくお願いします」

「こちらこそお願いします。『みならい僧侶』です」

「『みならい魔法使~い』。回復よろしく~」

「……『みならい斥候』。よろしく」

 他の2人とも自己紹介を交わす。『みならい戦士』LV7、『みならい魔法使い』LV7、『みならい斥候』LV6、そして俺『みならい僧侶』LV6で、ちょうど『基本4職が揃った』かたちだ。


 TJOではこういう場合は『自分の職業』と、特殊な職の場合は簡単に『出来る事』を紹介する事が多い。最初はそうでも無いが「1000職ある」というなので、後半はしばしば「相手が”何を出来る職なのか?」…わからなくなるからだ。また俺の様に普段は『偽装』している場合もある。…まぁ本当の職も『みならい僧侶』なのだが。


 ちなみに俺達の『プレイヤー表示』はどうなってるかというと…

『LV7 ユウコ みならい戦士』、『LV7 ツカサ みならい魔法使い』、『LV6 シノブ みならい斥候』、そして俺が『マサヨシ みならい僧侶』、…という感じだ。

 3人ともおそらく『初期状態』なのだろう。



「それで言い忘れていたのですが、宝箱のアイテムは最初3個は、そちらで分けてもらって、4個目は俺で、また次の3個はそちら…という形でどうですか?

 『宝箱が計3個だと俺は無し』で、『計7個見つかると、そちらが6個で俺は1つ』になりますね…そちらに損は無いかと思いますが」


「え? いいんですか?」

「え~、なんかぁ、逆に怪し~」

「……変」

 3人の反応は色々だ。


「あくまで[山の洞窟]の見学が目的なので、基本俺は経験値を稼がせてもらえれば」

「えっと、そちらの条件をまとめると……『パーティは組まない』、『回復するだけ』、『ドロップは全ていらない』、『宝箱は4個目ごと』…」

「えぇ、勝手に『辻ヒーラー』が付いてきてる…ぐらいの感覚で」

「こちらは願ってもないですが…マドちゃん、シノちゃん、どうする?」

「ん~? まぁ損はしないし~、いいよ~」

「……いい」

 どうやら交渉は成立したようだ。視界の右下の方へ意識を向けると<04/03(水)AM 09:08>と表示されていた。



 「………」さて実の所、俺が無謀な北の森の探索を続けていたのは、『挑戦による経験値獲得』の他にも理由がある。はじまりの街[スパデズ]周辺で、『イルカモネ山猫』LV5(レアPOPの『トシマ山猫』LV8を除く)が、唯一の『アクティブモンスター』という事は、逆に言うと攻撃を仕掛けない限り、『イルカモネ山猫』以外とは戦闘にならないのだ。

 俺はパーティを組む気も、攻撃を仕掛けるつもりも無いので、その俺が「攻撃を受けてみる」には、その唯一の『アクティブモンスター』である、『イルカモネ山猫に襲いかかってきてもらう』必要があったのだ。…ただ、それで昨日は危うく死ぬところだった様なのだが。


 『トシマ山猫』LV8は、『レアPOP』で『経験値も高く』、『ドロップも割高で売れる』…ので、普通はパーティを組んだ者達に集中的に狙われていて、なんとなく森付近をうろついて、お目にかかれる様な相手では無いのだが…

 (まぁお目にかかってはないけど…どこに居たのだろう?)


 ともかく3人についていく事でリスクは分散され、初挑戦の[山の洞窟]で、モンスターとの初遭遇ボーナスも期待でき、初ダメージを食らってみる事も期待? できる。回復で経験値と治癒回数稼ぎも出来るだろう。良い事づくめだ。

 ――それにだ。俺は戦闘しないので、倒した敵のドロップの権利を主張するのも「なんだかなぁ」だし、宝箱にしても『こちらが最悪になるパターン』を示してみただけで、4つ出たら4個、つまり『1人1個ずつ』だ。それで端数の宝箱は通常ジャンケン等になるのだが、俺は面倒なのでいつもパスしていた。

 ようするに『この条件』で、俺にも損など全く無かったのである。



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LV:6(非公開)

職業:みならい僧侶(偽装公開)(みならい僧侶)

サポートペット:ミケネコ/三毛猫型(雌)

所持金:525G

武器:なし

防具:布の服

所持品:8/50 初心者用道具セット(小)、干し肉×9、バリ好きー(お得用)75%、鉄の長剣、樽(中)100%、コップ(木)、サクランボ×1、青銅の長剣



〔※1〕初期選択率が、戦士40%、魔法使い30%、斥候20%、僧侶10%と偏っているTJOにおいて、回復の出来る僧侶系の需要と供給はつりあっていない。

 「自分ではやりたくない」、だが「パーティには回復役がほしい」。普段のちょっとした回復なら、聖騎士やアイテム等でカバーできるが、難敵やダンジョン等に挑むには辛い。

 そのため僧侶系はそういった場合には『臨時の回復役』として誘われ、それなりに信用されたヒーラーは何度もお呼びがかかる。


〔※2〕TJOにおいて、ささやき、耳打ち、ウィス(WIS)、ウィスパー(whisper)とは、1対1での会話である。ただしこれは他人には聞こえない『秘密チャット』で、周囲からは何もしていないように見える。念話テレパシーを想像してみてもらえるとイメージしやすいだろう。

 ささやき、耳打ちとはいうものの『距離は無限』で、ログインしている相手ならどこに居ても会話出来る。

 ちなみにパーティチャットなども、そのメンバー内でしか聞こえない一種の秘密チャットである。こちらも距離は無限で、ログインしている相手ならどこに居ても会話出来る。秘密チャットであるので陰口にもなりかねなず、また聞こえない者には疎外感を抱かせるので、第三者が居る状態で使用する場合は、その点にも配慮した方が良い。

 補足として、これらは相手にブラックリスト(迷惑プレイヤー)登録されていると出来ない。



「ご主人さま、うはうは~?」

「いや、『ノンハーレム』らしいぞ」

「のんはーれむ~?」

「誠に遺憾であります」

「ん~? 泣いてる~?」

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