014 経験値とLV <04/02(火)PM 10:46>


 ここ はじまりの街[スパデズ]の『クリスタル周辺』には、

北側に『冒険者ギルド』、東側に『武器屋』、西側に『道具屋』、南側に『宿屋』がある。


 『道具屋』で、拾った素材の鑑定と買い物を済ませた俺は、道具屋を出て視界の右下の方へ意識を向けた。<04/02(火)PM 10:46>と表示されている。

 思った以上に時間が経ってるな。しかしそのお陰でほとんど人通りも無い。


「ミケネコ、これからクリスタル前を通って、武器屋前で止まってくれ」

「とおって?」

「あぁゆっくり走るぐらいで頼む」

「は~い」


 顔を近づけて小声でミケネコに頼むと、少し首を傾げたものの、ゆっくりと走りだした。俺はそれを早足で追いかけるフリをしながら、クリスタル前を通過する時に、サッとクリスタルに触れ、そのまま早足でミケネコを追いかけて武器屋前に向かった。


 早足でミケネコを追う俺の目の前に、システムメッセージが表示され、ファンファーレが頭に響き渡る。


《おめでとうございます!LVが上昇しました! LV1 →LV2》

《おめでとうございます!LVが上昇しました! LV2 →LV3》

《おめでとうございます!LVが上昇しました! LV3 →LV4》

《おめでとうございます!LVが上昇しました! LV4 →LV5》

《おめでとうございます!LVが上昇しました! LV5 →LV6》


 「………」ん? やけに上がったな…LV3、4ぐらいにはなるだろうと思っていたんだが、予想よりかなり高い。当然の事ながら『僧侶』への昇格条件は満たせなかったようだ。まぁ治癒100回以上とかだったはずだしな。今日は辻ヒールを数回しただけだ。ちなみにHP満タンの相手にかけてもカウントされないらしい。

 ゲーム時代に某動画サイトで「『みならい僧侶』LV1の俺が、ひたすらHP満タンのメンバーを治癒してみた」とかいう挑戦をしていて…結果、転職どころかLVも上がらなかった。満タンだと経験値すら貰えないらしい。まぁそれで経験値が貰えるなら、その『挑戦』をひたすらやってるだけで、高LVで上級職になれてしまうしな。


 武器屋前でミケネコにようやく追いついた俺は、近寄って頭と背中をオーバーにワシャワシャしてから、ミケネコを連れて南の宿屋へと歩いていった。ミケネコは少し疑問に思っているようだが、おとなしくついてきていた。その間も頭の中で、『ファンファーレ』を5回連続で鳴らされ続けており、うんざりしつつも宿屋に向かい、鳴り終わった頃にようやくついた。


 中に入り宿屋の受け付けに向かうと、


「お帰り、兄ちゃん遅かったね、忘れ物は預かっておいたよ」

 と昼間と同じ量産型おばちゃんが部屋の鍵を渡してくれた。


「あぁ、ありがとう」

 うむ、良かったな、ネイコさんの縞パン。


 心配事も無くなったので安心して、俺が借りている『トラップが解除された部屋』へと戻る。部屋内には今度こそ木製のベッドと机と椅子しか無い…無いはずだ。

 椅子に腰掛けてミケネコを机の上に呼ぶ。『インベントリ』からバリ好きーを取り出して、袋に手を入れ掌に小盛りにして、バリ好きーを机の上のミケネコの前に差し出す。


「今日は、お疲れ様」

「やった♪」

 カリポリポリポリ、カリポリポリポリ……味わうようにゆっくりと、ミケネコがバリ好きーを噛み砕いていく。


 「………」本日最期? のバリ好きーを食べるミケネコを見ながら、先ほどの大幅なLVUPについて考える。TJOでは、挑戦者魂チャレンジスピリット開拓精神フロンティアスピリットを評価する。そして停滞、安定を嫌う。

 そこで、初めての街、初めての地方、初めてのダンジョン、初めての敵等、共通して『初回のみ経験値ボーナスが入る』。それは初めてのアイテムも同様であり、本日の素材収集はそれを狙っての物であった。

 道具屋での鑑定の時に、「初回のみ鑑定する必要がある」…と言っていたが、正確には初回のみ鑑定する必要があり、それによって『新たなアイテムを知った イコール 経験を得た』…と評価され、経験値ボーナスが得られるのである。当然次回より『既知のアイテム』となるので経験値は得られない。


 カリポリポリポリ、カリポリポリポリ……


 それでは「今日まじめに『バルーンラビット』等と戦っていた人は損をしたのか!」というとそうでは無い、誰もが初回しか得られないのだ。言ってみれば『給料の前借り』をしたみたいなモノなのだ。明日俺が今日と同じ事をすると(少しは未鑑定のアイテムも見つかるだろうが)おそらく全くLVが上がらないだろう。逆に今まで全然素材収集等をしていなかった人は、今日の俺と同じ事をすれば、一気に経験値が得られるだろう。平等なのだ。

 こうしてTJOでは、新しい敵、新しい場所、新しいアイテム、未知の土地…と開拓、挑戦し続ける事で、それらの初回ボーナスが、効果を発揮し続けるようになっているわけなのだ。


 ジャリジャリとミケネコがザラザラした舌で、バリ好きーが無くなった後の、俺の掌を舐めている。しあわせそうな顔をしているので、バリ好きーはインベントリに放り込んだ。


 話がそれたが、予想以上にLVが上がった要因の一つはやはり『ブタスキノコ』だろう。1つとは言え、どちらにせよ初回鑑定ボーナスは1度きり、1つ分しか意味が無い。

 そしてこの『鑑定での初回ボーナス』はレアな物、高価な物ほど得られる経験値が多い。『珍しい物を発見した、知った イコール 大きな経験、貴重な経験』…という訳だ。高価なブタスキノコによって、かなりの経験値が得られたと考えられる…が、う~~ん。


 「”情報」、「モンスター情報」と念じてみる。おぉ出た出た。


《バルーンラビット :LV001:スパデズ周辺 :?G:通常:???:レア:???:激レア:??? 》

《シマブタ :LV002:スパデズ周辺 :?G:通常:???:レア:???:激レア:??? 》


 「………」一応帰る前に街の周辺をまわったから、遭遇(モンスターの半径10m以内に接近する)はした事になって、モンスター情報に登録されてるから、初回(遭遇)ボーナスは入ってるな。1匹も倒して無いからドロップ、G等は全て不明なままだ…


《伯爵レグホン :LV003:スパデズ周辺 :?G:通常:???:レア:???:激レア:??? 》

《イルカモネ山猫 :LV005:スパデズ周辺 :?G:通常:???:レア:???:激レア:??? 》

《トシマ山猫 :LV008:スパデズ周辺 :?G:通常:???:レア:???:激レア:??? 》



「……はぁ!?」

 突然大声をあげた俺に驚いて、ミケネコが机の上で飛び上がった。さらに毛が逆立ってしまった。不安そうにキョロキョロしている。


「あぁ、悪い…すまんすまん」

 ミケネコが落ち着くように、ゆっくりサラーッ、サラーッと背中を撫でてやる。


「ご主人さま?」

 ミケネコは「何があったの?」…とばかりに首を傾げて俺を見ている。


 「………」うん、ミケネコにも説明しておいた方が良いだろうな。


「あぁ、さっきクリスタルに触ったら…」

「いつ~?」

「ミケネコに武器屋に走ってもらった時にサッっとな」

「さっ?」

「あぁ、クリスタルはみんなの様に、ピターっと触れていなくても、一瞬触るだけでLVUPと昇格の判定は終わるんだ。道具屋へ行く時は人影があったし、鑑定前だったから帰りに触ったんだが、道具屋から宿屋だと『クリスタル前を通る必要が無い』。クリスタル前まで行って宿屋へ行くと不自然だ。そこでミケネコにまっすぐ武器屋前まで行ってもらって、追いかける途中でサッと触ったんだ」


「どーどーと、さわらないの?」

「他人の職情報はチェックする奴はチェックしている。今日『みならい戦士』だった奴が、明日は『狂戦士』になっていれば、『みならい戦士から狂戦士になれる』ってわかる。人の情報や試行錯誤を盗み見て、自分は苦労しないで望みの職業に就く…そんな奴がクリスタル前で見ている事がある」


「ずるい~」

「あぁ、だから『職偽装』のオプションがあるんだ。『みならい僧侶(偽装公開)(みならい僧侶)』ってのは、俺は『みならい僧侶』だから治癒魔法を使う。使わざるを得ないから『みならい戦士』とかに偽装しても、『辻ヒール』したりしたらすぐバレて意味が無い。でも「これから先、何に変わっていくかは教えない」…そういう事なんだ。『LV(非公開)』も「大体〇LVくらいでなれるんだな」…と、推測に利用されるから、非公開に出来るようになってる」


「ん~? わからないよ」

「悪い奴、ずるい奴対策だ」

「わかった~」

 ミケネコが納得できたのか、尻尾をウネウネさせている。少し額をコリコリしてやる。


「…まぁそれでクリスタルに触ったら、いきなりLV6に上がったんだが」

「ろく~!?」

「あぁ、ミケネコの『ブタスキノコ』のおかげでもあったんだが…」

「えへへ♪」

「どうやら『イルカモネ山猫』と『トシマ山猫』にニアミスしてたらしい」

「いるかもねやまねこ! …としまやまねこっ!!」

 名前を聞いてミケネコは一旦驚いたが、すぐに首を傾げる。


「にあみす?」

「知らない内に、俺達の10m以内に近付かれていたって事だ」

「あぶないよ!」

「そうだ」


 「………」まぁ俺達が近寄ってしまっていた可能性もあるのだが…

 ちなみに『トシマ山猫』だが…、身も蓋もなく一言で言ってしまうと、『イルカモネ山猫』のPOPだ。同じく『アクティブモンスター』で、行動パターン等もほとんど変わらないが、サイズが1.5倍程あり、2~5匹の『イルカモネ山猫』を引き連れている。群れのボス、グレートマザーという設定らしい。

 実はイルカモネ山猫1匹なら、どうにか回復しながら逃げながら、で逃げ切れる……かな? という、割とリスキーな探索をしていたのだが、トシマ山猫と、2~5匹のイルカモネ山猫では即死だったろう。

 先ほどの『モンスター情報』を見ていただければ、わかると思うが『トシマ山猫』はLV8、帰りに周辺をまわっている時に遭遇した、LV2、LV3のプレイヤーですら同じLVのモンスターに苦戦していたのだ。LV1で布の服のぼっち『みならい僧侶』の末路など見るまでも無い。


 しかしまぁそれも、ピンチを切り抜けたのであれば、全ては好転する。

TJOは挑戦者魂チャレンジスピリットを評価するのだ。

 モンスターの初遭遇ボーナスは、討伐した場合の経験値の3倍である(つまりそのまま討伐出来れば4倍になる)未知の敵、未知の強敵に遭遇して生き残る、逃げ延びるだけで、3回討伐したのと同様の経験値が得られるのである。もちろん初回遭遇のみだが。

 そしてこれはサポート職(生産職)の救済でもある。パーティで罠解除や回復をしていても、強敵との戦いでは『ダメージを与えた』という『行為』によって経験値が得られるので、前衛が倒してもサポート職では『討伐経験値』は得られず少し不公平になる。

 しかしこれなら一緒に強敵に遭遇すれば、初回だけでも3倍ボーナスが得られ、若干解消出来るというわけだ。その上あくまで「初回だけ」なので、『寄生プレイ』や『パワーレベリング』といった行為〔※1〕が難しい仕様となっている。


「つまり強敵『イルカモネ山猫』と、レア強敵『トシマ山猫』に遭遇し、逃げ延びた、生き延びた。だから『イルカモネ山猫』を3匹、『トシマ山猫』も3匹倒したのと同様の経験値が得られ、大幅なLVUPになったというわけだ。もちろん帰りに遭遇した『バルーンラビット』、『シマブタ』、『伯爵レグホン』も、3匹ずつ倒したのと同様の経験値となっている」


「ご主人さま、すご~い」

 ミケネコの瞳がキラキラしている…気がする。アゴの下をコショコショしてやった。掌に鼻の先をグリグリと押し付けてくる。うん、猫…っぽい?


「しかしまぁ…危なかったな。戦闘になってれば絶対に死んでいた」

「なんども「あぶない」って、いったんだよ?」

「すまん、トシマ山猫は想定してなかった」

「ご主人さまっ!?」


 ミケネコの俺への評価が上がったり下がったりしたみたいだったが、気にせずにLVUPボーナスのステータスを割り振る事にした。


 ユータローの件もあって怪しくなってきたので、安全性を重視して全て VIT=Vitality(体力、耐久力、他のゲームではCONなどとも呼ばれるパラメータ)に振った。

 TJOでは、VITによってHPの上昇率や防御力が変わったりする事は無く、その場で振ったVITに応じてHPが上昇するだけである。しかしHPバーは100%表示なので、いくら増えたかはよくわからない。まぁLV1からLV6になったのと、VITに全振りしたから、かなりHPは増えただろう。


「ミケネコ、明日はAM5:00に起こしてくれ」

「は~い」

 とにかく初日は生き延びた。今日のところはさっさと寝てしまおう。



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LV:6(非公開)

職業:みならい僧侶(偽装公開)(みならい僧侶)

サポートペット:ミケネコ/三毛猫型(雌)

所持金:1,014G

武器:なし

防具:布の服

所持品:6/50 初心者用道具セット(小)、干し肉×9、バリ好きー(お得用)80%、鉄の長剣、樽(中)、コップ(木)



〔※1〕

寄生プレイとは、

 本人は全く何もせずに他人に付いてまわり、経験値や、ドロップ、発見した宝箱の分け前だけ貰うという、自然界にいる寄生虫の様なプレイの事。またそのプレイヤーを寄生プレイヤーともいう。

 全員がノーダメージで1度も回復しなかった、罠や宝箱はほとんど無くほとんど活躍出来なかった…など、『結果としてあまり貢献出来ない』のは寄生プレイとは言わない。


パワーレベリングとは、

 高LVプレイヤーなどが、低LVプレイヤーに上等な装備を貸し与え、高LV補助などをかけて、低LVプレイヤーにそぐわぬ強敵を無理矢理倒させて、経験値を稼がせ、通常より早くLVを上げる行為。

 『高LVプレイヤーが、大ダメージを与え、トドメだけ低LVプレイヤーにさせる』。『低LVプレイヤーが、一撃だけ与えた後で高LVプレイヤーが殲滅する』。『パーティを組んで低LVプレイヤーを安全地帯に待機させておいて、高LVプレイヤーが稼いだ経験値の、パーティ分配だけで低LVプレイヤーを育てる』…等の様々なパターンがある。


 どちらも往々にして、LVと装備だけが立派な、知識も技術も無く、マナーもローカルルールもわからない、中身の無いプレイヤーが出来上がる事が多い。

 さらに高LVプレイヤーの一方的な自己満足に過ぎず、強制的に育てられ、プレイする楽しみ、成長させる喜び等を、全て奪われた低LV者本人にとっても不幸である事が少なくない。

 ※個人の感想です。



「LVあがりすぎ~」

「そうだな」

「らいげつには100になる?」

「いや、どんどん上がりにくくなる。序盤だけだ」

「せちがらい~」

「ん? 何かダメージを受けたな」

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