第11話

 いびつに揺れる太陽は、地平線上の空に赤い光の大翼を広げる。すべての輪郭を曖昧な朱色に濡らしては、森にさびれた涼しさを落とした。まだ夜があるというのに、世界は一日の終わりの気配を醸しだす。光陰の早さを理解してしまう刻限。毎日来るはずなのに、もう二度と会えないような……、幻想的で、儚げな、……黄昏。広くなった瞳孔に、よく沁みる。それでも、私は刮目をやめない。


 ここには、ヒーライト、レミリィ、私ことナイティス、エルフとテンタクル……そして、彼女。そう、暮色に染まる彼女の、名も知らぬ彼女の横顔を、見定めるために。


 レミリィは言った。

 オークあなたはオーパーツである、と。


 視線の先にいる彼女は決して表情豊かだとは言えない。しかし、そこには感情、生命の息が感じられる。私の足を治癒したとき、あの慈悲深い表情は人間よりも人間らしかった。


 だから……レミリィの言葉は信じるに足りない妄言でしかない。根拠を提示されなければ……。


 そんな思いも知らず、地面に伏せるレミリィは静かに口を開いた。


「人類の叡智を超えた力を持つ魔具オーパーツ。現代の我々の魔術と科学を結集させても届かない、精巧で複雑奇怪な存在。それは考古学界で最大の謎とされているわ。どこから来たのか、いつから存在しているのか、まったくの不明だった。一説には超古代文明の遺品なんて説かれることもあるわ。けど、この説には大きな欠点があった。それは、記憶解析魔法を使っても、途中で記憶が断絶されているだけということ。まるでその形のままこの世に生まれおちたように、記憶解析の追跡を逃れるの」


 彼女は懐から黒い石板を取りだす。指の第一関節ほどの厚さで、長辺は手のひらほどの短辺の二倍弱ほどの直方体の石板だ。その材質はオーパーツと見て分かる無機質な硬さを携えていた。


「これは、考古学内で【構造石】と言われている石よ。強度はありながら柔軟性に優れたシェルで囲まれていて、内には二つの大きな歯車のような、黒くて長細い巻物が並んでいるの。

 私の両親の研究により、これは記憶を保存させるものであると判明したの。私の持っているこのロッドと対になっていて、これでしか操作することができないのよ。さっきまでの【複合魔法】もこれの応用で、複数の術式の記憶を保存させることで人手も詠唱もなく、再現させていたの」


 彼女は懐から黒い石板、構造石をさらに取りだす。


「そして、ここからが本題。【構造石】のなかにはすでに記憶されているがあったの。この再現記憶のことを私は【アカシック・ヴィジョン】と呼んでいるのだけど、……私はその再現記憶を見て、思わず絶句した」


 言葉にすることもできないとんでもないモノを視た、とレミリィは真剣な眼差しでそう告げる。


「言葉で説明するより実際に見てもらったほうが早いわ」

 いいわね? と確認すると、レミリィは構造石に向けてロッドを振った。

 すると、それを合図に、眼前に人影が出現し―――


 お゙ぉおォおんお゙ぉおォおんっ出てるのぉおお たぁくしゃん出てるのぉおお。おにゃかぽこぽこぉ☆ ぽこぽこぉ……ポンッ☆って出てりゅぅううう!! そんにゃに壊れひゃうよお゛お゛お゛ぉっ ぁあああ あぉへぁあああ あぉへぇ☆


 ―――打楽器にも似たリズミカルな叫び声、淫猥を通り越した嬌声があたりに響きまわった。


 その光景に、思わず固唾を呑んで見守ってしまう。


「これは……いや、これは、…………いったいなんだ……なんなんだ! なにが起きているんだっ!」

 口の端を震わせて、私は言葉を零す。

 それは当惑の言葉であり、決して答えを求めたわけではなかったが、神妙な顔つきのレミリィは頷きながら整然と答える。


「これが『Akashic Visionアカシック・ヴィジョン』……便宜上AVエーブイと略しているわ」


 ―――えーぶい。なんという威圧だ。まるで新境地に一瞬にして引きずりこまれたような感覚だ。少なくとも私の視線はソレに惹き寄せられ離すことができない。


「今、あなたの前にあるそれが再現記憶よ。だれかの視点の記憶だと思われるわ。その人物が発している呪文についてはまだ解読できてない。けど、その彼女の周り……彼女のいる場所をよく見てちょうだい」


 その人物の強烈な光景に目を奪われていて気が付かなかったが、辺りはまるで変化していた。先ほどまで私たちは森にいた。しかし、今ここは見たことのない人工物……真っ白い部屋のなかにいたのだ。


「この人工物は石製でも木製でもない。もちろん金属でも布でもない。どう見繕っても私たちの文化レベルをはるかに超えている。……もし、あなたならこの構造石、そしてこの再現記憶が何であるか分かるのではなくて?」

「……アァ、ソレガ何ナノカ、私ハ知ッテイル」


 やっぱりそうなのね……、とレミリィは納得がいったという顔をした。


「私には昔から不思議に思ってたことがあるの。大昔にいたとされるオークという存在。今はもう伝説上のものとして語られる、その存在。でも、もし伝説でしかないなら国が討伐対象と定めるかしら? オークという存在は時折、その時代ごとに、ごく少数が目撃され、そして討伐されてきた……とするほうが自然ではないかしら? そう、……今回のこの遠征のようにね。じゃあ、そのオークはどこから生まれたのかしら? それも私の仮説なら辻褄が合う。彼らも魔具も同じく突発的に自然発生したもので、『その形のまま、この世に生まれ落ちていた』……つまり、外の世界……異世界から来ていたのだとすれば辻褄が合う―――


 ―――あなたは、……そうで、しょ―――っ?!」


 結論の言葉。

 これを言い終わらせる直前。

 ソレは風を切る音とともに、突如として起こった。


 ―――なっ?!


 なにが起こったか理解できなかった。

 ただ、目のまえのことをただありのまま言葉にするなら、『世界が断絶されていた』。そうとしか言いようがなかった。真っ二つの亀裂が入り、まるで断層のように空間が食い違って歪んでいる。非現実的な光景だった。


 一瞬―――ほんのわずかな思考の空白のあいだに、マジカルち×ぽが宙を舞った。その直後、手に鈍い痛みを感じて、何かで叩かれたことを理解した。


「見つけたぞ!!」


 その空間の断層から声とともに人影が現れた。さらにそこから一人、また一人と現れる。彼ら個人とは初対面、顔も名前も知らない。だが、覚えがあった。


 彼らは動きやすさを重視した軽装、さらに腰に小刀を携えている。その格好はあまりにもお粗末なもので、ヒュルン王国の兵士ではない。

 しかし、それは苦い記憶を彷彿とさせた。

 今回の事の始まり。私が足を骨折した原因。


 ―――遠征から宮廷に帰る道半ば、この森で、私はこいつらに突然襲われて不覚をとり、崖から落ちて―――そして。


 私はその巨躯を目を見やる。


 ―――そう、そして、彼女オークと出逢った


 ヤツらは、この山を縄張りとする盗賊だ。

 ヒュルン王国や地方でも問題になっている、国賊たち。

 昨日、私を追い詰めておきながら、オークの姿を見て逃げ出した盗賊。


 ―――あの時、彼女と出逢わなければ、私はこいつたちに辱められていただろう


 瞬間、ヤツらが現れたその理由を閃く。

 つまり、逃がしてしまった獲物ワタシを追ってきたのだ。


「絶対捕まえてやるぅ……!」


 そう口走った先頭の男は、血気盛んを通りこしむやみやたらと剣を振り回す。男の怒気は鬼気迫っていた。

 私は身構える。武器らしい武器はもうないが、相手が不作法者の盗賊ならまだ勝機はある。


 男はこちらを一瞥する。が、すぐに違う方向に剣を振り回した。そちらの方向には一人の魔術師が横たわっていた。


「許さねぇ……絶対に許さねぇ! 俺にあんな戯けた精神魔法ち×ぽぉかけやがって! あの魔術師は絶ッッッッ対に許さねえ!!!」


 剣の切っ先を向けられた魔術師、レミリィは身動きもできずにこめかみに脂汗を浮かばせる。その表情は心当たりがある様子だった。

 どうやら、盗賊とレミリィとは因縁があり、私たちには眼中にない。


 私とオークの彼女は互いに目配せしあう。どうやら彼女も同じ結論に至ったようだ。


「では…………レミリィおひんひんさまには申し訳ないが囮になってもらって、私たちはこの場を離脱する!」


 私は彼女のその大きな手を取った。

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