第10話(後編)


 彼女は己が人生を反芻していた。


 自分が生きた意味を思い出していた。

 自分が生きる理由を思い出していた。

 自分が何者なのか。

 人生で何度も問われ、自分でも問うてきた。

 その度、彼女は答えた。


 理由はたった一つだった。

 答えはたった一つだった。

 希望はたった一つ。

 彼女の魂を埋める存在。


『女騎士のためのオークマニュアル』


 ただ、それだけだった。


 生きる理由など最初から存在しなかった。

 しかし。

 だからこそ。

 彼女は決心する。


 ―――私の名は、



 ―――ヒーライト―――



 それ以上の理由は、ない。



 ◆◆◇◆◆



 目のまえの魔術師は、雄弁に語るという形で憤慨を表現していた。

「……それで、このメイスは知覚混乱魔法を行うための魔具オーパーツで、強力すぎて加減が難しいの。私は決して『おひんひんさま』ではなくてよ……勘違いしてはイヤよ?!」

 レミリィと名乗った魔術師は「ひんっひんっ!」コールのなか、聞いていないことまで弁解しはじめた。その姿は居心地が悪そうで、マントのなかはどこか忙しない。


 『レミリィ』。その名はいつかの噂で聞いたことがあった。

 どこで聞いたかは忘れたが、たしか―――「実績がある優秀な魔術師ではあるが、地位を決めかねる変態」で有名だった。


「まったく失礼しちゃうわ。………それで」


 一通り弁解を終えた彼女はこちらと向きあった。


「あなたはいったいどちら様かしら?」

「……私の名はナイティス」

「あぁ。アンタがあの……へぇ」


 レミリィは舐めるような視線を一度這わしたあと、合点がいった表情に見せる。


「そういえば救出の命が発令されているのだったかしら? けど、ごめんなさいね。今はあなたに構っている暇はないの。私の目的は、


 彼女の瞳は私の背後を捉える。私の身体からだでは隠しきれぬ、巨躯のオークかのじょ

 手のうちに折れた剣を隠しながら、私は戦闘の構えになおす。


「あら、邪魔立てするの? 急いでいるのに困ったわぁ、さすがに宮廷騎士に攻撃するのは問題になってしまうわぁ~」


 彼女はわざとらしい口調と困った素振りを見せつつ、メイスを懐に入れた。しかし次の瞬間には、口の両端を吊りあげて不気味に笑った。


「でも、。だれもが混乱していて、うまく認識できていないなら、……でしょぉ?」


 言葉を終えた転瞬―――明確な殺意に、肌全体がひりついた。

 私が動くよりもはやく、レミリィの周囲に人の頭部ほどの大きさの発光する球体が具現化される。数は五つ。すべて同様に、虹色という異様な輝きを放っている。ただの照明ひかり魔法のはずがなかった。


 彼女の手に持っている杖は、先ほどのメイスではなかった。大きさから鑑みて、バトン……だったが、いままでに見たことのない形状だった。まるで長細い石盤のようにも見えた。


 相手の手の内がわかっていない以上、下手な行動はできない。先に魔法の布陣を敷いた魔術師相手ならなおさらだ。

 ただ本音を言うならば、魔法を使われるまえに距離を詰めたかった。それが魔術師との戦闘するときの定石だ。しかし、彼女の詠唱はあまりにも刹那的で、動くことすらできなかった。


 私は細心の注意を払ってその魔法弾を観察する。

 思いのほか動きは単調で、ゆっくりと草木のあいだを縫って近付いてくる。空中に漂うような、光の軌跡をつくる。だが、全身の毛穴に刺さるような威圧感が一個一個に込められた魔力の膨大さを物語る。五匹の猛獣に狙われている気分だ。


 気を抜けばその瞬間、狩られる―――無意識にそう感じた。


 五つの魔法弾はそれぞれ右に左に分かれ、じりじりと距離を詰めてくる。少しずつ、確実に、私を囲むように。


 囲まれないようにするには後退りせざるをえなかった。


 ―――まずい


 一般的に戦闘魔術は中距離以上が間合いだとされる。魔術師相手に距離をとるのは下策でしかない。


 まだ両者攻撃ができていない膠着状態ではあったが、私はすこしずつ追い詰められていく。


 ―――まずは、あの魔法弾の正体を知りたいところだが……


 そのとき、ぱきんっと小気味よい音が足裏で鳴る。木の枝を踏んだのだ。


 ―――これだ!


 私は爪先を蹴りあげる。土埃を巻きあげ、小枝は魔法弾めがけて飛んだ。

 対して、魔法弾はまっすぐこちらに向かってきた。枝は光に呑みこまれて、音もなく蒸発した。


 ―――なっ?!


 私は咄嗟にその発光体の軌道から逃げる。

 魔法弾は先ほどまで私がいた場所まで行くと、一瞬だけ収縮し、より一層強い光が膨張した。


 受け身をとり、その場を確認する。


 ―――なんだ、これは?


 『穴』が、出来ていた。草木や地面を円形に抉ったような不自然な、空間の穴。その間にあったはずのものすべてが、音もなく一瞬にして消滅していた。


 レミリィは舌打ちを鳴らす。

 彼女からしてみれば、一発で仕留められず魔法の内容を教えてしまったのは痛手だろう。

 実際、蹴りあげた土埃が煙幕になって標準がズレてなければ、今の一撃でやられていた可能性があった。


「……まぁいいわ。どうかしら、私の魔法は? コレは塵一つ残さず、完全な抹消ができるわ。ふふっいつ見ても私の魔法は完璧。最高に美しいわぁ」


 レミリィは自分の魔法に感嘆のため息を震わせた。それはたしかに自画自賛が許されるほど、綺麗な消滅魔法だった。


 予見せぬ魔法に面を食らいながらも、まさかと思った。しかし、私の見識に間違いがなければ一つだけ符合する心当たりがあった。


 ―――複合魔法ミックス、だと?


 複合魔法ミックスはその名の通り、複数の魔法を同調させることで、より強力な魔法を発生させることができる技術だ。効力は絶大ではあるが、繊細な操作が要求される。失敗すれば暴発により甚大な損害がこうむることになる。手練れの魔術師でなければ使えない。その中でもレミリィの魔法は、今までに出会ったものどれより高度で強力なものだった。

 しかし、目のまえの魔法は私の知っているそれとは決定的に違う要素があった。


 首をなんども振り、私はあるはずのを探した。


 複合魔法には一つ、絶対的な制限がある。『同時詠唱』を要するのだ。つまり、複数人の魔術師がいるはずだった。それも、出来上がった魔法の威力と精度を見るに、少なくとも四人……いや、五人は補助詠唱を行っているはずだった。

 しかし。


 ―――それらしい人物はいない……?


 ひんっひんっ! とコールするもの、ゾンビのように彷徨うもの、木に登り雄叫びを上げるものなどはいた。だが、魔術師の姿はない。その人たちに紛れていたり木々に隠れていたりする可能性もあるが、五人以上の魔術師をこちらに違和も感じさせずに詠唱するのはあまりに不用心だった。

 だが同時に、よもや一人で同時詠唱しているわけがあるまい……人の口は一つしかないのだから、とも私は常識的に思った。


 ならば、遠距離支援―――とも考えた。が、複合魔法はデリケートだ。魔法弾を維持させるためには近くにいて操作しつづけなければいけない。魔術同調はそれだけ危険極まりないのだ。


 結局のところ、あの魔法弾の術式は分からないままだ。

 ただ、あの魔法を食らえば即死で、さらに彼女には躊躇いがないことは分かった。


 また魔法弾はこちらへ向かってくる。今度は囲まれぬように私はすべてにおいて一定の距離を置く。すべての位置を見逃さぬように細心の注意を払う。


 ―――?


 そこで私は一つの違和感に気付く。


 ―――四つしかない


 魔法弾が四つ浮いている。最初五つあって一つ使ったのだから当前といえば当前だ。しかし。


 ―――なぜ五つ目を補填しない?


 もともと六つ以上出さないのは複合魔法の操作が困難になるから、だと考えられる。しかし、最大五つの魔法弾の操作が可能ならば、もし私なら相手の見えないところから―――。


 そのとき突然、痺れにも似た悪寒が足先から一気に駆けあがる。悪い予感がして背後へ跳ぶ―――と、ほぼ同時だった。

 地面の粒子が発光し、消しとんだ。


 ―――っ!


 崩された足場のせいでうまく着地することはかなわない。私はたった今出来た浅めの落とし穴に身を転ばせてしまう。


 私はすかさず身を起こすが、すでに彼女の布陣が出来上がっていた。魔力の塊はこちらを監視するように囲んでいたのだった。


 逃げ場はない。動けばやられる。

 絞めあがった喉奥が、ひゅーひゅーっと冷えた摩擦音を鳴らす。まるで自分の身体の一部でなくなったようだった。


 魔法弾はすでに作られていたのだ。最初の魔法弾を消費したときには、すでに五つ目を地面の下に忍ばせて、悟られぬよう足元まで移動させていた。


 それだけ言うと、彼女は視線を目標に移す。

 元々の目標。国の討伐対象。――――オークかのじょ


「逃げろ!」


 はち切れんばかりの声で叫んだ。

 しかし、レミリィは冷徹な口調で喋る。


「お互いに動かないほうが良くてよ。私の魔法の檻にいる、そのナイティスの命が惜しければ………ね?」


 その言葉に、私はもとより彼女も動けなくなる。

 レミリィは目標のまえまで近付き、手を伸ばす。


「私のことは構わない! 逃げろ!」


 しかし、まるで私の言葉はどこにも届かなかったように、虚しく響くだけだった。


 ―――なにも、できないのかっ


 レミリィがオークに接触することを止めることは、もう。


 ―――レミリィ...オーク...?


 そのとき、頭のなかで可能性の点と点のあいだをつなぐように、火花をが散った。

 私は懐に手をかざす。まだ手はある。そのためにはまず―――。


「……レミリィ、と言ったか」


 語りかけたが反応はない。あえて、無視されていることは明白だ。


「どこかでその名を聞いたと思ったが、ようやく思い出したぞ」


 こちらもお構えなしに私は言葉を紡ぐ。


「ああ、そうだ。クコロセ女学院に在学していたころに聞いたんだ」


 ぴくりっと彼女の手が止まる。


「……それが、どうかしたのかしら? 私はアンタなんかに会ったことなくてよ」


 レミリィは冷静を装っていたが、言葉の端に動揺を感じた。


「ああそうだ。貴様とはたしかに、知らない――――だが、それで十分だ」


 私は懐に隠し持っていたモノを投げて、その名を大声で叫ぶ。


っ!!!」


 レミリィの視線が空中に投げつけられる一冊の本に向く。それはきっと、無意識と言ってもいいだろう。それが、卒業の日にやらかした拭いきれない因縁の証であることはたしかなのだから。


 注意がこちらから外れたのを見計らい、私は魔法弾の隙間に滑りこむ。

 ワンテンポ遅れ、魔法弾は発光する。しかし、そのときには私の体はそこから脱出していた。

 次弾の準備をさせるまえに、まっすぐレミリィのほうへ駆ける。


 手のひらに折れた剣を仕込み、斬りかかる。レミリィは仰け反って紙一重で避けられる。もう一歩踏み込みが足りれば、切っ先は完全に捉えられただろう。おもわず、気持ちがはやまってしまった。


「大丈夫か!」

「……アア、大丈夫ダ」


 安否を確認して、彼女が何事もなかったようで胸をなでおろす。


 ―――っ!


 そのとき。足首にズキリ……とイヤな痛みを感じた。

 おそらく、穴に落ちたときに捻っていたのだ。そして、先ほどレミリィに駆け寄ったときに悪化させてしまい、表面化したのだろう。


「……ふ、ふふ、ふふふふふふふふっ!!!」


 レミリィは自分の頬に出来た切り傷を指先で確かめ、不気味に笑っていた。


「はははははははっ……私を馬鹿にした罪は重いわよ……?」


 空中に虹色の発光体が五つ生成される。


「私は……! あの日失くしたものを取り戻す―――!」


 五つの球体が一つになり、大きな塊となる。軽く人間一人を包みきるほどの大きさで、吸いこむ磁場のような痺れが体全体を包みこんだ。


 ―――こ、これはさすがに、まずいっ!


 考えるよりもはやく、隣にいた彼女を突き飛ばす。

 巨大な魔法弾は速さこそなかった。私も逃げようとした、そのときだ。

 今の負傷した私の足はうまく動いてくれずに縺れ、その場に転んでしまう。その状態から、攻撃の範囲外へと逃げきるのは絶望的だった。


 今まで見ないように堅く閉ざしていた存在が、明確に意識される。


 ―――死。


 生物にとって唯一の、絶対的な、終焉。

 それは神に祈ったところで、どうしようもない、現実だった。


「――――」


 だれかの声が聞こえた。懐かしき学園で聞いたことがある声。

 とうとう、本物の走馬灯が聞こえた。

 目のまえに人影があった。


 逆光でよく見えなかったが、人影の大きさ的にオークのように大きくない。それだけ確認できて、私はゆっくりと目を閉じた。


 どうしようもない。あとはただ、光に包まれて消え―――


「………これは前から言おうと思っていたことだが、無いものねだりはよくないぞ。レミィ」


 今度は明確に、頭上から声が落ちてくる。その言葉は―――凛、と輝いては光の柱を創る。それは光より早く、光を裂く剣筋。いかなる魔をも断つ光の剣だった。


「この世は一期一会。失くしたものは戻らない。だが、ないものは、……そう――――


 魔弾は虹色の細かい粒子へと霧散し、剣の露になる。その中心にいる彼女はまさに、この世のものとは思えない幻想的な、女神そのものだった。


「レミィ。私はもう、迷いはしない。私はこの勝負に勝ち、オークと、そしてマジカルち×ぽおひんひんを貰いうける!」


 彼女は間違いなくヒーライトで、その顔には勝利の微笑みを浮かべていた。


「……ま、また私の前に立ちはだかりますかっ、ヒーライトぉ!」


 レミリィは声を荒げた。

 ヒーライトは風だけを残し、疾走する。レミリィのもとへまっすぐ、瞬きをする暇すらなく間合いを詰める。まさに光のような速さだった。

 おもわずレミリィは後退りになる。 

 

 ヒーライトほどの剣豪と彼女の持つ『魔を断つ剣エクスカリバー』があれば、どんな魔術師だろうが封殺されるだろう。

 が、状況は良くなったわけではなかった。彼女はヒーライトにとって敵の敵というだけで、味方になったわけではないのだ。この二人の戦いが決着すれば、再戦は免れない。そうなれば、先ほどよりも不利な状況で戦わなければいけないことになる。


「負けムードにはちょぉっと! 早いのではないかしらぁ?」


 にたり、とレミリィは顔を歪ませる。お忘れかしら? とでも言いたげなその不敵な表情。彼女は懐に手を入れる。


「―――喰らいなさい。このメイスの威力を!」


 それは勢いよくうねり上がる。まとう粘液を淫靡に光らせながら、うねうねと音を立てた。まるで生きた触手のように。


 というより、それは。


「へっ?」


 触手テンタクルそのものだった。


 素っ頓狂な声を上げたレミリィだけではなく、そこにいた全員の行動と……おそらく思考までがソレに奪われる。目を瞬かせた次の瞬間、触手はすでに彼女のマントのなかへ潜りこんでいく。レミリィは侵入を防ごうと身を屈めたが時はすでに遅く、次の時には身をよじるようにして弓反りになった。


「ちょちょっ?! 待って! 聞いてなっ! そんなとこ知らな……あ、やめ……っ! 先っぽは……! こ、こんな……ひんっ! 絶対に負けな……ひゃんっ♥」


 何が起きているのは確かだが、厚手のマントに覆われている。喘ぎ声とともに時々、魔術特有の発光が隙間から漏れる。おそらく、内側ではさらに様々なモノが漏れているだろうが、ブラックボックスだった。


「直接なんて……っ、ちょっとだれか助け、あっ………ふぅぅぅうううううううううんんっ♥♥!」


 それを見守っている全員が状況を呑みこむのに、一時いっときを有した。

 皆が生唾を呑むなか、私はつんつんっと背中を軽く突かれる。恥ずかしいことに、それに行動を起こされるまで背後を取られたことに気が付けなかった。

 そこには、耳をぴんっと立てたあのエルフの少女がいた。幼さが残るあどけない顔で少女は笑った。手には……折れた剣。そう、意匠は間違いない。今、私が握っているはずの剣だった。

 反射的に自分の手元を見る。私が握っているもの―――それは触手ショウくん……ではなく、それとよく似た形状の『杖』を持っていた。


 エルフの少女は小さめに頷く。

 そこでようやく、私は今すべきことを理解したと同時に、行動に起こした。


 ―――唸れ、メイス


 その行動にいち早く気付いたヒーライトでさえ、一歩反応が遅れる。レミリィとショウくんのまぐわいに気を取られた彼女の虚を完全についたのだった。


「しまっ……っ!」


 ヒーライトの持っていた剣が地面に転がる。それを合図に、具足が崩れ落ちるような音を立てて、彼女は膝をついた。

 知覚混乱魔法が彼女の五感を完璧に捉えたのだ。


「わた……しは……っ!」


 呻く喉のあいだから言葉を落とす。目の焦点も合っておらず、その姿は意識の最奥にある自我を保とうとしているように見えた。これだけの広範囲魔法を一点に受けてなお意識があるのは、彼女の精神力がなせる業だろう。


「まだだ……。終わってない……。……私は、ただ……真実を知りたひんひん……」

「そうよ。まだ、終わってなんか……んっ♥ ……ないんだからぁ!!」


 ヒーライトとレミリィは地に這いながらこちらににじり寄ってくる。

 彼女たちの執念が垣間見えた。が、追ってこれるような状態ではないことはたしかだった。


 私は今のうちに逃亡しようと、その大きい節くれだった手を引こうとする。

 だが、彼女は動こうとしなかった。


「逃げよう、今のうちに!」

「待ッテクレ……ナニカ言ッテイル」


 指さす方向を見ると、たしかになにかを呟いているヒーライトとレミリィの姿があった。


「……待ちなさいっ。私は、知っている……!」


 その言葉に私たちの身体からだはぴくりっと、おもわず反応した。


「さっきオークあなたに触れたときに記憶解析魔法で見たの。……あなたの記憶……いえ、


 なぜか、その言葉を聞きたくなかった。私の第六感が警告を鳴らしていた。禁忌に触れるような、そんな気がしていた。


「半端にしか見れなかったけど、……その記憶のなかでしっかりと見た」


 その不安を感じ取ってか、私が掴んでいる手を彼女は握りかえす。


……いえ、、」


 レミリィの唇はかたく強張り、最奥の言葉を紡ぐ。




「私の持つメイスと同じ存在……、なのね?」




 ばっ、と私は振りかえり、彼女を……見た。

 彼女はなにも言わず、ただ神妙な面持ちで耳を傾けていた。

 言葉は一歩遅れて、私の体を追いこし心に突き刺さる。

「……ぁ」

 私は彼女に真偽を問いただそうとした。

 だが、そこでようやく、あることに気付かされる。


 ―――だって、私は


 口の端を震わせながら、開閉を繰りかえすだけで言葉が出てこない。


 ―――私はだって、……彼女の名前すら知らない


 仏頂面な彼女の白目のない眼球に、不安げな顔をした私の姿が静かに映っていた。


 そして。

 堅く閉ざされていた彼女の口がゆっくりと開いた。


「……ソノ 杖 トマジカルち×ぽ同列ニ扱ワレルノハ、遺憾デアル」


 そんな悠長な状況でないことはとっくに分かっていた。しかし、私は手元のソレと彼女を見比べた。


 ヴィィィィン !


 そして、今一度目を瞑り。


 ―――それはたしかに同感せざるをえないっ!


 と、思ってしまった。

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