鬼の村 第三話


                 3


 夏季休暇を利用して早朝に駅で待ち合わせをし、私は木村の実家があるという村に旅立った。

 話題が豊富で話し上手な木村のおかげで長時間の旅も苦にならなかった。乗り継ぎを繰り返し、途中で買った駅弁を楽しみながら誰もいない秘境の駅に降り立ったのは午後三時過ぎだった。

 そこから公共の交通手段がないということで、村から四駆車が迎えに来ていた。

 運転手の朴訥そうな大男が深々と頭を下げるのを見て、木村の身分が相当なものなのだと内心驚いた。と同時に泥が激しくこびりつく傷まみれのジープを目の当たりにし、これから走るであろう険しい道のりに恐怖した。

 だがそれは杞憂に終わった。深い山中の狭い切通や水溜まりの多い地道を、枝葉を跳ね飛ばしながらも顔色一つ変えず走行する運転手に頼もしささえ感じるようになっていた。

 三時間後、尻の痛さに辟易した頃、夕焼け空に浮かぶ山々に囲まれた村が木々の隙間から見えた。

 小さな集落だが豊かに栄えていることが雰囲気でわかる。

「あそこが僕の家です」

 木村が指さした家はその中で一段と大きく、屋敷も蔵もそれを囲む塀もみな真っ白で、夕焼けに赤く染まっていた。

 屋敷では木村の両親と姉が迎えてくれた。誘われたとはいえ厚かましくやってきた私を木村に似た優しい笑顔でもてなしてくれる。

 笑顔は木村家だけのものかと思ったが、顔見せに訪れた村人たちもみな気持ちの良い笑顔をしていた。

 山深い田舎の人間は偏屈だとずっと思っていたが、それは私の偏見だった。


 次の日の朝、木村と一緒に村を囲む山の一つに登った。

 木村家の後方にある山で、他の山々に比べ確かに標高は低かったが、足場を探りながら道なき急斜面を進むのは結構難渋した。

 途中、苔むした大きな岩にもたれ休憩した。

「見た目よりきつい山だね」

 私は汗を拭きつつ荒い息を整えた。

「そう?」

 木村は平然としていた。持参した水筒から金属製のコップ二つにお茶を注いでいる。その一つを手渡してくれた。

「思ったより急だよ。僕もいろいろ登ったけど、こういう山は初めてだ。登山が趣味だなんて言ってた自分が恥ずかしいよ」

 そう言って、私は冷たいお茶を飲み干し、「ところでほんとに危険な動物がいないみたいだね。ていうか、他の生き物も見ないな、鳥の声もしないし、糞や足跡もまったくない。ね、動物除けのお守りってどんなの?」と訊いた。今後の登山のために自分も欲しかった。

 木村は破顔した。

「そんなものないですよ。実はこの山、動物がいないんです。鳥や虫も」

「えっ?」

「ここは我々の神の山ですから――」

 木村が言うにはこの頂上に小さな祠があり、そこに村人の信仰する『神』を祀っているらしい。そのせいか生き物はいないというのだ。

 神を祀る山は各地にあり、山自体がご神体という山もある。だがそこに生き物が存在しないなどという話は今まで聞いた事がない。

 そんなわけないだろうと内心で苦笑しつつ「すごい神様なんだね。じゃ、よそ者なんか登っちゃだめなんじゃないの?」と私は木村に訊いた。

「ほんとはね。でも――」

 木村は自分のコップに入った茶を捨てた。

 その時、背後からがさがさと音がした。

 振り向くと木立の間からつるんとした肌の赤い顏がいくつも見えた。額に二本の角と、かっと開いた口の中の上下に二本ずつの牙がある。

 鬼?? うそだろ――

 木陰から出た数人の鬼がゆっくり私のほうに向かってくる。

 とっさに逃げようとしたが足がもつれて転んだ。立ち上がろうとしても身体が言うことを聞かず立ち上がれない。

 木村の優しい笑顔が私を見下ろす。

 何をする気だ――そう訴えたいが、目がだんだんと霞んでくる。

 視界が閉ざされる瞬間、自分を見下ろす鬼たちの顔が木村の背後に見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます