くちさけ 最終話


                 *


 歩美の悲鳴に集まった野次馬が通報したのか、しばらくしてパトカーと救急車が到着した。

 血にまみれた歩美のそばに警官が駆け付けた時、彼女のそばには手を血で汚した淳平がしゃがみ込んでいた。

 淳平は歩美への傷害罪で現行犯逮捕され、その後すぐ、妻の殺害も発覚した

 淳平は殺人を自供したものの歩美の件に関しては否認した。だが、いくら見たことを説明しても誰も信じてくれなかった。

 歩美は何度も形成手術を受け、顔を元に戻そうとした。だが縫合しても傷はすぐ化膿し、どんな抗生物質を処方しても防ぐことはできず、頬が閉じることはなかった。


                 *


 一人の少年が夕暮れの路地を歩いていた。もっと早く帰るつもりでいたのだが友人の家でゲームに熱中しすぎてこんな時間になってしまった。

 最近この小学校区内で不審者情報のメールが回覧されている。学校からも母親からも注意を受けていた。

 空はまだぼんやりと明るいが周囲は薄暗くなってきている。

 少年は足を速めた。

 等間隔に並ぶ電柱の街灯が次々と点灯し始め、ブロック塀に鈍い光を落とす。

 吐き気をもよおすような臭いがどこからか漂ってきた。死んだ動物の臭い? そう思った時、数メートル先の電柱の陰に女が立っていることに気付き、心臓の鼓動が激しく高鳴った。

 一歩近づくごとに臭いが一層きつくなり、嘔吐くのを我慢しながら足早に通り過ぎる。

「ぼく」

 後ろから呼び止める女の声は首筋の産毛が逆立つほど異様な響きをしていた。

 気付かないふりをして歩を速めたが、だんだん足音が近づいてくる。

 たまらず振り返ると目の前に女が立っていた。

 少年をじっと見つめる顔が街灯の光に浮かんでいる。

「わたしきれい?」

 にっこり笑う両頬が裂け、爛れた肉から血膿が糸を引いて落ちた。

 女は呆然と立ちすくむ少年の口に両手の親指をこじ入れると左右の頬をいっきに引き裂いた。


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