くちさけ 第四話


              *


 休憩に立ち寄った道の駅は平日の朝にもかかわらず結構賑わっていた。

 歩美はトイレを済ませると花壇の前にあるベンチに座り淳平を待つ。

 売店の中では子育てを終えた年代の女性グループが笑い声をあげ楽しそうに談笑していた。

 五人いる中の一人が真っ赤なワンピースを着てマスクをつけている。店内のことなので外からははっきり見えないが、他の女性たちとは異質な感じがした。

 仕方なく付き合ってるママ友ってとこかな。

 マスクの女は談笑に加わらず、じっと外に顔を向けていた。こっちを見ている気もしたが、視線がどこを向いているのかそこまではわからない。

「お待たせ。焼き立てメロンパン売ってたから買ってきたよ。あと缶コーヒーでよかったかな」

 淳平が戻ってきて白いビニール袋を掲げた。

「ありがとう。おいしそう」

 手渡された袋からパンを取り出し、遠慮がちに離れて座る淳平に渡す。プルトップを開けて缶コーヒーも渡すと、「気配り上手だな」と淳平は感心した。

「そんなことないよ。連れてきてもらってるんだからこれぐらいしなくちゃ」

 メロンパンを頬張りながら淳平は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 気があるようなことを匂わしたつもりはないが何を言ってもそう聞こえてしまうような気がして、歩美はそれ以上何も言わず視線を逸らせコーヒーを飲んだ。

 マスクの女がまだこっちを見ている。

 他人にどう思われようと気にする理由はないのだが、男女が離れて座っていることに違和感があるのかもしれないと、不自然さを消すため歩美は淳平のほうに尻をずらして近づいた。

 それを横目で見る淳平の頬が再び緩むのに気付き、自分で泥沼に足を突っ込んでいるんだと情けなくなった。もうこうなった以上は仕方ないと歩美は覚悟を決めた。

「ふう食った、食った。さ、行こうか。ゴミ捨ててくるから先に車に戻ってて」

「わかったわ」

 袋と空き缶を持ってゴミ箱に向かう淳平の後姿を見送って、会社のロゴが入ったバンに向かっていると女性グループも駐車場にやってくるのが見えた。

 詮索するような目付きでこっちを見ているような気がするが、やましい気持ちがそう見せるのだと歩美は自意識過剰を笑った。その証拠に彼女たちはきゃあきゃあと声を上げ、次は誰が運転するのか国産の高級車の横でじゃんけんをし始めている。

 だが、マスクの女だけはじっとこちらを見つめていた。被さった前髪が影になり相変わらず視線の先はわからない。だが確実に自分を見ていると歩美は感じた。

 むかつくなあ。わたしたちがどんな関係でもあんたには関係ないでしょうに。

 頭にきて女を睨み返す。

 運転手が決まったのか、女性たちが次々と乗り込み車が動き出した。軽快な走りで駐車場を出て行く。

 だが空いたスペースにマスク女だけ取り残されていた。

「え、なんで――」

 わけが分からず呆然とする歩美のもとに、「ごめん、ごめん」と淳平が駆け足で戻ってきた。

「ね、なんかおかしいのよ。あの人、みんなに置いてかれたみたい――」

 歩美が指すひとさし指につられて淳平が顔を向ける。その先にはマスクをした赤いワンピースの女が立っていた。

「あっあれは――」

 その女が勢いよくマスクを引き剥がした。耳のあたりまで裂けた口がぱかっと開き、血にまみれた歯列と真っ赤な舌が見える。

 歩美より先に淳平が情けない悲鳴を上げ、それに重なるように歩美も悲鳴を上げた。

 それが合図のように女がこっちに向かって走ってくる。

 逃げる淳平に手をつかまれ、歩美も一緒に走り出した。

「生きてたんだ――生きてたんだ――」

 うわ言のように呟く淳平に、「どういうことっ、ねっ、あれ何っ」と歩美は追いかけてくる女を振り返った。

 徐々に距離を詰めてくる女の開いたままの口から血とよだれが糸を引いていた。見開いた目は歩美を捉えて離さない。

 背筋が怖気立ち足元がもつれ歩美は転んでしまった。繋いだ手が離れる。

 そこに女が追いついた。

 淳平は固まったかのように突っ立ったままだ。

 女がゆっくり近づいてくる。

「わたしのかお、きれい?」

 裂けた口で何を言っているのかわからなかったが歩美にはそう聞こえた。首を横に振り、すぐ思い直して縦に振り直す。

 歩美の上に女が馬乗りになった。

「おまえもきれいにしてやるよっ」

 そう言うなり歩美の口に両手の親指をこじ入れ口角をつかんで左右に引き裂いた。

 絶叫が自分の耳をつんざく。

 激痛に意識が遠のく中、震えながら地面にくずおれる淳平が見えた。

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