スランプ
矢口晃
第1話
スランプだ。風呂敷でスイカを包めない。
こんなことになったのは、今の仕事を始めて三年以上たった私にとって初めてのことだ。
このまま風呂敷でスイカを包めない日が続いたらどうしよう。あるいはスイカどころか、菓子折すら包めなくなってしまったら、私はいったいどうすればいいというのだろうか。
これ以上、この仕事を続けることが難しくなるかもしれない。
そうなったら、私の全ての終わりだ。精神が異常を来し、錯乱し、混乱し、私が私でなくなってしまうのに違いない。
ああどうしよう。異常だ。風呂敷を見るだけでも指先が震えて来る。唾が干上がり、口の中がからからに乾燥する。
仕方がない。そうなる前に、全てを上司に打ち明けよう。そして、私をこの仕事から外してもらおう。
「主任、少しお話があります」
「ん? 何かね」
「お願いします。私を――私を、この部署から外して下さい」
「え? 君はいったい何を言っているのだね」
「主任、どうしてもだめなんです。私は、この部署で仕事を続けていく勇気がありません」
「何があったのだね? 突然ギフトコーナーから外れたいだなんて」
「……主任。実は、おかしいんです。突然、本当に突然スランプになって、できなくなってしまったんです」
「できないとは?」
「風呂敷で、スイカを包めないんです」
しばらく黙って私を見ていた主任が、静かに口を開いて言った。
「バカだね、君は。今さら何をいっているんだね」
「でも……」
「今は何月だと思っているのだね? もう九月も終わりだぞ。あと少しすれば、スイカなんてギフトにならなくなるじゃないか。そうすれば来年の五月か六月までは、また君は元の通り仕事ができるのだろう?」
そうか。私は勘違いをしていた。
もう秋なのだ。スイカなんて、もうじきなくなるのだ。
ほっとした私は、主任の腕を強く両手で掴みながら言った。
「ですよね? もう、終わるんですよね? よかった」
「わかったら、早く業務に戻りなさい」
「ありがとうございました」
私はぺこりと頭を下げてギフトコーナーのカウンターに戻った。そして得意の菓子折を、贈呈用の和紙の中に包み始めた。
その矢先。私は再び主任を捕まえて激しくこう言い放った。
「主任! やっぱり私をこの仕事から外して下さい! だってもし来年の六月になってもこのスランプが終わっていなかったら、私はいったいどうすればいいというのですか?」
スランプ 矢口晃 @yaguti
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