幕間 丁旿の旅路
幕間 益州
新鮮で、悪かねェ景色じゃ、あった。っが、どっか閉じ込められてるみてェな気持ちにもならざるを得ねェ。
漢中から関中に出る道ァ、どれもせせこましい。しかもだいぶん険しいんだそうだ。よくもまァ、そんなとこを
漢中からァ別の隊商に潜り込んで、益州に向かった。えっちらおっちら剣呑な道のりを越えりゃ、いきなりぼかっと眺めが開ける。つい何日か前に漢中盆地を抜けた身としちゃ、きょとんとしたね。同じ盆地のはずだってェのに、こっちゃまるでふちが見えねェ。そりゃ手前ェらの横にゃそびえてたが、そいつにしたって果てなんざ見えたもんでもねェ。
全く見慣れねェ土地を巡れるなんて、ちょっとしたご褒美じゃ、ある。行く先々の食いもんやら酒ァ、その地その地ならではって感じもするしな。
ちなみにだが、
益州の都ァ、
北東から入ってきた己がそこに向かうんにゃ、四つのでけェ川を渡る必要がある。全く、山々が天然の城壁、川が天然の堀と来た。どんだけ固てェ守りなんだって感じだ。
それぞれの川の渡しで、隊商の長ァあれこれ難儀してた。ってェのも、
「王さまの凄さは、関所に出るもんだ」
長どのがそう吐き捨ててたのが、ちィと面白かったかな。
成都に近づきゃ近づくほど、だんだん雰囲気が物々しくなってきやがる。そりゃそうだ、譙縦にしてみりゃ、いつ外から攻め立てられっか気が気じゃねえェはずだ。いちおうヤオ・ホンを主に仰いじゃいるが、この乱世、いつ切られるかも分かったもんじゃねェ。それにヤオとやりあってやがる勢力、テュッファとも接してる。のんべんだらりとしてりゃ、即、食われちまいかねねェ。
己が潜り込ましてもらったんも、譙縦が辺りから軍備だ兵糧だをかき集めてやがったおかげだったりする。外から手あたり次第にものを取り寄せようなんぞするから、隊商が抱える物資なんかも割と無茶苦茶な量だったりする。そういった荷物の上げ下ろしを手伝うって言ったら、喜んで同行を許してもらえた、ってわけだ。
上げ下ろしのぶんで、むしろ駄賃までもらえたとこで、己ァ隊商と別れた。そっから成都をぶらぶらする。それなりに人の行き来もあるし、雑踏もある。っが、どうにも息苦しさァ否めねェ。町の奴らも、こっから戦争、戦争になるんなァいやでも感づくんだろう。血気盛んな親玉の下で暮らす奴らァ、つれェもんだ。
――っが。
「おい、そこな白髪」
「ンぁ?」
いきなり後ろから呼び止められたかと思いきや、両脇から押さえつけられる。
「っちょ、何なんだいきなり!?」
「不審な者がいる、との通報があった。一緒に来てもらおうか」
おいおい、って思ったね。
ったく、風来坊ァ風来坊でつれェもんらしい。
「怪しい白髪の男がウロウロしているとは聞いたが、まさか貴様とはな」
「はァ、こりゃどうも」
ふん縛られた己の前に突っ立つんなァ、もはや奇縁としか言いようがねェ。
ふん、と鼻息ひとつ。
「縛めを解かれよ」
「か、桓謙殿、よろしいのですか?」
「構わぬ、旧知にござれば」
「そんな仲良かねェけどな」
睨まれたんで、あさってのほうを向く。
「相変わらず、人を苛立たせる。それで? どうして貴様が益州くんだりにおるのだ」
「そりゃこっちのセリフだ。しかもまるで将軍様じゃねェか」
「当たり前だ、将軍なのだからな」
「あ?」
見りゃ、桓謙が身にまとう甲冑ァ、あからさまに
「そういや言われてたっけな、譙縦とヤオ・チャンがつながったってよ」
「先帝を軽々しく名で呼ぶな、痴れ者が」
「へいへい」
言葉ほどに、怒ってるふうでもねェ。
はっきりしたこたァあった。
じゃあ、どこに消えたか?
つまるとこ、逃げ込んでたらしい。ヤオ・チャン……いやさ、もうあいつァ死んでんだ、だからその息子、ヤオ・ホンの元に。そっから譙縦を助けるため、益州に遣わされた。
桓謙ァ、
荊州への、お礼参り。
「貴様の無礼に応じたのだ。いい加減に答えろ。何を考え、ここにいる」
「あ?」
さて、どうしたもんか。
その頃
ともあれ己ァ、立ち直った穆之からのセリフを桓謙に伝える。
「破門されちまったんだよ。おかげでどこぞに帰るあてもねェうちに、気付きゃこんなとこだ」
「は?」
それまでのしかつめらしい顔もなんのその。桓謙の野郎、随分と間の抜けた面になりやがった。
そっからひと呼吸ののち、爆笑。
あーくそ、腹立たしいったらねェ。
「――いや、何なのだ貴様! 警戒したぶん、まるまる損ではないか! あまり人を笑わせるな!」
「や、そんなつもりゃねェよ」
「ともかく!」
そいつァ、手前ェ自身をなんとか堪えさそうってつもりもあったんだろう。なんとかいかちィ顔つきを取り戻そうとして、っが、口もとがひくつくんなァ止めようがねェ。
「
そこまでを言い切ると、もう桓謙のツラから緩んだとこァ消え失せ、代わりに怒り、憎しみ、みてェなんが現れた。
拱手する。
「あえて、こう呼ばせていただきたい。
それっぽい言葉を連ねちゃいたが、桓謙の野郎が言ってきたんなァ、こいつだけだ。
殺してェから、手伝え。
――だからこそ、拱手を返す。
「やれんだな?」
「何?」
演技でも、何でもねェだろう。桓謙にしたってそう返されるたァ思ってもみなかったはずだ。
だから己ァ、なんとか苛立ったフリをする。わざとらしくなんねェようにとか、むつかしいことこの上ねェ。
「とぼけんじゃねェよ。手前ェとつるみゃ、殺せんだろ? 寄奴の野郎も、
――や、先生。
わかってるだろ、わかってくれてるよな?
何もかも、桓謙に取り入るための芝居だぜ?
先生だって、重々ご存知だろ?
穆之の野郎、そのへんのたばかりがクッソ得意だってこともよ。
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