06-09 山陰建義
「この
次いで、隣の
「
何無忌も、一息で飲み干す。
外じゃフクロウの鳴き声が聞こえる。月やら星ァ見えねェ。じり、とろうそくの光が、三人をか細く照らす。
「会稽の
「主力は船で南に逃走いたしました。おそらくは
「会稽にしちゃ願ったり叶ったりだな。腰を落ち着けて復興に当たれる」
「ただ、信徒には人夫も、職人も多く、そういった労働力もろとも逃げられた有様です。あちこちで人手不足の声が聞かれます」
孔季恭ァ浮かねェツラでいた。
今度ぁ、寄奴が孔季恭の盃に注いでやる。
「足りねえなりにやってくしかねえんだろうさ。どこもかしこもよ。己らにしたって、まるで矢銭の足りるめどがねえ」
どっかと、寄奴ァ足を放り出す。
「り、劉裕! うかつにその話を持ち出すなと――」
「存じておりますよ。劉裕殿づてに劉穆之殿の紹介を頂戴しております。
「あ、――む。なん、だと?」
何無忌が寄奴と孔季恭を代わる代わるに見る。
「あのなぁ……なんの為に孔さんちにつれてきたと思ってんだ。久々の兵卒働きで、どっかに将の頭置いてきちまったか?」
いや、どう考えてもお前の説明が足りなさすぎだよ。遠く武昌からツッコむ己に、寄奴ァうるせえ黙れって不機嫌だ。全く、いいとばっちりだ。
ふ、と孔季恭が微笑む。
「ともに練りましょう、天下を、
何無忌ァ固まると、驚きを顔に浮かべ、けどすぐに渋面を示した。ころころ忙しいやつだ。
「うむ、……まぁ、了解した。申し訳ない、孔季恭殿。正直なところ、劉裕の速さにはなかなか慣れられんのだ。この男、気付けば十手先、二十手先の話をする。すぐに俺も追いつければよいのだが」
そう言って、何無忌ァあっさり孔季恭に頭を下げた。
何無忌の目線が切れたとこで、ちらりと孔季恭ァ寄奴を見、目を薄らがせる。
寄奴の説明が足りねェことを差し引いたって、龍の目を抱えてる寄奴の振る舞いについてけんなァ、
見えてるもんが違いすぎる。昔に何があったかと、いま、何が起こってんのか。
寄奴ァ手前ェでそいつをどうこうしようたァ思わねェ。そのほとんどを、穆之と孔季恭に投げてる。その上で、持ち前の肝っ玉で、行き先を決める。
その速さに乗っかんのに、変に疑ってこられちまや台無しだ。よくわかんねェが、従う。どんだけそいつを実行できるか。その柔軟さが、何無忌にゃあ、あった。
「しかし、ならばなぜ俺はこの場に呼ばれたのだ? さては、この会稽で決起しよう、とでも?」
「いえ、私がお願いしたのです。いま、劉牢之将軍の名は地に落ちておられる。しかしながら、密かに将軍をお慕いしている者も少なくはありません。直系の
「伺うも何も……」
何無忌ァ腕組みし、考え込む。
「
「お忍びください。その先に、機があると考えます」
「機?」
返事の代わりに、孔季恭ァ地図を引っ張り出す。
「現在、桓玄の主力は
「つまり、我々がどれだけ走狗として振る舞えるかにかかる、と?」
孔季恭ァうなずいた。
そこに、寄奴が口を開く。
「桓玄んとこにゃ、もと苻堅の手下がこぞってやがる。中でも厄介なんが、
そう、馮該。先生もご存知、もと苻堅の配下将だ。桓玄が
何無忌ァ、ふっと笑った。
「なんだ、劉裕。お前のことだから、馮該は自分が倒す、くらいのことは言ってのけると思ったが?」
「サシで行けんならな。違ぇだろ? 奴の軍とまともにぶつかりゃ、どんだけの人死にが出るかわかったもんじゃねえ。死なねえやつぁ、少ねえに限る」
それから寄奴ァ、ちらっと孔季恭を見た。
ガリガリと頭を搔く。
「――ま、孔さんからの受け売りだがよ。己りゃはじめ、ここで挙兵しちまおうかって考えたんだよ。そしたらきっぱり言われたさ。悪手だ、ってよ」
「ほう」
何無忌が、孔季恭を見る。
いちど、孔季恭ァ拱手した。
「理由は、先程申し伝えたことに通じます。駆使できる兵力の差が甚だしいのです。ここを突き崩すためには、いかに我々が桓玄の懐に飛び込めるか、が求められます。そのためには、会稽では遠すぎる。むざむざ桓玄に準備する猶予を与えてしまうようなものです」
そこまでを一気に言い切ると、孔季恭ァ、いちど酒喉を濡らした。
「彼の者は父、
「――皇位簒奪か」
簒奪。
そいつァ口にするだけでもひりついちまう言葉。
いちど国内にその人ありって名を轟かせた桓温が簒奪の意図を明らかにしたが、その死によって、一族郎党ァ反逆者、くれェにゃ後ろ指さされかけた。そいつを桓温の弟、
己や寄奴ァ、
「桓玄は、
言いながら、孔季恭ァ口端を歪める。
「――無体な求めだとは思っております。目的のために、逆賊に尻尾を触れ、と申しておるのですから」
盃に酒を注ぎ、あおる。
もう一度、もう一度。
更に一杯をあおろうとした手を、寄奴と何無忌が止める。
「構わねえよ、孔さん。その絵図が、いっちゃん流す血も少ねえだろう。より、やつを惨めな思いにも晒してやれる」
孔季恭の持ってた盃を奪うと、寄奴が半分。何無忌に回すと、何無忌が残りを飲み干した。
そっから寄奴と何無忌ァ、粛々と京口周りで桓玄の走狗として働いた。
孔季恭ァ会稽まわりで、南の人士を内々に集める。
そして桓玄の手が回るより早く長江を渡り、北に抜けた
そうして寄奴たちゃ、簒奪の日が来るのを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます