06-06 朝靄
朝靄けぶる
穆之が一歩、進み出る。
「司馬休之様、
ゆっくりと頷かれる、司馬休之どの。貴公子たる威厳ァ以前にも増してお付きになられたが、にしたって目の下のくまがやべェ。
それもそうだ、
「世話を掛けたな、劉穆之どの。なに、外地に出れば、少しは休めようとも」
たァ言え、そのお言葉ァしっかりとしていらっしゃる。改めてこの方が、人の上に立つべくお育ちになってこられたんだ、ってのを感じる。
「口惜しいな」
寄奴ァ司馬休之どのに向けて、言う。
「司馬休之様の武勇伝、たっぷり聞かせてもらうつもりだったんだが」
「なに、時間はあろうさ。この国より奸臣の排除されたる暁にはな」
「楽しみにしてますわ」
それから、劉毅のほうを向く。
「のんびり回ってこいよ、その間にお前の子飼いどもも取り込んどいてやるからよ」
「それは困ったな。
まるで困ってるふうでもなく、劉毅ァしれっと返してきた。
まァ、要は何だかんだで合ってたんだよな。あいつらの馬ってやつがよ。
しばし見合うと、互いににやりと笑う。
ここで、ようやくオッサンが口を開いた。
「劉裕殿、何無忌殿の力をお借りし、北府はなんとしてでも守り抜きます。司馬休之様は、今やこの
オッサンァ思いつめた顔になってた。
そりゃそうだ、このころ
だから、その代わりにオッサンが琅邪王氏を代表して宮中に出仕することになった。
ちなみに桓玄からァ、チクと刺されたっていう。「司馬休之殿にもよろしくお伝えいただきたい」ってな。
オッサンのふるまい一つで、下手すりゃ芋づる式にありとあらゆる反桓玄の芽が釣り出されることだってありうるわけだ。その面が強張っちまうのも、無理のねェこった。
だからだろう。
司馬休之どのァオッサンに、穏やかに笑い掛ける。
「仰々しいな、王謐。ここから最も苦難の道を歩むのは卿であろう。卿こそ、息災でおれよ」
オッサンァぐっと言葉をつまらせると、深々と拱手した。
あんまり、長々と別れを惜しんでもいられねェ。小舟ン中の最年少、司馬楚之が船頭に指示を飛ばす。ぎい、と岸辺を離れる船ァ、すぐに朝もやン中に溶けていく。
「うまく、逃れられると良いのだが」
ぽつりと、何無忌が漏らした。
「なあに、ついてんのが劉毅だ。それに、聞きゃ楚之のやつもそれなりって言うじゃねえか。どうにかなんだろ、なぁ、オッサ……んっ!?」
振り向きゃ、オッサンァ涙、どこじゃねェ。よだれも、鼻水も垂れ流しになっちまってた。
「おいおい、あんたんちのガキ、
「う、っうるさい! 士大夫たるもの、別れの悲しみは大いに示すべきなのだ!」
「そういう事にしといてやるよ。なぁに、ちゃんと慰めてやっからよ、そんかし酒代はオッサン持ちな?」
「……そなた、ただ飲みたいだけであろう」
「ご名答」
にやりとする寄奴、呆れ返るオッサン。
何無忌ァ苦笑し、穆之ァため息。
四人が港をあとにする頃にゃ、朝もやァすっかり晴れ上がってた。
大将軍桓玄サマがじきじきに京口に足をお運びになるってことで、北府ァバタバタになってた。
「大将軍は活気を好まれるお方! 粗相は許されぬが、動きは鋭く、閧の声は最大で、を心がけよ! 西府に負けぬだけの武が、この北府にあることを示すのだ!」
高台で号令を掛けるんなァ、
なにぶん、元々の頭が刈り取られたあとの就任だ。北府兵が桓脩に向ける目ァ、当然剣呑なもんだった。
それが、どうだ。
桓脩の号令に、北府兵どもァ見事に従ってる。
「劉裕よ、感謝するぞ。そなたの尽力なくば、こうまで彼らが応じてはくれなんだであろう」
「従うって決めたんなぁ、あいつらですよ」
高揚した桓脩に対して、寄奴ァややそっけねェ。
二人が立ってるんなァ、数万からの北府兵がうごめくさまを見渡せる、高台の上。
寄奴の一歩後ろにゃ、
ややあって、ゆるみのあった箇所の動きが引き締められる。
「それもこれも、そなたゆえであろう。私では、このますらお達を御し切れぬ。そなたが
ムツカシイ言葉遣いにさぶいぼ立たしそうにゃなるが、言われたことそのものにゃ、悪い気ァしねェ。少なくとも桓脩の言葉にゃ北府軍と、寄奴を軽く見る気ゃねェ。
桓脩と寄奴、二人の前に、ずらっと北府兵が居並ぶ。
隊列の先頭にゃ、何無忌のツラもある。表向きにゃ、
少々何無忌を見た後、顎をしゃくる。
「劉毅の野郎をアゴで使えねえんな、ちっと癪ですが」
寄奴がそう漏らすと、桓脩ァ大笑いした。
「やつも、機を見るに敏のようだな。下手に留まりおれば、死が待つだけであったろう。もっとも、逃れたところで何ができることやら」
「どうなんでしょうね」
きっと爪牙を研いでると思いますぜ、あんたらの喉笛を、きっちり食い敗れるように。
内心で、寄奴ァ呟いた。
そいつが寄奴に与えられた、新たな肩書きだ。ついでに言や、寄奴を引き立てて下すった
大勢の兵らを前に、だが、寄奴の心ァ重く沈む。
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