06-03 猛威      

 刁逵ちょうきんちに着きざま、寄奴きどァ抜刀し、叫ぶ。

「よくもまぁ、己の庭を荒らしてくれたもんだな! この彭城ほうじょう劉裕りゅうゆう、手前らをなます切りにしてくれなきゃ、収まったもんじゃねえ!」

 剣を振り下ろしゃ、王元徳おうげんとくが左から、仲徳ちゅうとくが右から手下を引き連れ、突っ込んでく。

 数こそ多いが、所詮おたから目当てのクソ共だ。慌てて逃げようとしてすっ転び、中にゃお宝抱えたまま逃げようとしてあっさり斬り伏せられたり、そんな奴ばっかだった。

 ただ、中にゃそれなりに気合の入ったヤツもいる。蔵の屋上から寄奴に弓を射掛けようとして――孫季高そんきこうに、背中から刺し殺される。

 逃がす気ねェなあいつ、寄奴ァ内心で苦笑する。

 それは、それでいい。

 どうせここじゃ目ぼしい情報も手に入んねェだろう。それに、いまさら生き延びさせたとこで、京口けいこうの奴らの収まりもつかねェだろう。死ぬのが少し早えェか、遅せえェかだけだ。

 なんだかんだで元徳、仲徳兄弟ァ適度に逃してる。皆殺しにしちまや、「誰がそいつをやったか」が伝わんねェ。より派手にやって、名前を響かせる。そのための鎮圧だ。まかり間違っても、刁逵一家を助けるための動きってわけじゃねェ。

 蔵ン中から、一人のいかちィ野郎が出てくる。寄奴も何度か見かけたことのあるツラだ。刁逵の弟、刁弘ちょうこうだったか。

「お、おい、劉裕! 来てくれたのはいいがよ、うちの蔵から取られたもんも取り返せよ! なに放ったらかしにしてやがんだ!」

「知らねえよ。己がやってんなあ、五斗米道ごとべいどうを叩く、そんだけだ」

「って、手前……!」

 食ってかかろうとする刁弘をかわし、戻ってきた王元徳からの報告を聞く。

「民兵のうち、何名かは刁氏の資産を着服しようとしておりました」

「斬ったか?」

「無論。予め、そこの線引きは厳正に申し付けておりましたゆえ」

「ったく、ほっときゃガメようとした分なんぞよりよっぽど稼げたろうによ」

 ブチ切れ寸前の刁弘に向け、聞こえよがしにしゃべってみせる。

「ついでだ。目立つところに晒せ。指揮官のもとで働くってことの意味がわかってねえやつも、まだいるだろう」

「承知」

 拱手し、王元徳が蔵の方に戻っていく。

 そいつを見送りながら、刁弘ァ呆然と呟いた。

「……殺してんのか? 手下を?」

「戦場だぞ? 一人の乱れで五人が、五人の乱れで百人がおっ死ぬ、そういう場だ。そいつらを刈らにゃ、周りで他のやつが死ぬ」

 あっけらかんと言い放つ寄奴に、刁弘ァ二、三歩後ずさりする。ようやくどういう奴に絡んできたのかに気付いたらしい。

「もう一度言う。お前んちのもんはお前んちでどうにかしろ。その代わり、殺すのは請け負う」

 言い捨てると、寄奴ァ蔵の入り口に向かった。

 方針ァ二つだ。逃がすか、殺す。捕らえるなんて半端な手立てァ取らねェ。

 入り口んトコにゃ、次々に死体が運び出され、積み上げられていく。

 屋根の上から、孫季高がいくつかの死体を蹴り落としてきた。どちゃっと山にぶつかり、血だ肉だが散る。

「手前、季高! 散らかんだろうが、やめろそういうこと!」

 孫季高のせいで顔に血肉を浴びる羽目に陥っちまった寄奴だ。上に向けて怒鳴るが、そいつを見て孫季高ァキキッって笑うと、屋根の影に引っ込んだ。

「あの野郎、遊びやがって」

 顔を拭ったあと、それでも寄奴ァ口端が吊り上がっちまった。そういう楽しみ方ァお世辞にも褒められたもんじゃねェ、っが、狂っちまわれるよりゃマシだ。

「中は片付いたか?」

「粗方は。あとはどこかに紛れ込んでおらねば良いのですが」

「こんだけやりゃ、あとは任せても大丈夫だろ」

 言って、蔵から少し離れたとこで棒立ちなまんまの刁弘のほうを見る。

「おい、死体はこっちで片付ける! 後片付けはお前らでしろ、いいな!」

 はっと我に返った刁弘が、いまさら寄奴に食って掛かれるわけもねェ。慌てて寄奴に拱手すると、蔵ン中に入ってく。

「元徳、荷車の手配だ。あと、二、三人見繕って掃除を手伝わさしとけ。蔵のもん盗もうとしやがってた奴らでいい」

「彼の者らが性懲りもなく刁氏の資産に手を伸ばそうものなら、斬刑でよろしいですか?」

「ああ。だが、刁弘にゃ捕まえるまでを許しとけ。あいつが苛立ちまぎれに奴らを殺しゃ、今度ぁあいつが反逆者だ」

「まぁ、筋は通っておりますな」

 王元徳がくっ、くっと笑う。寄奴ァあえてしらっとしてみせる。

 と、そこに馬に乗り、息せき切ってやってくる、ぼろぼろの甲冑姿のさむれぇ。

「劉裕どの! 劉裕どのはいずこか!」

「おう、こっちだ!」

 寄奴が手を挙げると、すぐ側にまで駆け寄り、下馬する。一、二もなく膝を付き、拱手。慌てふためいた口調で、言う。

「京口府の守将、袁山松えんさんしょう将軍が五斗米道軍との交戦にて戦没いたし申した! それでも何とか崩れずに押し留めてはおるものの、このままでは崩壊は必至! どうか、将軍のご采配を仰ぎたい!」


 王仲徳に穆之ぼくしを引っ張り出させるように伝え、孫季高にゃ諸葛長民しょかつちょうみん檀道済だんどうさいを呼びに行かせる。寄奴自身ァ川港、実際に五斗米道と京口府軍がやりあってる場所に急行する。

 刁逵ンとこみたく、まだるっこしい名乗り上げなんざしねェ。どでけェ布地に劉って書かせた旗をぶち上げ、五斗米道軍の脇に突っ込んでく。

 先頭ァ、もちろん寄奴だ。調子づいた五斗米道どもの鼻っ柱をぶち折るんにゃあ、奴らの間で勝手に高まってる寄奴の名前を、実際のぶちかましで上書きしてやる必要がある。

 例の大刀ァ、いったん虞丘進に預けてある。なんでこん時ゃ、なんとか振り回せるような、ぶってェ木材を抱えた。

 五斗米道どもが寄奴と、その得物に気づいたときにゃァ、

 ひと振り。

 馬同士が激突したって、あんなひでェ音ァしねェだろう。いろんなもんが砕ける音、悲鳴、後ろからの閧の声、もろもろもろもろ。

「手前ら、故郷を食い散らかされた礼、たっぷりしてやれ!」

 言われるまでもねェ。王元徳ァ上手ェぐあいに手下どもを操り、五斗米道どもに向けて、斜めにぶち当たってく。

 寄奴が開けた風穴をひっかき、更に引き裂く。そんな感じだ。でけェ兵力ァ押せ押せん時にゃひたすらに暴力だが、いったん乱れちまや、そっから先にゃ大混乱の地獄が待ち受けやがる。

 寄奴も木材を捨て、目の前にいる五斗米道を狩る。だが、そんなんおまけのおまけだ。いったん広がった恐慌を抑え込めるやつなんざ、いるわきゃねェ。「天敵がこちらの脇腹を、まさにいま、食い破ってきた」。そのお題目こそが、五斗米道どもを突き崩してく。

 寄奴ァ潮目にあわせて、京口府軍に伝令を飛ばす。寄奴がぶっかってった、その逆をつけ、ってな。

 恐慌からいっちゃん遠いとこァ、そのぶんまだ冷静になれる余裕がある。困っちまうんだ、冷静になられちまうと。五斗米道どもァ数限りねェ。なら、その気になって押し切ってこられりゃ、寄奴らなんぞあっさり踏み潰されちまう。そいつをさせるわけにゃいかねェ。

「劉裕だ! 劉裕が来てやったぞ!」

 だからここで、はじめてあらん限りの声で名乗りを上げた。

 遼来来りょうらいらい、ってやつだな。

 三国志さんごくしの時代、合肥がっぴ曹操そうそう軍を迎え撃とうとした孫権そんけん軍が、たった一人、張遼ちょうりょうの名前にブルった。

 一人の将軍で、万を超える大軍を殺せるのか?

 こいつについちゃ、できる、って言うしかねェ。ひとァ、名前を聞いただけで死ぬ。どう足掻いても勝てるはずのねェ名前を前にすりゃ、手前ェの自負なんざ、驚くほどあっさりと崩れ去っちまう。

 確かに寄奴ァ、武力でもって五斗米道どもに突っ込んでった。っが、分かってもいた。ひとの心をへし折るのに必要なんなァ、腕力じゃねェ。「こいつに逆らっちまや、死ぬ」っつう確信だ。そう、寿春じゅしゅんの手前でムロン・チュイに来られたときに、終わった、って思っちまったみてェに。

 五斗米道んとこにこさえたヒビァ、寄奴が、王元徳らが広げてく。

 そいつが京口府軍のとこにまで届いたとき、いよいよ五斗米道どもが大崩れになってった。

 寄奴ァ容赦なく追撃の号令をかける。ここで奴らに、決定的に、その名を刻みつけてやる。そう思いながら。

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