第6章『ミーディールの帰還 6』

 反物質粒子破砕砲ホロウ・ブラスト“ピースメーカー”の砲口から炎が放たれた。

 それは戦場にいた同盟軍のDSWや戦艦を、アルトギアもろとも一瞬にして呑み込んでしまうほどの、圧倒的なまでの暴力。見る者すべてに恐怖を焼き付ける破滅の光だった。


「味方の被害状況は……!?」


 “エンデュミオン”の艦長席で戦況を見守るオミクロンは、怒りを押し殺すような低い声音で前席のブリッジクルーへと投げかけた。

 すると、通信士席に座るクルーが深刻そうな表情でそれに応える。


「て、敵艦隊からの長距離砲撃により、中央に展開していた味方主力部隊の約半数が消滅ッス……!」

「光学映像、出ます!」


 モニターが切り替わり、白い花弁のような装甲で覆われた戦略兵器級の巨大な砲台が映し出される。オミクロンがその兵器を見るのは初めてだったが、それが“ホロウ・リアクタ”を砲撃に転用した『LOCAS.T.C.』のレーザー砲であるということは、確認するまでもなく一目瞭然であった。一射ごとに冷却が必要なのか、今は再び花弁を閉じての形態へと移行しつつある。


(まさか発射される寸前まで察知することができなかったとはな。“インビジブル・コーティング”を用いれば、あれほどの破壊力を有する戦略兵器をも位置を特定されることなく運用することが可能ということか……)


 外見は大きく異なれど、その設計思想は“LD-99 アルトギア”と非常に似通っているように思えた。

 “ホロウ・リアクタ”や“インビジブル・コーティング”といったこれまでのLDPシリーズで培われた技術を惜しみなく注ぎ込んだ、まさに集大成とも呼ぶべき決戦兵器。『敵兵を大量に殺す』という一点において呆れるほどに合理的かつ効率的な、戦争という名の狂気の生み出した負の産物だった。


「兵器の行き着く先、か」


 プレジデント=ツェッペリンの平静とした顔が脳裏によぎり、オミクロンは拳を強く握りしめる。


「……否、あれはもはや“民を守る力軍事力”ではない。諸悪の根源たる利己主義者エゴイストが産み堕とした人類の仇敵てきだ。その狂気を、我々の手で断つ──!」

「オミクロン様、それはつまり……」


 ブリッジクルーの一人が訝しげに聞き返すと、オミクロンは片手を突き出して高らかに命じた。


「察しの通り、を使う。機関最大、残存する艦及びDSWは本艦の援護にまわせ! 敵の懐に突っ込むぞ……!」


 ブリッジが驚愕に静まり返り、操舵士の男がすかさず抗議する。


「む、無茶ですよ! 敵の防衛網はまだ健在なんです!」

「どのみち第二射を撃たれてしまえば終わりだ。チャージ中の今しか勝機はない」

「ですが、こちらの主力隊は先ほどの砲撃で……!」


 彼の危惧しているのは、現状の戦力で敵艦隊へと突貫するのはあまりにも無謀で困難である、ということだ。敵部隊は“ピースメーカー”を守るように配置されており、全力を以ってこちらを足止めしようとしている。このままでは敵陣を切り崩せぬままチャージ完了──すなわち、時間切れタイムオーバーとなってしまう。

 進路のみならず退路さえも絶たれたような状況にクルー達が悲愴を抱きかけていたそのとき、一筋の光明が差したように通信士が声を上げた。


「……っ、所属不明の機影多数接近! え……これ、味方の識別信号を出してる……!?」

「来てくれたか……!」


 報せを聞いたオミクロンが欣然きんぜんとし、続いてモニターに現れた人物の姿をクルー達は目を見張った。ブロンドの長い髪をしたその女性は、顔付きこそ可憐な美貌を宿した少女のものであったが、その表情は毅然きぜんとして強い意志を感じさせる高貴さがある。

 彼女はモニター越しにオミクロンを見据え、よく透き通る声で告げる。


《こちらは自警武装組織“マスティマ”、召集に応じ馳せ参じた。我々もこれより戦線へと加わり、貴官らを援護する──》



「味方……?」


 突如として作戦領域へと現れた所属不明の巨大輸送船。そこから発進するDSWらに照準を合わせていたミランダは、飛び込んできた通信を聴くなりあわてて銃口を下げた。


「マークさん、“マスティマ”って一体何者なんです……?」

《俺も詳しいことは知らないが、たしかU3Fの脱走兵達で結成された武装組織だったか。軍の腐敗を善しとしない、自称良識派だとよ》

「U3Fにも内乱が起きていたんですね……」

《そんな大層なもんじゃねえさ。規模はせいぜい輸送艦一隻程度……海賊かテロ屋と同じくらいだ。理念の相違もあって、インデペンデンス・ステイトには加盟していなかったようだけどな》


 マーク=ジェイコフの声に耳を傾けつつ、ミランダはモニター越しにマスティマ所属のDSWを見る。フォーメーションを組んで飛ぶ機体のうちほとんどが“アーキソリッド”と呼ばれる型落ちした先行量産タイプばかりであり、彼らが非合法的な手段で武力を手配した組織であることは明らかだった。


「でも、今は私たち……同盟軍に協力してくれようとしているんですよね?」

《ああ……それに“マスティマ”だけじゃねぇ。あれを見な》


 ミランダはマークに示された方向へと視線を向ける。所属も型式もまるで異なる無数の艦影が、続々とこの戦闘宙域に向かってきているのが見えた。


「あれは……」

《インデペンデンス・ステイトにU3F、海賊やジャンク屋の船まで居やがるな……。『LOCAS.T.C.』のクーデター派を討つために、これだけの戦力が同盟軍に集結してるってわけだ。ハハッ、それにしてもいい眺めだなぁオイ!》


 可笑しさのあまりマークが声を弾ませて笑い飛ばし、つられてミランダも微笑を溢してしまう。それほどまでに周囲一帯を覆い尽くすほどの艦隊は壮観であり、戦略兵器の出現によって沈みきっていた士気を見事に取り戻してくれていた。

 これほどの戦力が集えば、敵がどんなに強大だろうと対等以上に渡り合えるはずだ。同盟軍の兵士たちがそのような確信を抱き始める中で、オミクロンの威厳に満ちた号令が冴え渡る。


《針路二◯フタマル、“エンデュミオン”全速前進! 敵は一機たりとも近付かせるな!》

《聞こえたなミランダ!? 俺たちは母艦に群がるハエを撃ち落とす!》

「了解……っ!」


 ミランダはすぐさま乗機“フーリーウェイ”を飛び立たせ、マーク機に追従して宇宙を駆ける。機体を獣型に変形させて近くの隕石へと取り付くと、“エンデュミオン”に武器を掲げて迫る“アルトギア”を瞬時に捉え、フォックステイル・スナイパーカノンの銃撃を撃ち放った。

 遥か遠方で爆発の炎があがる。スコープ越しにそれを確認したミランダは再び機体を人型形態に変形させると、すぐに次の狙撃ポイントへと急いだ。



 アレックスはデモリッション・ネイルを大きく振りかぶってアルトギアを粉砕すると、“エンデュミオン”に取りつこうとする敵機に追いすがる。その死角を突くように別のアルトギアがトンファーブレードを展開して差し迫り、ピージオンはすかさずベイオネットライフルの刀身で受け止めた。

 瞬時に射出されたバルカンクー・クーが背後から実弾の連射を浴びせ、行動不能に陥ったアルトギアを蹴り飛ばす。その反動を利用してピージオンは加速をつけると、勢いのまま前を行くアルトギアへと迫り、デモリッション・ネイルで胴体を刺し貫いた。


「あと少しなんだ……あと少しで、突破口が開けるのに……!」


 息つく間もなくエネルギーライフルの火線に晒され、シールドの陰でアレックスは呻く。どうやら敵軍も“ピースメーカー”がチャージ時間であることを見越して、戦力を防衛に集中させているらしい。

 混戦とも呼べる怒涛の攻防。これを突破できなければ、自分たち同盟軍に勝機はない。そうなれば、世界は……!

 アレックスが焦燥に胸を焼かれていたそのとき、不意に知らない女性からの通信が割り込んできた。


《そこの白い女神付きは前へ、他の者たちも。ここは私達マスティマが抑えます……!》

「あなたは……くっ!?」


 間髪入れずに敵のアルトギアがピージオンの後背から迫り、肩部から放たれたビームカノンを寸前で避ける。アレックスは巧みに射線をかいくぐりつつベイオネットライフルの応射を浴びせ、その隙を突くように“マスティマ”の大将機と思わしき灰色のDSWが背後へと滑り込んだ。


《行ってください! 戦略兵器あれを堕とさなければ、今度こそ世界が飲み込まれてしまう……!》


 言い放ちつつ彼女は右手に構えた巨大なビームの剣を一閃させ、咄嗟に回避運動を取ろうとしたアルトギアを真っ二つに叩き割る。さらに他の“アーキソリッド”達も連携してアルトギアへと肉迫すると、確かな練度を感じさせる正確な射撃を浴びせていった。


(すごい……あれがマスティマと、それを率いるあの人の力……!)


 気付けばアレックスは、華麗にさえ見えるその戦闘に見入っていた。せいぜい自分と同じか少し歳上くらいの少女が、これだけの戦力を従えつつ、一騎当千とも言うべき戦いを繰り広げている。器量の違いというものを、アレックスは思い知らされたような気がした。


《さあ、早く!》


 せき立てるような叫び声に、アレックスは我に返る。

 その語調からは決死の覚悟が伝わってきた。アレックスは操縦桿を握りしめ、厳粛げんしゅくな思いで言葉を返す。


「わかりました! あとは頼みます……!」


 アレックスは機体を翻し、今なお戦っている灰のDSWへと背を向けた。

 不安も完全に拭い去れたわけではなかったが、それでもアレックスはそれを振り切るように加速をかける。


「行くぞエラーズ、ここが正念場だ……!」

《了解》


 アレックスの覚悟に、エラーズの電子合成音声が軽快に応える。

 彼らを乗せたピージオン・ドミネーターは漆黒の両翼を大きく広げると、前方の敵艦隊に向けてその場を飛び去っていった。



「敵DSW部隊、こちらの防衛ラインを突破してきます……!」

「戦線に穴が開いただと!? ええい、2射目のチャージはまだ終わらんのか!」


 アークビショップ級戦艦のブリッジに、U3Fの軍服を着た将校の怒号が響き渡る。襟元に大佐の階級章を輝かせる彼は、『LOCAS.T.C.』の上層部から反クーデター派の討伐と、無人DSW“アルトギア”部隊の指揮及び“ピースメーカー”の発射権限を一任されていた。

 先刻の第1射によって同盟軍艦隊に大きな損害を与えられたところまでは作戦も順調だったものの、増援が駆けつけたことにより戦局は徐々に覆されようとしている。遂にはアルトギア隊の大方が撃墜されてしまったとの報せを受け、男の顔には苦いものを含んだ表情が浮かんでいた。

 さらにオペレーターの新たな報告が追い打ちをかける。


「“ピースメーカー”に高速で接近する艦影あり! “エンデュミオン”です……!」

「なんだと……ッ!?」


 真っ正面から物凄いスピードで向かってくる紅色の船体は、艦橋窓からでも確認することができた。敵艦のあまりにも大胆な機動を前に、艦長席の男は鋭く息を飲む。


(なぜ同盟軍の旗艦でもあるエンデュミオンが単艦で突っ込んでくる!? 特攻でも仕掛けてくるつもりか!?)


 そのセオリー無視とも言える奇想はオミクロンに帰するものであったが、男がそれに気付く様子はまるでない。

 様々な憶測を脳裏で飛び交わしつつも、ブリッジクルー達へと吐き捨てるように次なる指示を飛ばす。


「艦砲を集中させろ! 最優先で撃ち落とせ! “ピースメーカー”は何としても死守せねばならん……ッ!!」


 しかし次の瞬間、彼の視界に閃光が走る。その方向を見やると、敵DSWの攻撃を受けた砲塔が高々と爆煙を吹き上げていた。光輪を背負った女神飾りのDSWが、赤紫色の双眸を光らせてじっとこちらを見据えている。


「くッ……おのれぇ……!」


 敵部隊の侵攻を許してしまったことに対し、男は苛立ち歯噛みする。現行最強のDSWと言っても過言ではないアルトギアの大部隊を任されているのにも関わらず、敵の艦隊指揮の方が一枚上手だったばかりに競り負けてしまったのだ。士官として、屈辱に身を震わせるには十分過ぎる失態であった。


(……フン、指揮官としては敗北しようと、この戦闘は我々の勝ちだ)


 砕け散った自尊心をかき集めるように、男は固い頬を無理に綻ばせる。


(例え戦艦の火力を集中させようと、そう簡単に “ピースメーカー”の装甲が抜けるものか。その前に第2射の発射準備は完了する……! 所詮は無駄な足掻き──)


 もはや人とは思えぬ野蛮な形相を浮かべていたそのとき、正面モニターに捉えていた“エンデュミオン”が突然


 展望ブリッジやリニアカタパルトが格納され、代わるように船体腹部からくじらの胸ビレを彷彿とさせる巨大な翼が展開される。左右に広げられたそれは、目測でも船体五隻分ほどの横幅があった。

 その両翼──否、の刃部分にビームをはしらせると、“エンデュミオン”は艦首から戦艦級クラスの大きさを誇るビッグアンカーを射出。着弾すると、最大戦速を緩めぬまま“ピースメーカー”へと勢いよく躍りかかった。

 敵艦の流れるような強行接舷を目の当たりにし、男もようやく作戦意図に気付く。


 超弩級戦術強襲対艦切断兵装ペクトラル・フィン・ブレード

 U3Fのドックで建造途中だった本来の“エンデュミオン”には搭載されていなかったはずの、刃渡りにして250メートルにも及ぶ光の双剣。後に“対艦ブレード”とカテゴライズされるこのような兵装が実戦で扱われるのは、長い宇宙戦史においてもこれが初めてであった。


「……ざ……けるな……」


 敵艦のとったあまりにも奇抜な戦法を前に、男は現実を受け入れられずに目を見開いていた。頭に煮え滾るほどの血液がなだれ込み、暴れている。どう対処すればよいのかわからない。ただ、ふつふつと込み上げてくる怒りに全幅の思考と身を委ねる。


「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなァ! すぐに“ピースメーカー”を発射しろッ! あの艦を沈めてやれ……ッ!!」

「しかし、まだチャージが……!」

「構うなァ……!!」


 躊躇うオペレーターを急き立てるように、2射目の発射を促す。

 しかし、命令を飛ばした時には既に遅かった。

 エンデュミオンは打ち込んだアンカーを軸にして“ピースメーカー”の真横へと滑り込むと、対空砲撃を大胆なバレルロールでかわしつつも、“ペクトラル・フィン・ブレード”の先端から出力されたビームの刃を装甲表面へと滑り込ませる。

 光の柱を連想させる刃は白い花弁を着実に焼き裂いていく。さらにエンデュミオンはすれ違いざまに主砲の斉射を撃ち放つと、遂に“ピースメーカー”は火柱を上げて崩壊を開始した。


「そんな……馬鹿な……」


 飛び去っていく艦影を目に焼き付けながら、艦長席の男は無気力に崩れ落ちる。白亜の造花ピースメーカーは美しい花火となって漆黒の宇宙を照らすと、そのまま枯れた残骸へと朽ち果てていった。



「こちらピージオン、U3Fクーデター派の艦隊に告ぐ。これ以上の戦闘継続は無意味です。搭載機を含めた全ての戦闘を停止し、すみやかに投降してください」


 静けさを取り戻した戦闘宙域で、アレックスは残存する敵艦へと呼びかけた。

 彼の行動は独断であり、彼自身もナンセンスだという自覚はある。咎められるべき13通りもの明瞭な理由も思い付いていたが、そのような理屈を飛び越してでも、これ以上無益な血を流すことだけはどうしても御免だったのだ。

 勧告からしばしののち、現戦闘の責任者と思わしき将校からの通信が返ってくる。


《貴官の通達に返答する。投降は……しない》


 望み通りではない反応にアレックスは苦い表情を浮かべるも、念を押すように言葉を重ねる。


「もう勝敗は決まりました。どうか投降を……! 選択を間違わないで……!」


 着飾らない、切実な想いでアレックスは叫ぶ。しかし返ってきたのはこちらをあざけるようなわらいと、憎悪に満ちた声だった。


《選択だと……? ハッ、何を今さら! ……ッ!》


 敵将校からの思いがけぬ返答にアレックスは絶句する。

 自分たちが戦いを望んだ? 逆ではないのか?

 世界を混乱に陥れる為に、貴様たちU3Fは『LOCAS.T.C.』に下ったのではないのか?


「何を……言って……」

《『LOCAS.T.C.』が全世界を掌握すれば、地球や宇宙で蔓延る全ての戦争は終わるはずだった! こんなにも長く苦しい戦いの時代に、が見えていたんだ……! それなのに、貴様らレジスタンス風情が渋とく抵抗運動なんぞを続けるから、戦火は未だに消えていないのではないのか……ッ!?》


 吐き捨てるように紡がれた言葉が、アレックスの胸を穿つ。

 心のどこかで自分たち同盟軍は正義の味方であり、『LOCAS.T.C.』は諸悪の根源だと断じていた。

 だが、少なくともこの将校は“戦争を早期に終わらせたい”という己の信念にも基づいて行動している。しかもその願いは、奇しくもアレックスの抱くそれとあまりにも近しいものであった。


《真に平和を望む者ならば、むしろ“オペレーション・ワルプルギス”を受け容れるべきだった!》

「だからって、プレジデントの支配を許すというのか……!」

《誰が上に立とうと知ったことか! それで戦いがやっと終えられるのなら本望だ! それなのに……》


 人を引き摺り込むほどの怨念を込めて、将校が叫ぶ。あまりにも冷酷さを帯びた言葉に、アレックスの背筋を冷たいものが駆け抜けた。


《貴様は、貴様たちはこの世界の平和を脅かすガン細胞だッ!! 出る杭は……打たねばなるまい……ッ!》


 刹那、それまで静止していたアークビショップ級の一隻が急にスラスターへと火を灯し、動き始めた。艦首の先には“ピージオン・ドミネーター”が留まっている。


「やめろ……もうやめてくれ……」

《一緒に連れて行くぞ、女神飾りィ……ッ!!》


 すでに砲塔は全て潰され、アークビショップ級戦艦はほとんどの攻撃手段を失っている。それでもなお、軍人の執念を乗せた船は甲板から黒煙を巻き上げながらも、こちらを目掛けて襲いかかってきた。

 もはや戦う力を失いながらも最後の足掻きを見せる敵艦。その高周囲展望ブリッジを、遠くから飛来した一発の砲弾が刺し貫いた。


 艦橋窓のガラスが砕け、次いで2発目の銃撃が船尾スラスターへと喰らい付く。突き上げるような爆発が数度したのち、航行能力を失ったアークビショップ級は大きく軌道を逸らすと、船体はそのまま沈んでいった。


《危ないところでしたね、先輩。大丈夫ですか?》


 ミランダの酷く落ち着いた声がスピーカーから発せられる。どうやら彼女のフーリーウェイからの狙撃によって、ピージオンは難を逃れることができたようだ。

 だが、アレックスの胸には未だに拭いきれぬおののきが残っているままだった。敵将校の最期に告げていた言葉が、心臓の奥深くに突き刺さって離れない。


 ──僕たちが、ガン細胞……?


 項垂れるアレックスの心中を察したミランダは、腫れ物に触れるようにそっと声をかける。


《その……あまり気にしちゃ駄目です。あんなのは、敵の方便ですから》

「そうだね……大丈夫、わかってるさ……ああ、わかってる……」


 何度も自分へ言い聞かせるように、アレックスは暗示を囁く。そうでもしなければ、口の中に巣食う苦虫はいつまでも消えてくれそうになかった。


「運命に向き合うって、決めたんだ……。もう、迷ってなんかいない……」


 ピージオン・ドミネーターは翼を返すと、他の味方機と共にエンデュミオンへと帰投していく。

 頭が鈍い痛みを訴えるようで、ひとまず今は一刻もはやく自室のベッドで眠りたかった。

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