第3章『追憶のナット 3』

 キャプテン=バハムートは、『ダ—ク・ガーデン』の街を歩いていた。

 繁華街と呼べるほど小綺麗なものではなかったが、個人経営の商店や飲食店が立ち並ぶそこは、不思議とそこにいる人々の気分を高揚させていた。しかし、バハムートの目指す場所はそのような場所ではない。

 バハムートは周囲の視線に注意を払いつつ、狭い裏路地へと入っていく。コロニー内は夜時間を回り始めており、シャフト部分に備え付けられた人工太陽と呼ばれる証明ユニットはすでに灯りを消しているため、各所に建てられた街灯が、煉瓦造りの路地を薄く照らしている。

 そんな路地の一角にあるバーの前でバハムートは足を止めた。店の入口へと繋がる階段を降り、店名の記されたボードがぶら下がった木目調のドアを潜る。バハムートはバーテンダーから酒の入ったロックグラスを受け取ると、カウンター席ではなく隅のテーブル席へと座った。


「遅かったじゃないか。旦那」


 バハムートから見て後ろの席に座っている新聞を広げた中年の男性が背中越しに、周囲に聞き取られないくらいの音量で言った。彼の視線は新聞紙の文面に注がれているものの、その言葉は間違いなくバハムートに向けられていた。バハムートも決して振り返ることはなく、互いに背中を向け合ったまま会話に応じる。


「航行が予定通りに行かなくてな、幻滅したか?」

「まさか。あんたは良い値で俺の情報を買い取ってくれる。そのうえ支払いも確実だ」


 男の名はバレル。本名はバハムートも知らない。

 『ダーク・ガーデン』を拠点に情報屋稼業を営んでおり、その腕はU3Fの保有しているような軍事機密にすら精通しているほどだ。事実、ピージオンに関する情報も、彼から提供されたものだ。


「今回のはこないだの件よりも厄介だ。U3Fの連中、どうやら相当な爆弾を抱えていたらしい。で、どうする?」

「俺たちは火消しだぞ。火の元は取り除く必要がある」

「そう言うだろうと思ったぜ」


 すると、店員や他の客達から死角になるように、バレルからバハムートに小型のデータ記録媒体が、背中越しに手渡しされる。バハムートが何気ない素振りで受け取ったデータをタブレットに出力させると、画面上に資料が表示される。

 “Birds planバーズプラン No.08 - LDP-93 FANTMAILファントマイル

 提供された資料に記されていたのは、DSWのものと思われる名称や設計図面などの詳細なデータだった。


「これは……」


 タブレットに表示された文章を読み進めていたバハムートの表情が、次第に険しいものへと変わっていく。


(どうやら次の航海は、かつてない荒波を進むことになりそうだ……)


 重要な部分を一通り読み終えたバハムートは人目につかないようにデータ記録媒体を仕舞うと、先ほどバーテンダーから受け取っていたロックグラスに口をつける。


「おっと、なかなかどうして。旦那、随分と強い酒を呑んでやがるな」

「最近は特に激務でね。何もかも忘れちまいたいのさ」


 ほんのり笑みを浮かべてグラスに入った氷塊を鳴らすバハムートを見て、バレルは呆れた表情で言う。


「馬鹿言え。あんたのその身体じゃ、いくら呑もうが酔えないだろうが」



機械化インプラント処置……? 本当にそれしかないんですか、パウリーネさん!?」


 培養液に満たされたカプセルの中で深く眠っているアレックスのすぐ側で、こらから行われる手術の内容をパウリーネから聞かされていたミリアが、声を荒げて言った。


「ええ、身体中にある器官の殆どを喪失している以上、他に手はないわ」


医者の眼差しを向けるパウリーネに強く言われ、ミリアは横にいるアレックスの様子を確認する。カプセルの中に入っているといっても、ガラスの周りを無骨な形状の生命維持装置が覆っているため、中にいるアレックスの姿は殆ど確認することができなかった。手術に立ち会っていないミリアやエリー、ナットからすれば、ちゃんと四肢を保っているかどうかさえ疑わしい。


「本来なら、本人の了承を得た上で行わなければならないのだけれど。彼にそんな余裕も猶予も残されていない以上、家族であるミリアさんとエリーさんの許可が必要になるわ」


 決断を迫られ、エリーとミリアはしばらく押し黙る。やがて決心を固め、パウリーネに対して深々と頭を下げたのはエリーだった。


「アレックスをお願いします。パウリーネさん」

「エリーお姉ちゃん、なんで……!?」

「僅かでも助かる道があるなら、それを選んだ方がいいわ。アレックスも、きっとそれを望んでいると思うの」


 未だ納得のいかない様子のミリアに、エリーが優しく、それでいて厳しい口調で語りかける。側から見ていたナットには、彼女がまるで子供を正しき方向へと導く母親のように思えた。


「でも、インプラント化って……身体をロボットにしちゃうってことでしょ? もしそうなったら、お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなっちゃうかもって……」


 ミリアが拙い言葉で、必死に自分の不安を口にしていると、部屋の入り口で傍観していたミルカがこちらに近づいてきた。


「ミリア、これを見て」


 そう言って、ミルカは羽織っているカーディガンの袖を捲ってみせた。露わになった彼女の腕は色こそ肌色であるものの、関節の繋ぎ目が境界線となって浮き彫りになっていた。


「ミルカさん……これって……」

「いわゆる、オートメイルってやつかな。昔に色々あってね、見ての通り下半身には麻痺が残っちゃってるけど、腕はまだ辛うじて助かったんだ」


 ミルカの機械仕掛けの手が、ミリアの手を握る。


「ミリア。こんなロボットの腕の私は、人間じゃない?」

「……ううん。ミルカさんはミルカさんだよ。手、あったかいもん」


 実際には、人工皮膚で覆われているとはいえ、オートメイルの腕が人肌を感じさせることはまずないだろう。しかし、ミリアはミルカの手に、確かな温度を感じた。


「パウリーネさん。私からもお願いします。あの……お兄ちゃんは、本当に助かりますか?」


 不安を拭いきれないミリアの問いに、パウリーネはまさに無粋だと言わんばかりに胸を張って答える。


「助けられなければ医者じゃないわ。大丈夫よ。私は治す人間だから」



 キムの運転していたトレーラーから降りたデフとミランダは、その光景を見て思わず感嘆の息を吐いた。キムに連れてこられた『ダーク・ガーデン』の街外れにあるその工房には、十数機を超えるDSW達がハンガーに佇んでいた。そのどれもが奇抜な形状をしており、U3Fやインデペンデンス・ステイトで運用されているような機体とは違って量産性が全く考慮されていない事からも、それらのDSWがこの工房の主によるハンドメイドであることが伺えた。


「なんだい。久々に客が来たかと思えば、なんだ貴様か」


 物陰から、サンバイザーを額に被るつなぎ姿の女性が現れた。彼女はキムの姿を見るなり、何故か彼をきつく睨む。


「そんな怖い顔するなよ。一応、お客“様”だぞ」

「あーしは無宗教なんでね。客が神様なんて思っちゃいないよ、御生憎“様”」


 出会い頭だというのに、さっそく二人は鋭い視線を交錯させる。険悪なムードではあるが、側でこの光景を見ていたデフやミランダには、まるで数年振りの再会を素直に喜べない旧友同士のように、あるいは痴話喧嘩を繰り広げる熟年夫婦のようにさえみえた。


「ところで、そこの二人は何者だ?」


 キムを睨んでいた目が、そのままデフとミランダの方へスライドする。彼女の目元は依然として鋭かったが、先程キムに対して向けていたような敵意のようなものは感じられない。もともとこの女性は機嫌の良し悪しに関わらず、こういう鋭い目つきなのだろう。


「ミランダ=ミラーです。どうぞお見知り置きを」


 ミランダはわざわざスカートの裾を捲って会釈した。


「デフ=ハーレイだ。キムさんの手伝いで来た」


 デフは、こういった社交辞令はあまり得意ではないといった様子で答えた。


「二人はコスモフリートの臨時乗組員だ。まぁ、この仕事を最後に艦を降りることになってるがな」


 キムの補足を聞いて、つなぎの女性は軽く相槌を打つと、やはり不機嫌そうな仏頂面を崩さないまま自己紹介を始める。


「あーしはラウラ=アルテッラ。見ての通り、この工房で技術士をやってる。ちなみにアルテッラが名前でラウラが苗字だ。苗字で呼ばれるのは好きじゃないから、それ以外の呼び方にしてくれ」

「だ、そうだ。二人とも、ラウラ・・・さんを宜しくな」

「んー? 欠損を起こしているのは貴様の聴覚か、それとも学習能力か? どっちにしても、解剖して改造してやる必要がありそうだな」


 再び罵り合いを始めだしたキムとアルテッラをよそに、暇を持て余していたデフとミランダはハンガーに眠るDSW達に目を向ける。


「ここって民間施設の筈ですよね。こんなにDSWを保有するのって、法的には完璧アウトじゃないですか……?」

「だよなァ。しかも一機一機がとんでもない魔改造を施されてやがるぜ。機械に関しては素人の俺にもわかるくらいに」


 すると、二人の会話を嗅ぎつけたアルテッラが、どことなく自信満々そうにこちらへ歩み寄ってきた。


「フフッ、それに関しては心配ご無用だ。例えばこの……」


 アルテッラは立ち並ぶDSWのうちの一機を指差した。彼女の指の先にあったのは黄緑色のDSWだ。全体的に太くがっしりとしたフォルムが印象的なその機体は、原型機であるソリッドの面影を残していない程には改造が施されていた。


「“A’sHM-63<destroyer> アリゲーター”。重装甲と機動性の両立という、所詮はカタログスペックの謳い文句に過ぎなかったソリッドの開発コンセプトを受け継ぎ、コンセプト通りの性能を実現させた、あーしの傑作機だ。全高は13.8m、重量は……」


 その後も、アルテッラは淡々と自家製DSWの解説を続けた。キムもまたそうであるように、どうやら技術者という職種の人間には、何故か自分の得意分野になると途端に饒舌になる癖があるらしい。というのが、コスモフリートで約一ヶ月の時間を過ごしたデフとミランダが学んだ教訓であった。


「……の具合も良好だ。それから」

「おい、アルテッラ。俺はともかく、二人がお前の脱線しまくった話について行けてないようだぞ」

「む……、そうか。では機体スペックの話については割愛するとしよう」


 これまでの話を打ち切られたアルテッラの顔はどこか残念そうに見えた。


「このアリゲーターに装備されているのは、機体の全長ほどある超大型チェーンソーに、質量破砕バスターハンマー、バール、アームドリル、姿勢固定用アンカーなどだ。これがどういう意味か、わかるか?」


 物騒な単語を羅列し終えたアルテッラに言われ、ある法則性に気づいたミランダが、しかし半信半疑といった様子で答える。


「このDSWは、“武器を一切装備していない”……ってコトですか」

「ご名答。そこの君は賢いな」


 アルテッラはミランダを褒め称えたが、デフはまだ事を理解できていなかったらしく、


「はぁ!? だってあのDSW、どう見ても武器だらけじゃねえか! それも結構えげつない武器ばっかりだし……」

「あれは“工具”だ。武装はしていない」

「い、いや、あれを工具と言い張るのはさすがに無理があるんじゃ……」

「“工具”だ」


 どうやら、アリゲーター……というよりも、この工房にある全てのDSWは、例外なくあくまで“作業用DSW”という大義名分で作られているらしい。武装をしていなければ戦力を保有していることにはならず、軍の処罰の対象にはなり得ないというのが、アルテッラの言い分だった。


「もっとも、たとえ戦闘になることがあっても、軍の生温いDSWなんぞにあーしの機体は負けんがね」


 アルテッラの口元が少しだけほころんだ。



《資材運搬認証ナンバー 8272953》

《スペースドルフィン号、承認》

《5番ゲートからの入港を許可します》


 貨物艇の操縦席に座るスペーススーツを着た男は、スピーカーから流れる入港アナウンスを鼻歌混じりに聞き流していた。ここまで来ればあとは、貨物艇の宇宙ドックへの着艦作業は、機械がオートでやってくれる。

 着艦を完了し、与圧ブロックを抜けると、すぐに貨物艇の周りに入稿管理局の人間達が駆けつけてきた。男は操縦席から降りると暑苦しいヘルメットを外して、額にバンダナを着けた局員の一人に、黄色い歯を見せてにんまりと笑ってみせた。男の嫌な笑い方に内心引き気味の局員ことマリオ=ドギーであったが、仕事中であることを思い出し、強引に愛想笑いを返した。


「確認の為、パスポートの提示と貨物の中身のチェックを行わせてもらいますがよろしいですね?」

「ああ、隅の隅まで覗いちゃってくれ」


 男の許可を得ると、マリオはすぐに他の局員たちに命令を飛ばし、貨物艇のコンテナの中身を確認させる。作業が終わるまでに暇つぶしのつもりだろうか、男は尚もマリオに世間話を持ちかける。


「しかし、このコロニーは平和なもんですなぁ。世間は戦時中だというのに、ここはまさに蚊帳の外だ。全く、いけないねぇ……」

「? 何が言いたい」


 何やら不審さを漂わせる男にマリオが問うと、男はやはり不敵な笑みを浮かべた。


「こういうことさ」


 直後。男は隠し持っていた拳銃を取り出すと、何の躊躇いもなく引き鉄を引き、マリオの頭部を的確に射抜いてみせた。この間、ちょうど一秒。

 突然の銃声に戸惑う管理局の人間たちの意も介さずに、男は両手を広げて高らかに告げる。


「おいでよおいでー! マァイ・ファーミリィィィッ!!」


 男の合図と共に、貨物艇のコンテナから5名の少年少女達が一斉に飛び出す。ライフルを構えた浅黒い肌の少年が、慌てて拳銃を取り出そうとする管理局員たちを容赦なく蜂の巣に変え、アーミーナイフを片手に取った金髪の少女が、局員たちの喉を切り裂き、血の間欠泉を噴き出させる。

 瞬く間に、宇宙港は占領されてしまった。


(テロリストの襲撃だ……! はやくこの事態を知らせなければ……!)


 一人、物陰に隠れていた管理局員最後の生き残りが、こっそりと壁に備え付けられた受話器に触れる。刹那、受話器を手に取ろうとしていた腕に9ミリ程の穴が空き、局員は激痛に悶え苦しむ。


「告げ口は駄目だぜぇ? このパーティーはサプライズなんだから」


 銃弾を放ったのは貨物艇の操縦を担っていた筋肉質な男だった。男は続けざまに局員のもう片方の腕、両足、腹部、左胸の順に銃弾を浴びせていく。


「ぐぁッ……!? き、貴様は一体何もの……!」


 局員が言い終える前に、男が頭部を撃ち抜かれ、遂に絶命してしまった。今さっき自分の手で質問者を射殺したにも関わらず、解答者は何事もなかったかのように平然と答える。


「フロッグマン。殺しは……嗜み程度だ」

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