第42話 幻想の描き手VS現象の結び手



「何だアレは」


 そう、実況のマイクをつけっぱなしのまま、西園寺教諭は真顔で言った。


 霊子庭園内のフィールドでは、七塚ミラが飛燕を圧倒している。

 その様子は、とても因子一つのローランクとは思えない、圧倒的なものだ。吹き荒れる魔力と、高位の神霊独特の情報圧が、フィールド全体を席巻している。



『あ、今、ステータスの更新が来ました!

 ファントム・七塚ミラ。因数……!? そんな、試合開始前まで、たしかに一つだったのに、この短時間で一気に増えてます!』



 円居教諭が、驚きを隠せない様子で、更新された情報を読み上げる。

 試合中にステータスを変動させるファントムは少なくないが、因子が増えるというのはそうそうない。せいぜいが、隠蔽スキルで本来の因子数をごまかしていたといったくらいで、今の七塚ミラのように、急激に成長するというのは、滅多に無いことだ。


「く、久能くんの様子のおかしさと良い、大丈夫なんですかアレ? ねえ、西園寺センセ!」

「分からん。だが、七塚はともかく、久能の方は見るからにまずいぞ」


 不安を口にする実況解説の二人。

 それに対して、今日のゲストである来栖野教諭は、余裕のある様子でココアシガレットをかじりながら、感心したような声で言う。


「へぇ。あいつら、原始分化に成功したんだ。確かアレって、普通にやれば数ヶ月くらいかかるって話だったけど、そんなに早く終わらせる方法があるんだな」

「げ、げ、原始分化!? どういうことですか来栖野先生!?」

「あ、やっべ。これ言っちゃいけなかったんだっけか」


 しまった、という顔をする来栖野と、それに詰め寄る円居。


「いつからなんですか!? 七塚さん、原始分化の最中なのに試合に出てたんですか?」

「い、いつからって、久能から相談されたのが先週の予選の時で……」

「おい円居。解析結果が出た。今すぐ試合を止めるぞ」


 すでにマイクの電源を切っていた西園寺は、手元に表示されたデータを厳しい目で見ていた。

 そこには、七塚ミラと久能シオンの、現在のバイタル情報が表示されている。


「久能の右腕に霊子圧汚染が見られる。やばいぞ。あいつ、ファントムの霊子生体を、自分に移植してやがる」

「はぁあああああああ!? なんだってそんなことしているんですか!」

「俺が知るか!」


 そう怒鳴りつつも、努めて冷静にならんとして、西園寺は一つ息をつく。


「ぱっと思いつくのは、魔力供給量を増やす目的だろう。他にも理由はあるかも知れんが、七塚の原始分化が完了しているのを見るに、大量の魔力供給と霊子生体の再編を、時間経過じゃなくて自力でやったことだけは分かる――その代償を考えると、気が狂ってるがな!」


 語調を厳しくしながら、西園寺は実況席から飛び降りると、フィールドの側に走り寄る。慌てて、円居もその後を追った。


 突如として実況が途切れ、教師たちが慌てだしたので、観客席はざわざわと騒ぎ始める。しかしそんな中でも、試合は関係なく進んでいた。


 七塚ミラと飛燕の攻防は苛烈で、幾重もの衝撃波を辺りに撒き散らしている。神霊同士の、物理法則を超越したバトルに、次第に観客の目はそちらに向かうようになった。


 そんな中、教師たちは霊子庭園を展開している出力器の側に集まる。

 そして、霊子庭園の解除を試みようとしていた。


 だが――


「解除できないだと!?」

「特殊なプロテクトが掛けられていて……なんですこれ。こんな術式、見たこと無い」

「強制終了は? 魔力供給源を断ってしまえば空間の維持はできなくなる」

「もうやってます! でも、すでに保存された魔力量が尋常じゃありません」


 集まってきた教師たちが、悲鳴でも上げるように状況を説明し合う。

 日本六大魔法学校の教師たちが集まっていながら、解除のめどを立てることができなかった。

 苦々しく顔を歪めながら、西園寺はフィールド内を睨む。


「くそ。一体何をするつもりなんだ、お前ら」




※ ※ ※




 一方。

 久我アヤネと久能シオンは、向かい合ったまま、言葉も交わさずに黙っていた。


 そうこうするうちに外が騒がしくなり、アヤネはかすかに眉をひそめた。


「結界の魔力供給が断たれたわね。さすが、対応が早い」


 苦笑いをこぼしながら、アヤネはシオンに向けて言う。


「霊子庭園、持ってあと十分ってところよ。どうする? このまま黙って向かい合っておく?」

「いや。それはもったいない。この試合が終わったら、色々面倒なことになるからな」


 言いながら、シオンは右腕を水平に構える。

 腕の周りには、キラキラと煌く小さな鏡が六枚。元は七枚あったものが、一枚は割れてしまったらしい。その鏡の輝きは腕を侵食していて、シオンの右腕は、現在結晶でも埋め込まれたかのように鉱物化していっていた。


 それを見ながら、アヤネは静かに問う。


「念のため聞くけど、飛燕のこと、いつ気づいてた?」

「気づいたのは最近だ。でも、違和感はずっと持ってた。あいつと話していると、次の言葉が分かるようなタイミングが多かった。それが確信に変わったのは、八重さんに右腕のことを聞いたときだった」


 二ヶ月前。

 八重コトヨは、シオンの右腕が、別の大きなものに取り込まれていると語った。


 その時に真っ先に思い出したのが、守護神計画と、飛燕のことだった。


「右腕を核にして、原始を再現したんだろ。基本の人格パターンは僕のものだろうけど、因子を吸収するにあたって、かなり変わったみたいだな」

「正解よ。そして、多分その先に考えていることも、正解」

「そうかい。だったら、無理した甲斐があったよ。これでようやく――僕は右腕と、決別できたわけだ」


 シオンの右腕は、なんど培養生体を移植しても、本格的に適合することが無かった。それは、飛燕の中で元の右腕が生きていたため、シオンの肉体が、右腕の欠落を認めなかったのだ。


 それを今回、シオンは七塚ミラの細胞を移植することで、その繋がりを完全に断つことに成功したのだ。


「こっちからも質問していいか、アヤ」

「何なりと」


 答えながら、アヤネは自分を責める言葉を覚悟していた。

 どんなに振り返ってみても、彼女がやったことは、シオンを無駄に危険にさらすことでしか無かった。だから、例えここで彼に憎まれても、文句は言えないと思っていた。


 しかし、実際に彼の口から紡がれた言葉は、彼女の想像とはかけ離れていた。


「全力で来てくれ。そうじゃないと、一瞬で終わらせてしまう」

「………」


 目を丸くしたアヤネは、シオンの様子に本気の色を感じ取って、瞬時に意識をデバイスに向けた。全身の魔力を励起させ、魔法式を立ち上げる。


 展開するのは、砂の結界。



『千紫万紅・砂漠の塔さじょうのろうかく



 車椅子に座ったアヤネの周囲二メートルを、大量の砂が渦を巻きながら守っている。一度命令を出せば、強固な盾にも、鋭利な矛にもなる、彼女が最大限に信頼を寄せている術式だ。


 結界を展開し終わったアヤネは、いつでも来いといった様子で、シオンを睨む。


 それに対して、シオンは小さく笑った。


「『フラクタル・ミラー』――『コネクション』」


 シオンの右腕が輝きを増す。

 その周囲に浮かんだ鏡が、大量の魔力を行き来させる。その余波が、電流のように辺りに小さな衝撃を撒き散らしている。


 そして、彼は言った。


「『セブンズミラー・サーキット』起動。――タイプ『イリュージョニスト』」


 次の瞬間、シオンの姿が掻き消えた。


 目を見張ったアヤネは、すぐに『砂漠の塔』に命令を送り、砂を周囲に撒き散らす。仮に近寄ってくる存在がいれば、細かい粒子となって広がった砂が、すぐにそれを察知する。


 来るなら来い、と身構えたときだった。


「どこを見ている」


 反応する暇もなかった。

 気がついたら懐にシオンが潜り込んでいて、右手にはロッド型のデバイスを握っていた。

 デバイスは炎をまとっていて、すぐにでも突き立てられそうな殺意がこもっている。


「く、このっ!」


 アヤネは車椅子に魔力を送って飛び退きながら、結界の内側に向けて砂の槍を突き立てる。ほとんど反射で取った行動が幸を為し、砂の槍は全てがシオンを串刺しにした。


 しかしその瞬間。

 シオンの形をした泥が、どろりとその場に溶けていった。


 なっ、と。


 口にする暇もなく、


「『収束』! あつまりなさい!」


 慌てて砂を引き戻して、アヤネは氷の矢を無理やり吹き飛ばす。


 そしてそのまま、砂を引き寄せながら、車椅子を加速させて距離を取ろうとする。とにかく、シオンの姿が見えない今、ひとところにとどまるのは悪手だ。高速で移動しながら、撹乱して相手の姿をあぶり出すのが先決だ。


 そう思って、フィールドを猛スピードで横切る。

 ――が、ふいに、進行方向に壁があることに気づいた。


(まずい!)


 勢いをつけすぎた車椅子は、すぐには止まらない。

 がむしゃらに魔力を送って急ブレーキをかけるが、車輪は地面を引きずりながら、体全体が壁に激突し――


 なかった。

 



「……ッ、やられっ」

「――『ボルケーノ・イラプション』」



 シオンの声とともに、アヤネの足元の地面が割れる。

 そこから、が立ち上った。


「熱っ――」


 赤い光は光線のようで、アヤネの身体を貫いて空まで立ち上る。胸元が焦げ付くように熱い。

 左胸を突かれたと思い、やられたと一瞬錯覚した。


(熱い……けど、これ、物理的に貫いてるわけじゃない?)


 外傷らしい外傷がないことに気づいたアヤネは、慌ててそれから逃れようとする。しかし、追尾するように、幾重もの光の柱が乱立した。

 その一本一本が、わずかに触れただけで激痛を伴った熱を感じさせる。


(赤――暖色に熱の概念を付与しているのね。くそ、アイツらしい!)


 その光に物理的な攻撃力がないとわかったため、彼女は逃げながら、引き寄せた砂を周囲に拡散させる。

 わずかでも光の道を塞いで、安全な場所を増やそうという考えだったが――それは決定的な悪手だった。



 上空から、



 それにより、アヤネが拡散させた砂は、巻き上がって周囲に広く広がる。

 アヤネが制御していた時よりも濃度は薄く、しかし一つ一つの粒子の間隔は離れすぎない、絶妙の調整。

 飛び散った砂の粒子が周囲を舞い、空間を満たしている。それは、とある現象を起こす要素を、しっかりと満たしていた。


「ぐ……ッ! 『砂塵』『転換コンバート』『泥沼』!」


 シオンの意図を悟ったアヤネは、すぐに魔法式を起動する。

 それとほぼ同時に、離れたところで、シオンは火種を起こした。



「『インクルード』――『イグニッション』」



 そして、フィールドの一角を吹き飛ばすほどの大きな爆発が起きた。




※ ※ ※




「ぐ、うぅううう」


 バリン、とガラスが割れる音を聞きながら、シオンは右腕を庇うように抱きかかえる。


 半分以上が結晶化した右腕は、すでに半ば感覚がない。

 それでいながら、魔力の通りは自在であり、その自由度は、全盛期を遥かに超えるほどだった。


 魔道具『セブンズミラー・サーキット』


 ミラの鏡の因子を埋め込んだ右腕は、シオンの身体全体を模した、擬似的な魔力流路である。



 シオンが魔法を十全に使えない理由は、主に二つ。

 そもそもの魔力量が少ないことと、擬似生体の所為で魔力を巡らせることが困難であり、出力量が少ないこと。

 この二つを同時に解決するのが、この魔道具である。


 右腕に埋め込まれた『鏡』の因子が、そのままシオンの体内を写し取っており、右腕内で魔力を回すだけで、魔法の発動に必要な魔力を出力できるようにしてある。

 また、シオンの断裂した流路については、鏡で作った複製をつなぎ合わせることで解決をしている。


 加えてこの右腕は、霊子生体化している関係で、大地のマナを吸収しても、その余波を受けづらいという利点がある。そのため、足りない魔力を大地から吸収するということも、できるようようになった。


 この『セブンズミラー・サーキット』を利用することで、シオンは全盛期と同じか、あるいはそれ以上の魔法行使を行うことができるのだった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 しかし、代償も少なくはない。

 まず、気を抜けば魔力を使いすぎてしまうので、魔力配分を考えないといけない。大地のマナを利用できるとは言え、術式の起動には最低限自身の魔力が必要になる。


 そして次に、情報圧汚染。

 あまりに右腕を多用しすぎると、鏡の因子が精神を逆流して、シオンの意識を侵食する可能性がある。

 その安全弁として七枚の鏡を用意し、情報の逆流を塞き止め、一度腕を使う度に二枚が割れるようにしている。

 つまり、使える最大の回数は三回。

 最終的に鏡が一枚になった時に、右腕は魔道具としての機能を停止させる。



 そうして、全力を尽くしてアヤネを攻め立てたのだが――



「は、はは。まあ、この程度じゃ、終わらないよな」


 地面に倒れていた久我アヤネが、ゆっくりと上半身を起こすのが見えた。


 車椅子は粉々に砕けて、霊子の塵になって消えて行く所だった。アヤネの全身は焼け焦げだったが、致命傷を食らった様子はない。

 超至近距離で粉塵爆発を受けておきながら、彼女は吹き飛ばされることもなく、その場に倒れ込んでいた。


 足となる車椅子がないので、彼女はぺたんと地面に据わった状態で、シオンを見る。


「はぁ、は、は……。まったく、死ぬかと思ったわよ」


 どことなく声を弾ませながら、アヤネは煤けた顔を拭う。

 爆発が起こる寸前、彼女は泥のシェルターを創り、そこに潜り込んだのだった。

 爆風によって地面が吹き飛ばされる中、彼女の作ったシェルターは地面にへばりつきながらも高温にさらされ、終いには四散してしまった。最後まで魔力を送り込んで状態を変化させたおかげで、かろうじてアヤネは生存を果たした。


 にやりと、アヤネは笑ってみせる。

 それに大して、シオンもこらえきれずに笑みを浮かべる。



 方や、数々の幻想を創造し、概念魔法によって相手を翻弄する魔法士。

 方や、様々な現象を起こし、物理魔法によって攻撃を受け流す魔法士。



 幻想の描き手。シオン・コンセプト

 現象の結び手。アヤネ・フィジィ


 二人はしばらく笑いあった後、再度デバイスを構え、互いに向かい直した。



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