第5話 転校生?の噂


 翌日。

 朝一の授業は、語学。第二外国語だった。


 言語というのは、魔法行使において重視される項目の一つだ。

 日常的に使う言語ではなく、特殊な『術式』として扱う場合、外国語や常用外の言語は、『意味』を乗せやすい。魔法式を組む上で、知識というのはいくらあっても困らないのだ。


 授業が行われる講堂には、すでに多くの学生が集まってきている。一般教養科目は、同学年合同での選択制なので、全てのクラスが入り乱れる。


 その端の席で、久能シオンが目を血走らせながら、手元の端末に目を走らせていた。


「……どうしたんだ。久能は」


 同じく語学の授業を受けるために来た、一年実技A科の明星タイガが、鬼気迫るシオンの様子を見て気遣わしげに問いかけた。

 その問いに、隣に居た葉隠はがくれレオが答える。


「昨日からずっとこんな調子だってよ。ほら、なんかすげぇ論文が出たんだろ。それで、徹夜したんだとさ」

「そうなんだよ」


 七塚ミラが、ムスッとして不機嫌そうに続ける。


「昨日夜遅く帰ってきたと思ったら、寝ないでずっと作業してるんだもん。ちっともかまってくれなくて、面白くない」

「なるほど。そういうことか」


 納得を示しながら、タイガはシオンの隣の席に座る。


 第二外国語としてドイツ語を選択している三人は、この授業ではいつの間にか一緒に受けるのが当たり前になっていた。合同授業とはいえ、クラス間での生徒の関わりが少ないこの学園において、非常に珍しい組み合わせといえる。


 テクノ学園において、クラス間の確執は大きい。最初に決められたクラスという枠組みは、魔法成績で決められたと言うこともあって、どうしても心情的に引きずってしまうものだ。


 実技科は下位クラスを侮り、研究科や技術科は上位クラスを目の敵にする。


 特に、明星タイガは学年の主席だ。筆記も実技もトップクラスという男が、最下位クラスである技術科の生徒とつるんでいるというのは、それだけでも目立つ。

 もっとも、そのつるんでいる相手は、かつて神童と呼ばれた少年であるのだが。


「確か君たちは今日、伏義先輩と試合をするんじゃなかったのか?」


 言外に、そんな状態で大丈夫かと問うてくるタイガに、シオンは充血した目を向ける。


「正直まずい。授業は捨てる」

「それが良い。早く端末の画面を落として休め」

「……この検証だけでも終わらせてから」


 この期に及んで、まだそんなことを言うシオンだった。

 その姿を見たタイガは、小さくため息を漏らす。


 次の瞬間、タイガは問答無用でシオンの端末に触れると、無理やり電源を落とす。そして、そのまま自身のデバイスへと魔力を通すと、一つの魔法式を組み上げた。


「誘導――『シエスタ』」


 呪文を唱え、シオンを昏倒させた。

 気を失って机に突っ伏するシオンを見て、おっかなそうにレオが聞く。


「おい、今やばい倒れ方したけど、大丈夫か?」

「睡眠欲を誘発させただけだ。身体が休まれば目覚める。久能はショートスリーパーの気があるから、おそらく数時間で目覚めるだろう」

「……タイガ、なんでシオンのそんなこと知ってるの?」


 呆れたようなミラの問いに、タイガは気まずげに目をそらす。


「それより、七塚」


 話題をそらすように、タイガはミラへと話を振る。


「今日の模擬戦は、勝算としてはどうなんだ?」

「んー。シオンが言ってたのは、胸を借りるつもりでやるってことだったかな」


 口元に人差し指を当てながら、考えるようにしてミラは言う。


「一応、何パターンか決め手を考えたけど、どれも相手の出方次第なんだよね。上級生だから情報もあんまりなくて、出たとこ勝負かな」

「そうか。彼女に勝てば、久能の順位も一気にあがるから、期待しているのだが」


 真剣な表情でそう言うタイガ。

 ちなみに、彼は校内ランキング十位。一年で唯一のトップランカーである。


 そんなタイガは、かつて神童だったシオンのことを、今でも特別視している。

 夏にあったインハイ予選で、タイガとシオンは、死力を尽くして戦った。結局、その時の決着はついていない。だからこそ、もう一度全力の勝負をしたいとタイガは考えていた。友人としても、ライバルとしても、シオンには、一緒にユースカップに出場して欲しかった。


 そんな風に、シオンの勝ち筋を本人以上に真剣に考えるタイガに、レオが尋ねる。


「明星としてはどうなんだよ。伏義先輩って、ランキング上はお前より上だけど、実際のところ、どっちが強いんだ?」

「バディ戦は経験がないから分からないが、個人戦で言えば、インハイの予選で手合わせをしたことがある。あの時は完敗だった」

「げ、明星ですら負けるのか」

「試合だからな。負けもする」


 淡々と事実のみを述べるように、タイガは言う。


「俺個人はそれほど実戦経験があるわけじゃないし、逆に伏義先輩は立ち回りがうまかった。あの人は、それほど魔力量が多くはないが、魔力制御力が図抜けている。撃ち漏らした魔法を掌握し直して、式を組み直す、なんていう真似を何度もされた」


 技術としては、学生とは思えないレベルの魔法である。やはり、学園のトップランカーともなると、実力の桁が違うと言える。


 無論、タイガとしても、次も負けてやるつもりはない。上級生だからといって臆するようなら、もとより学年主席などという立場には立っていないのだから。


「俺は今日、ランキング三位の三尋先輩と勝負をする。とにかく、十位以内の順位は死守して、ユースカップに出るつもりだ」

「気合入ってるな。シオンとは随分な違いだ」

「……久能も、もう少し貪欲になってもいいと思うんだがな」


 眠っているシオンを見ながら、タイガは言う。

 一度再起不能になったからか、シオンはどうしても自身を過小評価しがちだ。


 タイガはかつて、神童時代のシオンに憧れていた。

 無論、今のシオンが当時とは違うのはわかっている。実力としては、全盛期からすると圧倒的に劣っているのは確かだ。だが、その知恵や発想までもが錆びついたわけでもないのに、とタイガは思う。


 しかし、そういったものは本人の気持ちでしか解決しない問題だ。


 かつてのタイガが、実家の重圧を振り払って家を出た時と同じように、シオンも自身で解決しないことには始まらない。

 遠くない未来、本気の彼と勝負できることを、タイガは望んでいた。


 授業前の講堂では、そんなふうに、ユースカップの予選の話があちこちでされていた。

 そんな中、賑やかな講堂の中で、違う話題を集めている一角があった。


「なあ、葉隠」


 気になったタイガは、レオに尋ねる


「今朝から研究科の生徒が、どこか騒がしい気がする。何か聞いているか?」

「やー? 知らないな」


 あっさりと頭をふるレオだったが、すぐに周囲に目を向け始める。

 今朝から、研究科の生徒たちが、どことなく浮き足立っているのは、彼も感じていたことだった。


 話を振られた後のレオの行動は早かった。


 彼はすぐにそばにいる生徒を経由して、研究科クラスの生徒へと事情を聴き始めた。そういった対人コミュニケーションの速さは、彼の強みである。


 やがて、レオは腑に落ちないような顔で、聞いてきたことを話し始めた。


「なんか、転校生がいるらしい。厳密には違うみたいだが、とにかく研究科に今朝から知らん生徒が来たんだと」

「転校生? うちの学園は、転入試験は実施していないはずだが」

「だよな。どーも、ホームルームのあとで慌ただしくこっちに来たみたいだから、あんま詳しいこと分かってないみたいだ。ま、この様子なら昼くらいにはなんか分かるだろ」


 大したことがわからなかったため、興味としてもそれほど持続はせず、話としてはそこで打ち止めとなった。


 教師が壇上に上がったので、そのまま授業開始となった。

 なお、タイガの魔法の効果で、講義が始まっても熟睡を続けたシオンは、疲れも溜まっていたのか午前中はぐっすりだった。


 もちろん出席点は取り逃がした。



 ※ ※ ※



 二年実技B科

 魔法士・伏義イズナ

 魔力性質・流形

 ステータス 魔力総量C 魔力出力B 魔力制御B 魔力耐性D 精神強度C 身体能力C 魔力感応B


 ファントム・羽場須佐之男はねばすさのお

 原始『■■■■■■■』

 因子『刀剣』『宝剣』『剣技』『退魔』『■■■』『蛇』『布都』

 因子七つ。ハイランク

 霊具『■■■■』

 ステータス 筋力値E 耐久値D 敏捷値C 精神力C 魔法力D 顕在性B 神秘性C




 放課後となり、学内がにわかに活気づく。


「さて、それじゃあ、正々堂々とやろっか、久能くん」


 競技場の順番が回ってきたので、イズナが促しに来た。

 シオンもそれに頷く。


「胸をお借りします」


 午前中ぐっすり眠ったからか、体調はすこぶる良い。


 試合の前に、軽く相手の情報を確認し直す。

 ランキングに登録されているバディのステータスは、基本的に公開されている。それを見て相手の対策を練るのも、ウィザードリィ・ゲームの醍醐味の一つだ。


 伏義イズナのステータスは、学生としては高めであるが、トップランカーという意味では、平均的である。学生の平均値がDであることを考えると十分過ぎる成績だが、明星タイガのような例を知っているシオンとしては、いささか見劣りするステータスだ。


 加えて、バディである羽場スサノオというファントムは、あまりステータスが高いとは言いがたい。ファントムの場合はCランクを平均の基準として考えるので、それからすると、平均よりやや下回るステータスと言えた。


 しかし、問題となるのが因子数だ。


 因子七つ。ハイランク。

 因子の数は、そのままファントムが行える魔法現象に繋がる。多ければ多いほど、やれることの幅は広がるし、また力も強くなる。

 七つという数は、無視できない数だ。

 端末を覗き込むミラに向けて、シオンは言う。


「……神剣。おそらく、神話レベルの武具が原始にあるはずだ」

「でも、それにしてはステータスが低いよね」

「もしかしたら、スキルによって数値が変動するタイプかもしれない。だとしたら厄介だ」


 ステータスの公開は、あくまで初期値である。それを参考にすることはできるが、拘泥し過ぎると危険である。



 ちなみに、シオンとミラのステータスは以下のとおりである。



 一年技術科

 魔法士・久能シオン

 魔力性質:無形 

 ステータス 魔力総量E 魔力出力F 魔力制御D 魔力耐性E 精神強度B 身体能力D 魔力感応D


 ファントム・七塚ミラ

 原始『合わせ鏡』

 因子『鏡』

 因子一つ。ローランク。

 霊具『七面鏡』

 ステータス 筋力値E 耐久値D 敏捷値C 精神力B 魔法力C 顕在性D 神秘性C



 ステータスだけを見ると、シオンもミラも、はっきり言ってかなり弱い。これで校内ランキング上位と言っても、誰も信じはしないだろう。

 まともにぶつかり合っても、戦いにもならないくらいの差がある相手である。


 しかし、これはウィザードリィ・ゲームの試合だ。たとえ敵うはずのない相手だろうと、戦い方次第でいくらでも肉薄できる。


「準備はいい? 久能くん」

「ええ。いつでもどうぞ」


 トレーニングルームの一角に、霊子庭園が展開される。

 上位次元の縮尺された空間。半透明の青い壁で覆われたそこは、霊子で出来た世界であり、霊子体でないと侵入できない結界である。

 トレーニングルームの増幅器を利用し、二人の魔力でその結界を作り上げる。リソース的に、展開できるのは一般的な体育館くらいの広さだ。


 シオンとイズナも、それぞれ自身を霊子体へと転換して結界内へと入る。その霊子体こそが、彼らの魔力であり体力である。それが尽きて霊子体が解けた時、試合の決着がつく。


 試合場は、簡素な石畳の闘技場だった。

 シオンのそばに、ミラが実体化をする。


「いつでも行けるよ。シオン」


 ミラは周囲に七枚の鏡を浮かび上がらせながらそう言った。鏡の神霊であるミラの武器であり、分身でもある、七面鏡と呼ばれる霊具。それを介して、彼女は魔法現象を起こす。


 イズナの元にも、ファントムが顕現する。

 先日見た、白い和装をした壮年の男性だった。彼が、羽場スサノオだろう。無精髭を蓄えた、体格の良いその男性は、楽しそうにニヤニヤと笑っている。


「さて、あの男は、お前の期待に応えることができるかな、イズナ」

「さあ。それはやってみなくちゃわかりませんよ、スーさん」


 自身のファントムに敬語で答えながら、イズナは自身のデバイスに手を伸ばす。

 先日も見た、模擬刀の形を取った大型デバイスだった。

 シオンは見たことがないので、市販モデルではなく特別製だろう。霊子庭園内で顕現させているからには、モデリングは相当作りこまれているはずだ。


 シオンも自身のデバイスを右手に構える。メインとするのは、彼が好んで使うロッド型のデバイスだ。

 それとともに、受動的に魔法式が発動し、周囲に四つの魔力の塊があらわれる。


 準備は整った。

 試合開始のカウントが始まる。


 霊子庭園の境界である青い障壁が揺れる。その向こうでは、観客席で試合を観戦している生徒たちの姿が見える。トップランカーの試合ということで、注目を集めているのだろう。


 それらを意識から外し、シオンは目の前の敵に意識を集中させる。


 カウンターが減っていく。


 三、ニ、一……ゼロ。


 試合開始ゲームスタート


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