第13話 明星タイガは戦場を駆ける


 メイガスサバイバーのサバイバル戦。


 三キロ四方のフィールドを舞台に、プレイヤーが一人になるまで戦い合うバトルロイヤル。

 ポイント戦と違い、こちらでは魔法士の敗北はゲームの敗北である。

 故に、ファントムは必死に自身の主を守り、そして他の魔法士を倒さんと奮闘する。


 スケジュールの関係で、テクノ学園における最後の予選がこのゲームになったのは偶然だろうが、一番盛り上がる競技が最後に来たことで、見学する生徒たちの熱気は否応なく高まる。


 参加者は三ブロックに分けられる。

 一ブロックの参加者は二十ペアで、その中から、最後の三人になるまで戦い合う。

 予選を突破できるのは、全学年で九ペアである。



 試合開始前。

 明星タイガは静かに開始時間を待っていた。


 彼は今の時点で、『ウィッチクラフトレース』のエアレース。『ドルイドリドル』の解呪型の二つの予選を突破している。『ソーサラーシューターズ』に関しては、一歩及ばなかったために落としているが、それでもかなり良い成績である。

 また、彼は入学時からファントムと契約を果たしていたウィザードであったので、全校生徒を対象としたレーティングにも登録されていた。

 これは、夏のインハイにおいて、マギクスアーツの試合に出場できる権利を持っていることと同義だ。

 期間内にレーティングをあげることができれば、夏のインハイにおいて、『マギクスアーツ』にも出場できる可能性がある。


 彼は、自身の肉体の調子を確かめる。

 頭の左半分が異形のものと繋った、いびつな肉体の調子を確かめる。


「調整は万全かい? タイガ」


 そばに顕現した千頭和ナギニが、彼女らしからぬ優しげな声で話しかける。


「悪くない。魔力も安定しているから、存分にやれそうだ」

「そりゃ良かった。かかっ。そんで、アタシは今日、どうすればいい?」

「前衛でファントムの相手を頼む。取りこぼしは、俺が対応する」


 手加減をするつもりは欠片もなかった。

 こんなものは、デモンストレーションに過ぎない。学生のインターハイなど、児戯に等しい。ただこの場は、自分とナギニの実力を見せつけるための舞台でしかない。


 タイガにとって、ウィザードリィ・ゲームは手段でしかなかった。


 自分の実力を証明する手段。学校の成績表だけでは測れない、実戦で生きる技術の見せ場である。


 明星タイガの実家は、衰退した魔法の大家だった。

 かつては各界に影響を及ぼすほどの力を持っていたらしいが、タイガが生まれた時にはすでに没落しかけていた。そんな中で、実家を立て直すために、彼は幼い頃から英才教育を受けることになる。


 魔法の修行は、ただただ、辛かった。

 あの日々を良いと思うことなど、おそらく一生ないだろう。


 結局のところ、当時の修行は、今の彼にとってなんの役にも立っていないのだ。

 今の明星タイガを作り上げたのは、中学時代の経験と、千頭和ナギニとの出会いだけである。


「時間だな」


 時計を見上げ、タイガは立ち上がる。

 色素の抜けた白い髪が揺れ、左の視界を隠す。今ではほとんど視力のない左目に、そっと魔力を通す。頭から指の先まで、細部にわたって彼の魔力は駆け巡る。自身の身の丈以上に湧き上がる魔力は、それだけで一つの暴力だ。

 それらを取りこぼすことなく鮮明に感じ取りながら、彼はフィールドに向かう。



 現実の肉体は解析され、意識は霊子体へと移り変わる。

 用意されたフィールドは、荒廃した都市だった。

 立ち並ぶ民家は全て廃墟となり、朽ちた木々や瓦礫が散乱する、死した都市。


 タイガのスタート地点は、アパート跡の屋上だった。見晴らしの良い場所で、三キロ四方のフィールドが軽く一望できる。

 今回のステージは、障害物が多く、隠れる場所に事欠かない。バトルロイヤルという視点で見ると、ステージの条件としてはかなり良い部類だろう。


 最も――タイガとナギニにとっては、大した問題ではない。

 試合開始の合図が鳴り響く。

 それを聞き終えると、タイガはナギニに命じた。


「薙ぎ払え。ナギ」

「仰せのままに、ご主人様、っと!」


 彼女は無造作にアパートから飛び降りると、豪快に土埃を立てて着地する。そして、大きく右腕を振り上げて、厳かに言葉を紡ぐ。


「『竜王覚醒・嵐龍アスラ・ヴリトラ』!!」


 振りぬかれた右腕は、竜巻となって周囲をえぐりながら突き進む。

 破壊の嵐は、地面を巻き上げ、枯れ木を蹴散らし、廃墟を粉々に砕いて砂塵に還す。

 殴打を嵐に乗せて飛ばすアクティブスキル。

 その攻撃は、フィールドの果てまで一直線に貫き通されて、跡には一本の平坦な道が通っていた。


 たったそれだけで、三つのペアが脱落することになった。


 その結果を見届けると、ナギニの後を追い、タイガも屋上から飛び降りる。

 魔法式を組んで、自身にかかる重力を減らし、周囲の風力を操作しながら優雅に地面に降り立つ。



 その時、タイガに向けて、狙撃が行われた。

 三方向からの同時狙撃。弾丸はナイフのような形をしており、音速の勢いでタイガを狙う。


「『起動』」


 それを、タイガは微動だにせず、軽く腕をふるって弾き飛ばした。

 タイガの周囲で、微弱な放電が行われる。起動した魔法は、電磁力を利用して、間に斥力を発生させるものだ。それを用いて、飛来したナイフのことごとくを振り落とした。


 タイガはさっと周囲を見渡すと、身体を帯電させて、それを周囲に拡散する。

 微弱な電磁波から、周囲の状況を解する。

 すっと、彼は指をさしてナギニに指示を出す。


「……ナギ。十時の方向だ」

「おっけー。だけどよ、後ろにも別のやつがいるぞ?」

「そっちは俺がやる」

「りょーかい」


 目にも留まらぬ早さで、ナギニがその場から飛び上がる。

 単純な跳躍で、彼女の足元の地面はひっくり返り、砂埃を舞わせる。数百メートルを一飛で移動した彼女は、すぐに敵を倒して戻ってくるだろう。


「――さて」


 そばにファントムがいなくなったことを好機と見たのか、率先してタイガを襲おうと動く影があった。

 明星タイガのファントムが強力であるのは自明の理であるので、このチャンスを逃すつもりはないのだろう。


 だが、


 千頭和ナギニは確かに規格外であるが――その主である明星タイガもまた、人並みの魔法士ではないのだから。


 右手首にはめられた魔法デバイスに魔力を通す。

 起動させるのは物理魔法。

 周囲の空気を掌握、操作し、鞭のように敵を叩き伏せる。

 起動までにかかる時間はわずかのコンマ五秒。敵が自前の魔法を発動するよりも早く、タイガの振りぬいた空気の鞭が、相手を打ち据える。


 敵を叩きつけた後、返す刀で、すぐそばで機を図っているファントムに矛先を向ける。


処理中断インターラプション変換挿入コンバート――『分散』『射出』――『散弾』。実行」


 デバイスに魔力を通すと、空気の鞭はバラバラにはじけて小さな弾丸となる。

 空気の弾丸はさながら機関銃のごとくばらまかれ、敵のファントムに浅くない傷を負わせる。


 無論、それで終わるほどファントムは甘くない。


 中世の騎士風の格好をしたそのファントムは、全身から血を流しながらも突進してくる。

 人間では、ファントムの身体能力には敵わない。ならば、接近さえしてしまえば、ファントムの勝ちである。


 巨大な斧剣を掲げたファントムが、音速の勢いでタイガに迫る。

 常人では視認すら不可能であろうその一撃を、タイガは冷静に魔法式を組みながら対応する。体中を駆け巡る魔力を、電子に返還し、それを光線へと昇華させる。


 振り下ろされる斧剣と、発動するタイガの魔法。


 斧剣が地面を叩き割るのと、タイガの魔法がファントムを八つ裂きにするのは、ほぼ同時だった。

 目測を誤った斧剣は、すぐとなりに振り下ろされていた。間一髪。狙いを外れた斧剣の衝撃に、タイガの頬が僅かに裂ける。


 事切れたファントムは、静かに霊子体を散らして消滅する。

 ファントムの突進力を利用し、自身の魔法の破壊力を増加させたからこそ出来た芸当だった。

 相手がなりふり構わず突進してきたために成功したが、紙一重でバラバラになっていたのはタイガの方である。そんなぎりぎりの攻防をこなしながら、タイガは涼しい顔をして周囲に警戒を向ける。


「おっと、遅かったか」


 敵を倒して戻ってきたナギニは、地面に付していた敵の魔法士に無造作にとどめを刺すと、タイガのそばに降り立って、ニヤニヤと笑う。


「絶好調じゃねぇか、タイガ。なんだよ、これじゃあアタシの出番、なくなっちまうじゃねぇか。もっと楽しませてくれよ」

「遊ぶんじゃない、ナギ。調子に乗ってると、足元救われるぞ」

「かか! そりゃあいい。ちっとくらい手を抜いた方が、楽しめるかもしれねぇな」

「ナギ」

「はん。心配すんなって。わかってるよ。取りこぼすなってんだろ」


 真面目くさったタイガの態度に、肩をすくめながらナギニは言う。


「運が絡む勝負はともかく、ステゴロの実力が試される競技で、負けは許されねぇもんな」

「…………」


 無言でそっぽを向くタイガに、ナギニはどこか優しげな視線を向ける。気を張り詰めたタイガを見守る姿は、どこか年長としての包容力を感じさせる。

 仕切りなおすように、ナギニは周囲を軽く見渡す。

 そこかしこで戦闘の余波を感じるが、しかし一つだけ、気になる点があった。


「なあ。タイガ。お前が気にしてた、なんとかコンセッションとか言う奴がいただろ?」

「コンセプトだ。シオン・コンセプト。……それで、それがどうしたんだ」

「それがな。どーも試合開始してから今まで、影も形も姿が見えねぇんだわ」


 これはどういうことかね、と。ニヤニヤ笑いながらナギニが言う。

 確かに、それはタイガも思っていたことだった。

 魔力の残滓も感じられなければ、電磁波を利用したサーチも彼らを捉えきれなかった。完全に姿を隠している。


 同じブロックで戦っていることは確実だが、相手が相手だけに不気味だった。

 確かに、今の彼は、かつてタイガが憧れたような実力を持っていない。落ちぶれたかつての神童の姿を見ても、誰も期待などしないだろう。それでも――彼の頭脳には一定以上の警戒が必要だと、タイガは思っていた。


 シオン・コンセプト。

 かつて魔法界にて一世を風靡した、十歳に満たない二人の神童の片割れ。


 幼いタイガにとって、彼はヒーローだった。魔法の修行で苦しんでいる時にも、同年代に彼のような存在がいると言うことは心の支えだった。

 出来ないことではない。

 いつか必ず、彼に追いつく。

 憧憬を抱きながらも、目標として遥か先にそびえ立つ高い壁。


 タイガはそっと、自身の左目に手をやる。

 シオン・コンセプトは、カニングフォークの実験で、事故にあったと聞いている。

 再起不能になる大きな傷を負ったという話だが、果たして彼は、『』のか。


 カニングフォークとは、世界とつながることと同義である。


 明星タイガは、左目と自律神経系の一部を引き換えに、一人では扱いきれないほどの膨大な魔力炉と、千頭和ナギニという得難いバディを得た。

 ならば――半身以上も犠牲にした伝説の神童が、何もなく戻ってきたはずがない。


 失ったからには、代償に見合う成果を身に刻むのが魔法士だ。

 もしそういった対価を持っていないのであれば――神童と呼ばれた少年は、本当に過去の栄光に成り下がるだけである。



『十五分経過。残り参加者、六ペアです』



 アナウンスが鳴り響く。

 メイガスサバイバーの予選通過条件は、ブロック内で三ペアになるまで戦い合うことである。

 六ペアと言うことは、下手をすると全員が一勝負ずつすれば、決着がつく可能性がある。


 タイガのすぐ近くには、人がいない。すぐ近くの参加者でも、一キロ先にいるくらいだ。彼らは、それぞれ目の前の敵と戦うだろう。

 さて、どうしたものかと、方針を思案し始めた時だった。


「おっと、噂をすれば影、ってところか?」


 ナギニのつぶやきに、タイガは視線を上げる。

 崩壊した廃墟の雑踏の中、四十メートル先に、自然体で立つ人影があった。


 痩身痩躯の不健康そうな顔色をした少年である。

 全体的に色素の薄いその姿は、その人生の多くを一つのことに費やしてきた証であると、タイガは知っている。


 かつて彼は、神童と呼ばれていた。


 ここまで姿形も見せなかった久能シオンは、残り六人になった段階で、明星タイガと千頭和ナギニの前に姿を表した。





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