第16話 最終日の前日
もう夏休みが始まってから幾日が経ったのだろう。カレンダーを見ればもう
八月三十日。明日が夏休み最後の日だ。
面倒くさい夏休みの課題はもう終わっている。本当にすることが無くて憂鬱だ。
しかも、夏休みが終われば僕は西谷に殺されるだろう。新学期を迎えることはもうないだろう。
憂鬱だ。今することが無くて憂鬱なのか、進む先が限られていることが憂鬱なのか僕はよくわからなかった。ただ、僕ができるのはめくるカレンダーとともに死と夏休みの終わりを待つだけ。
実質今日と明日が生きているうちで自由に行動できる最後の時間だ。いつも通り
ソファに寝転がって一日を過ごすわけにはいかない。
現在時刻は十時過ぎ、西谷はまだ寝ている。
僕は西谷の朝飯だけ作り目的もなく外に出かけることにした。
残り少ない余命で見る街は一風変わった光景に見える。
駅で迷う田舎者、交差点で人が交じり合う雑踏、一周回って新鮮な情景に感じる。
死ぬ前に何をしたいか考え、とりあえず本屋に寄って漫画を見る。
死んだら漫画という娯楽にも触れられなくなると思うと少し名残惜しい。
最終話を見ることができないストーリーなんて何の面白みもない。
僕は最終話が読める漫画を買うことにした。エンドロールを見れない漫画は見ないことにした。
本屋を後にし、外に出ようとすると、デジャブ。いつしか見た光景を目の当たりに
する。
まさかと思いCDコーナーを見ると西谷がいた。
またか。そう思いながら外に出る。するとまた僕を見つけたのか、僕の名前を叫びながら追いかけてくる。
「上坂祐!待ってくれよ~」
もうこの本屋には入店できない。こんなことが二度もあったら店員の間で僕の名前のことが噂にでもなってそうだ。
恥ずかしさのあまりまた猛ダッシュで逃げる。西谷から逃げられないのはわかっている。それでも僕は走り続けた。人の目から逃れるために。
公園のベンチに座るとまたあいつが立っていた。
「どういう足してんだお前は」
振り切ったと思ってもすぐに追いつかれてしまう。
「死神から逃げられると思った?」
無論当然そんなことは思っていない。
「そういや、なんでお前いつもCDの視聴コーナーにいるんだよ」
前に本屋にいた時もそうだった。
「死神の世界には娯楽がほとんど無いんだ。でも今いる人間の世界には腐るほどの娯楽があるのさ。死神はその娯楽の一つ、ミュージックが死ぬほど好きなのさ」
「死神は死なないんだろ」
「それほど好きってことだよ。」
「でも携帯持ってるんだしわざわざCD屋に行かなくたっていいじゃないか。
ネットで音楽を購入もできるし試聴もできる。それなのになぜ店に行くんだ?」
「えっ!?”ねっと”ってそんなこともできるの?」
本当に無知なのか物凄い純粋な目で聞いてくる。
「逆に知らなかったのかよ。そのくらいの予備知識、死神の世界とやらで着けて
来いよ」
「まあCD屋に行く理由はミュージックを聞くだけじゃないんだ。店に行けば仲間に会えるから行ってるんだ」
「他にも死神がたくさんいるのか?」
どうなってんだこの街は。呪われてるのかよ。
「もちろん。人が多いこの街は死に行く人もたくさんいる。
その分、死神も多くいるわけ」
「でもなんでCD屋なんだ?仲間と会うならそこじゃなくてもいいじゃん」
「さっきも言った通り死神の世界に娯楽が少ないからみんな音楽が好きなのさ」
死神っていうのは個性が無いのだろうか。
こんな他愛もないことを話していたら結構な時間が経っていた。
「明日で僕の命も最後なんだよな」
「そうだけど?」
軽い返事で返ってくる。
「差し詰め今日が最後の晩餐ってとこか」
「最後の飯なら焼肉行こうぜ」
こいつはどれだけ焼肉に拘ってるんだよ。
「まあ最後だしいいよ。焼肉食べようか」
「本当!?一度食べてみたかったんだよね~」
まだ五時過ぎだが西谷が我慢が出来なくて焼肉屋に連れていかれた。
僕は死神と焼肉を食べて最後の晩餐を終えた。
待って、僕は女じゃない 村雨 夏 @raindrop
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